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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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32.失ったものと温もり


 空しさと憤りの跡を覆い隠すようにしんしんと降り積もっていた雪がやみようやく雪解けし始めた頃、黒狼寮はちょっとした騒ぎになっていた。

 騎士たちが帰ってきた夕刻、突如訪問客、女性がやってきたからだ。


 しかも、彼女はディートハンス様を見るなり彼に抱きついた。

 きらきらと輝く金の髪がとても美しい女性に抱きつかれ、女性と徹底的に距離をおくと言われていたディートハンス様が彼女を受け止める。

 女性の後ろには数人護衛騎士がいて身なりからも彼女の身分の高さを示しており、彼女が放つ空気とディートハンス様が許容していることを含め、ディートハンス様の横にいた私は圧倒されその光景を前に佇んだ。


「急に来るのはやめないか」

「だって、なかなか会いに来てくれないんですもの」


 そこでちらりと値踏みするような視線を女性は私に送ってくる。

 どのように反応していいのか困っていると、挑発するように笑みを刻みディートハンス様の首に腕を巻き付けようとしたのをそこでディートハンス様が止めた。

 ゆっくりと彼女を引き剥がし、ディートハンス様が私の腰に腕を回す。


「オリビア、やめなさい。思うことがあって試したいのかもしれないが、それでミザリアが傷ついたりすると私がつらい」

「まあ! それを言われて私が傷つかないとでも?」


 悲しげに目尻を下げる美女に、ディートハンス様はふっと息をつく。


「私を思ってくれているのは嬉しいが、どちらも大切だからこそ事前に説明をしたはずだ。だから、試すようなことはしないでくれ」

「それほど彼女が大事なのですね」

「ああ。私がこうして力に振り回されず過ごせているのは彼女のおかげでもあるし、何より彼女を愛している。好きな女性の幸せを願い自分の手で幸せにしたいと思うのは当たり前だろう?」


 どこでも誰がいてもドストレートな告白に自分の顔が赤くなるのがわかった。

 腰に回された腕に力を込められ、頭上から熱い視線を感じるが今の状態で目を合わせる勇気はなく、逃れることができないのならば少しでもとディートハンス様の腕にそっと顔を押しつけて見られないようにする。


「ミザリアは注目をされることに慣れていない。あまり刺激しないでくれ」

「んまあ!」


 現在、注目される原因を作っている人はそう言うと、ものすごく自然に頭上に唇を落としてくる。

 相手にしてくれないディートハンス様にオリビア様は面白くないと頬を膨らませていたが、ディートハンス様の告白と行動にぽぽっと頬を染めた。


「こういう姿も可愛いが、不安がらせるのは嫌だ」


 私の頭を優しく撫でディートハンス様が言葉を重ねる。

 端から見れば私自ら寄り添う形になってしまったことも含め、醸し出す雰囲気はただの恋人のイチャイチャだ。ディートハンス様の優しい声が甘すぎて、頬がとても熱い。

 ついでに周囲の視線がぶすぶすと刺さり、恥ずかしくて私は視線を下げた。


「こちらが恥ずかしくなるほどの告白ね。でも、それもディースお兄様らしいわ」


 オリビア様のその言葉に、やはりそうかと顔を上げる。

 騎士団寮に女性が押しかけ、あまつさえディートハンス様を見るなり抱きつき、それをディートハンス様が受け止めた時には一瞬もやっとしたけれど、すぐに王族が金の髪であることを思い出した。

 そして、先日のディートハンス様の告白。


 彼女はディートハンス様の四つ下のオリビア殿下。

 なんと、ディートハンス様は病弱で伏せっておられると噂されていた第二王子殿下であった。


 ディートハンス様の本名は、ディートハンス・ラ・フォルジュ。フォルジュは王族の名だ。

 騎士団内でもトップシークレットの情報。

 第一騎士団のアーノルド団長自らが常に守るようにともに行動していたことや、ディートハンス様のために整えられた寮など、総長としての貢献や立場からしてもそうだがディートハンス様が王族でもあったからの環境。


「私は少しでもミザリアが傷つくようなことをしたくない。もう二度と見失わないように全力で愛し守りたい。だから大事な妹であっても、彼女を不安にさせるようなことはやめてくれ」

「もう。わかったわ。騎士団の仕事はしかたがないけれど、私が会えない時お兄様はその女性とばかりいるのだと思うと、しかも私と同じ歳だしちょっとヤキモチを焼いただけなの。困らせたかったわけではないわ」

