第76話 似ていたら嬉しいなと思います
二学期も穏やかに滑り出し、数日経った。
暑さは依然として変わらないが、それもいずれ落ち着くのだろうか。
そして、俺と月凪の過ごし方も、夏休み前とほとんど変わっていなかった。
だが、一つ。
確実に近づいてきている事柄に、俺の思考は割かれていた。
「……月凪さんや」
「どうしました?」
「俺の記憶が正しければ一月後くらいに誕生日だったよな」
「覚えていてくれたんですね」
定位置と化した俺の膝に収まる月凪へ聞いてみれば、振り向かないまま嬉しそうな声音の返事があった。
月凪の誕生日は九月の半ば。
前々から知らされてはいたものの、祝うのは初めてになる。
「どうして私の誕生日の話を?」
「いやさ、誕生日プレゼントどうしたらいいかなって」
「珀琥から貰える物なら何でも嬉しいですよ」
「そりゃ随分ありがたい話なんだけど……こういう経験あんまりないから本人にまず聞いてみるべきかと思ってさ」
「なるほど。サプライズも味がありますけど、二人で選ぶのもいいですよね。わかります。私も珀琥の誕生日の時にそうしたらよかったです」
月凪は一人でうんうんと頷いている。
俺の誕生日の時は月凪がサプライズでプレゼントを用意してくれた。
シンプルながら使いやすいデザインのハンカチで、今でもありがたく使わせてもらっている。
なのだが、俺にはプレゼントを選ぶセンスがない。
厳密には自分が選んだプレゼントを月凪が喜んでくれる自信がない、だろうか。
月凪は俺が選んだものなら何でも嬉しいと言っていたし、嘘ではないと信じている。
しかし、だからといって適当なもので済ませたくもない。
厚意に甘えていては、信用を損ないかねないのだ。
……いや、送る本人に相談するのもどうなんだって話だが、変なものを選ぶよりはマシだろう。
「それにしても……誕生日、ですか」
「実感がないって?」
「よくわかりましたね。祝ったのは一度きりで、祝われたことはなかったので」
「なら、盛大に祝わないとな。これまでの分も含めてさ」
「楽しみにしていていいんですか?」
「俺に出せるものは誕生日プレゼントと料理くらいなものだけど」
「豪勢なおもてなしですね」
これで豪勢なんて評価してくれるのは月凪くらいだな。
淡翠は「ほかにもっとなにかないのーっ?」とか言ってきそうだ。
「珀琥がそう言うなら、プレゼントは二人で選びに行きましょうか。希望としてはお揃いの物がいいです」
「こればっかりは見てみないとわからないか」
「値段には気を付けないといけませんね。予算には限度がありますし、高いからいいものとは限りません。そして、誕生日プレゼントなのですから値段よりも思い出に残るものがいいです」
「まあ、ひとまず後回しでもいいか。誕生日までしばらく日も空くし」
誕生日は特別な日ではあるが、日常の延長線上に存在するもの。
少なくとも、そうであって欲しいなと俺は思う。
「恭一さんも祝ってくれるといいな」
「……そうですね」
「やっぱり、まだ心配か?」
「お墓参りの時に顔を合わせた以来、話せていませんから」
「それでも俺が話した感じは大丈夫そうだったけどな。思い切って聞いてみるか?」
「……勇気が出たら、そうします」
遠ざけるようだが、以前ならこんなことすら言わなかったはず。
月凪も前向きに考えているのだろう。
まだ、その時ではないだけのこと。
そんなに心配する必要はないと思うけれど。
恭一さんは月凪のことをちゃんと想っているはずだ。
「誕生日のことはこれくらいでいいでしょう。それまでにもう一つ、大きな出来事がありますけど」
やること?
他になにかあっただろうか。
「学園祭ですよ」
「……なじみがなさ過ぎて完全に忘れてた」
「私も似たようなものですけど忘れるほどではありません」
そうか、学園祭か。
高校生活における大きなイベントの一つ。
九月に開催だったはずだけど……そろそろクラスの出し物を決めて準備を始めるのか?
週明けにでも話があるのかもしれない。
一体何をすることになるのか。
学園祭なら喫茶店とかお化け屋敷とかそういうのだと思う。
……そう考えると準備の時間があんまりないな?
「月凪から言い出すってことは楽しみなのか?」
「ええ。去年はそうでもなかったですけど、今年は別です。一緒に楽しんでくれる人がいますから」
「かもな。今年は、楽しい思い出になるといいな。去年のことなんてさっぱり覚えてないし。なんか準備を手伝ってた記憶はあるんだけど、当日は……」
「私も当日は人が来ないところで過ごしていた気がします。視線も声も雰囲気も、なんだか肌に合わなくて」
重なる言葉。
さらに、ため息も二つ。
避けられていた俺はともかく、月凪まで似たような過ごし方をしていたとは。
避けられていると避けているは、全然違うけれど。
「私たち、似た者同士なんでしょうか」
「どうだろうな」
「興味なさそうですね」
「似ていても似ていなくても、俺たちの関係って変わらないだろ? なら別にいいかなってさ」
「確かにそうかもしれません」
言いつつ、傍に置いていた手に月凪の手が重なる。
ほんのり冷たく、柔らかなそれ。
「それでも、私は似ていたら嬉しいなと思います」
告げられたそれにむず痒さを感じつつも、「そうだな」と答えた。




