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第6話 これも立派なデートですよ

「――おはようございます、珀琥」


 週末、土曜日の朝。

 今日は約束していた泊まりと、パジャマを買いに行こうと誘われていた日。

 朝食を用意して待っていた俺を訪ねてきたのは、見るからに余所行きのお洒落な服に身を包んだ月凪だった。


 上は袖口が膨らんでいて、控えめながらレースの装飾がある白い長袖のブラウス。

 下はハイウエストの足首まである紺色のロングスカートを翻し、月を象った飾りがチェーンに通った銀色のネックレスが胸元で煌めいている。


 六月上旬の穏やかな気温には丁度いい服装だ。

 肌の露出が少なめなのは意識してのことだろう。


 片手には宿泊用の荷物を詰めた鞄が提げられていた。

 泊まりが終わるまで自分の部屋に帰らないという意思表示か。


「とりあえず上がってくれ。荷物は適当に置いてくれ」

「わかりました。それと、髪を結ってもらっていいですか」

「はいはい。ご希望は?」

「基本はいつものハーフアップで、髪も巻いてもらえると」

「了解だ。……てか、どうにか自分で出来るようにならないか?」

「手がかかるのも可愛いでしょう?」


 本当に可愛いから否定できないのが悔しいな。


 じゃれ合いもそこそこに荷物を置いた月凪と洗面所へ。

 椅子に座らせ、言われた通り月凪の髪型を整える。

 絹糸のような髪を触るのはまだ緊張するけど、何度もしているからか俺の腕も上達していて失敗することは滅多にない。


 ヘアアイロンで緩く巻き、それを結えば出来上がり。

 髪型自体は同じでも、巻いてあるだけで印象が大きく変わる。


「似合っていますか?」

「素材がいいからな」

「答えになっていません」


 鏡の前で投げかけられた問いへ適当に返したのがいけなかったのだろう。

 頬をむくれさせながら不機嫌アピールをし始めた月凪を宥め、俺も最後に鏡を見ながら髪型や服装の乱れを直しておく。


 俺も既に外出用の私服に着替えてある。

 とはいってもファッションにはほぼ興味がないため、前にマネキン買いしたものをそのまま着ることに。


 下はジーパンで、上は白Tシャツに黒のジャケットを羽織るだけ。

 髪も軽く固めてあるため、割と様になっている……はずだ。


 偽物と言えど月凪の彼氏なのだから、下手な格好で外には出られない。


「俺も変なところはないか?」

「ありませんよ。朝食はどうします? 出来れば軽く食べておきたいです。お腹が鳴ったら恥ずかしいですし」

「そう言うと思ってサンドウィッチを作っておいたぞ」

「流石は珀琥。準備がいいですね」

「どうせ食べてないだろうと思ってたからな」


 毎日のように朝食を食べにくる月凪が自分で用意しているはずがない。

 ただの人読みだけど的中したらしい。


 冷蔵庫の中から作っておいたサンドウィッチの皿を取り出し、リビングで待つ月凪へ届ける。

 具材はベーコンレタストマトと玉子の二種類。

 月凪は早速とばかりに手に取った玉子のサンドウィッチを小さな口でハムスターのように食べ始めた。


 俺もその様子をよそに一つずつ摘まみ、遅れて月凪も食べ終える。


 そして、休憩を挟んだところで、必要な荷物を持って家を出た。


 目的地は二つほど離れた駅の近くにあるショッピングモール。

 なので電車で向かう必要があるのだが、休日だからか通勤ラッシュほどではないにしろ混み合っていた。


「手、離すなよ。はぐれるし、変なのに絡まれかねない」

「リードするのは珀琥の役目でしょう? デートなんですから」

「デートなのか……?」

「二人で出かけるんですから、これも立派なデートですよ」


 ぎゅっと。

 いつものように繋いでいた手を握られた。

 ほんのり冷たい体温で、月凪の存在を強く意識する。


 それならまあ、仕方ないかと思い直す。

 そもそも月凪を気にかけないなんて、俺にはもう無理だとわかっている。


 切符を二人分買い、駅のホームで待つこと数分。

 時間通りに到着した電車に乗り込むと、座れる席がないくらい混んでいた。


「壁際に」


 一言で意図を察した月凪が壁を背にし、俺が月凪を守るように列車の内側に立つ。

 こうすることで月凪が色んな被害に遭う可能性を減らしている。

 警戒しすぎても、し過ぎということはない。

 それだけ月凪の容姿は優れているし、同乗している誰かが魔が差さないとも限らないのだ。


 がたん、と音を立てて列車が発進する。

 たった二駅、十分もかからない道のり。

 だから何事も起こらないと高をくくっていたのだが――


「きゃっ」


 唐突にかかった列車の急ブレーキ。

 キィィィッ!! と甲高い音を響かせながら速度を落とす車内で、よろめき倒れかけた月凪を咄嗟に抱き留める。


「大丈夫か?」

「……助かりました」


 なぜか不満そうな気配を湛えたまま上目遣いで見上げる月凪に言いたいことがないでもなかったが、それも愛嬌かと呑み込む。

 可愛いは全てにおいて効果抜群の免罪符である。


 完全に停車したところで、先んじて月凪から手を離しておく。

 いつまでも抱きしめていたら何か言われかねないし、周りからの視線が痛い。


『乗客の皆様にお知らせいたします。ただいま線路内に人が立ち入り、運転を見合わせております。乗客の皆様にはご迷惑を――』


「発車まで時間かかりそうだな」

「折角のデートを台無しにされるのって本当に萎えますよね」

「それはわかったから離れてくれないか?」

「…………」

「……はいはい。お好きにどうぞ」


 無言の圧に屈し、全く離れようとしない月凪の好きにさせておく。

 これくらいで機嫌が直るなら安いもの。

 擦り減るのは俺の精神力だけだ。


 ……それでいいと真剣に思ってしまうあたり、俺も手遅れなんだろうな。


 抱き着かれるのは嫌じゃないし、甘えられるのも信頼の裏返しと思えば拒絶する気にはなれない。

 一目が多い場所でするのはちょっとなあ……と思うものの、独占欲が滲んだ結果なら途端に愛らしく見えてしまう。


 つまるところ、俺は月凪に逆らえそうにないわけだ。


『乗客の皆様にお知らせいたします。問題が解決したため、まもなく発進いたします。ご迷惑をおかけいたしました――』


「珀琥」

「今度は何だ」

「着くまで珀琥が支えてください。その方が安全ですから」

「俺は手すりか?」

「私専用の、ですからね」


 悪びれもなく言ってくる月凪に悪意はない。

 少しだけ離れ、ジャケットの袖を摘まみながら肩を預けてくる月凪を支えたところで電車が再び走り出すのだった。


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