第66話 照れてます?
「……今更ですけど、余計なことをしてしまいましたかね」
西城と別れ、花火に備えて見晴らしのいい場所へ到着してからのこと。
自信なさげな声音で尋ねてきた月凪へ、俺は「そんなことはない」と首を振った。
「俺一人だったら多分、世間話をして別れただろうからさ。お互いに言いたいことを言うきっかけを作ってくれたのは本当にありがたかった」
「ならいいんですけど……私は彼女のこと、好きになれそうにありません。珀琥のことを傷つけておきながら今になって馴れ馴れしく声をかけてくるなんて意味が分からないです」
「……そうだけど、本当は謝りたかったんじゃないかとも思う。最後にはそういう流れになったわけだし」
「珀琥は優しすぎますよ。あんな人の謝罪を形だけでも受け入れる意味なんてないのに。謝られて何が変わるわけでもないでしょう?」
「謝られたって事実は残る。それが、自分が過去にしたことは間違っていなかったんだって証明になるかなって」
西城に拒絶されたことはそりゃあ悲しかったし、辛かった。
俺が酷いことをしていたなら話は別だけど、認識の中では助けただけ。
家族は俺の行いを肯定してくれたが、西城からすれば余計なお世話だったんじゃないか……みたいなことをずっと考えていた。
だから少しだけ、この結果にほっとしている自分もいる。
我ながら甘いなと思うけど、俺はどうにも憎むとかは苦手みたいだ。
あくまで苦手な人というやんわりしたカテゴリーに分けられるだけ。
「……まあ、珀琥らしいと言えばそうかもしれませんね。優しすぎるんですよ。あんなことがあったなら、もっと冷たい人間になっていても誰も責めないのに」
「そこはうちの家族のお陰ってことでひとつ。運が良かったんだよ」
「先に不運を被っているんですから、それくらいの幸運はあって然るべきです」
それはそうなのかもしれないが。
一人なら月凪が言うような人間になっていたかもしれない。
けれど俺の周りにはずっと家族がいてくれて、遠ざかろうとしていた俺を離してくれなかった。
言ってしまえば望外の幸運に恵まれただけ。
だからせめて、自分を離そうとしなかった人に顔向けできないようなことはしたくないなと考えただけのこと。
「というか、俺も月凪に聞きたいことがあるんだが」
「なんですか?」
「どうして前に俺が話した女の子が西城だってわかったんだ?」
名前までは教えていないから確証はなかったはず。
尋ねてみれば「簡単なことです」と月凪が答え、そっと俺の頬へ手を伸ばす。
細い指先が、ぴたりと触れた。
いつもより温かな体温が、たったそれだけの面積からでも伝わる。
「彼女と顔を合わせた時、不意に手を握る力が少しだけ強くなったんです。無意識ですよね。表情と声音も緊張のせいか強張っているように感じました。それと、アルバムを見た時に同じクラスだった女子たちの顔と名前を頭に叩き込んでおいたので、西城という名前が出たときにもしかしたらと。微妙に鎌かけの部分が残ってしまったのは不安でしたが、女の勘的には間違いないと思っていたので」
「…………」
「珀琥?」
「ああいや、随分よく見てるんだなって思ってただけだ」
それも怖いくらいに。
長く一緒に過ごしていて、だらしないところや不器用故に生まれた失敗を沢山見ていると誤解しそうになるが、月凪はこれでも基本的にはハイスペックな人間だ。
洞察力にも優れ、記憶力と推察力も申し分ない。
決め手になった女の勘についてはさておくとしても、理由を聞けばそれなりには納得できた。
……てか、家でアルバム見てるあの間に女子だけとはいえ顔と名前を覚えたってどうなってるんだ?
初めからクラスメイトと遭遇する可能性を考えていたとしか思えない。
いやでも、俺ですら予想できたことに月凪が気づかないわけもないか。
「そりゃあ、見ていますよ。彼女ですから」
「……あれはほら、ああ言うしかなかったって言うか」
「わかっていますよ。言ってみただけです。そうあるべきだと求めたのは私ですから。でも、大切な人だと言ってくれたのは、嬉しかったです」
「…………そうかい」
「照れてます?」
「照れるくらいいいだろ別に」
「ですね。照れる珀琥も可愛いです」
手のひらの上で転がされている感が否めないけど、仕方なし。
わいわいがやがやと絶えない賑やかな声が、急に響いた重い音に掻き消されて。
どーん! と。
打ち上がった花火が夜空に咲いた。
「始まったみたいですね、花火」
「晴れてよかった。綺麗に見える」
「写真を撮ろうと思っていたのに……どうしてか目が離せません」
「気持ちはわかるぞ。花火ってなんかいいよな。彩り豊かで、綺麗で、きらきらしてて、風流さみたいなのもあって、色んな形があって飽きない」
次々と打ち上がる花火。
大輪の花を咲かせ、数個が一気に花開き、シャワーのようなキラキラを空から降り注がせて、沢山の観客を沸かせる。
どーん、どーんと響く打ち上げの音が心地いい。
胸に響くそれが、花火以外のことを忘れさせてくれて。
不意に見てしまった月凪の横顔に、視線が留まる。
真っすぐに蒼い瞳を夜空へ向けながら花火を見上げ、目を輝かせていた。
純粋無垢な少女然としたそれが、普段とのギャップのせいか妙に可愛く見えて。
「珀琥、見てください! 大きな花火です!」
「……ほんとだな」
一際大きなサイズの花火へ視線を移しながら同意して、頭にちらつく月凪の横顔を意識しつつも花火を眺めるのだった。




