エピローグ
春の訪れとともに、正式に騎士団総長であるディートハンス様は第二王子であることを公表した。
病弱であったはずの第二王子の到来に、しかも公爵の反乱の際に活躍した騎士団総長であるという事実に国民は湧いた。
「反響がすごいですね」
「そうだな。好意的なものが多くてよかったよ」
発表当時の熱をいまだに引きずった空気にそう告げると、ディートハンス様は小さく笑みを刻む。
黒髪の王族に次期王をと望む声もあったけれど、王太子殿下は横やりを黙らせるほど多くの実績を積んでおり、ディートハンス様も国防の要として今まで通り騎士団総長であることのほうが国は安泰だとそのうち世論も収まった。
それらはディートハンス様、並びに王族側の予想通りで、多少ざわついても大きな問題には発展しないだろうと判断したからこそのこのたびの表明だった。
本来は王族であることは一生表に出すつもりはなかったと、つかの間、ディートハンス様は痛むような横顔で笑って教えてくれた。
その一瞬だけど見せた表情は、隠すことが上手なディートハンス様がそう決断しなければならなかった過去への複雑な思いを隠しきれないほどのもの。
それに気づくと、私は胸が押しつぶされそうになってディートハンス様の手を掴んだ。
しかも、そう決断させた原因は私が拉致されたことで、混乱する国の状況を迅速に処理し私を助けるため、王族としての権限を最大限有効的に使うためだった。
呪いを解き私の聖力を目にした時から、今後魔力が戻った時のためにさらに己の立場を、公使できる力が強力であるほうがいいと考えたからだそうだ。
結果として、私は精霊の加護のある一族であり精霊王の契約者として今後強固な守りが必要となったが、現在王族が後ろ盾となって守ってもらうというとんでもない展開になった。
様々なことを考慮した結果であり私のことだけではないとしても、確実に私を思っての行動もであって、それだけのものを差し出されて気後れしている場合ではない。
決して簡単ではないものを変えさせる要因は私にもあって、それが私を守るためになのだとしたら、私もディートハンス様を守れるよう、そして必要としてくれる人のそばにずっといられるように頑張っていきたい。
この力を、ディートハンス様のために、そして彼が大事に思っているもののために。
何より、悲しませないように強くならなければと思う。
麗らかな午後。
私は今、騎士団寮の人たちに見守られるなか、ディートハンス様と向かい合っていた。
「ドラゴンの鱗で作られた腕輪だ。リアのものだから受け取って」
差し出され開かれた箱の中には、艶っぽく輝く不思議な色合いをしたブレスレッドが入っていた。
ドラゴンは地上に姿を現すことは滅多になく、最強の魔物と言われ討伐するのも難しい。
ドラゴンから得られるものはそれぞれ属性の強化や加護が付与され、魔法を使う者にとっては喉から手が出るほどの貴重な素材で、鱗一枚でもその価値は計り知れないほどだ。
――何てものを差し出してくるの?
手が震えそうになった。
対するディートハンス様はどこか誇らしげで、頬を緩め嬉しそうな顔をしている。
私は横に首を振った。
さすがにこれはむちゃくちゃだ。
「そんな貴重なものをいただくことはできません」
「私が指揮をとり討伐した。これには強力な保護魔法が加えられている。今後、私がそばにいなくても守ってくれるものの一つとなるだろう。私のためにももらってくれると嬉しい」
「……」
ディートハンス様自ら討伐したという事実に、私は絶句した。
一週間前、騎士団の訓練のため数日留守にしていたが特に変わったことはなくいつものように帰ってきたので、まさかドラゴンを狩りに行っているなんて想像できない。
黙っていると、ふぅ、と物憂げな溜め息をつかれる。
それからちょっぴり眉尻を下げ、それでも受け取れとブレスレットを前に差し出しながらディートハンス様は切々と訴えてきた。
「私はこれまで女性に何かをしてあげたいと思ったこともなかった。何がいいかと思案した結果、ドラゴンしかないと考えた」
なぜ、そこでドラゴン一択になるのだろう。
誰かこの規格外の恋人をどうしたらいいのか教えてください!
