4.捨てる神あれば拾う神あり
四万ゼニと余裕の資金を得た私は、店から少し離れたところで改めて騎士に頭を下げた。
予定外だったが、予想よりもはるかに多く手に入ったお金は正直ありがたい。
王都ですぐに職が見つけられるかわからないので、お金はあるだけあったほうがいい。それに相場を知ったくず魔石はまだ十個残っているのも気持ちに余裕が持てる。
「騎士様。とても助かりました。これで王都に行けそうです」
「それだけどやっぱりひとり旅だよね?」
「はい」
同伴者がいないのは見ればわかるとは思うのだけどと、私は内心首を傾げながら小さく頷く。
騎士は店でもそうしたように上から下へと私の姿に視線を這わせ、最後に鞄に視線を投じた。
「それにしては旅に必要なものは持っていなそうだけど」
そういうことかと納得する。
大きめの鞄を持っているとはいえ、ワンピース姿ですりきれた靴は旅に向いていない。見た目は家出少女。保護対象として見られているのかもしれない。
先ほど髪を切ろうとしたところも見られたし、優しい騎士様は放っておけないのだろう。
私は鞄を抱え直しながら、少し考えてありのまま話すことにした。
「昨夜家を追い出されたばかりなので、まず職を探しに行きたいと思っています。王都なら私にもできる仕事や雇ってもらえるところがあるかもと、まず路銀をと思いあの店に入りました」
「そう。職を探しに王都にね。お金を何も持たされなかったから髪と魔石を売って足しにしようとしたということか。急ぐということは、家の者にはなるべく関わりたくない?」
「はい。向こうも関わるつもりはなく二度と顔を見せるなと言われていますが、近くにいるとどんな言いがかりをつけられるかわからないので」
急ぎお金を必要とした理由を苦笑しながら告げると、そこで騎士は考えるように目を伏せた。何かぶつぶつと声にならない声で言っている。
銀髪美形はぶつぶつ言っても様になっている。伸びた背筋や瞼を伏せる姿も美しい。
そう言えば、魔石の採掘をしているときに第一、第二騎士団は美形揃いなのだと一緒に現場にいた者たちが噂をしていた。
路上の向こう側で女性が騎士を見て嬉しそうに話しているのを見て、確かに人気になるのがわかるなと銀髪の騎士をぼんやりと見上げた。
「ん、なに?」
「いえ、騎士様なのだなと」
答えになっていない答えを返してしまった。
家を追い出されて初めての外で夜を過ごし気が張っていたところ、搾取されかけ助けられしばらく困らないお金が手に入りちょっと気が緩んでしまっている。
これからが大事なのにこれではいけないと、私は気を取り直すように首を振った。
「騎士は騎士ではあるのだけど……。そう言えば名乗っていなかったね。俺はフェリクスだ」
「フェリクス様。私は、ミザリアです」
名だけを名乗られたけれど、目の前の人物は貴族なのではと思った。
先ほど騎士が店主に近づいて何を話し見せたのかはわからないけれど、店主の顔の青さは尋常ではなかった。
第一騎士団は王族警護・王城警備がメインで貴族出身がほとんどだがどこよりも強く緊急時にはかけつけ活躍し、第二騎士団は魔道騎士団と言われるほど魔法の能力が高い者が所属するので貴族ばかりではないと聞く。
目の前の騎士の見た目は二十代と若そうだけど、店主がびびるほど彼にはそれなりの権力があるのならば納得の反応だ。
――貴族、か。
私の知る貴族は伯爵で父の周囲も似たような人ばかりで強欲というイメージだ。そういった人ばかりではないとは思いたいが、権力がある人はやはり怖い。
フェリクス様には助けてくれた恩があるしいい人そうだけれど、本人が名乗らない限り聞かないほうがいいだろう。知らないほうがいいこともある。
「ミザリアか。よろしく。さっきの話で事情はある程度は察した。それであの店で必要金額が得られるならと大した交渉もせず進めようとしたんだね」
「もしかして結構最初から見ておられました?」
「ん? ああ、職業柄人を観察する癖はあるね。しかも今は騎士服を着ていてわかるように任務中だ。町にたどり着いたばかりの荷物を持った少女がどう動くのかは気になって動向を見ていた」
すらすらと語られた事実に納得する。
そこまで不審な行動をしたつもりはなかったけれど、成人を迎えたばかりで外の知識はほとんど本や資料の情報が頼りの私にはわからないこともあると自覚している。
騎士のようなお仕事の人にとっては、気になるような行動と年齢ということなのだろう。
一歩外に出るだけで勉強することばかりである。知らないというのは怖いなと思う反面、少しわくわくした。
「先ほども話した通り少しでも早く遠くにと思ったので。相乗りの馬車と道中の資金が欲しくて焦ってしまいました」
「相乗り? 若い女性がひとりでは危ないよ」
騙したり悪さをしたりする大人がいると言いたいのだろう。
私もそれは重々承知している。
「心配していただきありがとうございます。ですが、私の選択肢は少なかったので。とにかくまず王都に。そして職を見つけることが大前提でそのほかのことまで気が回らなくて」
万が一の時は馬車を降りたらいいとも思っていた。頭に大まかな地図は入っているし、方向さえ合っていればいつかは着くだろう。
それに多少はどこが危険かとかは情報として入っている。その情報が間違っていたら仕方がないけれど、不安で尻込みしていたらいつまで経ってもここから離れられない。
