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◇騎士団トップの密会


 騎士団寮の総長が住まう寮は通称黒狼寮と呼ばれ、その寮にある執務室。

 その部屋にこの国の物理的に力のある三強が揃っていた。


 そこで騎士団の最高峰であるディートハンス騎士団総長と第二騎士団長であるフェリクス、第一騎士団長であるアーノルドはそれぞれグラスに注いだ酒を片手に寛いでいた。

 彼らはディートハンスが幼い時からともにいる幼馴染や親友、または親戚の歳の離れた従兄弟同士のような関係だ。三人になると若干に親しげな空気が流れる。

 アーノルドは黄金に光る琥珀色の液体を飲み干し、テーブルの上に置くとおもむろに口を開いた。からり、と氷が音を立てる。


「それで、彼女は白で間違いないのか?」


 アーノルドは華奢というには細すぎる少女の姿を思い出し、ぐぅっと眉間にしわを寄せる。

 控えめで一生懸命であろうとする彼女は問題ないと思っているが、総長を守る立場でもあるので少しでも不審な点がある者は排除するのも仕事である。そのためには、全て順序立てて問題がないと確認しなければならない。

 緊急連絡として事前に受けた簡易連絡では、例の関係者を保護し騎士団寮で匿うというだけのものであった。


「ええ。俺は白だと判断している。アーノルドもそうでしょう?」

「まあな。だが、判断は全ての話を聞いてからだ」


 迫力のある一重の眼差しにすごまれて、フェリクスは口の端を引き上げた。

 己の判断を簡単に是としないのは仲間として、総長を守る立場として頼もしい。

 もっとも戦場ではディートハンスが出れば彼の独壇場で、本気を出した場合はむしろ自分たちが邪魔にならないように立ち回らなければならないが、日常ならばまだやれることはある。


「わかりました。まず、ミザリアの境遇からですが、彼女はブレイクリー伯爵家で魔力なしの役立たずとしてつまはじき者として過ごしていた。今から十一年前に魔力検査で魔力なしと判定されてから、外の者との接触も禁じられていたようだ」

「十一年もか?」

「そのようです。ミザリア自身は貴族としての義務というか見栄で成人までは置いてもらっていた状況だと言っていたけど、案外、魔力が増える可能性も考えていたのではないかと俺は考えています。金や権力に固執するブレイクリー伯爵だ。魔力が多少でも増えれば貴族の後妻としてでも売れて人脈作りに使えると考えていてもおかしくない」


 十一年も閉じ込め働かせ、いらなくなったら捨てる。血の繋がった娘をまるで物のように扱う伯爵ならそれくらい考えていそうだ。


「切り捨てたというだけで、本当に伯爵とは関係ないと判断していいと?」

「ミザリアが行動できたのは別館と採掘場のみで、他人との接触は極端に少ない。そんな彼女に事業のことを話すとは思えない。領民には伯爵に娘がいることは知られているが、亡くなった彼女の母親同様病弱で療養していると思われていたようだから、切り捨てることになる可能性を視野に入れて隅に追いやり確認もできるよう置いておいたのでしょう」


 ブレイクリー伯爵領は魔石の採掘で有名だ。

 ここ十年ほどはさらに品質が良いものが採れ非常に羽振りがよく、がめつい貴族同士で横の繋がりを強化している。


「クズだな。つまりミザリアは完全な被害者だと思っていいということだな」

「彼女は頑張ってもぎ取った権利として今回追い出されるにあたって食料を持たせてもらったと話していたけど、そのうちの一つの瓶の水に遅効性のある毒が混ざっていた。健康体なら腹を下すだけで死ぬようなものではないが、弱っている身体にそれは脱水症状を起こしてどうなっていたかわからない」


 フェリクスが証拠だと、決して綺麗だと言えない瓶をテーブルの上に置く。


「毒? 彼女は飲んでないだろうな?」

「追い出されて次の日に出会ったことが幸いした。彼女自身は現場で調達できなかったときのために、水には口を付けていないと言っていた。腹を壊すといって念のため全て取り上げたので大丈夫です」

