3.何でも屋
店先には魔石取り扱いの表示と、かつらや帽子、本やポーション、剣や盾とあらゆるものが置いてあった。
その乱雑な置き方は気になったけれど、かしこまったところは相手にしてもらえないだろうと判断しこの店を選んだ。
開けっぱなしのドアから顔を覗かせ、店の隅で新聞を読んでいる店主らしき男に声をかける。
「すみません。ここは髪を売ったりもできるのでしょうか?」
「んあっ」
最後に人が出てきて五分ほどしてから店に入ったが、読んでいると思ったら寝ていたのか唸るような声を上げると、男は不機嫌そうに新聞を下げ値踏みするようにじろじろと見られた。
私は小さく肩を揺らした。母が亡くなってからというもの必要最低限の会話しかしてこなかったので、きちんと交渉できるかどうか急に不安になる。
男は新聞を茶色いぐにゃりとしたよくわからないものが入っている瓶詰めの商品の上に置くとのっそりと立ち上がり、面倒なのを隠さずぼりぼりと頭をかきながら私の前に立った。
無精ひげを生やした男は平均的な成人男性の身長なのだろうが、小柄な私からすれば太い腕といい近くにこられると威圧感を感じる。
「それでお前さんは売るものがあると?」
「はい。この髪を買っていただけるなら。いくらで買っていただけますか?」
胸元まで伸びた髪を摘まみ、男のほうへと見せる。
ここに来るまでに乗り合いの馬車の相場を確認したので、王都まで行くのと向こうでしばらく過ごすのにまず八千ゼニは必要だろうと踏んでいる。
「へぇ。どの長さで売る?」
「この辺まで」
肩上まであればそれなりに見えるしくくれもするので手入れや道中も楽だろうと肩辺りを指すと、男は金額を言わずに髪を見ていた視線を私に合わせ質問してくる。
「なぜ売ろうと?」
「王都までの路銀が必要なので。足りなければこの魔石も売ろうと思っています」
質問が続くことと値踏みするような男の視線にさすがに警戒心がわき、男に鞄の中を見せないようにしながらくず魔石を袋から一つだけ取り出し見せた。
すっと目を眇めると、男は私の手から魔石を取り上げ光に当てて状態を確認する。
「これなら百ゼニだ」
男は私の鞄へと視線をやり、ふんと鼻を鳴らし魔石を私の手に返した。
――百ゼニ。
安いのか高いのかはわからないが、お金にはなるようだ。
頭の中で魔石の数を確認する。
しっかり数えてはいないけれど、三十個くらい持ってこれたはずなのでそれを全部売って三千ゼニ。髪が五千で売れるのならこの店に決めてしまってもいいだろう。
「髪は?」
「髪は長さと状態が良いから六千だ」
「ここで切ってもいいですか?」
「ああ」
尋ねると、男はわずかに目を見開きはっと息を吐き出した。不機嫌そうではあるが、ここで切るのは問題ないらしい。
これで予算の確保ができる。
今は相場を調べている余裕もないし、伯爵領の隣町なのであまりあちこち顔を出し変な噂になっても嫌なのでここで全て済ませてしまえるのならそれでいいだろう。
「では、そ……」
「ちょっと待った」
さっそく鞄からナイフを取り出し髪を切ろうとしたところで、新たな客なのか男の声が私の行動を止めた。
その際、刃先を掠めた髪が数本はらりと落ちる。
「そんな簡単に了承しない。そこまで綺麗に伸ばしているのに簡単に切ってしまっては勿体ないよ」
どうやらこの髪を惜しんでくれているようだと顔を上げ、私は目を見張る。
黒の騎士服は肩、襟元、袖口が黒みを帯びた艶やかな紅色で、胸元にはグリテニア王国騎士団の狼の紋章があしらわれた男が立っていた。
私の髪を褒めてくれる男の髪は艶やかで美しい。
背中まである銀の髪をくくり、奥の深さが知れない透き通る湖面のような水色の瞳が印象的な人物だ。
店主の男より頭半分ほど高くとても整った顔をしているが、そんなことよりも第二騎士団ということが気になった。
第二騎士団は魔道騎士団と呼ばれ魔法の能力が高い集団である。本や資料を読んで特色や規定の騎士服に入る色で所属がわかると知っていただけで、私は初めて見る。
グリテリア騎士団は第一から第十五まであり、そのうち第一から第三騎士団は王都を主軸とするのでよほどのことがない限り田舎ではお目にかかることはない。
