第70話 嫌っていますか?
「……月凪か。こんなところで会うとは奇遇だな。てっきり今年は来ないものかと思っていたが。して、なぜ墓参りをしているのか……などという問いに意味があるとは思えん。逆に訊くが、亡くなった妻の墓参りをするのに理由がいるのか?」
月凪の父は淡泊な表情を崩さず、至って常識的な回答を月凪の問いへ授けた。
見るからに冷たい雰囲気ではあるのだが、回答からは確かな人間味が窺える。
妻の墓参りと言ったこともそうだし、彼は月凪が毎年のように墓参りに来ていたことを知っていた。
彼も毎年墓参りに来ていなければ知り得ない情報だ。
それを口にしたなら、全く月凪に興味がないわけではないのでは?
最低限、動向を気にかける程度の温度感ではあるらしい。
その答えは月凪にとっても拍子抜けするものだったのだろう。
僅かに目を丸くしながらも、怪訝そうに眉が寄っている。
「……突然の質問、申し訳ありませんでした。私はお父様のことを誤解していたようです」
「私が月凪に無関心であることと、亡くなった妻に対する想いを……か?」
「…………はい」
彼が月凪の思考を読んだかのように言うと、気まずそうに月凪も肯定を返す。
この場で月凪が自分に対して無関心だと思っていた父親との対話を望んでいるのは、亡くなった母が関わっているからだろう。
「仕方ないと言えば仕方ないが、私はやはり間違え続けたらしい。その間違いすら正せない人間が、今更親だと声高に主張したところで説得力など皆無だろうな」
彼の表情は一切変わっていなかったが、視線だけは真っすぐに月凪を映していた。
だが、次の瞬間、彼は斜めに腰を折り、
「認めよう。私は月凪を……妻との間に出来た子を、妻の死という不慮の事故を理由にして遠ざけてきた。すまなかった」
あろうことか、自分の行いを認めたうえで謝罪したのだ。
俺も月凪も完全に想定外の状況に困惑を隠せない。
月凪に無関心で冷たい態度を取り続けてきた父親が、どうしてこのタイミングで謝罪なんてしたんだ?
しかも、全面的に非を認める形で。
「何故謝っているのかと思っていることだろう。疑念を抱かせる態度を取り続けてきたのも理解している。だが、一つだけ誤解していて欲しくないのは、私は私なりに月凪にとっての最善を尽くしてきた。……尽くしたつもりでいたのだ」
声に滲むは苦しげな気配。
視線はどこかぼんやりと、昔を懐かしむかのように曇天の空へ。
「月凪が生まれてから妻が亡くなり、私はどんな風に月凪へ関わっていいのかわからなかったのだ。愛すべき妻との間に出来た子。私も愛せるのだと思っていたが……妻が亡くなったショックが大きかったのだろう。妻がいない現実から逃げるように仕事へ没頭し、月凪の世話はベビーシッターに任せきりだった」
「…………」
「養育費だけは困らないようにしてきたが、社会的な体裁を保つために今の妻と再婚した。しかし、今の妻は月凪のことを酷く嫌っているのだと知ってからは、なるべく負担にならないよう遠ざけるためにもさらに仕事に籠るようになってしまった」
「……わかっていたんですね、お父様も」
「何もできなければ知っていたところで意味はない。この謝罪にすら、な」
肩を竦めて自嘲する様は頼りなく、纏っていた自信は薄れている。
似たようなやり取りを、つい最近したな。
「謝罪に意味がない、なんてことはないと思いますよ」
だからなのか、つい二人の会話に口を挟んでしまう。
「君は……」
「桑染珀琥。月凪の友達です」
「私も名乗るのが遅くなったな。月凪の父、恭一だ。どうやら娘が世話になっているらしい。墓参りに同行するほど仲のいい友人がいるとは思わなかった」
言われてから気づいたが、普通の友達は墓参りにまで同行しないよな。
……今更訂正するのも誤解を招きそうだし、このまま友達ってことで通そう。
「して、なぜ私の言葉を否定したのか聞かせてもらってもいいだろうか」
「えっと……謝罪って自分の過ちを認める行為じゃないですか。簡単に出来ることではありませんし、相手が許してくれるかどうかは話が別ですけど。なので、謝罪すること自体に意味があると考えます。もちろん、誠心誠意の謝罪であることは前提ですが」
「……なるほど、一理あるな。そして、私はまたしても間違えていたらしい。許されなければ謝罪に意味がないと、自分よがりな考えをしていたようだ」
感謝する、と再び俺へ頭を下げられるも、そこまでのことはしていない。
ただ、自分の体験から得たことを、どうにか言葉にしているだけ。
「月凪。こんな父の謝罪を受け入れてはくれるだろうか。今更虫のいい話だとはわかっている。だが、偶然でも話す機会を得た今でなければ伝えられないと思ったのだ」
「……私は」
胸元に手を当て、考え込むように目を伏せる。
そして、ゆっくりと瞼を開け、
「私は、お父様がてっきり私を嫌っているものだと思っていました。子どもの頃は直接面倒を見られたこともなかったですし、今もそうです。なのに養育費ばかり何も言わずとも払っていただけていたのは感謝しています。私と関わらないようにするためだとわかっていても」
「……そうだな。本当に、すまなかった」
「なので、一つだけ聞かせてください。お父様は私のことを嫌っていますか?」
真っすぐな言葉と視線で尋ねる月凪。
声が僅かに震えていたのは、確かめるのが怖いからだろうか。
それでも月凪は伝えることを選んだ。
「そんなことはない。私は月凪のことを嫌ってなどいない。愛している……と言っても説得力がないとはわかっている。だが、愛した妻との子を嫌うなど、あり得ない話だ」
「……そう、ですか」
恭一さんの返答を聞いた月凪は胸を撫で下ろし、安堵の息を零す。
俺もなにを言われるのか緊張していたけど一安心だ。
無関心に見えていたのは今の妻から月凪を守るために、自分ごと遠ざけていただけ。
妻が亡くなったショックと、本人が不器用なこともあるだろう。
全ては不幸が重なった結果。
恭一さんがしたことは変わらないが、全部が全部悪いとも思えない。
「ありがとうございます、お父様」
「礼を言うのは私の方だ。ともかく……月凪は墓参りを済ませてくるといい。桑染くんと言ったな。月凪が墓参りをする間、君は私に付き合ってくれないか」
……マジ?
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追記:父親の名前誤字でした修正しました




