第73話 心配して損したじゃないですか
「今日から二学期か。なんか全然実感がないけども」
夏休みが開けた初日の朝。
二学期が始まるため、俺と月凪の同居生活は終わりだ。
けれど……正直、大きな変化はない。
「……本当にそうですね。夏休みどころかいつもの延長線上に感じます。昨日、あんな話をしたのに」
釈然としない表情のまま呟くのは、朝食を食べ終え一息ついていた月凪。
視線にどこか俺を責める雰囲気を感じるが、気のせいではないと思う。
その理由も、理解しているつもりではあるけれど。
「なんかすまん」
「早とちりした私が悪い……わけではないと思うので謝りませんけど。寝る前にあんな話をされるとは思っていなかったですし」
「深刻そうに話したつもりはなかったんだがな」
「どう考えてもシリアスな流れだったじゃないですか」
「でも、話は纏まっただろ?」
「……ええ。それに、私もこういう日々が嫌いでは……というか、好ましく思っているのは認めますけど」
しかしながら、月凪の口調には隠しきれない不満が滲んでいて。
「何はともあれ、二学期もよろしくお願いします」
「そうだな。よろしく、月凪」
■
――時は昨日へ遡る。
『今後の俺たちの関係について話し合う時間が欲しい』。
そう伝えた翌朝の月凪は、明らかに寝不足だった。
目元はしょぼしょぼとしていて、本人も眠いのを自覚しているのか猫のように目元を擦りつつ、しかし絶対に逃さないと言わんばかりの目力を蓄えている。
そんな月凪が俺の隣に座ったまま目覚めを待っていて、寝起き早々本当に驚いた。
「……珀琥。昨日の話、気が済むまでさせてもらいますからね」
いかにも深刻そうな月凪だったが、対する俺の心境は「気が済むまで話すようなことでもあっただろうか」という呑気なもの。
さもありなん。
俺は月凪との関係を悪化させるつもりなど毛頭なかったのだから。
「とりあえず朝飯にしないか?」
「ご飯は後でも――」
断わろうとした月凪だったが、腹の虫は正直で「ぐぅ」と微かな鳴き声を響かせた。
白い頬が朱に染まり、いたたまれなさそうに視線を逸らす。
「後にするか?」
「……いじわる」
意地悪をするつもりはないので、早速朝食の準備に取り掛かった。
寝不足そうな月凪は休んでおくように言っておく。
月凪は手伝うと言っていたが、万が一にも怪我をされては困るので押し切った形だ。
そんなわけで朝食を腹に収めた後のこと。
「……珀琥。これで思う存分話し合いができますね」
話を戻した月凪だったが、どうにも声と視線が緩い。
朝食後で堪えていた眠気が顔を出したのだろうか。
「眠いならひと眠りしてからでもいいんだぞ?」
「だめです。今すぐ話し合いをしましょう。時間はいくらあっても足りません」
「そんな長話になるとは思えないけども……」
俺と月凪の認識が違うのかもしれない。
それも話し合いの前だから仕方ないと言えるだろう。
「なら、寝落ちする前に話し合いと洒落こもうか。議題は俺たちの関係についてだが、言いだした理由を説明しておくべきだろうな」
「お願いします」
「というのも、偽物の恋人関係を今後も続けていいものかと思ってさ」
「……珀琥は嫌になったのですか?」
「そうじゃなくてだな。言葉が難しいけど……あれだ。月凪が偽物の恋人関係を求めた理由は男女問わず余計な干渉を嫌ったからだろう?」
「ですね。ある程度は減ったものの、完全には無くなってくれませんが」
どうしてでしょう、とぼやく月凪だが、それも仕方ないと思う。
月凪はそれだけの容姿を持っているのだから。
「減ったなら学校内で俺と月凪が付き合っていることが少なからず耳に入っているわけだ」
「でしょうね。あれだけ親密にしているのに察せないのは鈍感すぎます」
「そういうわけだから、月凪の目論見は達成されていると思うんだ」
「……なんとなく考えが読めました。珀琥は私との間にある関係だけを改めたいのですね?」
月凪の言葉に、俺は頷く。
すると、露骨に胸を撫で下ろし、ほっと息をついていた。
「……あのですね、紛らわしいにもほどがあります」
「今更ながら言葉足らずだったと反省してる」
「心配して損したじゃないですか。てっきり珀琥に好きな人が出来たのかと」
「なんでそうなる?」
「この関係を終わらせるための条件として設定していましたから」
……そういえばそうだったな。
実際、それを確かめるための申し出だし。
「昨夜、私がどんな気持ちで眠れぬ夜を過ごしたかわかっているんですか?」
「あー……昼寝には付き合うから、それで手打ちにしてくれると助かる」
「そうしてください。もちろん添い寝で」
こればっかりは俺も悪いからな。
夏休み最終日に昼寝をして生活リズムが崩れないといいけれど。
二学期早々、俺と月凪が揃って寝坊なんてしたらあらぬことを疑われかねない。
「また脱線してしまいましたね。珀琥は私と結んだ偽物の恋人関係をやめたいと、そういう話でしたか」
「やめたいって程ではない。必要なのが対外的な関係だけなら、俺たちの間に偽物の恋人関係を残しておく理由もないかと思ってさ」
「理解はします。納得も。けれど、その上で――私は珀琥に、今後も彼氏役を続けていただきたいと思っています。対外的にも、個人的にも」
お久し振りです。
やっと三章開始です。
最低隔日更新、書けたら連日になると思います。
この章で完結予定となりますので、お付き合いいただけますと幸いです。