驚いたけれど、私にとってはアメの当たりくじが当たったような珍しいことに少しお得感を覚えるくらいのものだ。
「騎士様。配慮には感謝いたしますが、私にとって死活問題なので簡単というわけではないのです」
「なら、なおさら捨て置けない。それにくず魔石といえども、君が出した魔石は一般的にはまだまだ使える魔石だ。これが百ゼニなんてありえない。そんなに安くないよ」
優しい騎士様だ。
そのセリフに店主が嫌そうに顔をしかめたので、騎士の見立ては合っているのだろう。
第二騎士団に所属しているだけあって、魔力がともなうものの鑑定はそこらの一般人よりもしっかりしていそうだ。
私もこの魔石に魔力が残っていないわけではないとわかってはいたけれど、何せやはり相場がわからなかった。店主がそうだと言えば、それを信じるしかない。
「そうだったんですね」
急いたことで判断を間違ってしまったようだけれど、結局他を回るということはしなかったと思うので店主に憤りを感じるということはない。これも勉強である。
そうかと小さく頷くと、騎士は薄い水色の瞳を私の頭からつま先へとさっと視線を走らせた。
「なんか、君危ういな。このくず魔石の買値はこれの十倍はあってもいいだろう。なら、君がいくつ魔石を持っているのかは知らないがきっとそれでまかなえるはずだ」
「わかりました。教えていただきありがとうございます」
旅路に邪魔な髪を切っても問題ないのだけれど、どうもこの騎士はそれを許してくれそうにないので素直にお礼を告げる。
すると、内心の考えがわかるはずもないのに、騎士は眉間にしわを寄せ一瞬考え込むように下に視線をやった。それから店主のほうへと向き直る。
「店主、物を知らないからといってふっかけすぎたな。このことは商業ギルドのほうに報告しておこう」
「そんな! 確かにふっかけたがこっちも商売だ。何も金を払わないとは言っていない。物を知らない者のほうが悪い。誰でもやっていることだ」
「それでも十分の一はひどいな。足下を見すぎだ」
なるほど。私の行動や出で立ちを見て必要なお金を先に聞き出し、私の鞄から魔石がまだあることを見越しての値段設定だったのだろう。
「これがぼったくり、じゃなくて、大分安く買いたたかれそうになってたのね」
質問続きで警戒してはいたけれど、相手のほうが一枚も二枚も上手だった。
小娘が多少警戒したところで、相手にとっては痛くもかゆくもない。安いと言われれば、少し上げて交渉しても店主には損にならないし、こちらも高く買ってもらえたと喜ぶ。
息を吸うように行われる手口に感心する。
ぽそりと呟いた声に、騎士がじっと私を見つめてきたのでなぜ見つめられるのかわからず首を傾げるとくすりと笑われる。
「そうだ。君は酷い搾取に遭いかけたんだ。多少のことなら勉強代としてと思ったんだけどね。髪は躊躇いなく切って売ろうとするし、金額も金額だったから放っておけなかった」
「それは助かりました。ありがとうございます」
旅に邪魔だから髪を切ろうと思ったけれど、よくよく考えれば十倍の値段で売れるのなら余裕を持って旅をできたし、必需品を買えるお金や王都で生活にしばらく余裕だってできた。
一刻も早く離れなければと焦りすぎたようだ。
「ああ。役に立てたようでよかったよ。店主も彼女に買値の二倍出すなら黙っていてもいいが」
「それは……」
「なら、俺も手続きが面倒だが報告することにしよう」
渋る店主に、騎士が店主に近づきこそこそと話胸元を広げて見せた。
途端、顔を青くさせる店主。
「わかりました。正規の値段で」
「駄目だ。見積もりで二十はあると踏んでいたんだろう。その全部がその倍の値段だ」
「うっ、利益が」
「それでも訴えられるよりはマシだと思うが?」
「……わかりました。それで取引します」
「それでいい。これに懲りてもう少し良心的な商売を心がけるんだな」
騎士はあっという間に手続きし安く買いたたこうとした店主を逆に高く買わせ、ミザリアにお金を渡した。
「では、行こうか」
「……はい」
今まで手にしたことのない大金にどきどきしながら鞄の奥底にしまい込むと、私は騎士と店を後にした。