「そうか。寂しい思いをさせてすまない」


 そこでディートハンス様ははんなりと微笑を浮かべた。

 私に向けるものとは違い、家族への情愛を含んだ優しい笑みは家族だからこそ向けられる特別なものだ。


 滅多に表情を崩さないディートハンス様の微笑は家族であっても貴重なようで、オリビア様は照れて頬を赤く染める。

 私はその様子を微笑ましく思った。私自身が家族との縁が薄かったから、二人の関係が眩しく映る。


 ディートハンス様の話しぶりからも家族への感謝や愛情は伝わってきていたし、昔から無邪気に懐く四つ下の妹が可愛いとも聞いていた。

 愛情ゆえの行動、ディートハンス様が大事に思っている方だと思うと、失礼だが私から見てもオリビア王女が可愛く見える。


「――もう! いいわ。私も本当はディースお兄様に大事な女性ができて、その女性がお兄様を受け入れてくれて嬉しいの。だから」


 そこでオリビア様は私のほうを見た。


「できたら仲良くなれたらと思っているのよ。お兄様の恩人でありディースお兄様が見初めた人だもの。それに、いずれ私のお義姉様になる方でしょう?」

「そうなるな。オリビアならミザリアを任せられる」


 当然のように頷くディートハンス様に、オリビア様の護衛騎士がさすがに驚いたような表情をした。

 ここの騎士たちはディートハンス様の言動に慣れており、楽しげな笑みを浮かべ肘で突き合いこそこそ言い合っている。

 アーノルド様はにやにやと笑っていることを隠さず、締まらない顔をした第一騎士団長を見たオリビア様は眉をわずかに寄せ、私を見ると複雑な表情を浮かべた。


「んんっ。リアクションを期待していたわけでもないし、そういうつもりで言ったのではないのだけど、真剣に語られれば語られるほどこっちが恥ずかしくなるのよね。それでお兄様、私に彼女を紹介してくれないのかしら?」


 それから互いに紹介され、私を紹介する際にまた平然と周囲が照れることを言うものだから、オリビア様は、きっ、とディートハンス様を睨んだ。

 頬を赤らめているのでまったく怖くなく、表情が豊かでむしろ可愛らしい。


「ディースお兄様は控えると言う言葉をご存じないのかしら?」

「時と場合は選んでいる。ここは騎士団寮だ。私の意向を知っている者ばかりで、家族にも、ミザリアにも私の気持ちを隠す必要はない」


 そう。話す必要があると思えばディートハンス様は饒舌だ。

 ディートハンス様が王族であることとともに、今の立場とそこに至る過程を包み隠さず教えてくれた。


 病弱だとされていた第二王子殿下が実は国最強の騎士団総長であった事実は確かに驚いた。

 けれど、この国の騎士団総長であること自体が決して届かぬ雲の上にいるような存在であり、そこにさらにものすごい肩書きが乗っても私の中では大して変わらなかった。


 ディートハンス様は、魔物の森に置き去りにされ逃げることもできずどうしようもなかった時に現れた私の最高のヒーローだ。

 むしろ、王族を敬う気持ちや畏怖する気持ちもあるけれど、ヒーローであることは揺るぎなく私の中心にいて、私にとって唯一の存在だ。


 ディートハンス様は王族である秘密を打ち明ければ、気後れしてしまって負担になり私が離れていくのではないかと何より心配していた。

 だけど、幼き時に助けてくれたヒーローである事実のほうが重要で、感謝の気持ちとともに好きな人がヒーローであることにさらに熱く込み上げるものがあった。


 ディートハンス様が言うように感謝する過去と異性としての好きは別のところから発生しており、だけど繋がってさらに好きだと想う気持ちは止まらない。

 自覚した途端に膨らみ続ける愛情は、身分だとかそういったもので消えそうにはなかった。

 王族であることはしがらみも増え、その恋人となれば一般的なものとは違うのだろうけれど、ディートハンス様とできる限り一緒にいたい。それは今も変わらない。


「ミザリア、私を見て」


 仕事モードがオフになると、ディートハンス様は私を口説くことに余念がない。

 本人は口説いているつもりはないみたいなのだけど、常に気持ちを伝えられ触れてくる。


 拉致されたこと、そして十一年前の出来事も含め、ディートハンス様は私の存在を確認せずにはいられなくなってしまったようで、可能な限りそばにいようとした。離れようとしない。

 さすがに二人きりではないので抱きしめてとまではいかないけれど、腰に回された手は決して離さないと告げていた。


「ミザリア。私を見れない?」

「いえ……」


 家族であるオリビア様がいる前で、ディートハンス節が炸裂するのではないかと恥ずかしさでひぃ~と涙目になった。ここで抵抗すれば、さらに甘い声と言葉をかけられる。

 おずおずとディートハンス様を見上げると、愛おしげに見つめられる。


「これからもずっとそばにいてくれるだろう? もうミザリアの何も失わせないし、これからは共に大切なものを増やしていこう。家族も増える。オリビアと仲良くしてくれると嬉しい」


 頬をそっと撫で、とどめににこっと滅多に見せない笑顔を見せられて、そのあまりの色気に目を覆いたくなった。

 家族をよろしくと告げるのに、なぜこんなに色気を醸し出す必要が?

