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恋人のフリを頼んできた美少女がなぜか全然別れてくれない件  作者: 海月 くらげ@書籍色々発売中
第一章

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16/90

第16話 私の身体のどんなところに見蕩れていたのかとてもとても気になります

 休日でも、俺がやることはあまり変わらない。

 ランニングの後、俺の部屋でシャワーを浴びる月凪を待ちつつ、朝食を作ることに。

 平日と違って弁当を作らなくていい分、調理の方に時間や手間も割ける。


「今日はフレンチトーストだな。月凪も好きだし」


 元より考えていたメニューを頭に浮かべながら、調理台に材料を並べていく。

 厚切りの食パン、卵、バターや調味料各種。

 簡単に作れるのに美味しいから重宝している。


「トッピングはお好みでいいな。甘めで食べるのもよし、ハムやら目玉焼きを合わせるのもよし。……ああでも、太るとか言ってたから甘いのは避けるのか?」


 わからないけど、食事は出来ればあまり制限せずに取って欲しいなと思う。


 いつも食べすぎってことはないし、過剰な制限は本人にもストレスになる。

 それなら食べた分をちゃんと運動してカロリー消化する方が健全だろう。

 月凪ならどれだけ嫌だと思っていてもサボることはないだろうし。


 一度決めたらやり抜く気概はある。

 そして、努力の重要性も理解しているはずだ。


 でなければ入学から今に至るまで学年首位を保持できていない。


 俺もテスト前はよくお世話になっているからな。

 月凪が天才ではなく、たゆまぬ努力を積み上げる凡人なのだと知っている。

 ……凡人は無理があるか?

