第七話 鬱になるので病院では『死』を意味する言葉を口にしてはいけません
昼休憩のつもりで立ち寄った喫茶店で、ニュース速報を耳にした。
子どもに流行している咳というものが飛沫感染してしまうらしい……薬局では発熱はみられないと言っていたが、大人が感染したらどうなるんだろうか。
「ごちそうさまでした。支払いお願いします」
会社にも連絡をしたのだが、ハゲ上司には速報の大切さってのが分かっていないらしい。
とにかく営業は外まわりをきちんとしてこい、って意識なんだろう。
この……クズめ!
くそっ……俺の気分は一気に落下へ……はぁー……鬱だ。
「あのー、大丈夫ですか?午後から病院に行くんですよね?」
「あ、あぁ。一応仕事ですからね。ちゃんと予防はしていくし……」
「……気を付けてくださいね」
「へ?あ、うん。ありがとうございます」
なんか、いつもここに通っているせいか店員のお姉さんとも仲良くなってきた感じがしたなあ。いや、別に嫌ってわけじゃないけれど、なーんか、妙にこちらを気にしてくれていたって感じがしたような?いや、気のせいか。
途中、ドラッグストアに寄って使い捨てのマスクと消毒スプレーを購入して、午後からの営業まわりに向かった。目指す先は、総合病院。速報のこともあったし、きっと今病院はとんでもないことになっているんじゃないだろうか。
……正直、不安でしかない。こういうときには、さらに鬱になる。
電車に乗っていくつかの駅を通り越してから目的の駅に降りた辺りで、周りの人たちの雰囲気が変わった気がした。朝と……何か違う。
あ。
そうか。周りを歩く人たちも俺と同じようにマスクをしている人が多いのだ。きっと先ほどの速報を知った人たちなのだろう。でも、あの速報……まだ、はっきりとしたことが分かっていなくて下手をすればニュースを聞いている側からすれば混乱、戸惑いを生むような内容だった気がする。ウイルス性、飛沫感染するってことは分かった。子どもに流行っているということも。では、大人は?大人も感染してしまうのだろうか。そのときは、どのような症状が出るのか。年代によって症状の軽い、重いっていうのはあるのだろうか。その辺りまで分かってからニュースっていうのは流してほしいと考えてしまう。
いやいや、きっと分かっていないことも多いのだろう。ニュースをお伝えする仕事っていうのもなかなかに大変そうだ。速報が入れば伝える内容を即変えなければならないし、後になって誤っている部分があればその都度謝罪していかなければならないし、メディアっていうのも大変そうだ。
ふと思う。
声優業界たちは大丈夫なのだろうか。
何しろ咳き込んでいる子どもが多いっていうのが不安でしかない。声優は喉をなによりも大切にしている。咳き込みしはじめたら仕事も仕事どころじゃなくなってしまうのではないだろうか?じゃあ、REONAは?彼女は大丈夫なのだろうか。どうか安心できる場所にいてもらいたいところだ。
たどり着いた総合病院は、まさに大混乱といった様子だった。
まず俺は受付に寄りたかったのだが、受付も大変混雑している。医療事務の人たちもどこまで情報を患者さんたちに伝えて良いのか戸惑っているようだ。こんななかで、俺みたいな営業マンがふらふらしていて良いのだろうか。
どうする……?忙しそうなら、適当に出歩いている医師でも見つけてせめて新薬のパンフレットだけでも渡していこうと思っていたが、その医師を探そうにも見つからない。
「ですから、まだ詳しいことはこちらでは分かりかねますので、どうか落ち着いてお待ちください!」
あー……一人の患者か?男性患者が受付に詰め寄って言葉を荒げている。
こういう光景っていうのは総合病院では決して珍しくないものだ。総合病院ともなるととにかく診察を受ける患者が多い。これほどの規模の病院ともなればきちんと予約制をとって診察を受けるシステムになっているとは思うのだが、待ち時間がとにかく長くなる。そうして長い待ち時間に耐え切れなくなった患者は医師ではなく、医療事務にまず文句を飛ばし始めるのだ。決して医療事務のお姉さんたちは悪くないように思うんだけれど……。
「感染したらどうなるんだ!?死ぬのか!?どうなんだ!?」
死って……おいおい、大丈夫か、あの人。
いろいろ文句を飛ばしたい気持ちは分かる。それにいろいろ不安になる気持ちも。でも、分からない状況のなかで滅多な発言をするものではない。しかも医療機関で『死』なんて言葉は周りを余計に不安にさせるだけだ。
「え、感染したら死んじゃうの!?」
「そんなこと速報では言ってなかったわよね……」
「ちょっと、あまりこっちに子どもを近付けないでちょうだい!」
ほら、言わんこっちゃない。
つか、こういう光景を目にしていると……途端に気分が悪くなってくる……鬱に陥るってヤツだ。そういうときは、そうそうにREONAのボイスで癒されることにしないと、まずい!
