第75話 手取り足取り教えていただいているので
「二人とも久しぶりーっ! 相変わらず元気そうでよかったー!」
教室に着くなり元気よく話しかけてきたのは、夏休み中に若干日焼けしたらしい花葉だった。
花葉と顔を合わせるのはプール以来か。
月凪はメッセージでやり取りをしていたみたいだけど。
「久しぶりだな。花葉は……聞くまでもないか」
「ですね。お元気そうで何よりです。少し日焼けしたみたいですけど」
「そうなんだよね。妹に付き合ったり、友達と遊んだりで結構外出てたら焼けててさ。日焼け止めは塗ってたんだけどね。こういうのも似合うでしょ?」
ぶい、と指でピースを作りながら花葉は笑う。
実際似合っているから文句のつけようがない。
溌溂としている花葉のイメージからも外れないし。
「るなっちは羨ましいくらい美白のままだね」
うっとりと目を細めた花葉が月凪の頬へ手を伸ばす。
それを月凪も許容し、もちもちの頬をされるがままにされていた。
仲睦まじげな少女二人と言うのは中々絵になる。
どちらも可愛いとなればなおさらだ。
「対策はしていましたし、そもそもあまり外出していませんから」
「見事なまでの引きこもりだったからな」
「珀琥も同じだったでしょう?」
「責めてないだろ。てか、外出自体はそれなりにしてたぞ」
いつもの調子でじゃれ合いつつ、クラスメイトから違和感を持たれていないか、それとなく探ってみる。
外向きの関係性は恋人を維持しているものの、関係は半分ほど終わった。
自覚のない部分で不自然に思われていないかと緊張していたが、今のところ疑いの目は向けられていない。
多分、恐らく。
「二人は夏休みの間どっか行ったの?」
「あー……まあ、行ったと言えば行ったんだが――」
俺の実家に月凪と二人で帰省しました、などと漏らせばクラスメイトからどんな視線を向けられるか容易に想像がつく。
だからどうにか誤魔化そうとしたのだが。
「仙台まで行きましたね。珀琥の帰省に同行する形で」
「あ」
月凪が包み隠さず答えたために、思わず呆けた声が出てしまう。
それが月凪の発言を事実だと肯定してしまった。
心なしか、クラスメイトの視線も集まっているように感じた。
これには花葉も言葉を失っていたが、
「……それ、マジ?」
と、若干声を潜めながら尋ねてくる花葉へ、月凪は「本当です」と誤解も語弊も招かない簡潔な言葉で答えた。
すると、花葉の視線が今度は俺へ。
もう隠せないなと諦め、俺も無言で首を振る。
「……実家への挨拶にしては早過ぎない?」
「そんなんじゃない。留守にする間、月凪を一人にするのも忍びないなと思ってさ。元々母さんには月凪さえよければって言われてたから、誘ってみたら一緒に行くことになっただけというか」
「数日とはいえ一人で過ごすのは寂しかったのでお誘いに乗ったんです。私も日々お世話になっている珀琥のご家族にご挨拶もしたかったですし」
「やっぱりしてるじゃん」
「いや……これは常識的な範疇における挨拶であってだな?」
断じて結婚の申し出とか、そういうのに類する挨拶ではない。
……ではなかった、はずだ。
問題があるとすればこの話には何一つ間違いが含まれていないこと。
俺の実家で月凪が挨拶をしたのは事実であるからして。
「夏休み明けでどうなるかと思ってたけど、二人は変わらずお熱いままですか。凄いよねえ。もうちょっとで一年なんだっけ?」
「一応そうなるかな」
「私も正直、驚いていますよ。高校生の恋愛なんて長続きしないものとして語られているので。にしても一年……随分遠くまで来たものです」
「ほんとになあ。俺もてっきりどっかで別れるんじゃないかと思ってたのに」
「その割に毎日お世話を焼いてくれるじゃないですか」
「誰かさんの生活力が見ていられないくらい心配なもので」
「最近は少しずつ上達しているんですけどね。誰かさんに手取り足取り教えていただいているので」
「手取り足取り……?」
教えているのは否定しないが、手取り足取りは違うだろ。
花葉も疑わしい目を向けてくるから否定するしかないし。
手はともかく足は取って教えていない。
慣用句だってツッコミはともかくとしてだな。
「――みんなおはよう。元気だった?」
そんな会話へ投げかけられた燐の声で、一旦話題が区切られる。
プールぶりに見た燐も日焼けしていて、シャツの袖から小麦色の腕が伸びていた。
「燐か。おはよう」
「東雲さん、おはようございます」
「しのっちおっはーっ。日焼けしたねーっ」
「毎年こんな感じなんだ。しばらくしたら元通りになると思うけど。日焼けするとお風呂の時にひりひりするからあんまり好きじゃないんだよね」
とは言いつつも、日焼けしても似合うのは素直にいいなと思う。
俺は焼けすぎると露骨に避けられるからな。
避けたくなる気持ちは鏡を見れば簡単に理解できる。
「なにはともあれ二学期だね。まだまだ暑いけど頑張ろう」
「ほんとだよね。夏は嫌いじゃないけど、こうも暑いと早く涼しくなってくれないかなーって思っちゃうなあ」
「私は冬の方が好きですね。重ね着をすれば寒さは何とかなりますし、余計な視線も多少は減ってくれます」
「女性陣はその辺も大変だよな」
「ほんとだね。プールの時も凄かったし」
「直接の被害がなければ無視できます。それに……そういうのは全部、珀琥が守ってくれるでしょうから」
そうでしょう? と信頼を滲ませた呼びかけ。
それこそ俺が偽物の彼氏役を引き受けている理由であるからして。
「善処はするよ。目の届く範囲ならな」
「見えないところへ行く気はないのでお構いなく」
今日の月凪は、そこそこ機嫌がいいらしい。
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