 自然と触れる手も、うっとりさせるような美声も、何もかもとろりと甘くて、胸を熱くさせて、まったく慣れることなくくるとわかっていてもいつも胸を高鳴らせてしまう。


 ディートハンス様の全てが甘くて、本人はどうやら無意識に私に触れているらしく、腰に回された手も、頬に添えられた手も、熱い眼差しも、そして言動からして私のことが好きで大事にしたいと物語っていた。

 それは当事者の私だけではなく周囲にも伝わり、なんとも微妙な空気が広がる。

 誰かこの空気をどうにかしてほしいと助けを求めるようにフェリクス様たちに視線を向けるが、すぐさま目元をすっと親指で撫でられ咎められる。


「戸惑うミザリアも可愛いけれど、返事をしてくれないと不安になる」


 うっ、と私は息を詰まらせた。

 言えない時は徹底的に黙り素振りさえ見せないのに、隠さないと決めたら常にまっすぐでどの言葉も本気だ。


 魔力が多すぎて女性と関わりを持てないため王家の血を残せないと、成人とともにさっさと兄を守る立場として政治的に干渉の少ない騎士団に所属。

 ずっと魔力過多のため離れで過ごし姿を見せていなかったこともあり、そのまま病弱で伏せって療養していることにした。


 金の髪が象徴である王族であるけれど黒髪は初代英雄と同じ色味で、歴代の黒髪王族は皆多くの魔力を保持し担ぎ上げられるほどだった。

 そのため、いらぬ継承権争いに発展させないようにディートハンス様は早々に立場を行動とともに表明したのだ。


 有言実行。

 どこまでもまっすぐで優しさゆえに孤高となった人を前に、対する側もまっすぐにならざるを得なくなる。


「なぜ、妹をよろしくと話すのにそんな甘い空気になるんですか? もうその辺にしてくださいまし。このまま聞いていたら夜も落ち着かず眠れなくなりそうです」

「それは大変だな。後でハーブティーでも贈ろう。そうだな、アーノルドに持っていかせる」


 大変だなと言いながら離れるつもりはないようだ。

 ぴったりと私の横につきなんなら先ほどよりもさらに密着させようと無意識に引き寄せているディートハンス様に、オリビア様は口を半開きにして呆れていたが突如笑い出した。


「ふふふっ。まあ! ディースお兄様がそんな気遣いできるようになるなんて愛は偉大だわ」

「私がするのはここまでだ」

「わかっていますわ。当事者次第って言いたいのですね。私もディースお兄様を見習い頑張ります」


 話の半分もわからなかったけれど、ディートハンス様の言葉にオリビア様のテンションが明らかに上がった。


「私は私。オリビアはオリビアだ。私は私のできる全てをもってミザリアをそばにいてほしくてやっていることだから」

「そうですか。こんなにもまっすぐに思われて同じ女性として羨ましいけれど大変そうでもあるわね。でも、妹としては大歓迎よ。何よりディースお兄様とこのような話ができることも新鮮だし、よい変化だわ。お兄様は大々的にフォルジュを名乗るなら遠慮する必要もなくなり、公の場でも堂々と私のお兄様だと自慢できるのですから嬉しいわ」


 オリビア様の兄を想う気持ちが言葉の端々から伝わる。

 魔力暴走が落ち着くまで、家族としての交流はろくに持てなかったと聞いている。

 ディートハンス様がコントロールできるようになってからは交流を深めたのだろうけれど、ディートハンス様が苦しんでいる時に遠くで見守るしかできなかった時間はもどかしかったに違いない。


「ミザリアも何か困ったことがあれば頼ってちょうだいね。お兄様をよろしくね」


 私を見てにこっと笑った時の目はとても真剣で、オリビア様にたくされた思いに私は親身に頷いた。

 それから時間も時間なのでまたゆっくりという話になり、帰り際に私の服をくいっと引っ張ったオリビア様はこそっと耳打ちした。


「私、大好きな人がいるの。今日の突撃はディースお兄様のことがメインだけど、その人と屋根の下で一緒に暮らして守られていると知ってちょっと嫉妬していたの。だから、少し困らせようとしたの。ごめんね」