『うん!私も大好き!うん!私も大好き!うん!私も大好き!』
はぁ~……心が幸せだ……。
このセリフって好きな人と両想いになったときにREONAが担当しているキャラクターが満面の笑みで言ったセリフだったんだよなー……相手のキャラクターがめちゃくちゃ羨ましかった記憶がある。つか、今も羨ましい!!
って、メンタルを整えるのも大切だが、誰か関係者はいないのか!?俺このままだと会社に戻れないじゃないか!
「あれ、もしかして製薬会社の黒瀬さん?良ければこちらへ!」
「あ、どうも!ありがとうございます!」
俺の名前を呼び、声をかけてきたのは俺と同じくスーツ姿の……えーっと、誰だっけ?
「あはは!急にすみません!それから……この姿だと分かりにくかったでしょうかね。……今日はコンタクトにしてこちらに来てしまったものですから」
「あ!もしかして、個人医院の院長さん?」
「はい。やっぱり眼鏡が無いと別人みたいでしたか?あはは、看護師にもたまには気分転換でコンタクトを勧められたもので……いやはや、でもやっぱり眼鏡の方が落ち着きますよ」
この男性は、この総合病院から少し離れた位置にある個人医院で内科の診察をおこなっている院長の小山さんだ。あ、小山先生……って呼んだ方が礼儀としては正しいのかな?
「小山先生は、こちらに……どうしたんです?」
「いえいえ、たまたまこちらの院長さんとお話があったものですから出向いたところなのですが……これでは到底話どころではなくなりそうですねぇ」
「あー……やっぱりあの速報ですよね」
「ちょうど昼時で多くの人たちの目や耳に入ったものですから、この大騒ぎですよ。黒瀬さんは営業ですか?」
「あ、はい!あ、良ければ小山先生も……こちらを、どうぞ!」
「これはこれは、ありがとうございます」
パンフレットは余裕の数を持ってきているから他の医院の先生に渡しても問題はない。むしろこの出会いはチャンスだ。小山先生にも新薬の情報がいくということになる。その気は無くても、ちょっとでも良いから気にしてくれたらこっちのものだ。
「真面目にお仕事されているようですが……少しばかり働き過ぎではありませんかな?クマが酷いですね。眠れていますか?」
なんと、こんなところで診察を受けることになってしまった。ここは関係者が入らない非常階段。確かに邪魔は入らないが、まさか診察を受けることになるなんて……そんなに、俺のクマは酷いのか!?
「だ、大丈夫ですよ!ほんと!もともと睡眠時間は短いタイプなんです」
「う~ん。それなら良いんですが……昨今では珍しいぐらいに仕事に真面目なタイプに見えますからね、黒瀬さんは。なので、ぶっ倒れるまで仕事をしているんじゃないかと心配しているんですよ?」
「はぁ……えっと、ありがとうございます」
なんか、軽いカウンセリングでも受けているような気分になってしまった。でも、俺の一番のカウンセリングになるものは……やっぱりコレだ!
『これからもよろしくね!これからもよろしくね!これからもよろしくね!』
REONAのボイス!
コレが一番、心身に響く!
やっぱりREONAのボイスが一番だな!
でっかい病院に行くと、びっくりするぐらいに診察を待っている患者さんが座っています。例え予約制だとしても、凄い人が待っています!
待ち時間なんて……二時間、三時間っていうところもあるようですよ。予約制でも!!やっぱり健康でいることが一番ですね。
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