ディートハンス様の過保護ぶりが日に日に増している気がする。
「危険なことはしてほしくないのですが」
「このたびの騒動で騎士団をさらに強化する必要があった。皆、張り切っていたしいい訓練になった。素材は今後騎士団の設備強化に使われるから国としても問題ない」
ああ言えばこういう。
ドラゴン討伐を訓練と言い切ってしまうなんて、この王国は最強ではないだろうか。
言いたいことはいろいろあるけれど、私のことを思って作ってくれたプレゼントだ。受け取らないわけにはいかないだろう。
討伐に付き合わされたアーノルド団長たちにも見守られているとあって、余計に固辞しにくい。
「ありがたくちょうだいいたします。ですが、危険なことはできるだけ避けていただきたいです」
再度、同じ事を告げる。
ディートハンス様が私を心配してくれるように、私も心配なのだ。
「せっかくなら最高のものをと考えたまでだ」
「最高のお守りですね。大事にします」
そこまで言われれば、苦言ばかりは言っていられない。
促されるまま手を差し出すと、左腕にするりと通される。
細めに作られたブレスレットには小さな宝石もはめ込まれていた。
それはまるで妖精の羽ばたきの際に見える、美しくも優しい気持ちになる煌びやかな光のように綺麗だった。
すると、何を思ったのかそこでディートハンス様が私の前で跪く。
――えっ!?
恭しく私の手を取ると、じっと見つめながら彼の口元まで持っていった。
主君に忠誠を誓う騎士のような姿勢にぴしりと固まる。
吐息がかかり、その感触にふるりと肩を震わせると、ふっとわずかにディートハンス様が笑みを浮かべた。
自然と浮かべられた笑みにほぅっと見惚れてしまったが、続いてその衝撃に目を見開く。
驚きで脳の指令が伝達せずに固まっていると、手の甲に唇が触れるか触れないところで止まり、ディートハンス様がじぃっと私を見つめる。
「リアに私の初めてをすべて捧げたい」
決意を秘めた宣言にものすごく真剣に告げられ、破壊力のすごさに私はぼぼぼぼっと顔を熱くさせた。
文字通り、全て。
環境や事情のせいで、人肌を感じることからほとんどのことが私たちにとっては初めてのこと。
捧げるということは、これからもずっと一緒にいようということ。
普段は寡黙で表情の変化に乏しいディートハンス様の瞳に明らかな熱がこもる。
全てを捧げるから、全てをよこせと私を見つめてくる。
「はい。大事な初めてをこれからも」
揺るがない信頼とこれからもそばにと互いに思う安心感に、笑顔が漏れる。
「ぶほっ」
「ぐっ」
「……げほっ、げほっ」
「えっ?」
見つめ合っていると、周囲の騎士たちがなぜか盛大に噴いた。
おかしなところなどあったかと首を傾げ視線を送ると、周囲が気まずそうに視線を逸らす。
「ああ、気にしないで。真剣なのはわかってるから」
「そうだよ。気にしないで。うん。何でも初めてはある。何も間違いではないよね」
フェリクス様とシミオン様が微妙な顔でひらひらと手を振ると、ディートハンス様が深く頷き私を抱き上げた。
「ああ。大事な初めてをリアとともにできることに喜びを感じる」
「ひゃっ」
視界の位置が高くなり、さらに周囲の視線を感じることになる。
「ディース様が言うと妙な感じになるんですよね。捧げるとか大事なとか言葉がいけない。二人の純粋さに汚れた大人だってことを感じるよ」
ぶつぶつ言っていたフェリクス様だが、そこでちょっぴり哀れむような視線で私を見た。
「ディース様は過保護で超甘くて構いたがりで、俺たちはそれを止めることはできないだろう。俺たちは羞恥を我慢するから、ミザリアはそのまま受け止めてくれたらまるく収まるから遠慮しないでいいよ」
何気に失礼な発言だが、そんなこと歯牙にもかけていないディートハンス様が私の頬に唇を寄せた。
「公私はわけている。お前たちだから私は私らしくいられる」
「はぁ、本当ディース様には敵わないな」
止めることができないと宣言通り、フェリクス様はあっさりと押されてしまった。
ディートハンス様がゆるく鮮やかに笑みを浮かべる。
「リア。こんなにも存在を愛おしいと思える人に出会えて、私もこの衝動を抑えきれない。悪いがただのふぬけにならないよう、私のためにもなるべく一緒にいてくれないか?」
そう言いながらも、騎士団を大切にし国を思う責任感がある人だ。
ふぬけになんてなるはずもないのだけど、これはこれで半ば本心なのだろうなとわかるので恥ずかしがっている場合ではない。
真剣な気持ちには真剣に応えたい。
それに求められることや、一緒にいれることが嬉しいのは私も同じだ。
