第十話 顔を合わせたくない先輩にいきなり会うと鬱になる
総合病院の院長っていうからビクビクしていたけれど、神田院長はめちゃくちゃ良い人だった!
もちろん、小山先生も!
医者って上から目線っていう人もいるからどちらかと言えば苦手だったけれど……そうじゃないんだよな!これもREONAが導いてくれた人間関係ってことなんだろう!
神田院長と小山先生をまじえた話はいつまでも尽きることがなかった。
途中からは、俺が沼ってしまっているREONAについての話をめちゃくちゃ真剣に聞いてくれている二人がいたし、そんな俺の二次元愛……もといREONA愛について全く笑ったり貶したりしてくることなんて無かったものだから俺も気持ち良く熱弁してしまっていた。
だって、自分の好きなことを一生懸命聞いてくれようとして、そして『今度REONAさんが出演されているアニメでも観てみることにしてみますよ』と共感までしてくれたのだ!なんて、優しい先生方なんだ!二人とも!!
「あ。すみません、すみません!つい、熱中してしまって……あ、でも、REONAは演技力も凄いので良ければアニメ観てみてください!」
ふと目に飛び込んできた時計。
その時刻を見た途端に我に返った俺はその場に土下座したくなった。そろそろ会社に引き上げて今日挨拶まわりをしてきた成果を報告しなければならない時間になっていたから。
俺は慌てて、立ち上がり、ぺこぺこと何度も頭を下げながら長い時間に付き合わせてしまったことを詫びた。が、二人ともニコニコ笑ってくれているばかりで『楽しいお話が聞けて、とても良い時間になりましたよ』と言ってくれるばかり!
くぅ~っ、なんて良い人たちなんだ!こういうところ、是非、ウチのハゲ社長にも見習ってもらいたい!いや、見習え!!
総合病院の院長室で、神田院長とも小山先生とも別れた俺は、慌てて病院の入り口へと戻って行った。病院にはまだ診察を待っている患者さんたちの姿もみられたし、医療事務の受付嬢たちにはまた新たな患者が列をつくって、なにやらいろいろと詰め寄っているらしい。まだ昼のときに流れた速報について気になっているところでもあるのだろうか。まあ、普通に暮らしている人間からしたらいきなりワケの分からない病気が流行しだしたって聞くだけで慌てるのかもしれない。俺も医薬品とかを扱っているし、薬局とか病院におとずれる機会が多い方だから冷静に考えることができているのだけれど、まったく違う職種で働いていたりしたら何も分からないまま一人で焦っていたことだろう。
でも、そろそろ医療事務の受付嬢さんが可哀想だよな……。
はぁ~……こういうのは、鬱の気分になるけれど……仕方ないか……。
「あのー……そんなに大声で受付の医療事務さんに詰め寄っても受付の医療事務さんを困らせてしまうだけですよ?」
「はあ!?なんだよ、横から!こっちは昼の速報を聞いて、慌てて来たんだ!」
「ウイルス性の病気なんですって!?大変なんじゃないの!?」
「予防薬は!?予防する方法は無いのか!?」
俺が口を挟んだせいだろうか、今度は医療事務の受付嬢から俺がターゲットにされて、あちこちから声が飛び交ってくることになってしまった。いや、だから待てっての。
「速報が出て数時間ぐらい経ちますけれど、何か新たな情報は出ていたりしないんですか?病院だって患者さんの診察で忙しいんですよ。あなたたちは少しは自分で物事を考えるってことをしないんですか?」
俺が耐え切れずにそう言うと、医療事務の受付嬢に詰め寄っていた患者たちはざわざわと小声であれこれ呟く程度まで落ち着いてくれたようだった。はぁー……疲れた……これで、なんとかこの人たちも大人しく帰ってくれるだろう。
思っていた通り、病院関係者じゃない人間が少し言葉をかけてやるだけで場がおさまっていくようだ。一気にドッと疲れたが、今まで詰め寄られていた医療事務の受付嬢は今までずっと耐えていたのだから大したものだ。
「……はぁー……あ、大丈夫でしたか?病院って大変ですよね。まず受付の人たちに何か言わないと気が済まない人たちっているものですから」
「あ!いえ、その……大変、助かりました。ありがとうございます」
医療事務の受付嬢はとても丁寧に頭を下げてお礼を返してくれた。うんうん、こういう礼儀正しい子ほど、はけ口のターゲットにされちゃうものだから大変だよな。医療事務、なんだよな……やっぱり事務職っていろいろな対応力が必要だとは言われているけれど、この子は今日のこの出来事を良い勉強にしてこれからも励んでもらいたいものだ。
『よくやったわね、大成功よ!よくやったわね、大成功よ!よくやったわね、大成功よ!』
そう耳に届く、REONAのボイス。
うん、俺、よく頑張ったと思う!
