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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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28.伯爵家の歪み


 灰色の空から雪が舞う。

 それらは地面にたどり着く前に消え、また落ちてもすぐに溶けてなくなった。


「ひりひりする」


 窓は吐いた息で白く染まり、きゅっと手で拭き取ると歪に跡が残った。

 汚してはいけないとエプロンで拭きながら薄暗い外を眺めようとし、そこにうっすら映る自分の顔があまりにも情けなく不安を隠しきれておらず眉尻を下げた。


 聖力が半分ほど戻ったからか精霊たちがぴりぴりしているのが伝わり、騎士団寮も常に緊張感に包まれた状態で、騎士たちは寮に戻ってもほんの少し休息を取るだけですぐに出て行ってしまう。

 被害報告や救助要請は絶えず続き、黒狼寮だけでなく全部の寮にいる人数はぐんと減っていた。


 ディートハンス様とアーノルド団長率いる第一騎士団と、フェリクス様が団長を務める第二騎士団は王都を中心としてあちこちに飛び回り活躍している。

 魔物が王都を目指しているという情報もあり、いつでも対処できるように一日で帰還できる範囲での討伐とかなりの強行を繰り返していた。


 私を探しているという伯爵もこちらの予想を裏切りいつも通り買い物をしても仕掛けてこず、そうこうしているうちに国全体を巻き込む騒ぎになった。

 いったいいつ伯爵は仕掛けてくるのか、それとも諦めたのかわからない不安はあるものの、それ以上に魔物を率いるという想定を超えた公爵の動きに、それと対する騎士たちの姿に安堵する日々。


「早く、こんな窮屈なのは終わればいいのに」


 あんなに活気に溢れていた街はほとんど店が閉められた状態で、常に葬儀の後のように人々の顔は暗く、何をするのもどこにいるのも、常に不安が付きまとう日々は心が荒んでしまう。

 陰鬱な気分を吐き出すようにふぅっと息をつき窓の外に広がる空を見上げたタイミングで、ズドーンと地響きとともにガラガラと建物が崩れたような大きな物音がし、私は慌てて寮の外に出た。


「何だ。こいつら。急に湧いてきたぞ」

「お前はあっちだ。こっちは俺たちがやる」

「こいつ火を噴くぞ」

「任せろ」


 三体の大きな魔物と戦う騎士たち。先ほどの衝撃で一部崩れた建物が目に入る。


「今、連絡が入った。公爵が王都に侵攻を開始したそうだ」

「ふん。ならこの魔物も公爵の仕業ということだな。王城のほうは? 無事か?」

「王城はオースティン様がいらっしゃるから大丈夫だ。まずはこっちを片付けないと。反乱軍相手には負けないが、魔物までとなると厄介だぞ」


 公爵の反乱と魔物のことは騎士団も準備していたため比較的スムーズに対応できているようだが、魔物による騎士団寮の襲撃までは想定外だった。

 それでも取り乱すことなく騎士たちは魔物をまず一体倒す。さすがの対応力に頼もしさを感じながらしばらく様子を見ていると、慌てたように名を呼ばれる。


「ミザリア、ここは危ない。こんな手薄な状態でここが襲われることは考えていなかったが俺たちのそばにいて」

「総長はいまは不在だし、団長クラスも出払っているがひとりになるわけにはいかない」


 たまたま戻ってきていたユージーン様とフィランダー様に言われ大きく頷こうとしたが、私たちを隔てるように火柱が上がった。


「そうはいかない」


 頭上から声がしたかと思うと、ばさっと突風に煽られ背後から襲われた。

 火柱がさらにユージーン様たちのほうへと向かい、さらに距離があく。


「きゃっ」

「お前がミザリアだな。一緒に来てもらおう」

「やめ……、うっ」


 乱暴に口を布で押さえられ、抵抗しその腕を引っ掻いてみるがびくともしない。

 完全に油断していた。

 驚愕で見開いた双眸の先には見たことのない翼の生えた魔物がいる。そこには馬に乗るようにマントを羽織った人物が魔物に乗っていた。


「ミザリア!」


 すぐに私の様子に気づいたユージーン様とフィランダー様がこちらに駆けてこようとしたが、新たに翼の生えた魔物が降り立ち二人の行く手を阻んだ。


 ――騎士団寮まで狙ってくるなんて!