「はい。私からもよろしくお願いします」
世間では孤高の騎士団総長が実は過保護で甘やかしたがりだったとしても、その甘やかしが気を引き締めないといけないレベルだったとしても、私はどんなディートハンス様も好きだ。
「隙あらば口説くの、もうあれは天性のものだよな。手に負えない」
「ディース様にはミザリアしかいないし、口説いて気持ちを伝えること自体は悪いことではないだろう。こっちが恥ずかしいだけで」
「激甘」
アーノルド団長が肩を竦めながらの発言に、次々と騎士たちが声を上げた。
「そうだ。想像以上に激甘だったとしても、ディース様が最強なのは変わらない。自然と溺愛を見せつけられるこっちの気にもなってほしいが、そこは通じないとこも総長だ」
「べったりでうっとうしいかもしれないけれどミザリアなら受け止められると信じている」
「今までの反動と、ミザリアしか見えていない一途さは他の女性を寄せ付けず余計なトラブルも少なくてすみそうだ」
「どうか愛想を尽かさないでくれと願うばかりだが、それも含めて俺たちも見守るしかないな」
騎士たちが口々に言いたい放題言っているが、それも信頼と好意があるゆえだ。
それらの応酬も温かみを感じる。皆がディートハンス様のことを大事に思っているのが伝わってくる。
私たちのやり取りに反応されるのも、見守られる雰囲気なのも恥ずかしいけれど、ディートハンス様と周囲の騎士たちの関係性はとても好ましい。
ディートハンス様が周囲に視線を向けて、ふっと柔らかに笑う。
やっぱり感情が以前よりよく見えて、居心地がよく気持ちにも余裕ができたのかと思える反応を見ると心がくすぐられる。
もっともっと、ディートハンス様が我慢せずリラックスして過ごせるように、その横にずっとともにいられるようにと願わずにはいられない。
「周囲も見守ってくれるようだ。これからは私が、私たちが守る。だからずっとそばにいて」
「はい。ディース様とともに、そしてこの騎士団寮で帰りを待っていたいです」
ディートハンス様の大事なものも私は守る手伝いをしていきたい。それが伝わったのかディートハンス様は目を丸くすると、ふっと笑った。
頬を撫でられ、額にキスをされる。それからぎゅっと抱きしめられた。
ドキドキする胸を持て余しながら、ディートハンス様の背中に手を回す。
それからは、周囲に見守られディートハンス様に過保護に甘やかされながらも、家政婦業とお世話係、そして時には聖力を使ってお手伝いをし充実した日々を過ごした。
騎士たちの関係が羨ましく、私にもいつか信頼できる相手ができたらと思ったことがあるが、その関係はオリビア様と築くようになる。
ディートハンス様のことやオリビア様の想い人、恋の話をしたり、王族のしきたりについて教えてくれたり、ディートハンス様も常に寄り添ってくれるけれど、同じ女性として随分と助けられた。
ディートハンス様を通じて、かけがえのない、家族で親友とも呼べる人と私は知り合うことができた。
そんなある日のこと、今日も黒狼寮で私は顔を熱くさせてディートハンス様に訴える。
「ディース様。自分で歩けます。甘やかさないでください!」
「わかってる。私がしたい」
仕事が終わると判断されると、ひょいっと抱え上げられ抱っこされた。
慌てて首に手を回すと、嬉しそうにぎゅっと力を込められる。そうじゃない!
確かに公私はわけてはいるけれど、プライベートと判断されると途端に甘くなる。今も蕩けるような笑みとともに、額にキスを落とされる。
「そういうことじゃなくて」
「一緒にいたくない? 私のことが嫌い?」
「好きです!」
「ああ。私も好きだ。結婚しよう」
不安そうに首を傾げられて、思わず叫んでしまった。
すると、嬉しそうに返されてさっと唇を奪われる。
互いの告白する声がホールに響き、祝福ムードに変わる。
それから、事あるごとに強い魔物を狩っては魔法を付与されたプレゼントを妻に贈る溺愛ぶりと過保護ぶりは、第二王子の最強説とともに語られ広まるのだった。
FIN.
お付き合い、ブクマ、評価、いいね、そして誤字報告とありがとうございます!
後半の甘さを書きたいがために、書き始めた今作。
ディースが慎重すぎて描いていた展開通りに進まず二人分の事情からかなり長くなりましたが、無事完結です。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます(*´∀人)♪
そして、新作短編を公開します。
『殿下、そんなつもりではなかったんです!』楽しい男女のやり取りメインです。
興味がある方はそちらもお付き合いいただけたら幸いです。




