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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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26.誓いと告白


 しばらくして、私は仰向けになりディートハンス様の部屋のベッドに腕と腕がぴったりくっつく状態で並んでいた。

 天井が高いのだなとどうでもいいことを考えてみたけれど、横にいる存在を意識せずにはいられない。

 ベッドの上なのにまったくくつろげない。


 腕と腕を触れ合わせるため身体はまっすぐで、身じろぐのも躊躇われる。

 一緒に寝るにあたってのディートハンス様のポイントはくっつくことなので、こうして腕を触れ合わせているのだけど何か違うというか。


 ――くっつくってこういうこと?


 具体的に想像していたわけではないけれど、何か違うというか。

 それに話にくいのではないかと顔を横に向けると、ディートハンス様も同じように顔をこちらに向けた。


 艶やかな黒髪が頬にかかり、普段意識しない一つひとつのパーツに視線が吸い寄せられる。

 形の良い切れ長の瞳は私と視線が合うと細められ、すっと通った鼻筋や自分よりも大きめな口がゆったりと優雅に笑みをかたどっていく。


 どれをとっても色気とともに無垢さも感じさせるもので、一緒に寝るのは初めてではないのになんだかいけない気分になる。

 視線にさらされ、美貌に当てられ、気配に呑まれ、すべての意識がディートハンス様へと向かうのを止められない。


「これでは寝にくいし話しにくい。手は出さないとは言ったがそれはどこまで許される? できれば手は繋ぎたいのだが?」

「そうですね。手を繋ぎましょう」


 妙な雰囲気は心臓に悪すぎるとすぐさま提案に乗り、ごそごそと二人同時に横に向くとすかさず手を取られた。

 思わずびくっと反応してしまったが、大きな手に包まれてほっとする。

 アンバーの瞳がじっと私を観察していたが、きゅっと繋いだ手に力を入れるとディートハンス様は真剣な顔つきになった。


「怖くはないか?」

「怖いです。だけど逃げたくないです」


 何をとは言わなかったが、そう遠くない未来に起こることに対してだということはわかった。

 ディートハンス様の手を握り返し、みんなの前で告げた時と意思は変わらないと頷く。


「……そうか。私は今でも立ち向かわず逃げてほしいと考えてしまう。ミザリアに何かあると思うと怖い」


 そう告げたディートハンス様の手がわずかに震えた気がして、私はさらに指の力を込めた。

 心を砕いてくれる、自分の味方をしてくれる、信じられる人たちがいるから私は立ち向かえるのだと強く意識する。


「守ってくださると信じています」

「全力で守る。だが、危険なものは危険だ」

「ディートハンス様たちもいつも危険と隣り合わせ、命がけで国を守ってくださっています。怖いからといって、私だけ逃げるわけにはいきません。それに記憶のことも含めて向き合いたいです」


 もし逃げたとしてもその分誰かが危険にさらされることになるし、ディートハンス様たちは魔物のこともあり、必ず伯爵や公爵と対峙することになる。

 ならば、私は私ができることをしたい。

 決意を込めて告げると、ディートハンス様の瞳の奥に葛藤を押し殺すかのように火花が散り、それらを押し殺すようにゆっくりと息をついた。


「この冬は今までにない厳しいものになる。王国にとって、騎士団にとっても。民を守るためにも私たちが倒れるわけにはいかない。それらは私なしでは立ちゆかないことも出てくるだろう」


 そばにいたいのに……、と吐息のように零し、ディートハンス様はぐっと唇を噛みしめた。

 ランドマーク公爵が謀反を企ているらしいこと。その手段として、どこまで操ることができるのか改造された魔物まで出てきた。


 動きが今までと違うことも含め素早い対応が必要になり、レベルによるがディートハンス様が被害を抑えるためにも対応する可能性は高い。

 むしろ、国防の要であるディートハンス様を相手は必ず意識しているはずで、何か仕掛けてくるだろうとの見解だった。すでに呪いの件もある。


「出かける際には数人体制で護衛していただくと聞いています。大事な時期に私に人員を割いていただいているだけでも十分です」

「…………」

「それに私も討伐に出るディートハンス様たちが心配です。互いにできることできないことがあって、今回私にできることがある。今回のことも関係がなければ私は動くことはなかったと思うので」


 仕方がないという言葉も大丈夫という言葉も適当ではなくそこで黙り込むと、ディートハンス様は悲しげに眉尻を下げた。


「ああ。わかっている。本来はミザリアを安心させるための会話をすべきなのに、いざ目の前にすると心配が先立った」

「いえ。私を気にかけてくれ、必ず助けに来てくれる人がいるだけで希望が持てます。万が一、伯爵たちと対面することになったとしても以前とは違ってひとりではないですから」


