第71話 一応、仲良くさせてもらってる身なので
月凪に心配そうな目で見送られた俺は、恭一さんと二人で墓から少し離れた場所で立ち話をすることになった。
……改めて考えてもよくわからない状況だな。
何を言われるのかもわからなければ、何を話していいのかもわからない。
「呼び出すような真似をしてすまない。緊張する必要はない……と言っても、あまり効果はないか。少なくとも私には桑染くんを貶めたりする意図はないとだけ理解してもらえると助かる」
「……わかりました」
恭一さんは誤解されやすい人だが、悪い人ではない……と思う。
俺はなるべく気後れしないように答え、続きを待つ。
……が、恭一さんは数秒ほど沈黙し、俺から話題を広げた方がいいのかと思い始めた頃に「ダメだな」と自嘲気味に呟いた。
「やはり私は会話が得意ではないらしい。事務的なものならともかく、私的な会話となると切り出し方に困る」
「その気持ちはわかりますよ。俺もあんまり得意とは言えないので」
「そうか。……だが、私が連れだしたのだから、私が話題を広げるのが筋というものだろう。まず、確認しておきたいことがある。桑染くんと月凪はどのような関係だ?」
あくまで淡々とした口調で訊かれたのはそんなことだった。
……友達って自称したけど信じられてないのか?
「ああいや、これも訊き方が良くなかったな。君と月凪が友人関係なのはわかっているつもりだ。しかし、それにしては距離感が近い上に、友人を理由とする以上の信頼を互いに抱いているように感じられた。先に言っておくが、恋人でも構わんよ。不健全な関係ではないのなら、私が干渉する理由もない。月凪には自由であって欲しいのだ」
恭一さんは補足として言葉を連ねる。
恋人でも構わないと明言化されるとは思っていなかった。
もっとこう……うちの娘に手を出すな、みたいな釘を刺されるものかと。
いやまあ手を出してもいないし出すつもりもないんだけどさ。
それにしたって、月凪には自由であって欲しい……か。
「恭一さんが干渉すると月凪は不自由になってしまう、とでも言いたいんですか?」
「少なくともいい思いはしないだろうな。再婚した妻は月凪のことを嫌っている。もし私が月凪に目をかけていると知れば何をするかわからん。精神的にも、肉体的にも、なるべく負担はかけたくないのだよ」
「だから無関心を装っていた、と」
「それもどこまで意味があったのかは怪しいが。妻から月凪を守るためには、なるべく引き合わせないようにする必要があった。妻は仕事の秘書も務めているから、私が仕事に打ち込めばおのずと月凪と関わる可能性も減る。結果、私も月凪と関わる機会を失ってしまったわけだ。父親としては失格だよ」
肩を竦めて答えるも、それは恭一さんが月凪を守るために起こした行動だ。
月凪を守るという本旨は達成されていたものの、裏目に出た部分があっただけ。
そして、その誤解を解く機会がなかったのも、リスクを考えれば仕方ないと思える。
けれど。
「……父親失格なんてことはないと思いますよ。恭一さんは月凪のために手を尽くしていたんでしょう? 前までならともかく、言葉を交わした今なら恭一さんの想いも月凪に伝わっているはずです」
「そうだろうか。そうだといいが……幼少期の体験は、何よりも重い。その時期に愛されなかった、私が月凪を愛せなかった過去は変わらん」
「月凪は分別のつかない子どもじゃないですよ。話し合えば自分が抱いていた感情とは切り分けて理解してくれます。意図も、気持ちも」
「随分と月凪を信頼しているんだな」
「……一応、仲良くさせてもらってる身なので」
俺と月凪の間で結ばれた、ややこしい関係についてはまだ言わない。
というか言えないだろ。
あなたの娘と偽物の恋人関係なんです……なんてさ。
「あの月凪が懐く理由はなんとなく理解できた。私のような人間にも物怖じせず話せる胆力と、言葉の端々に感じる誠実さ。表面上の情報だけで人を見ないのだろう。それゆえの平等な扱い。とても高校生とは思えん」
「語れるほどではないにしろ、ちょっとした苦労は積んでいるつもりなので」
「……君も大変だな」
同情を誘うつもりではなかったが、想像以上に気の毒そうな目を向けられていたたまれない気持ちになってしまう。
あれをちょっとした苦労で片付けるのはどうかと思うけど、それくらいの心持ちでいられるのは、形だけでも和解が出来たからかもしれない。
「ともかく、君が悪い人間ではないのがわかって安心した。無関心を気取っていながら父親面をするなと笑われるかもしれんが、娘に悪い虫がついているとなれば看過は出来ん」
「悪い虫……」
「桑染くんのような人間ならば歓迎だ。月凪も君を信頼しているのだろう。でなければ、人間不信気味な月凪が隣に置くなど考えられん。……いや、そうなったのも私に責任の一端があるのだが」
「あまり考えすぎなくていいと思いますけどね」
「……出来ると思うか?」
どこか縋るような視線に、まあ無理だよなと自分の立場に置き換えたところで思う。
結局のところ、恭一さんと月凪の関係は今後次第だろう。
「――珀琥、お父様。戻りました」
そんなところで墓参りを終えた月凪が戻り、声がかかる。
気持ちすっきりした表情だが、俺へ注がれる視線には心配が僅かに滲んでいた。
「おかえり、月凪。もういいのか?」
「大丈夫です。それより、お二人の方は」
「月凪、これからも桑染くんと仲良くしなさい。彼は信頼できる人間だ……なんて、わざわざ伝える必要もないか」
「心配には及びませんよ、お父様」
「……そうか」
表情を緩めた月凪に、恭一さんも僅かに口角を上げて答える。
短いやり取りながら、そこには確かな信頼を感じた。
「そろそろ帰りましょうか。お父様は……」
「私も帰るつもりだ。仕事があるからな。落ち着いて話す時間を取れれば良かったのだが……」
「機会はいくらでもありますよ。望めば、きっと」
「……そうだな」
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