第80話 絶対にやらないからね?
「学園祭での私たちのクラスの出し物がメイド・執事喫茶に決まりました」
出し物の候補を話し合った数日後のこと。
他クラスとの話し合いの末にメイド・執事喫茶が選ばれたと、委員長の長月から朝のホームルームで報告があった。
クラスの反応は主に喜ばしいものが多かった。
特に男子の盛り上がりようは凄まじい。
クラスメイトの女子がメイド服を着ながら接客する様を間近で見られるのだ。
もしも好意を寄せる女子がいるのなら一生の思い出にもなるだろう。
メイド服のコスプレ姿なんてそう簡単に拝めるものじゃない。
けれど、学園祭という場なら話は別。
女子はそんな男子たちに白い眼を向けつつも、出し物自体を嫌がっている様子はなく、まんざらではなさそうだ。
メイド服も見方次第では可愛い系の衣装。
学園祭ならそれくらいは……と思っている女子は、月凪や花葉を含めて少なくないのかもしれない。
そもそも他クラスとの話し合いをする前に希望投票がされている。
上位を獲得するには、それなりの投票数が必要だろう。
……この様子だと男子のほとんどが投票していそうだが、まさか本当にメイド・執事喫茶になってしまうとは思わなかった。
「ですので、準備を適宜進めましょう。学校側からも少量ながら予算が出ますが、それだけでは足りない場合はクラスから補う形になります。集めた分は文化祭当日の収益から割り勘分を分配しますが、全額返ってこない可能性もあります」
全ては売上次第か。
喫茶店をやるのにどれだけの費用がかかるんだろう。
まず絶対に必要なのは商品と衣装か。
喫茶店なら提供するのはお茶とケーキとかになるだろうし、衣装はメイド・執事喫茶を謳うなら絶対必要になる。
最悪衣装が用意できなければ普通の喫茶店にしていいと思うけど、一部の男子たちは悲しみそうだ。
「基本的に私を含め、部活動に所属していない人が中心になって放課後に準備を進めることになります。学園祭の三日前からは部活動も停止になるので、そこからは全員です。学園祭の出し物を成功させるため、ご協力よろしくお願いします」
腰を折ってお辞儀する長月。
委員長ってのは大変だな。
準備を部活に所属していない……いわば暇な人が担当するのは去年と同じ。
俺も去年は雑用をしていた気がする。
遠巻きにされていても一定の仕事をしておくのは大事なのだ。
今年はもう少し忙しくなりそうだけど。
ひとまずの連絡を終えた長月が席へ戻り、あちこちで雑談の花が咲く。
「とうとう決まったね~。メイド・執事喫茶なのはちょっとびっくり」
「だなあ。苦労しそうな人がいるから俺は入れなかったけど、多数決なら仕方ない」
「アタシもメイドの格好するのかって思うと恥ずかしさはあるけど、みんな一緒ならいいかなーって感じだし。それより――くわっち的にはるなっちのメイド服姿が楽しみじゃないの?」
まさか家で二度も見たとは言えない。
言うにしても月凪が言うべきだろう。
「似合うとは思うよ。似合わない服の方が珍しいってのは置いといてさ」
「わかる。るなっちならメイド服だけじゃなく執事服も似合いそうだよね。男装の麗人みたいな」
「あー……女子人気が凄そうだ」
クールビューティーだからな。
長髪の男子も今や珍しくないし、創作物ではかなり人気の特徴だ。
それはそれで見てみたい気もするが、きっと出番はないだろう。
あったとしても誰の執事服を着るのかでひと悶着起こりかねない。
「あとさ……ちょっと耳貸して」
なんだろうと思いつつも花葉が耳元へ顔を寄せてくる。
微妙にくすぐったい気持ちになるが、揶揄う意図がないことは明白だ。
花葉はなぜか周りを確かめるように視線を巡らせてから、
「――しのっちって絶対メイド服似合うよね」
俺にしか聞こえないように、小声で告げたのはそんなことだった。
つい、視線が前に座る燐へ向く。
知っての通り、燐はれっきとした男子生徒。
髪もサラサラだし、線が細い体格のため、制服がなければショートカットの女の子と見間違う可能性はじゅうぶんにある。
その燐にメイド服が似合うのか。
俺の答えは……申し訳ないが、似合うというものになってしまう。
「……言わんとすることは理解する」
「でしょ?」
「でもそれ本人が聞いたらどうなることやら」
「珀琥? 一体何の話をしているのですか?」
「僕たちも混ぜてよ」
そこへ入ってくるのは振り返った前の席の住人、月凪と燐。
「学園祭の話をちょっとさ。結局メイド・執事喫茶になったなって」
「ですね。色物、というほど珍しくはないですけれど」
「楽しみだなあ。でも、出来れば裏方がいいかな。執事服が似合うとは思えないし」「燐が裏方はあり得ない。というか誰も許してくれないと思う」
「なんでっ!?」
「顔と人当たりがいいからさー。あと、メイド服が絶対似合う」
意味深な笑みを湛えながら花葉が燐へ言ってしまう。
え、と引き攣る燐の頬。
月凪も燐を見やり、なるほどと勝手に納得してしまった。
燐も遅まきながら気づいただろう。
俺たちがやるのはあくまでメイド・執事喫茶。
女子がメイド、男子が執事を絶対にやるなんて決まりごとがないことに。
「…………僕、絶対にやらないからね?」
「俺だって無理強いはしない。けど……」
残念ながら俺に他のクラスメイトを止める力はないのだ。
だから先に謝っておく。
ごめんな、燐。
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