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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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27.変動


 ディートハンス様に告白されてから数週間。

 今、私はベッドに横たわるひとりの騎士の手を取っていた。

 魔法で意識を失わせているもののずっと眉間にしわが寄り顔色は青白く、魔物によって両足を抉られ止血のために捲かれた布は真っ赤に染められ、見るのも痛々しい。


 数刻前、悲壮感を漂わせたセルヒオ様とレイカディオン副団長に連れてこられたのは、彼と同じく第一騎士団所属の騎士様だ。

 ここ最近、魔物が進化したこともあり怪我する騎士が増え、治癒士は倒れる者が出るほど足りていない。

 そのため、藁にもすがる思いで私のところに連れてきたようだった。


 戸惑ったのは一瞬だった。

 自身に聖力があると知ってから力を使うことは初めてで、できるかどうかわからない。

 だけど、ディートハンス様の呪いを解けたこともあり治癒に特化しているはずだと、何より目の前に苦しむ人がいて何もせずにはいられず私は精霊に助けを求めた。


 はっきりと姿が見えるようになってから精霊は気まぐれに姿を現し、髪をひっぱったりいたずら好きなところもあるけれど、少しでも私が不安になると心配そうに顔を出した。

 今も私の気持ちが伝わったのか、複数の精霊が姿を見せている。


「お願い。力を貸して」


 言葉にするとともに身体の底から力が湧いてくるのを感じ、目の前の騎士が怪我もない時の状態に戻れるようにと祈る。

 ゆっくりと力が流れるのを意識し、悪い部分へと流れるように集中する。

 どれくらい時が経っていたのか力を流す必要を感じなくなり、私は目を開けた。


「アミール!」


 彼の顔色はすっかりよくなり、セルヒオ様が騎士の名を呼ぶと彼はゆっくりと目を開けた。

 ここにきてずっと閉じられていた青の双眸が動き、セルヒオ様、私、そしてレイカディオン様を捉え、ばっと勢いよくアミール様は身体を起こした。


「俺は魔物にやられて……、あれっ? 痛くない?」


 血まみれの足の感覚を確かめるように触れ、大丈夫だとわかると恐る恐る動かしていたが次第に問題がないと判断したのか、捲かれていた布もほどきむき出しの肌をぺちぺちと触った。

 少なくとも痛みもないようだと、私はほっと安堵しながら彼の様子を見守った。


「セルヒオ、濡れたタオルをくれ」

「ああ」


 受け取ったタオルで血を拭うと、アミール様は立ち上がった。


「うわっ。すっげぇ。治ってる」

「ああ。切断する可能性もあったがお前の足は無事だな」


 両足を一通り動かし状態を確認しぴょんぴょんと何度か飛び跳ねて、満足したのかにかっと笑う。


「やっぱりだ。古傷もなくなって前より動きやすくなっている。こんなことは初めてだ」

「そうなのか? 古い傷までとはすごいな。自覚しているとは思うが、状態はかなり悪かった。だが、そこにいるミザリアが治療してくれた」


 セルヒオ様がそう告げると、彼は私の前に立ち深々と頭を下げた。


「ミザリア様。感謝いたします。あの傷ではもし治癒が間に合ったとしても傷は深く後遺症が残ることも覚悟していた。命を助けていただけでもありがたいのに、後遺症もなく古傷までもなくしていただくなんて。あなたは私の恩人です」

