第65話 信じてくれるから
「邪魔だなんてそんなつもりは……というか、あなたは誰?」
「私は白藤月凪。珀琥と同じ学校に通っていて、お付き合いをさせていただいています」
よろしくお願いします、と言葉だけ西城へ告げる。
それから振り向き、俺は微笑みを投げかけられた。
俺の動揺を見透かしたのか、大丈夫だと諭すように。
「……桑染くんの彼女さん? でも学校って遠いんじゃあ」
「ええ。珀琥の帰省に誘われまして、ご実家でお世話になっています」
全く隠すことなく月凪がここにいる理由を話すと、西城は見るからに驚いていた。
俺に彼女がいるばかりか、帰省まで一緒にしているのだ。
過去の有様を知る人間の反応としては妥当だと思う。
……付き合っていると断言していたことには、ややこしくなりそうだから突っ込まないことにするけども。
「そんなに仲がよかったんだ。てことは、もしかしてデート中だった? わたし、意図せず邪魔しちゃったってこと?」
「そういうことです」
「あー……うん、それはわたしが悪いね。ごめんなさい。見知った顔の人がいたから、つい話しかけちゃったの。県外に出たって聞いていたから」
「気持ちはわかりますよ。理由にも納得します。ですが――相手の事情くらいは考えるべきだと思います」
それが示す意味は、察せないわけもなく。
声音も淡々としていて抑揚も薄く、顔も見えないのに少しだけ怖い印象を受けた。
西城の表情も強張り、視線が泳ぐ。
何かを言おうとしているが言葉が纏まらない、そんな雰囲気。
「あなたですよね。中学生の頃、珀琥を傷つけた人は」
「……っ、そうだね。誤魔化すつもりはないよ。わたしの無遠慮で自分勝手な行いが、桑染くんを傷つけた」
どうしてか、月凪は俺が以前話した女の子を西城だと確信していた。
西城も認めたことで事実に変わる。
「月凪、俺は気にしてないから西城を責めるような真似は――」
「これはただの確認です。私に彼女を断罪するような権利はありませんよ。それはわかっているつもりです。ですが、それはそれとして、聞きたいことがあるだけです。悪いようにはしませんから」
「……危なそうなら止めるからな。月凪にも西城にも、余計に傷ついて欲しくない」「お願いします。悪いようにはしないと言いましたが……今は少しだけ感情のブレーキが緩んでいる自覚があるので」
俺なら止めてくれると思っているのは月凪なりの信頼か。
任せてしまうのは心苦しいが、穏便に事が済むのならひとまずは見守ろう。
俺も俺で冷静じゃない自覚がある。
今のうちに表面上だけでも取り繕っておくべきだ。
「西城さん。私があなたに聞きたいのは二つだけです。どうして珀琥を裏切ったのか。そして、珀琥が一度命を断とうとしたのを知りながら話しかけたのか、ということです」
「えっ……?」
西城は口元に手を当てながら息を呑む。
そういえば引きこもりから立ち直って学校に行ったけど、自殺未遂のことは誰にも話したことがなかったな。
別に意図的に秘密にしていたわけじゃないからいいけども。
話す相手もいなくて、学校に行くようになった後も腫れ物扱いで誰も近づいてこなかった。
西城は居心地悪そうにしていた気がするけど、俺がそもそも関わりたくなくて避けていたし。
「ちょっと待って。桑染くんが自殺をしそうになったって本当なの?」
「嘘をつく理由があると思いますか?」
「……そんな。わたしが、わたしのせいで」
西城は動揺し、錯乱したのか焦点が合わなくなる。
声は震え、浴衣の袖を強く握りしめていた。
「その反応を二つ目の質問の答えとしておきましょう。それで、一つ目の答えについてはどうなのでしょうか」
しかし、月凪は淡々と問いへの答えを西城へ求める。
西城に使う時間が勿体ないとでも言うように。
「……そう、ですね。一つ目の答えですよね。――怖かったんです。わたしを助けてくれた桑染くんの力が、いつかわたしにも向けられるんじゃないかと考えてしまって、それで」
息を整えながら西城が語ったのは俺も想定していた一つの、ありふれた理由だった。
普通に考えて複数の高校生と取っ組み合いになったのに、なんとか引き分けになる中学の同級生、しかも異性なんて怖いに決まっている。
要は俺が助けたことに対する感謝を恐怖心が上回っただけのこと。
人間なんてそんなものだ。
理屈を感情が塗り替えることくらい、往々にしてある。
「……質問の答えは受け取りました。私が知りたかったことはこれで全部です」
もう用はないと示すように、月凪は踵を返して振り返る。
そして流れるように俺の手を取り、軽く引く。
「――珀琥、場所を変えましょう。話すべきことも終わりましたし、もうすぐ花火が始まってしまいます」
「…………そう、だな」
俺から西城に言えることは何もない。
大体月凪が言ってしまったのもあるけど、苦手意識が残っていて一刻も早く立ち去りたいと思っていた。
「待って!」
だが、月凪と一緒に離れようとした俺を、西城が呼び止めた。
「これ以上、他に話すべきことがあるのですか」
「一つだけわたしも桑染くんに言わなきゃダメなことがあるの。どれだけ遅くても、今を逃したらもう言えないから」
「……珀琥は、どうしたいですか?」
不機嫌そうだった月凪だが、最後の判断は俺に任せてくれるらしい。
僅かに迷って、俺は「わかった」と頷いた。
一体何を言われるのかはわからないが、西城の雰囲気と表情からして少なくとも傷つけるような内容ではないだろうと思ってのこと。
西城は安堵の息を零して、俺とぴったり視線を合わせた。
そして、綺麗に腰を折ったのだ。
「桑染くん。遅くなったけれど……本当にごめんなさい。あの日助けてくれた桑染くんに、わたしは恩を仇で返してしまった。恐怖に負けて桑染くんを傷つける選択をした。許してとは言いません。こんな謝罪が何の意味も成さないことくらいはわかっているつもりです。それでも、わたしは桑染くんに言わなきゃと思ったから」
中学生。
二年は前のことで謝られても後の祭りだ。
事は起こった後で、傷はついたままで、それらをなかったことには出来ない。
「……俺が月凪と出会ったのは大体一年くらい前のことでさ。色々あって付き合うことになったんだけど、その頃は今ほど仲が良かったわけじゃなくて。でも、一緒に過ごすうちに仲良くなって、今では大切な人だと心の底から言えるんだ」
「…………」
「その月凪が俺のことを信じてくれるから、少しずつでも前に進もうと思えるようになったんだ。きっと、昔の俺のままなら、西城に話しかけられても逃げ出していたと思う」
「……そうされてもおかしくないことをしたんだけどね、わたしは」
「かもな。過去は変わらない。でも、西城の謝罪は受け入れる。水に流して仲良く……とはいかないけど、そこは理解して欲しい」
「大丈夫。そんなの都合が良すぎるし、謝罪一つで許されるなんて思ってないから」
バツが悪そうにしながらも、敵意は一切感じない。
苦手意識は残ったままで、一方的な謝罪かもしれないけど、これでいい。
この先、西城と関わることは偶然の神が微笑みでもしない限りはないと思うから。
「じゃあ、俺たちは行くよ。西城も元気でな」
「……うん。桑染くんこそお元気で。なんて、こんなに素敵な彼女さんがいるなら心配いらないのかもしれないけど」
「…………あなたに褒められても嬉しくなんかありませんから」
それでも、今日。
過去に一つ区切りをつけられたのは、とてもよかったと心から思う。
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