第67話 女の子的には結構おいしい機会なので大丈夫です
「お祭り楽しかったですね。屋台も沢山で、美味しい物も食べて遊んで、最後の花火もすごく綺麗で……まだ花火の音がどこからか聞こえる気がします」
お祭りが終わっての帰路。
薄く笑みを浮かべながら隣を歩く月凪に「そうだな」と俺も答える。
からん、ころんと小気味よく鳴る下駄の足音。
名残惜しむかのようなゆったりとした歩調に合わせて歩く。
月凪の言う通り、お祭りはとても楽しかった。
屋台にしても、花火にしてもそうだ。
久々に来たのもあるだろうけど、一緒に回ってくれる月凪がいたのが一番大きいのではなかろうか。
結局のところ、誰と体験を共有するかに集約されると思う。
「浴衣も初めて着ましたし、貴重な体験をさせていただいたなあと」
「母さんの趣味に付き合わせたみたいになってないか?」
「そんなことありませんよ。一度くらいは着てみたいと思っていましたから。普段とは全然勝手が違うので、そういう意味では疲れましたけど」
それはそうだろうなと傍から見ている俺も思う。
甚平と違い、浴衣は動きが制限されやすい。
しかも足元も下駄なんて歩きにくいもの。
それで何時間も歩き回っていたら疲れるのも当然だ。
「ちゃんと休まないとな。一応、明日の午後には帰る予定だったけど」
「過ぎてみればあっという間でしたね。珀琥のご家族が良くしてくれて、私ものびのび過ごせました」
「淡翠が騒がしかったって正直に言ってもいいんだぞ?」
「賑やかでいいじゃないですか。妹がいたらこんな感じだったのかなあと。……現実はそうともいきませんけどね」
月凪の家族関係が良くないことは俺も知っての通り。
だから、少しでも安らぐ時間になったのなら、連れてきてよかったと思う。
「夏休みももう終わりか。長いようで短かったな」
「同居生活が始まったかと思えば風邪を引いてしまい看病してもらって、お二人と一緒にプールにも行きましたね。珀琥の帰省に同行してご家族に良くしてもらい、浴衣を着てお祭りで花火を観る。……振り返ると、とても充実した夏休みだったと思います。こんなにいい思い出ばかりの夏休みは初めてですよ」
「俺もだよ。前までは人と関わる機会が少なかったし。成長した、ってことでいいのかな」
「いいんじゃないですか? 彼女とも一応の和解が出来たのは、そういう側面もあると思いますし」
「……月凪が嫌う必要はないのに」
「珀琥が和解できたことと、私の中での彼女に対する好悪は別問題です。珀琥が甘い分の帳尻を取っているだけですよ。金輪際話すことはないと思いますが」
月凪が西城と顔を合わせる可能性は俺の帰省に着いて来た時しか発生しない。
それでも俺が甘い分の釣り合いを取るために月凪が嫌う必要はないと思うけど。
「でも、夏休みが本当に終わってしまうんですね。こんなに暑いのに」
「残暑ってか普通に夏真っ盛りだよな」
「最近は季節がきっぱり分かれ過ぎだと思います。秋は好きなのに短すぎて、ほぼないみたいな扱いですし」
月凪はぼやきつつ、小さく欠伸を零した。
暑い中、お祭りで歩き回ったから疲れてしまったのだろう。
「もう、眠いみたいです。汗くらいは流してから寝たいのですが……」
「それは耐えてくれ、としか言いようがないな」
「珀琥が一緒にお風呂に入って私の身体を流してくれれば解決では?」
「別の問題が発生するから勘弁してくれ」
「残念です。二人で入れば時間的にも一石二鳥だと思ったのですが。私、今日は珀琥がお風呂から上がってくるまで起きていられる自信がないですし」
「俺を待たずに寝てていいんだぞ?」
「寂しいじゃないですか」
当たり前みたいな顔で言わないで欲しい。
ただ、眠気の問題は本人次第であるからして。
「じゃあ、せめて一緒に寝ませんか」
「それも見られたら大惨事なんだが」
「心配なんです。こういう時、精神的には不安定になりやすいでしょう?」
覗き込んでくる青い瞳が、真っすぐに。
「……それならまあ、やぶさかじゃないけども」
「素直に受け入れたらいいのでは?」
「恥ずかしいんだよ察してくれ」
「心の傷に恥ずかしいも何もないと思いますけど」
「男の子的にはちょっとアレなの」
「女の子的には結構おいしい機会なので大丈夫です」
珀琥が弱っているのは珍しいので、なんて付け足す月凪は、俺が繕おうとしていた感情を見透かしているのだろう。
俺も流石にトラウマの相手と会って話せばメンタル的に疲弊する。
それを月凪なりに癒そうとしてくれたのは嬉しいが。
「……やっぱりなしで」
「つれないですね。なら、ちょっとそこに屈んでください」
「なにをするんだ?」
「いいですから」
さあ、と仕草で示す月凪に従い、その場に屈む。
すると、月凪の手が俺の頭へ伸びてきて、慈しむような手つきでそっと撫でられる。
むず痒さを感じながらも視線だけで意図を探れば、微笑みが返ってきた。
「俺は犬じゃないんだが」
「犬じゃなくても撫でるくらいはしますよ。それに、人に撫でられると落ち着く上に、なんだか認められている気がしませんか?」
「……まあ、確かに」
「そういうことなので思う存分甘えていいんですよ」
「じゅうぶん甘えてる気はするけどな」
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