「友人を助けてくれてありがとう!」

「感謝する」


 三人から頭を下げられ、私は微笑んだ。


「無事、力が効いて良かったです。とはいえ、多くの血を失っていますので無理はなさらないほうがいいかと」

「わかりました。本当にありがとうございます」


 元気な声に、とにかく魔法が使え無事治すことができたことに安堵した。

 何より、本当に嬉しそうな姿を見るとこちらまで嬉しい。


 相手の一生を左右する治癒に携わり緊張したけれど、達成感に満たさる。自分にもできることがあると知れたのは僥倖だった。

 これで危険な場所に出る騎士たちを無事を祈って待っているばかりではなく、もし彼らが怪我をしたときに自分に助ける(すべ)があることが何よりも嬉しかった。


 感謝の念とともに私の魔法の凄さを伝えてくれるアミール様の声を聞いていたけれど、まだ慣れない魔法を使ったためか急に倦怠感が襲ってくる。


 ――あっ。やばい。


 ふらっと身体がかしいだところで、がしっと背後から安定感のある腕が腰に回り支えられた。

 爽やかさとエレガントさを同時に感じる落ち着いた香りに包まれる。


「ミザリア。疲れたようだな。部下を助けてくれてありがとう」

「ディートハンス様」


 いつの間に部屋に入ってきたのかディートハンス様がすぐそばに立っていて、そのまま私を抱き上げた。

 その素早さにされるがままぽかんと見つめていると、ディートハンス様はじっと私を観察しそれからアミール様に視線を移す。


「アミール。ミザリアは疲れている。感謝の念はまた今度にしたらどうだ?」

「そういたします。ミザリア様、本当にありがとうございます!」

「問題ないとわかればすぐに復帰してもらうからそれまでしっかり休むように。無事でよかった」

「はい!」


 それからセルヒオ様は部屋に残り、私はディートハンス様に抱き上げられたまま、レイカディオン様とともに食堂へと向かった。

 かなり時間が経っていたのか、私が準備できる状態ではないと判断され食事はすでに用意されていた。


 先に食堂に来ていたフェリクス様たちが抱きかかえられたまま現れた私を見て慌てて駆け寄ってきたが、アミール様が治ったこと、魔法を使って疲れているだけだということを伝えると皆一様に安堵し席に戻る。

 そして、気づけば私はディートハンス様の膝の上から逃れられない状態になっていた。


「ほら、口を」

「ひとりで食べれます」

「ダメだ。ミザリアは疲れている」


 確かに疲れているけれど、スプーンは持ち上げられる。

 先ほどは使い慣れない魔法に疲れただけで、こんな大袈裟に世話を焼かれるようなものではない。


 困って眉尻を下げるけれど、こういう時は強引なディートハンス様はもう一度「あーん」と声を上げた。

 口の手前まで持ってこられ、断れない雰囲気にひとまずこのワンスプーンは処理しなければとぱくりと口に入れると、ディートハンス様が満足そうにくふっと息を漏らす。


「ミザリア、可愛い」


 思わずと言った感じで自然と呟かれ、私は一気に顔を熱くさせた。

 体勢も体勢だ。それにここは他の騎士たちもいるわけで……。

 そろりと周囲に視線を向けると、やたらと笑顔が返ってくる。


「そこは素直に甘えておいて。それにここ最近忙しくて、ディース様もミザリアを甘やかすことで疲れを癒やしているから。そして俺たちもその様子を見て癒やされる。ミザリアさえ嫌でなければそのままで」

「はあ……」


 しかもフェリクス様に至っては、ディートハンス様の行動をにこやかに肯定する始末。

 アミール様が怪我して運ばれてきたのはさっきのことで、そんな危険と隣り合わせで神経をすり減らす場所で戦っている彼らに疲れていると言われれば拒否しにくくなる。


 告白を受けてからディートハンス様が以前にも増して甘くなったと同時に、そんなディートハンス様と一緒にいると生温かい視線に晒されることが増えてきた。

 それらは非常にこそばゆいけれど、彼らの大事な総長が私に構うことを受け入れているとわかる空気はほっとする。


 答えはまだ先。

 ディートハンス様の気持ちと周囲は関係ないことだと頭ではわかっているけれど、彼らの強く結びついた関係を考えると反応はどうしても気になってしまう。


 それと同時にやはり急に甘くなりすぎないかとちらっとディートハンス様を見ると、期待のこもった眼差しでスプーンを差し出され私は返事をするとともにまた口を開いた。


「ずっと餌付けしたい」

「……ぐふぅ」


 豆が喉に詰まり変な声が出た。

 もともと物言いがストレートな人なので、ぽそっと呟く低音もその内容も平気で言う。

 苦しくて顔をしかめていると、心配そうにディートハンス様が顔を覗き込んできた。


「ミザリア。大丈夫か?」

「……う、こほっ。大丈夫です」

「そうか。よく噛んで食べるように」


 いやいや。さっきの発言はなかったことに?