「いえ。好きな人に女性の影がちらつくと気になる気持ちはわかります」

「まあ。素直ね。いずれバレると思うから先に言っておくわ。私の好きな人は……」


 その名に目を見開くと同時に、言われてみれば会話や視線は意味ありげだったので納得する。

 年齢差もありなかなか受け入れてもらえないけれど、オリビア様も諦めるつもりはなく成人したからにはぐいぐいアタックしていくと言っていた。

 王女様に想いを寄せる人がいるという噂は本当だったようだ。


「ミザリア」


 そして今、二人きりになりディートハンス様に背後から抱きしめられていた。

 少しでも離れようものならぐいっと引き寄せられ、話すたびに触れる息を意識する。


「オリビアのことは驚いただろう?」

「驚きましたがお会いできて光栄です。とても可愛らしい方でした」


 まっすぐなところや正直なところは、強引なところもディートハンス様に似ている。


「私の大事な家族だ。二人が仲良くしてくれると嬉しい」

「はい」


 頬を甘えるようにすり寄せささやかれ、くすぐったさに身を竦める。

 くっついていても顔が見えないのは寂しいなと思っていると、軽々と私の身体の方向を変え抱きかかえるとディートハンス様は額にキスを落とした。


 愛おしげに細められた眼差しが、ふと思案げに陰る。

 ゆっくりと瞼を伏せたディートハンス様は、私の背を優しく撫でながら窺うように口を開いた。


「伯爵のことだが、自ら両親の敵を討ちたかったか?」


 薄々話す内容に気づいていた私は小さく首を振った。

 本日、ブレイクリー一家の刑が決まったばかりで、今日はいつも以上に周囲がずっと気遣ってくれていた。

 ユージーン様は『呪詛をめいいっぱい込めたから』と騎士にあるまじき発言をして、本気なのか和ませようとしてなのかはわからないけれど、自分のことのように怒ってくれていた。

 

「いいえ。罪が白日のもとに晒され相応に罰せられるのなら私は直接何かしたいとは思いません。私が幼かったこともあるでしょうけれど、母は私が復讐に捕われることを望まなかったから真実を話さなかったのだと思いますし」

「そうか」


 拉致された最後は力尽きた上に長い間気を失ったことで、伯爵たちに直接私が何か告げることもする機会もなくなってしまった。

 両親のことや虐げられてきたことをぶつける機会がないことを気にしてくれているのだろうけれど、国が動き公正な判断をしれくれるならそれが一番で、それが権力をひけらかしてきた彼らにとって最大の罰になるだろう。


