第72話 Epilogue いつかって、いつだよ
月凪の母親の墓参りを終えて、夜。
既に風呂も入り、パジャマ姿で寝る準備も万端の月凪は、心なしかぼーっとしているようだった。
墓参りで恭一さんに会ったからだろうか。
間違いなく理由の一端ではあると思うし明日で夏休みが終わりなのも拍車をかけているのかもしれない。
「月凪、疲れたのか?」
「……かもしれません。どちらかと言えば精神的に。お父様が私の想定とは違う考えを持っていたことが知れたのは収穫でしたけど、私もどうやって歩み寄ったらいいのかわからなくて」
「焦る必要はないだろ。今まで間が開いていたんだからさ」
過去に自分を冷遇していたと思っていた相手と、いきなり仲良くするのは難しい。
それが誤解で、コミュニケーション不足と環境がそうさせていたのを理解しても。
「てか、俺も恭一さんから連絡用の名刺貰ったけど……どうしたらいいんだ」
「必要に迫られた時に使うくらいでいいと思いますよ」
「……まあ、そうか」
つまり、しばらくはないということだ。
恭一さんも必要なければそれでもいいと言っていたし。
一応、俺に渡したのは月凪が心配だからだと思うけど。
「明日で夏休みも終わってしまうんですね」
「長いようで短かったな」
「てことは同居生活も終わってしまうんですよ」
「でも、変わらず俺の部屋に居座るだろ?」
「そのつもりですけど」
「認められると困るんだが」
「夏休み前と変わりませんよ。もしかして夏休みが開けても同居生活を続けていいんですか?」
「なんで継続に意欲的なんだよ……」
「私、同居生活をしてみて気づいたんですよ。この方が圧倒的に楽なことに」
……ぶっちゃけ、それは俺も若干認めるけども。
同じ部屋で暮らすとなると、時間的拘束がほとんどなくなる。
その上、夏場はエアコンなんかで電気代もかかるのが、同居だと当たり前だけど一部屋分しかかからない。
食事の用意や家事も手分け出来て便利だし。
代わりにプライベートスペースがなくなるけど、相手が月凪だからかあまり気にならないまま過ごせた。
これが気の合わない相手と一緒だとしんどいのだろう。
「……でもダメだ。夏休み中って期限付きだったから受け入れたけど、これが常態化するとよくないことになる気がする」
「ちょっと私も思っていました。いつでも珀琥に頼れる環境だと、私がどんどん怠けてしまいそうで」
「そんなに怠けてないと思うけどな。まあ、部屋に来るなってわけじゃないし、元通りでいいだろ」
「……たまになら泊ってもいいですよね?」
「たまに、だぞ」
流石に毎日泊っていたら夏休み中と変わらない。
週に一、二度くらいなら許容範囲か。
……なんて考えるあたり、俺も月凪に甘いのかもしれない。
「そういえば、結局一度もラッキースケベ的な展開にならなかったですね。もしかしたらと期待に胸を躍らせていたのですが」
「そんな期待するな。これでも気をつけてたんだよ。偶然でもそういうのは……ほら、色々拙いだろうし」
「風邪を引いた時に下着も素肌も見ているのに?」
言われてから思い出し、記憶に焼き付いたそれが想起されかけ、そうじゃないと首を振って脳裏に浮かんだ光景を霧散させる。
「……あれは流石に不可抗力だろ。看病の一環だったわけだし」
「その節は本当にお世話になりました。というか、見られたことに関しては一切怒っていませんからね? 我ながら無茶ぶりをした自覚はちょっとだけありますし」
「ほんとにな。今後は控えてくれると助かる。病人相手に狼になる気はないけど、そこまで自分の理性を信じられない」
「煩悩に負ける前に相談してくださいね。私に出来ることなら……恥ずかしいことでも、頑張ってお手伝いしますから」
「勘弁してくれ」
本心とも冗談ともつかない笑みを浮かべながら口にする月凪。
大胆不敵な言動が増えつつある月凪へ俺はどう立ち向かえばいいんだ?
少なくとも正気なら誘惑に乗るつもりはないけど、俺も健全な男子高校生の一人であるからして。
「さて……そろそろ寝ましょうか。夜更かしをして新学期前に生活リズムを崩すわけにはいきません」
のそのそと緩慢な動きで月凪が向かった先は、なぜか俺のベッド。
我が物顔で横になり、空いた半分のスペースへ俺を手招く。
「俺が乗るとでも?」
「今日くらいいいじゃないですか。言い訳が必要なら、お墓参りをして寂しくなったから……とかでどうです?」
だめでしょうか、とまなじりを下げながら求めてくる月凪を否定する材料は、残念ながら持ち合わせていなかった。
甘やかしすぎだろうか。
家族のことを引き合いに出されると、どうしても弱い。
それも夏休み思い出になるのなら、悪くないかと思える自分もいる。
「今日だけだからな」
「仕方なさそうに言いつつ付き合ってくれるあたり、珀琥は優しいですよね」
「甘いだけだろ、多分」
「思う存分甘やかしてくれていいですよ。その分、私も珀琥を甘やかすので」
先に部屋の照明を消してから月凪の隣へ。
暗がりの中。
息遣いも、視線も、温度も感じられるほど近い距離で、静かに見つめ合うことに気恥ずかしさがないとは言わない。
俺と月凪は偽物の恋人。
友達よりも近く、恋人よりは遠い、約束事で作られた欺瞞の関係。
いつまで続くかもわからない、薄氷の上に成り立つ白昼夢のような時間。
されど、抱く信頼は嘘ではなく、想う気持ちも本物と遜色ないと思う。
この曖昧な関係をいつまでも続けるのは良くないとわかっているつもりだ。
いつか終わらせないと、始まらない。
……いつかって、いつだよ。
「……月凪」
「どうしました?」
「明日でいいんだけど、今後の俺たちの関係について話し合う時間が欲しい」
未来の見通しを立てるために切り出すと、月凪は見たことがないくらい感情が抜け落ちた表情で俺を見つめたまま固まってしまった。
というわけで二章はこれにて終わりです。
変なところで区切ってますけど暗い話にはならないので……はい。
ちなみになんと三章の内容がまだ決まりきっていないので、再開までちょっとお時間いただくかもしれませんゴメンネ。
どうにか二月頭には始められたらいいなと思っています。
一応三章で完結予定のつもりでいるので応援していただけると嬉しいです。
最後にここまで読んでいただいてありがとうございました!
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