「ああー。だから保護か」


 次期当主となる長男にはそこの派閥のトップに君臨するランドマーク公爵家の娘と婚約の話が持ち上がり、伯爵家としてもさらに力をつけようといった大事な時期だ。

 その婚約も魔石を含んだ条件が交されることは、少し頭を使えばわかる。


 そして、フェリクスたちはランドマーク公爵家の動きをマークしており、資金源の一つとなるブレイクリー伯爵家の動向も探っていた。

 公爵は野心家で、自分たちの家こそがこの国の、つまり王に相応しいと思っている。そのような発言を隠すことがなくなったので、その自信はどこからくるのかと動きを監視しているところだ。


 そんな捜査の中で出会ったミザリア。

 魔力なしを一族に出すことは、金や魔力とわかりやすく数値化できるものを絶対と崇める者たちにとって恥となる。

 使えないのならとさっさと放り出し金銭などの必要なものも渡さないということは、命あるなしも関係なくいらないと捨てられたのだろう。


「そう。保護です。俺が見かけたのは偶然だったけど、慎重かと思えば簡単に騙され躊躇いもなく髪を切って売ろうとしていた潔さよさが気になって何ていうか放っておけなかった。その上、持ち物の中に毒が入っているとなったらね」

「確かに保護が必要な状況だ。毒ねえ。それにしては中途半端な効果のものだな」

「殺したいのか殺したくないのか意図が掴めない。ただ、苦しませたかっただけなのか。どちらにしろ悪質すぎる」


 完全に犯罪だ。毒まで飲ませようとしたのは、ただの私怨か特別な理由があってか。そして、誰がそれを実行したのか。

 明るいとは言い難いけれど卑屈にならずによくあんなにまっすぐに育ったなと思うほど、ミザリアの周囲は随分と殺伐しているようだ。


 今まで散々こき使っておいてと、フェリクスは出会った時にうっすらと残っていた頬の叩かれたような痕や、躊躇いなく髪を切ろうとしていたことを思い出しぎゅっと強く拳を握った。

 怒りを閉じ込めるように、ふぅっと息を吐き出すと続ける。


「どのような理由で誰が毒を混ぜたのか次第で変わってくるけど、ひとまずはこの件が片付くまでは保護すべきだと判断した」


 ブレイクリー伯爵家と関係がある者として話をしたいと引き留めたが、そうしておいて本当に良かったと毒入りの水を見た時に強く思った。


「魔力なしのまま成人を迎え、使えないとわかったから本格的に邪魔になったので追い出したか。追加で毒も入れるとは根性が腐りきっているな」

「ミザリア自身は成人とともに出て行くことはずっと決まっていたと信じていたようだし、伯爵夫人やその息子はそう扱ってきたようだけど伯爵は違う。それだけ彼女の母の能力は特殊で未練はあったから一応置いていたが正解でしょうね」


 もともと伯爵家周辺を調べるためにあの町にいた。ミザリアの話を聞いて違和感を覚え、残してきた騎士に調べさせた。


「その母親とやらの特殊な能力とは?」

「それは調べても出てこない。ただ、伯爵が深くそう信じていたというのは事実のようです」

「ふーん。信じていた、ね。やはりきな臭いな」

「ムカつくほどに」


 今まで以上に太いパイプを求め這い上がろうと欲深い伯爵だ。

 何も根拠もなく動くとは思えない。だけど、ただ美しかったから手に入れたという可能性もあり、その辺りは全て憶測になる。


 わかるのはミザリアが完全に伯爵の被害者だということだ。

 生まれた娘が特別な魔力がある(と信じている)母の血を引き継いでいる可能性を考え、自分の利益となるように籍を入れ育てようとしていたようだが、大々的には公表していなかった。

 おそらく、王都での魔力判定でと思っていたのだろう。


 そのほうが周知の効果も出るし、魔力がなかった今となっては周囲にほとんど知られないまま生まれたはずの娘は母親と同じ病弱で伏せっていることにした。

 そしてある程度時間が経てば、療養先で命を落としたとでも公表するのだろう。


 並べ立てると、人でなしのクズである。ミザリアは十年間姿を見ることはあっても話すことはなかったと言っていた。

 『私の管理は伯爵夫人と兄であるベンジャミンが任されていたようなので』と管理と自分で言ってしまうことのおかしささえも気づかないほど、伯爵家で使われることに慣れていた。