むしろ、ここで足踏みして伯爵家の者と下手に関わる可能性が高くなるほうが怖かった。
「職ということは、ミザリアは成人しているのだよね?」
「十六になったばかりです」
「なるほど。成人と同時に家を出されたということか」
「はい」
先々の不安はその時に解消していくしかない。圧倒的に経験値が足りない私に予測できることは少ない。
それに、王都までの道はわりと整備されていると踏んでいた。
現に冒険者や旅人は歩いて移動することもあるし、余裕がある者は乗り合いの馬車などを利用する。
その過程で嫌な思いをすることも覚悟していた。
だけど、お金を手にして余裕ができたこともあるけれど久しぶりに人に親切にされ、私の心はふわふわした。
最悪の予想はしていたけれど人に助けてもらえるなんて考えてもいなかったので、話しているとだんだん嬉しくなってくる。
「もう。俺は心配しているのにその顔はなに?」
「すみません。ただ、ちょっと心配されるのに慣れていなくて。もしかして表情に出てしまっていたでしょうか。心配して声をかけてくださったのにそれを喜んですみません」
二度謝罪を口にし、緩んでしまったであろう頬をきゅっと引き締めながら告げると、フェリクス様は憂うるように瞼を伏せると声を落とした。
「そうか……」
そして今度は深く考えるように顎に手を当て、私の手元を見た。
フェリクス様は第二騎士団に所属しているのだから魔力は多い。もしかしたらなぜ私が伯爵家から追い出されたのかその理由に気づいたかもしれない。
――うーん。そういうことまで見えるものなのかはわからないけれど。
魔法は多岐に渡り、五歳で魔力なしとなりほぼ人と接触してこなかった私は知らないことのほうが多い。
とにかく家を追放されるほどの人物ということは知られてしまったし、この表情からは私が何かしたというよりは事情があると察してくれてはいるようだ。
上手な嘘をつくこともできず気を遣わせてしまったと一度息をつき、私は話題を変えた。
「それよりも先ほどの買いたたきは騎士様が黙認しても大丈夫なのでしょうか?」
「彼らも商売だからね。売りにくるほうも訳ありが多いだろうし、店主が脅していたわけではないし、互いに了承するなら当人同士の問題だ。ただ、あれは足下を見すぎだ」
「なるほど。……了承、ああ、私が返事をする前に止めたのはそういうことだったのですね」
「そういうことだ」
約束してしまえば、騎士といえども間に入りにくかったのか。
何でもかんでも取り締まるわけではなく、互いに領分というものがあるのだろう。
そういうものの経験がやはり私には足りてないので、そういうこともあるというのを知れたのはやはり大きい。
「フェリクス様のおかげで王都に向かう資金もでき向こうでも職を探すのにも余裕がもてそうです。本当にありがとうございました」
任務中と言っていたのでこれ以上足止めしてはいけないだろう。
心の安寧のためにも私も一刻も早く伯爵領から離れた土地に向かいたいので、次に出る馬車の時間を確認したい。
貴族であろう人にもいい人がいることが知れたことは、きっと自分にとってプラスになるだろう。
花形の第二騎士団の騎士と話せたことも貴重な経験だ。こういう機会は滅多になく、幸先が良いように思えてふふっと笑みを浮かべる。
幸運だったと、感謝の気持ちを込めて私は深々と頭を下げた。
すると慌てたように声を上げたフェリクス様に腕を掴まれた。
「ちょっと待って。話を終わらせようとしないで」
「まだ話が?」
顔を上げると、困ったような顔で見下ろされ戸惑う。
「ああ。話がある。それと俺たちも王都に戻るから良ければ一緒に行かないか?」
「騎士様たちと? ですが先ほど任務中だとおっしゃっていましたが」
「それも目処がついたから一度王都に戻ろうと思ってね。女性がひとり増えても問題ないし、何より俺の精神衛生上、ミザリアを無事に王都まで送り届けさせてほしい」
思いも寄らぬ提案に何度か瞬きをする。
随分と心配をしてくれているようだけれど、さすがにそこまで親切にしてもらうわけにはいかない。
「ですが……」
「同じ目的地なのにわかっていて置いていくのは鬼畜がすることだ」
とても真剣な顔で言い募られ、私は引こうとしていた腕を止めた。
――鬼畜って。どちらかと言えばこちらが図々しくならないかな?
助けてもらっただけで十分だ。これ以上のことは望まない。
だけど、いまだに逃がさないぞと軽くではあるが腕は掴まれたままであるし、フェリクス様の本気が伝わってくる。
頼りなく見えるのだろう。
魔力なしと判定されてから、ろくに食事をとれなかったので私の身体は薄い。
そういった見た目もあって心配してくれているようだ。
「ご迷惑ではないでしょうか?」
「言ったよね? 俺がそうしてほしい。もう少し話をして場合によってはお願いしたいこともあるから話す時間がほしい」
場合によってのお願いというのはわからないけれど、フェリクス様のほうにも何か事情があるようだ。
――なら、いいのかな?
私としては王都に行ければそれでいいし、安全に辿り着けるのならそれに越したことはない。
騎士という身分のしっかりしたフェリクス様と一緒なら、確実に着けるだろう。贅沢すぎる気もするけれど……。
「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
そう告げると、フェリクス様は安堵したようにほっと息をついた。