 人が乗っても問題ないということは、魔物の制御の方法を編み出したということだ。

 そして、伯爵は私を諦めておらず、魔物の襲撃と同時に人を送り込んだということは自分の件も公爵が絡んでいると捉えてもいい。


 捕まるものかと精一杯暴れるが、相手はちっと舌打ちしさらにぐいっと手で押さえつけてくる。

 精霊の力を借りるにも口を押さえられ隙がなく、じわりと広がる鉄の味に自分の歯が当たり唇が切れた。

 布に薬品を染み込ませていたのか、ユージーン様たちが私の名を叫びながら戦っている姿を最後にブラックアウトした。



 *


 意識がゆっくりと沈み、また浮上する。

 連れ去られる時に嗅がされた薬のせいか、もしくはそのあと魔法をかけられたのかずっとぼんやりとしていた。

 水中で声を聞いているかのようにときおり不明瞭な話し声はするが、移動していること、ときおり聞こえる単語から伯爵のもとへと運ばれていることしかわからなかった。


 ――みんな、無事だろうか……。


 これから自分がどうなるのだろうかという恐怖よりも、魔物と公爵による反乱で混乱している最中に余計な心配をかけてしまうことが気懸かりだった。

 守ろうとしてくれていたのに目の前で浚われるという失態を起こしてしまい、気に病んでいるだろうユージーン様たちも奔走しているはずだ。


 きっと必ず助けに来てくれる。

 それがわかっているからこれから自分に起こることへの不安よりも、彼らの無事を願う気持ちのほうが強い。


 ――それに、最後まで諦めないとディートハンス様と約束したから。


 ディートハンス様は全力で国を守りそしてこちらに向かってくれるはずなので、この先つらいことがあっても自分にできる最善を尽くしていきたい。

 皆がそれぞれ全力で事に当たっているのだ。ここにはひとりだけど、ひとりではない。


 あの日、心配してくれたディートハンス様が気持ちとともに状況も含め話してくれたから、一緒に過ごした時間、伝えてくれた想い、あらゆることが私の中に染み渡って勇気を与えているようで意外と冷静に状況を判断できていた。