 ――むしろ、顔などもう二度と見たくない。


 いろいろ思い出してしまいそうで、何を告げたところで彼らは変わらないと思うから、母との思い出を怒りに染めてしまいたくないというのが正直なところだ。


 公爵は調査が終わり次第死刑が執行され、伯爵や公爵に賛同した者たちもそれぞれ刑を言い渡された。

 伯爵家の人たちはそれぞれ別のところで労役を課され、チェスター・ブレイクリーは一生出ることが許されない悪夢の土地とされる場所で奉仕することになっている。


 余罪もつまびらかにしたのち、汚名を着せられた者、泣き寝入りをすることになった者への補償もされ、ランドマークとブレイクリー家は廃門となった。

 夫人やベンジャミンは刑を終えても戻る場所はなくなり、身分もなく土地もなくなった二人に明るい未来はない。


 歪な形で同じ土地で過ごし繋がっていた彼ら。

 両親にしたことを思えばやるせなさを感じるけれど、これから彼らが手にするものがないのであればそれ以上望むことはない。


 何より日々優しい人たちに囲まれて、これだけべったりと私が必要だと行動と言葉とともに教えてくれる人がいる。

 痛みではない何かに、涙がにじむ。

 それを見たディートハンス様は優しく耳元でささやいた。


「これからは私や騎士団、そして私の家族が、ミザリアの家族だ」

「一気に増えましたね」


 失ったもの、知らずに失っていたものは大きすぎて忘れることはできない。だけどそれ以上に、過去を乗り越え今に繋がったものの温かみが胸を焦がす。

 大切なもの、繋がりが増える喜びに胸が震え、全てを包み込もうとする温もりに泣きたくなる。


「ミザリア、一緒に大切なものを増やそう。だけど、一番近くにいれる権利は誰にも譲らない」

「はい。五歳で出会ってから今も一番はディートハンス様です。ずっとそばにいてください」


 どこまで疑いようのないまっすぐな言葉に、堪えきれず涙がすぅっと頬を伝う。

 ディートハンス様の存在が、温もりが嬉しくて、顔が緩むのを止められなかった。


 涙を流しながら笑いくしゃくしゃになっているだろう顔を、愛おしそうに撫でられ涙を吸われる。


「そんな可愛く泣かないで。このまま閉じ込めてしまいたくなるから」


 ディートハンス様は私を見つめながら、頬にかかった髪を優しく耳へとかけてくれた。

 琥珀に光る瞳にヘーゼルが細やかに散り、一つひとつに熱が込められその一つひとつの光に魅入られる。


「ディートハンス様の腕の中なら嬉しいです」

「ミザリア。リア。今夜は私のことだけを考えるといい」

「ふふっ。すぐに頭がいっぱいになりますね」


 ディートハンス様に閉じ込められるならば幸せだろうと、この温もりを離したくないのは私のほうだ。


「それよりももっとだ」


 顔が近づき頬にディートハンス様の黒髪が触れる。

 唇と唇が触れ、熱い吐息とともに名を呼ばれる。


「リア。これからはずっと私がいる。一人にはしない」

「私も、ディートハンス様を一人にしません」


 くすぐったくて、温かくて、何より嬉しくて、凄い速さで鳴る心臓が痛いほどだった。

 欠けていたものがようやく埋まった安心感に包まれる。

 これ以上ないほど、ぴたりと嵌まったそれはどんなことが起こっても二度と外れることはないだろう。


 ディートハンス様の顔の角度が変わり、その際にさらさらと触れた髪をくすぐったく思うのと唇が重なるのはほぼ同時だった。

 触れ合うような口づけを何度も繰り返し、何度も視線を合わせ名を呼び合う。

 互いの存在を確かめ合い、儀式のようなキスはただただ優しく甘い時間だった。


「リア。もっとだ」


 その言葉が合図となり、舌が差し込まれる。

 日に日にディートハンス様の奥に灯る光は私を焦がすように熱を帯び、優しく私を包みこもうとするたびにさらに燃えさかっていた。


 その瞳は、私が欲しいと、もっともっとと告げていた。

 それでも常に私を優先するディートハンス様はとても紳士的だ。


 少しずつ。慎重に。

 私が怖がらないように、だけどしっかりと私の内側へと浸透させ刻みつけるように、確実に奥へとそして範囲も増えていく。

 初めは躊躇いがちに私の反応を見ながら動いていた舌も、徐々に頬の内側や、上顎の部分を肉厚の舌が掠め私の反応をさらに引き出そうとする。


「……んっ」

「声、聞かせて。私だけのリアをもっと見せて」


 堪えきれずに漏れた声に笑みを刻むと、一層熱い瞳で私を捉える。

 ちゅ、と舌を吸い付かれ、知らないところなどなくすようにゆっくりと様々な方向から絡み取られる。


「んっ、あっ」

「リア。かわい」


 私のだけのリア、と優しく頭を撫でられ、徐々に遠慮がなくなる舌に翻弄される。


「…………んんっ」

「……っはぁ……」


 ディートハンス様の感じ入った声に煽られる。

 口内を埋め尽くす舌の存在とその声に身体がしびれるのがわかった。


 舌を優しく吸われると、腰に電流が走ったようにぞくぞくした。だけど、徐々にそれだけじゃ足りなくなってくる。

 もっともっとと、ディートハンス様の熱が移ったかのように私もディートハンス様を深く感じたくなった。


 お返しに真似をして舌を吸うと、ぎゅっと腰に回されていた手が探るように動いた。

 つつつと上がって前に回るかと思ったそれは一度ぴたりと止まり、また腰の位置に戻る。


 その分、口づけが深くなり、息苦しさを伴うものへと変化した。

 口の中が二人の舌でいっぱいになる。その間もディートハンス様の指はときおり動きを見せるけれど、決して背中や腰以外に触れることないまま悔しそうに吐く荒い息が増えていく。


 その動作や息遣いにもさらに煽られる。

 想われている、大切にされている、それが歓喜となりディートハンス様のことしか考えられなくなる。


「リア。今日は頭の中が私のことでいっぱいになるようにたくさんキスをしよう」


 すでにディートハンス様のことしか考えられなくなっているのに、これ以上を望まれているらしい。

 それからが長かった。


 捕われるというのはこういうことかというくらいしつこくて、触れる吐息、角度、絡み方、目をつぶっていても誰からのものかがわかるくらい身体にも心にも刻みつけられた。

 ようやく解放された頃には何も考えられず、それからぽつぽつと話しているうちに睡魔に襲われ、誘われ包まれるようにその腕の中で眠りついた。




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