第69話 いいパパになれそうですけどね
帰省から帰宅して、翌日。
月凪のお墓参りに同行することになったのだが――まずは手向ける花が欲しいとのことで、花屋さんへ足を運んでから向かうことになった。
「お花は毎年白いカーネーションを買っているんです。それくらいしか供えられるものがないのは心苦しいですけど」
「まあいいんじゃないか? お墓の管理の限界があるし」
「そこは大丈夫ですね。昔からお父様が依頼しているのか、いつ来ても結構綺麗にされていまして」
「……意外といえば意外だな。申し訳ないけど、前に見た調子だとそんなことをする人には思えなかったし」
「今となっては確かめられないことですが、夫婦仲は良かったのかもしれません。でなければ私が生まれることもなかったでしょうし」
そう付け足す月凪だが、真偽はどうでも良さそうな口調だ。
世の中には少なからず政略結婚なんてものも存在しているわけだし。
というか、現に今の月凪の両親はそういう経緯で結婚していそうだ……なんて話もしていたな。
その辺の細かい事情は当事者じゃないから分からないけど。
「……子どもって夫婦なら当たり前に欲しいものなのでしょうか」
「藪から棒だな。なんで急にそんなことを?」
「なんとなくですよ。珀琥はどう思います?」
そう聞かれてもなあ。
内容が内容だけに、微妙に答えにくいし。
けれど、月凪にその手の揶揄いを伴った雰囲気は窺えない。
単に興味が湧いたから俺へ問いを投げただけだろう。
……でも、子どもか。
「ぶっちゃけよくわからないってのが正直なところだな。そもそも子どもがあんまり得意じゃないってのもあるけど、欲しいか欲しくないかだけで語れるほど単純な話でもないと思う。少なくとも相手が必要だし、俺の場合は男だから出産をする当事者にはどうやってもなれないからさ」
「真面目な回答ですね。私も似たような感じで、子どもは目的ではなく結果だといいなと思います。そうじゃないと生まれる子どもが可哀想……というか、両親には愛されていて欲しいじゃないですか」
月凪の答えは実体験を元にしたものではないかと察してしまい、気の利いた返しが出来なくなる。
子どもは愛されていて欲しいという考えには全面的に同意だ。
俺も両親と妹の支えがあったから立ち直れたわけだし。
「そう思えるなら月凪が間違えることはないんじゃないか?」
「どうでしょう。自分がそうする立場にはなったことがないのでなんとも。そういう風に育てられた人は自分にも子どもが出来た時、同じような育て方をするともどこかで見ましたし」
「……改めて子育てって難しい話だな。当分は先だろうし、自分がその立場になれるとも思えないけど」
「珀琥はいいパパになれそうですけどね」
「顔で怖がられないか?」
「私が認めるとでも?」
にっこりと微笑む月凪にそういえばそうだったなと思い直す。
でも、俺の顔が子どもに好かれるかどうかなら、大多数はノーと答えるだろう。
その答えに異論はないし、同じように月凪の答えも変わらない。
「珀琥はもっと自信を持つべきです。体格にも恵まれて、性格も穏やか。自分を高める努力も惜しみませんし」
「長年で染みついた感覚は中々拭えなくてさ。どうにかこうにか矯正中ではあるから経過観察ってことで」
「近くで見守っていていいんですか?」
「楽しいとは思えないけどご自由に」
「なら、特等席で観させていただきましょうか」
そっと、俺の手の甲を月凪が撫で、やんわりと握られる。
すっかり慣れてしまった触れ合いには動揺することなく、俺も握り返した。
そうこうしている間に目的地の墓地に着く。
立ち並ぶ墓石は仏教的なものではなく、キリスト教圏で見るようなもの。
「……なんか緊張して来たな」
「その必要はありませんけどね。花を手向けて、拝んでくれればいいんです」
なんとなく、墓地に入ると口数が少なくなってしまう。
緊張か、この空気感を壊したくないからか。
このお墓参りは月凪にとっての大切な時間だろうから、俺なんかが邪魔をしたくないとは思っている。
「そろそろ見えてきます――」
言いだした月凪だったが、ピタリと足を止める。
何かと思い視線を辿ると、そこには見覚えのある男性が墓の前に立っていた。
……まさか、月凪の父親か?
「……どうしてお父様がこんなところに」
零した呟きで俺の推測が的中したのだと理解する。
関係性が良くないはずの父親が亡くなった母親の墓参りをしていたなんて、恐らく月凪は知らなかったのだろう。
今日鉢合わせてしまったのは、俺の帰省に着いてきていつもの時期がずれたからか。
立ち止まり、動けなくなってしまった月凪をどうするべきか。
迷っていたのだが、先に動いたのは父親と思しき男性の方だった。
踵を返した男性が俺たちの方へ歩いてきて。
目が合い、微妙な間が流れる。
しかし、月凪のことを認識しても何も言わず、俺たちの横を通り過ぎようとした。
「――待ってください、お父様。どうしてお母様のお墓参りをしているのですか」
その父親を呼び止めたのは、他でもない月凪だった。
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