 一度また沈み、次に、バシャン、と冷たい水をかけられ目を覚ます。


「いつまで寝ている。起きろ!」


 あまりの冷たさに一気に覚醒する。やっと自分の意思で目を開け、まず目に入ったものに眉を寄せた。

 兄のベンジャミンが侮蔑のこもった視線で私を見下ろしていた。

 もう二度と会うことはないと思っていた人物を目の当たりにし、わかっていたけど落胆する。


「……ここは?」


 久しぶりに出した声は掠れ頼りないものだった。

 あまりの寒さに身体が震えることが止められない。


「よお。性懲りもなくまた姿を見せやがって」


 忌々しいと吐き捨てたベンジャミンが、もう一つあったバケツを手に再度水をバシャリとかけた。追い打ちをかけてくるのはベンジャミンらしい。

 じわじわと冷たさが広がっていくが拭くものもなく、せめて顔に張り付いた髪をどけようとしたところでジャラジャラと音がして手首を確認した。


「手錠?」


 動かすたびにジャラジャラと音がして、足にも違和感を感じ足下を見ると足首も枷がはめ込まれそれは地面に埋め込まれた鎖と繋がっていた。


「今頃気づいたのか。父上がお前を探していると聞いた時はどうなることかと思ったが、結局はこんなところに閉じ込められてまるで奴隷だな」


 頬はこけ最後に見た時よりも荒んだ様子に、もしかしたらこのまま殺されるのではないかと最悪な考えが脳裏に過る。

 さぁっと血の気が引いていく私の様子に、ベンジャミンは嗜虐的な笑みを浮かべた。


「心配するな。すぐに殺されはしないだろう。多分な」


 くっと笑うと、ベンジャミンは部屋を出て行った。

 それから数分後、男の怒鳴る声とそれに反論するベンジャミンの声、それから伯爵夫人の金切り声が近づき、バンッと苛立ちのまま扉が開けられる。


「なぜお前が勝手に動く?」

「忙しい父上の代わりをと。俺にもこれくらいはできます」

「そうよ。ベンと私であの子の面倒を見てきたのよ。あなたが直接手をかけなくても問題ないわ」

「余計なことはするな!」


 放置された間に芯から冷えた身体はガタガタ震えが止まらないながらも、俯いたままではまた何をされるかわからないと顔を上げた。

 そこにはベンジャミン、グレタ伯爵夫人、数年ぶりに近くで見た伯爵が立っていた。そして、執事長のネイサンもいる。

 ベンジャミンをそのまま歳を取らせたような伯爵は、その辺の虫でも見るように私を見て嫌そうに眉を跳ね上げるとベンジャミンを怒鳴りつけた。


「このまま死んだらどうするつもりだ?」

「これくらいで死にませんよ。以前も大丈夫だったし問題ありません」

「万が一が起こればどうする? 捕まえるために協力をしてくれた公爵に報告もせねばならないんだぞ? お前はいちいち説明しないとそんなことも考えられないのか?」


 伯爵は足をイライラと小刻みに動かし、じろりとベンジャミンを睨む。


「どうせミザリアは何もできない役立たずだ。こいつに何かあったところで困るはずはない。魔石のことだってただのタイミングで……」

「黙れ! お前も魔物に食われたいのか!?」


 意見されるのがよほど嫌なのか、伯爵はバシンッとベンジャミンの頬を叩いた。

 ベンジャミンのすぐ手が出るところは伯爵譲りだったようだ。

 グレタ夫人がベンジャミンをかばうように前に立ち、伯爵と対峙した。


「あなた、酷いです。ベンは私たちの息子よ。それにあなたはミザリアが死んでいようが追い出した時点でどうでもよかったはずです。納得できません」

「そうです! こいつは魔力を持たない役立たずだとずっと放置していたじゃないですか。何で今になって……。そもそも連れ戻すこと事態反対だったんだ」


 夫人とベンジャミンがさらに言い募るが、伯爵が顔を真っ赤にさせて声を張り上げた。


「黙れと言っている! これ以上余計な口出しをするとお前たちもただではおかないぞ」

「くっ……、わかりました」

「申し訳ありません。あなたのお好きなように」


 勢いのあったベンジャミンは悔しそうに項垂れ、夫人は申し訳なさそうにしながらも媚びるように伯爵を見た。

 それから、きっ、と私を睨みすえ、ぐっと唇を噛みしめふんとそっぽを向いた。


 改めて歪な家族だと思った。

 まったく意思疎通ができないまま押さえつけることによって統制されてもいるようで、性質が似ているためまとまりがあるようにも見えた。


 ただ、それぞれ不満を抱え苛立っているようで、それらが何がきっかけでいつ崩壊するかわからない危うさがあった。

 そしてその苛立ちの一つには、血の繋がりがあるだけの私という存在がある。


 静まりぎこちない空気が流れるなか、伯爵は執事長のネイサンへと視線を投じた。

 もう家族には興味がないのか、あれだけ激怒していたのにそこに何もなかったかのように伯爵の視線は二人を通り過ぎる。


「ネイサン。ミザリアの世話をしろ。わかっていると思うが」

「はい。魔力の検査とともに採掘を行ってもらいます」


 私は気取られないようにゆっくりとネイサンに視線を移した。それと同時に感情を見せない双眸がこちらに向く。

 びくっと身体が跳ねたが、震えていたおかげで動揺は隠せているはずだ。


 私の記憶を奪ったらしい人。

 三か月に一度、父の命令に黙々と従いやってくる執事。職務に忠実なだけで、ネイサンの考えなど気にしたことはなかった。


 私はずっと伯爵家の邪魔者だった。役立たずの面汚し。

 とにかく目をつけられないよう、酷い目に遭わないためにも身を縮めて命令されたことをこなしながら過ごすしかなく、三か月に一度の検査も定められたもので私に疑問を挟む余地はなかった。


 伯爵家を追い出され定期的に術をかけられなくなったことによって精霊の記憶を思い出したことを勘ぐってはいるだろうけど、聖力が使えるかどうかは知らないはずだ。

 術をかけられていたことを知っていることも知られてはならない。


 そのため、ここに運ばれた時点で精霊に願えば反撃はできたし、もしくはこの寒さを和らげてもらえたけれど、逃げ切れる可能性は低かったので聖魔法を使わないようにしていた。 

 言いように利用されたくない。じっと様子を窺いそのタイミングを待つ。


 ――何より、母の記憶を返してほしい。


 記憶を奪ったことの思惑や背後に誰かいるのかを暴くことも大事だけど、こうして対峙することになったのならば取り戻したい。

 そのためには使いどころを間違ってはいけない。


「それでいい。金の卵の可能性がある限りは丁重に扱え」


 伯爵の言葉を皮切りに、私の地獄の日々は始まった。




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