第九話 初対面の人との面会は……鬱だ
総合病院の院長だぞ!?
俺みたいな営業マンだってそうそう面会なんてできない凄い人なんだぞ!
そりゃあ緊張するっての!
「ようこそ、小山先生。そちらは黒瀬さんといいましたか。初めまして、この病院の院長をしている神田といいます」
「製薬会社の黒瀬です!今日は、急な都合を付けていただきありがとうございます!」
「いえいえ。小山先生から聞きましたよ。下では患者さんたちで溢れかえっていたんですよね?わざわざご足労いただきありがとうございます」
よ、良かったー!
この院長、めちゃくちゃ良い人って気がする!
普通、こんなでかい総合病院の院長なんかしていると、上から目線とかで下の地位にいる者のことなんか下に見ているとか、興味さえ持たないって感じがしないか!?テレビの見過ぎって言われるかもしれないが、たまに医療系ドラマとかを見ていると病院の院長ってどいつもこいつも偉そうにふんぞり返っているじゃないか。
だから、神田先生にはめちゃくちゃ好印象を抱くことができた!
小山先生とも知り合いだもんな、類は友を呼ぶってまさにこの二人のことを言うんじゃないのか?
「総合病院ともなると診察外の時間でも患者さんが詰めかけて大変ですね」
「いや~……今日が特別なのですよ。ささ、お二人ともどうぞ、こちらへ」
めちゃくちゃ高級そうなソファーに案内されると小山先生が先に腰を下ろしたので、その隣に俺も座った。その向かい側に神田先生が座る形となった。そんなときだった。
「失礼します」
秘書、の方だろうか。まるで俺と小山先生がソファーに座ったのを見計らったかのように良いタイミングでお茶を用意してきてくれた。温かい日本茶が湯気を立てながらテーブルに置かれると秘書らしき女性はそうそうに院長室から立ち去ってしまった。
できた、人なんだなあ。
「黒瀬さん黒瀬さん。良ければ黒瀬さんの用事から先にどうぞ?」
「あ、はい!実は我が製薬会社において新薬が開発されていまして……こちらパンフレットになります。今のご時世を考えると子ども向けの薬だったり、咳止めの方が求められるのかもしれないので、こちらは時間があるときにでも目を通していただけると助かります!」
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます」
少し震える手で神田先生……いや、神田院長に新薬のパンフレットを手渡した。一応、言っておくが、神田院長と俺は初対面である。この総合病院には来たことはあるが、今まで営業としておとずれたときにはいろいろな科の医師に新薬の情報やパンフレットを渡すことが多かったので、こうして院長と面と向かって話すのは初めてなのだ。
緊張?緊張どころじゃねえよ!……じゃっかん、吐きそうだし……う、鬱だ……。
「神田さん。黒瀬さんは営業としての腕はもちろんのこと、世間のこともきちんと勉強しておられるみたいで、今日の速報で流れていた内容についてもとても熱心に考えていてくれているようですよ」
「おや。黒瀬さんは医療界については詳しいのですか?」
「詳しいって言うほどのものでは……でも、速報が流れてあまり時間も経たないうちに病院にここまで患者が押し寄せることになっているじゃないですか。このままだと他の医療機関も同じ目に遭っていると思って……医療関係者は対応に困るだろうなと考えています」
医療事務の受付嬢に詰め寄っていた男性患者はいい加減、そろそろ帰っただろうか。たまたま対面することになった医療事務の受付嬢は運が悪かったとしか言いようがないが、それでもキツい言葉であれこれ詰め寄られたら……俺だったら確実に、鬱になる……スタッフルームにかけこんで泣いてしまうかもしれない。
「……なるほど。一人でもそうやって思いやりのある方がいらっしゃるだけで我々医療関係者は助かるものですよ。ちなみに黒瀬さんのところでは咳止めなどの薬の取り扱いはされているのでしょうか?」
「咳止めですか?はい、今までも薬局には置かれています。ドラッグストアにも咳止め薬は簡単に購入できるようになっているものもあるはずですよ」
「そうですか……それは、また困った事態になりそうですね」
「へ?」
いろいろな薬は毎日のように開発され、そして治験され、世に出回るようになっていく。神田院長が言う咳止め薬なんてものはだいぶ昔から世に出回るようになっているものだし、わざわざ医療機関で処方されなくてもドラッグストアに行けば誰もが気軽に購入することができるようになってきている時代になってきている。
それが、困る……のだろうか?
「今回のニュースでは、特に咳の症状が出ると言っていたようなので、咳止めの薬の在庫が切れるかもしれません。そしてはそれは薬局だけでなく、ドラッグストアにおいても同じことが起こるでしょうね」
なるほど。
むしろ簡単に手に入るドラッグストアで買えるものだったら、わざわざ医療機関を受診せずに薬だけをドラッグストアで買い占めて家にこもってしまう……ということもあるかもしれない。
「在庫ですか……ウチの医院の近くの薬局でも確認しておかなければなりませんねぇ」
「……咳止めの薬はできるだけ在庫を切らすことがないよう、開発部とも情報を共有しておくようにします」
「なるほど。黒瀬さんはただ営業をしているだけではなく、とても優秀そうですね」
「え?そ、そうですかね?」
「世の流れというか、先のことまできちんと見えているかのような……そのような感じがしますよ」
あー、いや、ぶっちゃけ思っていることを素直に口に出しているだけなんです。
もちろん相手によっては素直に思っていることを口に出さないこともあるけれど……ウチのハゲ上司とかだな!あの人に何か言おうものなら上司ならではのパワハラを受けること確実になるだろう。しばらくハゲ上司から逃げることができないなんて地獄だ!
「あ、ありがとうございます。院長にそこまで言われると嬉しいですね。褒め上手なのではないですか?」
「いえいえ。私なんて全然。こういう立場でもありますからあまり良い人付き合いを築くことが苦手なのですが、黒瀬さんのような方がいるならば製薬会社との営業の方とはどんどん私と面会していきたいぐらいですよ」
ええ!?
それは、また大きく言うもんだ。
でも、みんながみんな、俺みたいに話せるタイプの営業マンってわけでもなさそうなんだよなあ……そこが心配なんだけれど。
「はは、ここまでフランクにお喋りできるのは黒瀬さんの魅力の一つなのではないでしょうか。先ほどまで話していた内容もとても面白かったんですよ」
「へぇ、それは私も気になりますね。どんなお話を?」
ぎくっ!
こ、これって話していいのか?初めて対面する人なんだぞ?いいのか!?
「えっと、俺は……とある声優さんのファンなのですが、その声優さんの演技がとても凄くて!一度聞いたときからファンになったんです!」
「声優!となればアニメなのですね。私も昔はよくアニメを観ていたものですよ。黒瀬さんはどのようなアニメを?」
まさかの共通話題になりそうだった。
だが、俺が興味があるアニメは、REONAが出演している作品に限る!
「声優にREONAって子がいるんですが、その子の演技が素晴らしくて、その子が出演している作品は是非おすすめしたいですね!」
「REONAさんですか。覚えておくことにしますよ。なにせ、黒瀬さんがそこまで推してくる声優さんですからね」
こ、この院長も良い人だー!
初めて面会する院長だから途中で鬱になるかも……って心配だったけれど、全然話せる人じゃないか!もちろん面会を取り付けてくれた小山先生にも感謝している!
やっぱり、声優の……REONAの話は人付き合いを良くさせる力があるんだな!
総合病院の院長と面会!?す、すごっ!!
なかなかこういうことは難しいですからね!!いい出会いになったことでしょう!!
これからも黒瀬の応援をよろしくお願いします!!
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