第64話 再会
「時間が経つと流石に混み合ってきますね……」
お祭り会場が開かれてしばらくした頃。
会場内は俺たちが来た時よりもさらに人が増え、大きな賑わいを見せていた。
人が歩く隙間はあるものの、腕や肩が触れ合うこともしばしば。
転んだりしないよう足取りを遅くしたり、はぐれないよう手を繋いではいるが、月凪は困ったように眉を下げている。
「足元気を付けろよ。慣れない下駄じゃあ歩きにくいだろうし、もし踏まれでもしたら簡単に転ぶからな」
「気をつけてはいますし、もうちょっと詰めた方が良さそうですね」
なんて言いつつ繋いでいた手を一旦離し、腕を絡めてから手を繋ぎ直す。
急なそれに驚くも、はぐれないための措置だとは理解していた。
……肘に当たる柔らかい感覚については考えないことにする。
「これで絶対はぐれないですね」
「歩きにくくないか? 身長差もちょっとあるし」
「安心感でプラスです」
「なるほど」
わかったような、わからないような。
なんにせよ月凪が満足そうにしていたので、俺から腕を解くようなことはしない。
この方がはぐれないのはその通りだし。
「それにしてもお祭りってこんなに楽しいんですね。住んでいる辺りでもあったのでしょうか」
「探せばありそうだけど興味が出たのか?」
「多少ですけどね。夜に出歩くのは以前は避けていたので。一人でお祭りなんて寂しくなりそうですし、変な人にも絡まれそうです。珀琥がいてくれたらそんな心配もしなくてよさそうですけど」
「男除けになれてるようでよかった。まあ、見てくる人はいるけども」
「それは仕方ありません。視線くらいは甘んじて受け入れましょう。物理的に手出ししてこなければなんでもいいです」
月凪もある程度は諦めているらしい。
自分が目立つのを自覚しているからだろう。
「……ですが、人が多すぎるせいか少々酔ってしまって。どこかで少し休ませてもらってもいいですか? 座れなくてもいいので」
横から覗き見る月凪の表情は、やや疲れた風に見えた。
顔色までは薄暗くて窺えない。
「気が利かなくて悪かった。休めるとこ……とりあえず端の方に行ってみるか」
「お願いします」
人混みをかき分けるように進むと、徐々に人の絶対量が減ってくる。
屋台の数も少なくなり、会場に絶えず響いていたモーター音やBGMが遠ざかる。
端の方では俺たちと同じように休んでいる人たちが固まっていた。
屋台で買ってきた食べ物を片手に談笑していた人たちに見られながらも、少し離れた位置に陣取って息をつく。
「ここなら良さそうですね」
「必要なら肩くらいは貸せるけども」
「勿体ないお誘いですが遠慮しておきます。浴衣が崩れてしまっては困りますし」
「……そりゃ確かに困るな」
もしも浴衣の帯がほどけたら一大事だ。
俺は浴衣の着付けの方法なんて知らないし、言い方的に月凪もそうだろう。
そうなったら応急処置だけして会場を抜け出さないとならなくなる。
「それに、結構汗もかいてしまっていますし」
「これだけ暑かったら仕方ないだろ。日は完全に落ちたけど夏は夏って感じだな。風が多少あって、甚平だからマシだけども」
「甚平は涼しそうでいいですね。浴衣は熱が籠ってしまうのだけが難点です。可愛いので我慢しますけど」
「女性のお洒落に対する情熱は凄まじいよな」
「可能な限り自分を可愛く見せたい生き物なんですよ」
言いつつ組んでいた腕を離し、俺の前でくるりと一回転。
浮べた微笑みが、暗がりの中で白く咲く。
月凪の浴衣姿は家でも、会場に来てからも見ていたはずなのに、改めて見ても本当に似合っているなと思う。
「花火まではもう少し時間がありますよね。ここからでも綺麗に見えます?」
「どうだったかな。微妙な気もするけど、見えないことはないはず」
「人が少ない穴場とかあったらいいんですけど……」
「母さんに聞いておくべきだったな。見晴らしがいいとこは人で埋まるだろうからなるべく避けたいし」
「賑やかなのもいいですけど、静かなところで眺めるのもいいですよね。花火の音だけが聞こえる感じで。他の人がいないなら落ち着いて見られそうですし」
「そんな場所はなさそうだけどな」
「ええ。ですが、場所より一緒に観る人が大事ですから」
そうでしょう? と投げられた言葉に同意を示そうとして。
「――あれ? 桑染くん?」
聞き覚えのある女性の声が、俺の名前を呼んでいた。
少しだけ緊張を覚えながらも声の方へ振り向くと、浴衣姿の女性の姿があった。
楚々としていて穏やかそうな雰囲気の、黒髪の少女。
その少女が、記憶に深く刻まれたあの人と重なる。
もしかしたら誰かと会うかもしれないとは思っていた。
だから驚きはしない。
ただ、自分の頭が冷え切っていくのを、なんとなく感じた。
彼女に敵対の意思がないことはわかっている。
俺も事を荒立てる気はない。
穏便に、何事も起こさず、この場を切り抜ければいい。
「……西条か。久しぶりだな」
彼女は西条美空。
中学の頃の同級生で、俺にも分け隔てなく接してくれた数少ない人で、最後には俺から離れていった人で、未だ克服できていないトラウマと呼ぶべき対象だ。
西条は俺が名前を呼ぶと、どこか安心したように微笑む。
自分は敵ではないと示すように。
「わたしのこと、覚えていてくれたんだ。本当に久しぶりだね。最後に会ったのは卒業式の日だから……一年半くらいぶり?」
「だな。まさかこんなところで会うとは思わなかった」
「偶然ってあるんだね。県外の高校に進学したって聞いてたけど、元気そうで何より――」
あくまで親しげに話してくる西条だったが、突如として月凪が割って入る。
そして、何故か俺を庇うように陣取り、
「申し訳ないのですが、離れていただいてもいいでしょうか。私と珀琥の邪魔をしないでください」
月凪にしては珍しく強い調子で言い放ったのだ。
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