第74話 今後の参考になるので
対外的にも、個人的にも続けて欲しい……か。
月凪がまだ彼氏役……もとい、男除けを欲しているのはわかっている。
それには乗り掛かった舟だから協力したい。
けれど、それを月凪と二人きりの間も継続する必要性は薄いとも思う。
「理由を聞かせてくれ」
「私が嫌だからです」
「……しばらくは恋人ごっこをしていたいと?」
「そんな目で見ないでくださいよ。半分くらいは冗談です」
つまり半分は本気、と
……ここまで返す言葉に悩むのも珍しいな。
「ちゃんとした理由もありますよ。自覚がなくとも、ふとした瞬間に偽装だとバレる可能性が上がると考えます。私たちは学校中の人に嘘をつき続けている状態です。ただでさえ危ない橋を渡っているのですから、リスクは抑えるべきでしょう」
「……まあ、一理あるか」
お互い避けるべき事柄は、俺と月凪が偽物の恋人関係であると知れ渡ること。
そうなればあらぬ疑いをかけられ、俺は孤立してもおかしくない。
月凪はここぞとばかりに男たちから言い寄られるだろう。
こういうのは慣れてきた頃ほど危ない。
なのに、自分たちからリスクを増やす必要はないと言いたいわけだ。
「仮に私たちの認識の間だけで偽物の恋人関係を解消したとしましょう。その場合、私たちの関係はどこに落ち着くのでしょうか。一番適当なのは友達かと思いますが、友達と呼ぶには少々近しすぎるのでは、とも思うのです」
「今更じゃないか?」
俺も月凪も、偽物の関係を建前として都合よく使っている節はある。
間違っても家が隣の異性の友達と夏休み中限定とはいえ同居生活をするなんて話は聞いた事がない。
これは契約上の信頼関係がなければ成り立たなかったはずだ。
仮面を剥した本当の姿は、恋人には程遠い故に。
「一応伝えておくけど、関係をやめても家に来るな……とか拒むつもりはないぞ?」
「……心配していなかったと答えるのは噓になりますね。生活力にはまだ不安がありますし、和やかな時間が無くなるのは寂しいです」
「俺も折角仲良くなったのに距離を置くのは残念だと思ってた。単に生活が心配なのもあったけど」
「昔よりは家事も出来るようになりましたけどね。それはそれとして、珀琥の手料理が食べられない生活は耐えられそうにありません」
「そんなにか」
「そんなにです」
やや食い入るように言い張る月凪だが、視線と声音に嘘はない。
そうさせた自覚はまあ、多少はあるけども。
「というか……そもそもの話、私たちって二人だけの時はさほど恋人っぽい振る舞いをしていないと思うのですが」
「俺を背もたれにしてあれこれするのは?」
「幼馴染くらいの親密さならするかと。泊まりも、添い寝も同上です」
水準が高すぎる気がするけど、月凪の感覚的には恋人限定の枠には入らないらしい。
それ以上となると必然的にそういうことになりかねないのだが。
……余計なことを思い出しそうになった。
「気づいてしまえばなんてこともない話でしたね。それなら関係のリセットをしてみてもいいのかもしれません」
「外向きはそのままだけどな」
「けれど、心境的には大きな変化だと思いませんか? お互いに恋人として扱わない表明になるんですから」
「普通に戻ると言えば聞こえはいいか」
「これで思う存分確かめられます」
「……何を?」
「個人的な話ですのでお構いなく」
ちょっと怖いけど、月凪が悪だくみをしているとは考えにくい。
俺も関係解消を求めた理由は別の要素が大きいから咎めたりはしないけど。
「では、今後は外向きの恋人関係だけを維持して、二人の時は本来の友人関係とし、個人の意思を尊重するということでいいですか?」
「それで頼む」
「諸々の制限は外の時のみ効力を発揮するとしておきましょう。友達という間柄にはいささか無粋ですので」
「……月凪がいいならいいけども」
信用が重い気もするけれど、それはそれ。
小さいようで大きな変化だ。
大雑把ながら定まったところで、月凪はやっと笑みを浮かべた。
「これまでありがとうございました、珀琥。そして、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく頼む。偽物の恋人役兼、お隣の友達ってとこか」
「お泊りするほど仲がいい、ですけどね」
「今後も月凪さえよければ歓迎するよ」
「元より遠慮する気はありませんのでご心配なく」
なんて言い合える当たり、生活自体は大きく変わらなさそうだ。
二学期も朝食を求めて朝から月凪が尋ねてきて、学校でもほぼ離れることがなく、帰ってから寝る前まで一緒に過ごす。
……これを友達と言い張るのは若干無理があるか?
恋人ではないのなら親友?
関係値に名前を付けようとするのが間違いなのかもしれない。
少なくとも大切な人の枠組みに、月凪は入っているのだから。
「そういえば部屋に置いてる月凪の私物ってどうしたらいい?」
「珀琥さえよければそのままでお願いします。衣服は今後、泊まる時も使えますし、娯楽系のものはどうせ部屋で過ごすなら置いていて損はありません」
「了解した……けど、せめて下着だけは引き取ってもらえたりしないか? 何がとは言わないけど色々問題がある気がしてさ」
何度でも言うけど、男子高校生の理性なんて紙切れ同然だ。
異性の下着が無防備に置かれていては魔が差さないとも限らない。
しかし、月凪はきょとんと首を傾げながら、口元に薄い笑みを刻んでいて。
「下着だけ見られたところで私は恥ずかしくないですよ?」
「俺が気まずいんだよ」
「気にし過ぎです。下着なんてただの布ですから。それとも珀琥はただの布にも欲情する……と言いたいのでしょうか」
「欲情って……しない、けどさ。悪用されるとか思わないのか?」
「それはそれで今後の参考になるので」
……怖いから追及しなくていいよな?
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