 それとも無自覚?


 助けを求めるように周囲を見ると、何人か私と同じようにむせていた。


 その様子に、ディートハンス様のこの物言いに驚くのは普通のことなのだとちょっぴり安堵する。

 あまりにも気にしていない様子のディートハンス様を見ていると、自分がおかしいのではないかと錯覚に危うく陥りかけるとこであった。


「やっぱり自分で」


 いつまたどんな発言で驚くことになるかわからないので危険は減らしたくて申し出ると、ふるふると首を振られ拒否された。


「私の楽しみを取らないでほしい」

「楽しみですか」

「ああ。ミザリアに構うのは楽しい。過ごせる時間はずっとくっついていたい」


 燃えるような熱い双眸でじっと見つめられながらにこっと破壊力の笑顔を前に、私は突っ伏した。


 ああああああぁぁぁぁぁ、ディートハンス様が甘い。

 そして、私を好きなことを周囲にも隠さないし、返事はまだのはずなのに好きがことがるごとに伝わってきて、顔を赤らめることを止められない。


「やっぱり可愛いな」


 あふあふしていると、ディートハンス様は私の頬をつつきにこにこと笑顔を浮かべ、きゅっと抱きしめてくる。

 ベッドでは手を繋ぐだけだったのに、人がいるところでは自制を利かすことができるからとスキンシップが露骨なのもここ最近の変化である。


「ミザリア、好きだ」

「うっ、はい。ありがとうございます」


 そして事あるごとに、好きを伝えられる。

 このままでは何もできなくなってしまいそうだ。

 とろとろに甘やかされて仕事までできなくなりそうな甘やかしに、絶対に仕事は手を抜かないぞと誓うのだった。


 すべてを解決するまでの、それはつかの間で優しさに包まれ甘やかされるだけの時間――。



  * * *



 北風がさらに厳しく感じるころ、その知らせは瞬く間に王国全土に広がった。


『魔物の大群が各地で大暴れしている。しかも徒党を組みだし知恵まであるらしい』


 それらの情報は国民に不安を与え犠牲者が増えるたびに恐怖が伝播し、陰鬱な空気になっていった。

 ただちにそれぞれの家門は魔物退治に乗り出した。王国騎士たちも王都の要だけを残し救援に向かう。その中には総長のディートハンスも含まれていた。


 動ける魔物は気温など関係なく活動し相手は手当たり次第生物を捕食するのに対し、こちらは寒さで動きが鈍くなり冬は食料が少なく道は凍り時に塞ぐこともあるので補給は滞りがちになる。

 長期決戦になればなるほど、こちらが不利になる。勝機を掴むためには、最初から力をぶつけ少しでも数を減らすしかなかった。


 全滅させない限り魔物は人が多く集まる場所へと移動し、各地で逃れた魔物が王都へと移動していると情報が集まると戦々恐々となった。

 各地で戦いはまだ繰り広げられる最中、王都が狙われもし甚大な被害が出ると復興が長引くことになる。

 地方を守ることもだが、王都の守りはさらに大事であった。


 さらにちらちらと王都にも雪が降り始めさらに本格的な冬が到来するころ、ぞろぞろと北部からランドマークの家門を掲げた旗とともに王都へと向かっていることがわかった。

 最初のころは王都に集まる魔物討伐のため、国への忠誠を示すためかと多くの国民が思ったそれらは、徐々に南下していくたびに疑念に変わる。


 なぜか公爵たちは魔物に襲われることなく、むしろ魔物を従えて移動しているらしいという衝撃の事実が発覚した。

 まるで王都が手薄になることがわかっていたかのように、公爵は王都に着くと宣戦布告した。


「国を統べる正当な王はフォルジュではなくランドマークであるべきだ。偽りの王よ、その座を返還してもらう時が来た。全軍、かかれ」


 号令とともに公爵の部隊が城に突入にし、各地で公爵の同盟軍が狼煙を上げた。

 そして国が混乱しそれぞれ対応に追われている最中、ミザリアが騎士団寮から忽然と姿を消した。




ここで第四章終わりです。

次が最終章の予定です。ここまでお付き合いいただき本当に感謝です。

あともう少し見守っていただけたら幸いです。

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