第85話 準備
学園祭の準備は日を追うごとに進んでいった。
当日の接客や裏方担当が決まり、それに合わせて衣装も数を揃えることになった。
選ばれたのは安さの殿堂に売られているような、ちょっと安っぽいコスプレチックなそれである。
どうやっても予算には限りがあるため、なるべく節約する必要があったのだ。
長月は渋い顔をしていたけど、最終的には仕方ないと割り切っていた。
恐らくコスプレにもそれなりに造詣が深く、こだわりがあったのだろう。
しかしそれを押し出すわけにもいかず、手馴れた様子で黙々とミシンを動かす頼もしい作業員が出来上がっていた。
また、食品についても既に予約を入れてある。
冷凍ケーキ数種類――計200食分も用意されたそれは、前日の準備日に受け取りに行く手はずになっていた。
紅茶とコーヒーも同じ。
学園祭で調理器具が使えない都合上、インスタント的なものになるのは仕方ない。
とはいえ、美味しさを重視するなら普通の喫茶店に行けばいいだけ。
俺たちがやるのはあくまで高校の学園祭なのだからいいだろう。
多少余分に紙皿や紙コップも揃えてあるため、不足することはないはず。
万が一にも足りなくなったら……誰かが買い出しに走るかもしれない。
飾りつけの準備も少しずつだが、着実に進んでいた。
初めはメイド・執事喫茶に合わせてそれっぽい雰囲気にしたいよね、という方向性で始まったのだが……それが中々難しい。
買ってきたものをそのまま利用できる部分は問題なかったのだが、人の手で作る必要があるものもいくつかあった。
クラスの出し物を報せる看板が最たる例だろうか。
常に準備に参加できる面子で一度作ってみたのだが、どうにもパッとしない出来になってしまったのだ。
残念ながら絵心というか、デザイン力が足りなかったらしい。
長月も察したのか「美術部の子とか頼ってみましょうか」と言いだしてくれたし。
なので、一旦その辺は後回しにして、内装の構成を考えることになった。
こっちは参考になる写真などをいくつも見つけてきているため、さほど時間はかからず決めることができた。
それっぽくするのはここにいる人でも出来る。
クラス全員が参加するようになったら改めて是非を問えばいいだけのこと。
という風に大枠が決まってきたはいいのだが――
「……ほんとに終わるのか?」
ミシンを動かす手を一旦止め、積み上がったものを眺めながら呟く。
俺が担当するのは主に布系の装飾品の調整。
衣服のそれは経験値的に難しいと判断した長月が一手に請け負っている。
だが、それでも作業量はそこそこある。
俺が心得程度の技量だからなのもあるが、作業が遅い。
その分ミスはしないよう丁寧にやっているけど。
「――よしっ! 衣装の調整終わりっ」
隣で黙々と作業を続けていた長月がミシンを止め、声を上げながら身体を伸ばす。
もう終わったのか……早すぎるだろ。
何人分の衣装があったと思ってるんだ。
「流石に速いな」
「まあね。細かいとこの手直しだけなのもあるけど。桑染くんも結構進んでるじゃん。残りの分は二人で手分けできるから終わりそうだね」
「助かる。一人だと厳しいなと思ってたところだ」
「私も一人で全部は無理だったから助かってるよ」
本当にそうか?
長月のペースなら余裕で間に合いそうな気もする。
「さて、衣装はこれで良いとして……白藤さん、ちょっといい?」
長月が呼んだのは、別の場所で飾りを作っていた月凪。
月凪も声に気づいてこっちへ来る。
「どうしました?」
「衣装の調整が終わったから試着してもらえたりしない?」
長月はメイド服――月凪が私物で持っているロングスカートタイプではなく、丈の短いスカートの、いかにもコスプレっぽいそれを広げて見せる。
言い分自体は、まあわかる。
調整はしたけど、実際に着てみなければわからないこともあるわけで。
そこで月凪を呼んだのはまず間違いなく似合うからだろう。
「……ここで、ですか?」
「出来ればね。雰囲気も確かめられるし、明確なイメージがあった方が他の作業も進むんじゃないかなって」
躊躇いがちな月凪を説得するように、長月がもっともらしい理屈を並べていく。
実際、正しい部分もあるのは俺も認めよう。
メイド服に着替えた人を置いてみて、他の飾りを仮置きすれば進めているイメージ通りか確かめることもできる。
「それに――」
長月が月凪の耳元で何かを吹き込むと、月凪は僅かに目を見開き、しばし考える素振りを見せた。
じっくり数十秒の時を経て、一つため息をつく。
「……わかりました。試着、私で良ければ請け負います」
「ありがとね白藤さん。――皆さん、一旦教室から出てもらっていいですか。衣装の調整が終わったので、白藤さんにモデルをしてもらいます。他にも着てみたい人がいれば教えてください」
「はーいっ! アタシやりたい!」
「であれば花葉さんもお願いします。衣装は……これですね」
花葉にもメイド服が手渡され、二人を残して他の人は教室から出るのだった。