くぅ~っ、REONAのこの声を聴きながら酒が飲めるかもしれない。
さて、会社に一旦戻ることにするか。
午後……も、だいぶ過ぎてしまったけれど、これで会社に戻って報告書を提出したとしてもそう帰りが遅くなることにはならないだろう。まずは、電車に……っと、その前に……一応、病院に来たことだし、事前に買っておいた消毒スプレーでスーツのあちこちを噴射。そしてマスクも新しいものに変えて総合病院を後にした。
会社に向かうまでの間は、電車の中は快適だった。
それほど混みあっているわけでもなかったし、騒々しい人間が乗車していることもなかったから会社がある駅に着くまではいつもよりも早く感じたぐらいだ。
「うっ……会社に戻ってきてしまった……くそ、鬱になりかける……」
耐えろ、耐えるんだ、俺!
大丈夫!まだ、ハゲ上司と顔を合わせると決まったわけじゃないんだから、先はまだ分からないだろう!もしかしたらハゲ上司と顔を合わせないまま退社することだってできるかもしれないんだ!
が、突然バシッと背中を叩かれて軽くむせてしまった。
な、なんだ!?
「よぉ~、黒瀬~。今、帰りかよ?はは、今日も最悪な顔色してんなぁ~?」
さ、最悪だ……!
今日は顔を合わせることは無いと思っていたのに、ここに来て、まさか後輩いじりが大好きな先輩と出くわしてしまうなんて!!
今すぐ、俺は頭を抱えて床に倒れ込みたかった!いや、頭の中で想像している俺は既に寝込んでいるようだ。
「ど、どうも……えっと、先輩も、今、お帰り……ですか?」
「おうよ!でも聞いてくれよ~。昼頃から病院に挨拶しに行く予定だったんだけどさぁ、すげぇ患者で!とてもじゃないけれど話なんか聞いている暇がないって突っ返されちまったんだぜ!?こっちは、わざわざ出向いたってのに、そりゃ無いだろ。そう思うよなぁ!?」
「は、はぁ……お疲れ様です……」
先輩が突っ返されたのは、紛れもなく昼近くに流れた速報が原因だ。もしかして、この先輩は、あの速報を知らないのか!?ニュースぐらい気にしろ!社会人だろうが!
別に仲が良いってわけじゃないのに、なぜか先輩に肩を組まれながらエレベーターに乗ってしまうし……。この人と同じ空間に二人って、苦痛しか感じねえよ!
「一体なんだったんだろうなあ?急患か?近くで事故か何かあったんかなぁ?」
マジか。
本当に知らないのかよ、この人!
「……えっと、昼近くに速報が出たんですよ。……ウイルス性で感染が強いらしいから気を付けるように、って」
「は?なんだそりゃ。知らねえよ!……ったく、ウチの会社のバカどもも気を遣って連絡しやがれってんだよ、なあ!?」
……それぐらいで連絡なんかしてくれるかよ……。
自分で調べろっての……。あ、俺は、確認のために会社に連絡しただけだからな!?
別に声優だとかアニメだけじゃなくて個人の趣味を笑うことなく聞いてくれる人って凄い良い人ですよね!!さすが、院長・そして医院の先生!人ができていらっしゃる!!
あれ、アニメの話は?REONAは?
今は、一応仕事中ですからね……一応、仕事しないと、一応……。
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