 そして、特に伯爵夫人のほうはミザリア母娘に恨みを抱いているような印象を受けた。そうなった一因は伯爵本人であることは明確である。

 自分の欲望に忠実で、厚遇したり冷遇したりと周囲を振り回した。後継者を生んで安泰のはずの伯爵夫人はミザリア母娘が現れて悔しい思いをしてきたのだろう。


「最低野郎だな。先代はもう少しまともだったはずだが」

「後継の育て方はまともに機能しなかったようですね。今代は兄弟全てを追い出して私欲を肥やしている」

「全権が伯爵の手ということか。やはり魔石が厄介だな」


 魔道具が日常的に使われている今、魔石がなければあらゆる場面に支障をきたす。

 国に供給されている魔石の三割はブレイクリー領で採れ、その多くは質もよく貴族たちに愛用されている。もちろん王城や騎士団に支給されている剣などにも使われている。

 下手に突けば魔石の供給を絶とうとする可能性もあり、その場合、蜜月となっているランドマーク公爵がどのように動くかわからない。


「ミザリアはつらかっただろうが追い出されて正解だったと思います。もし可能性を見出されていたら、ずっと飼い殺しになっていた」

「比べるとだけどな」


 ミザリアはずっと危うい均衡のなか過ごしてきた。

 屋敷での扱いは簡単に想像できるしつらい思いをしてきただろうが、追い出され偶然にも次の日にフェリクスと出会えたことは僥倖だ。


 切り捨てたのだからそう警戒するようなことではないかもしれないが、もしもの時に伯爵家の者から守ってやれる。

 魔石採掘に関わっていたようだから、もしかしたら何か知っている可能性もある。


「それでディース様は彼女をここに置くことに問題はないでしょうか?」

「ああ。保護にも賛成だ」


 アーノルドに愛称で話しかけられ、ディートハンスは考えるように伏せていた視線を上げた。

 静かに頷くと、アーノルドは指をブルネットの髪にいれわしゃわしゃと頭をかく。その仕草は気にくわないことがあると行うアーノルドの癖だ。


 アーノルド自身は独身であるが、若くして結婚した同期の子どもと変わらないくらいの年頃のミザリアの境遇を思い苛立っていた。

 疑わなければならない立場であることに、罪悪感を覚えるほどの境遇とつらい環境で過ごしてきたと思えない彼女のほんわかした空気が逆に切ない。


 まだ少ししか彼女のことを知らないが、甘やかしたくなるようなまっすぐさと疎さを持つミザリアを怪しい家の出だからと放り出せそうにない。

 白だとわかればそれでいい。あとは守るだけだ。あの細さは本当に駄目だ。


「はぁ。これで気兼ねなく何かあれば伯爵家は潰せる。潰す前にミザリアがこちらの手元にあることは良かったと思うしかないか。ディース様との相性も悪くないようだし」

「今日だけでは判断はできない」


 距離を取ることに慣れたディートハンスは淡々と告げると、そこでグラスを傾けた。

 昔はもっと考えていることがわかったのに、年々わかりにくくなった。ただ、フェリクスから見て、ディートハンスがミザリアを目に留めた時の反応はいつもと違ったように感じた。


 ――具体的にどうとは言えないけど、ミザリアに興味というか関心はあるようだったんだけどな。


 あの時『何か』を一瞬ディートハンスから感じたが、今も表情が変わらないので本当のところはわからない。


「ディース様に何かあるのが一番困る。そうなる前に必ず言ってください」

「わかっている」


 この騎士団寮が人手不足なのは本当なので、ディートハンスに影響がないのならミザリアがここにいるのが最善だろう。

 最終決定は総長であるディートハンス。そこは絶対揺らがない。

 ディートハンスに問題がないなら、フェリクスは数日間一緒に過ごして優しい気質の頑張り屋であるミザリアを気に入ったので、彼女にとって黒狼寮(ここ)が息をつける場所であったらと思う。


「ここで保護という方針が決まったなら、俺はまず彼女を太らせたい。細すぎてなんかの拍子でぶつかって骨が折れないかが心配だ。とにかく健康体にしてから他のことは様子見していくのがいいだろう」


 アーノルドがミザリアの細さを思い出したのか、思いっきり眉間にしわを寄せた。

 フェリクスもアーノルドが言うようにあのガリガリ具合はなんとかさせたいと思う。かすみを食っているのかと思うほどの食の細さは心配になるものだ。

 身体的に健康になるようには自分たちで気をつけることはできるだろう。


「俺もそう思います。あと伯爵家を調べる過程で毒のことも探っておきます」


 こうしてミザリアが知らないところで疑われ、その疑いが晴れ、勝手に太らせることを決められた。




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