 どんな会話でもディートハンス様の包み込むような優しさは伝わってきて、その度に自分はひとりではないと勇気をもらえる。

 母が亡くなりひとりで耐えてきた時間と比べものならないほど、心が強くなり今すぐにでも立ち向かえるような錯覚を覚える。


「ああ。どれだけ危険だとしても、ミザリアに何かあれば必ず見つけだし命をかけて守る。もしもはあってはならないが、その時は最後まで諦めないでくれ」

「はい。それに私には精霊たちもいてくれます」

「そうだったな」


 そこでようやくディートハンス様が険しい顔から表情を緩める。

 生気に溢れる綺麗な瞳はいつにも増して輝いて見えた。


「ミザリア」


 柔らかな声で名を呼ばれ返事をすると、その美しい瞳に溢れんばかりの優しさととろりと滲む甘さが浮かび、ほんのちょっとだけ飢えたような獰猛さを覗かせた。


「ミザリアが好きだ」

「…………えっ? すみません。もう一度言っていただけますか?」


 光の角度は変わらないのに、あまりにも美しい光彩に魅入ってしまった。

 聞き逃しそうになって慌てて言葉を拾う。

 告白のような言葉が聞こえたけれど、これこそ幻聴ではと再度聞き返すと、声が小さくて聞こえなかったと思ったのかディートハンス様がぐいっと顔を寄せた。


「好き。誰よりも大事にしたい。許されるのなら職務を放りだしてでもこの手で守りたいと思うほど、気づけばミザリアのことばかり考えてしまう」


 至近距離の低音ボイスと、話すたびに触れる息にぶわぁっと全身の血が沸騰するかと思った。

 かぁっと顔が熱くなり、マグマが噴出したかのごとく心臓が暴れ出したようにどわっと音を立てる。


「……あっ」


 言葉が続かない。

 人に好意を抱かれること自体慣れていないなか、異性に告白されるのなんて初めてだ。


「勘違いしないように言うが、女性としてミザリアのことが好きだ。誰よりも愛おしく、ミザリアの横を誰にも譲りたくないと思うほどに」


 隙を与えない告白と見つめられる眼差しから逃れられない。

 一体、いつから?

 これだけ気にかけてもらってさすがに大事に思われていると自覚はしていたけれど、あくまで庇護者のような立ち位置なのだと思っていた。


 女性を遠ざけていた理由を知った今でも、今もベッドの上で手を繋いでいたとしても、それらの行為を恋愛として結びつけたことは微塵もなかった。

 ディートハンス様に見惚れてしまうことも、ドキドキすることも、ただ慣れていないだけ。そう思っていた。


 ディートハンス様は恋愛だとかそういうもののもっと上にいる存在で、この寮で働く際に浮ついた女性は嫌だと聞いていたこともあり、あまりにもひとりの時間が長く人との交流がなさすぎて、私自身そういうものがよくわからないのもあった。

 私にとってはディートハンス様をそのような対象として見ること自体おこがましく、考えることもなかった。


「……あの、私は」


 だから、急な告白に全身が熱いのに思考がついていかない。

 どのように答えていいのかわからず口を開け閉めしていると、ディートハンス様が熱っぽく、それでいて私のすべてを甘く浸すような甘さをもって見つめた。


「返事はまだいい。ただ、特別な気持ちでミザリアのことを思っていることを胸に留めていてほしい」

「……はい。ありがとうございます」

「解決すれば、話したいことがある。できればそれを聞いた上で返事をもらいたい」

「わかりました」


 慣れない熱とどうしても惹かれてしまう眼差しを前に、徐々に思考が鈍くなる。

 考えなければと思うのにいろいろありすぎて疲れていて、最後の衝撃に私のキャパが限界を迎えたようだ。


「今日は疲れただろう? 眠るといい」

「でも」

「安心して。ずっとついている。ゆっくりおやすみ」


 じっと見つめられながら目を開けようと何度か試みるけれど開けていられなくて、次第に瞼が落ちる。


 ――大事な話なのに、ディートハンス様の声が心地よくて起きていられない。


 もしひとりだったら今頃不安で眠れなかったかもしれない。

 それに好きだと告白され、返事を慌てなくていいと配慮され、とくんと心臓が跳ねると同時にものすごい安心感に包まれた。


「私の秘密を知っても、ミザリアは変わらずに受け止めてくれるだろうか。――まずは憂いを払おう。ミザリア、愛している。どうかこの先もずっと私のそばに……」


 うとうとするなかディートハンス様の呟くような祈りの言葉と額に触れるふわりとした感触を最後に、私は意識を手放した。




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