 秀才とかの方が正しいのかもしれない。


 ともかく、運動については最悪俺が引き連れて行けばいいだけだ。

 頼まれれば朝叩き起こすのもやぶさかではないのだが、問題点が一つだけ。


「俺が寝ている月凪の部屋に無断で入って起こすのは……ちょっとなあ。合意の上でのモーニングコールでも抵抗が」


 月凪は頻繁に俺の部屋に出入りしているが、逆に俺が月凪の部屋に出入りする機会はあまりない。

 それこそ週一程度で行っている掃除で立ち入るくらいだ。

 防犯上の都合で月凪の部屋の合鍵は頑なに貰わないようにしている。


 男が女性の部屋の鍵を持っていても、碌なことにならないと考えてのこと。

 鍵を貰わずとも月凪が俺の部屋に入り浸っているから要らないというのもあるけど。


 そうこう考えている間に作った卵液に浸した食パンを、バターを敷いたフライパンでじっくり焼く。

 たちまち甘い香りが立ち上り、完成が待ち遠しくなる。


 後は焦がさないように焼くだけだ。

 だが、のんびりフライパンの様子を眺めていると、


「――きゃああぁぁああああっ!!」


 突然響いた月凪の悲鳴。

 浴室からでもよく届く声に驚き、慌てて様子を見に行く。


「月凪っ! 一体何が――」

「珀琥っ!! お風呂に虫がっ!! 蜘蛛がっ!!」


 すると、俺の声を聞いた月凪が必死の形相で飛びついてくる。


 もちろん、全裸で。


 否応なしに注意を引く火照った肌色は、満遍なく濡れている。

 肌に張り付く白銀の髪。

 初めて目にした隠すもののない胸は想像よりも大きく、その中心にあった桜色の突起が頭にこびりついて離れない。


「珀琥! 珀琥っ!?」

「……っ! わかったからとりあえず身体隠してくれっ!」

「え? …………ッ!!」


 俺の声で僅かに冷静さを取り戻した月凪が目を丸くし、遅れて自分がどんな格好をしているのか気づいたのだろう。


 シャワーを浴びていたせいではない赤みが顔全体に広がる。

 声にならない声が喉から漏れ出た。


 だが、月凪は俺から離れない。

 離れれば見えてしまうとわかっているからだろう。

 その判断力が残っていたことは嬉しいけど、柔らかな肢体を押し付けられるのだけは非常に悩ましい。


 ……が、悩むより先にやるべきことがある。


「とりあえずタオルで身体隠してくれ」

「…………ん」


 蜘蛛の処理をする前に月凪にバスタオルを渡して身体を隠してもらう。

 月凪はやっぱり見られたことが恥ずかしいのか、俺とは目を合わせないままタオルを受け取った。


 どうしようもない気まずさを感じつつも気を取り直して浴室へ。


「どこにいたんだ?」

「……窓の壁の方」


 細い声で示された場所を見てみれば、確かに黒く小さな影が壁を伝っていた。


 俺も虫は得意じゃないが、やりようはいくらでもある。

 収納から掃除用の塵取りを取り、そのついでにつけっぱなしだったクッキングヒーターを一旦切ってから戻る。

 その後で塵取りを使い、蜘蛛を掬い取って開けた窓からリリース。


 悪いな蜘蛛よ、月凪の心の平穏のために出て行ってくれ。


「蜘蛛は退治しておいたぞ」

「……ありがとう、ございます」


 脅威が去ったことを報告すれば、月凪は心底ほっとしたように息をついていた……バスタオル一枚を巻いたままで。

 普段見ることのない煽情的な姿にぐらりと理性が揺れる感覚を覚えてしまう。


「風呂、入り直してくるよな」

「そのつもりですけど……一つ聞きたいことがあります」

「悪いけど身体については見た以上の返事が出来そうにない。すまん」


 月凪が聞きたいであろう答えを誤魔化さず伝えれば、一気に月凪の顔が赤くなる。

 まあ、そういう反応になるよな。

 裸を見たのは完全に不可抗力、偶然の産物でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。


 俺も俺で見たものを見ていないとは誤魔化せそうになかった。

 今だけ嘘で隠し通せたとしても、ふとした瞬間の反応で多分バレる。

 その方がお互い気まずいし、信用問題に関わるから正直に話す方が今後のためだ。


「どんなふうに罵ってくれても構わない。目を瞑ってみないようにも出来たのに、そうしなかったのは完全に俺の落ち度だ」

「……見蕩れていたんですか?」


 探るような視線。

 どう答えても火傷しそうな問いに、喉の奥から罪悪感が染み出した気がした。


 けれど、正直に答えると決めたのなら、初志貫徹するべきだ。


「……月凪の言う通り見蕩れてた」

「…………ふーん」


 一体何を言われるのかと戦々恐々しながらも正直に話せば、返ってきたのはまんざらでもなさそうな声。

 そして、空色の瞳に悪戯っぽい気配が宿る。


「どんなところに見蕩れていたんですか?」

「……そこ、聞く?」

「聞きます。聞かせてください。珀琥が私の身体のどんなところに見蕩れていたのかとてもとても気になります」


 ここぞとばかりに攻めてくる月凪には不退転の意思が窺えた。

 半分くらいは俺を揶揄うためだとわかるけど……それにしたって困る。

 こんなの公開処刑以外の何物でもない。


 ……裸を見た分の賠償と考えれば妥当どころか破格の安さだとは思うけど。


 擦り減るのは俺の羞恥心や内心の自由だけ。


 仕方なく、あの瞬間の景色を思い返す。

 鮮明に焼き付いた肌色。

 邪な感情に吞まれないよう、湧き上がる熱を抑えつけて。


「――まず、肌がすごく綺麗だった。玉の肌ってああいうのを指すんだろうな。体型も均整がとれていて、なのに出るところは出ていて……月凪は太ったって言ってたけど、全然そうは見えなかった。…………このくらいで勘弁してくれ」

「――――っ」


 両手を上げて降参の意思を示す。

 顔が熱くなっているのを触らなくても自覚できる。


 月凪はというと、視線を右往左往させながら口を小さく開閉させていた。

 その顔は、見事なまでに真っ赤だ。


 そのまま数十秒ほど、気まずい間が挟まって。

 先に動いたのは月凪だった。


 バスタオルを巻いたままの月凪が俺に迫り、耳を貸すように手招く。

 なんだろうかと少し屈んで位置を合わせれば、耳元に月凪の口が添えられる。


「――また見たいなら、いつでも見せてあげますから」

「……………………は?」


 予想だにしなかった一言に頭が追いつかない。

 素っ頓狂な声を漏らした俺を置きざりにして、月凪は俺の後ろへ。


 直後、はらりとタオルが解かれる衣擦れの音が響く。


「シャワー浴び直してきますね。それとも……珀琥も一緒に入りますか?」

「……………………遠慮しておく」

「そうですか。残念です」


 背後から届くのは非常に上機嫌なことがわかる楽しげな声。

 対する俺は心に全く余裕がなく、絞り出すように断るのが精いっぱいだった。


 浴室の仕切りが閉まる音がして、やっとのことでため込んでいた息を吐きだした。


「……危なかった、マジで」


 俺とて健全な男子高校生。

 こんな誘惑を何度もされていたら、いつか暴発するのは目に見えている。


 それを月凪はわかっているんだろうか。

 いくらなんでも危機感が足りなすぎる。


 俺たちは偽物の恋人で、そんなことをする関係には程遠い。

 世の中には先に身体の関係を持つ場合もあるのだろうが、高校生という自立していない立場で無責任なことは出来ないし、したくない。


「…………反応しないってのも、無理な話だし」


 下腹部の変化が、月凪にバレていないといいけれど。

 流石にそれは恥ずかしいし、軽蔑されたら死にたくなる。


 でも……綺麗で可愛い、好きな女の子の裸を見たらこうなるのは当たり前だ。


 だから困っているんだよな。


 今日も夜まで月凪は居座るだろう。

 その間は処理できないと考えると……本当に、自分の理性が心配だ。


 まかり間違ってもそれ(・・)の瞬間を見られようものなら合わせる顔がない。


「耐えろよ、俺。ここが正念場だぞ……」


 ひとまず思考を強引に朝食のことへ切り替え、再び響き始めたシャワーの音を意識から遠ざけながらキッチンへ戻るのだった。





「………………珀琥、私の身体を綺麗って言ってくれました。あの様子だと興奮もしてくれていそうですし……でも、やっぱり手を出してこないんですね。お風呂くらいなら一緒に入ってもいいと思ってるのは本当なんですけど。……そうなったら我慢できないのは珀琥じゃなく、私になってしまいそうですね」

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