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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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24.切り離したはずのもの


 ディートハンス様と見つめ合っていると、この中で一番がたいがよく顔に傷跡がある第五騎士団シミオン・ダルトリー団長がこほんとわざとらしく咳払いをした。

 彼らのほうを見るとアーノルド団長とフェリクス様はそこで意味ありげに視線を交し、アーノルド団長がふっと息をつくと口を開く。


「察していると思うがそろそろ情報を整理したい。話を進めてもいいか?」

「はい」


 自分が思っている以上に周囲が大事に考えてくれている事を知り、何度も言葉とともに行動でも伝えられ、不安が少しだけ軽くなった気がする。

 一度目を閉じ、最後の躊躇いを捨てるようにゆっくりと瞼を開け目の前のアーノルド団長たちを視界に入れた。


 ――いつまでも不安がってばかりではダメだ。


 決意を込めて頷くと、ディートハンス様が握っていた手にゆっくりと力を込めた。

 横に視線をやると、包み込むような強さと優しさを秘めた眼差しが私を見つめていた。

 こんな時なのにその双眸に見惚れ、どんな時でもその美貌は損なわずそれでいて意思の強さと優しさに感心と安堵しかけてはっとする。


 思わず差し出された手を握り返してしまったが、私はディートハンス様と並んで手を繋いだ状態で騎士たちの前にいる。

 今更だけどこれっていいのだろうかと首を傾げると、離す気はないよとさらに手を絡められた。


「ディートハンス様……」

「嫌か?」


 視線で訴えてみたけれど、機微を見逃さないとばかりにじっと見つめられるだけだった。


「嫌、ではないですけど」


 そう聞かれればそう答えるしかない。


「ならばこのままで。温もりは安心するだろう?」


 そう信じて疑わないまっすぐな眼差し。


 確かに悪い気分ではないし、存在をよりわかりやすく感じてひとりではないと思える。

 そして、そう感じたのはディートハンス様の最近の経験からくるもので、あの日の温もりにディートハンス様自身が安心したということで、私を安心させたくての行動なのだろう。


 そっと騎士たちの様子を窺うと、微笑ましそうな笑みや呆れたような顔を浮かべている。

 総長の事情を理解し私の境遇を知った上で、私たちのやり取りを見守ってくれているのが伝わってきた。

 これはこれで恥ずかしい。


 優しさからくる行動だとはわかっているけれど、自分よりも大きな手は安心するとともに落ち着かない気分にもなる。

 だけど、これから話すことを考えるとディートハンス様の温もりは手放しがたくて私は頷いた。触れるほど近くの距離にいる事実に勇気をもらえる。


 ――これが安心というものなのだろうか……。


 もしディートハンス様までもが前方にいればさらに緊張していただろうし、横にいてくれるだけでも随分違う。

 過保護で過分な対応ではあるけれど、過去のことを話すのは不安でそばにディートハンス様がいてくれるなら心強い。


「ありがとうございます」

「ああ」


 何をと言わなくても伝わったのだろう。ディートハンス様が嬉しそうに口元を綻ばせた。

 フェリクス様とアーノルド団長がちょっと困ったように苦笑しつつ、んんっと何か喉に突っかかったような声を出しアーノルド団長が話を続ける。


「話し合うことはたくさんあるが、まずはディートハンス総長の呪いについて話しておきたい。ミザリアから左腕から胸へと黒いもやが広がっていたという話を受けて元凶を突き止めた。遠征の時に魔物に傷つけられたことが原因だろう」

「魔物が? 魔物は呪うことがあるのですか?」


 人を殺し捕食することはあっても、呪うなんて聞いたことはない。

 呪いは人が行うものという認識だ。

 悪意をもって物理的精神的に追い詰め、相手や社会に対して災厄や不幸をもたらす行為。そう本で読んだので、ただ本能で人を食い殺す魔物と呪いは結びつかない。


「それはない。呪いの媒体として使われたということだ」

「それは、――もしそうなら許されない背徳行為では」


 苛立ちのこもった眼光とともに放たれた言葉に、ゆっくりと目を見開いた。


 ディートハンス様は人の悪意に晒されたということになる。

 呪いとわかった時点で、人が介入している可能性は視野に入れていた。だけど、それは偶発的なものか、人が動いてのものだと思っていた。


 呪う時点で許しがたいことではあるが、それが魔物を媒介し、しかも人々を守る職務での場で行われたことは卑劣すぎる。

 許せない。私でさえ憤りを感じるのだから、騎士の立場の団長たちはさらに怒りを覚えていることだろう。


「そうだ。だから、このたびのことは機密事項になる。ミザリアも心しておくように」

「わかりました」


 魔物を媒介することは可能か不可能かでいうと、可能性がないわけではないだろうとは思う。

 実の父親の伯爵たちを見ていても、人はどこまでも欲深くなれるということを知っている。他者を蹴落としてでも手に入れたいものがあれば手段は選ばない。

 それに魔物が使われたということは、その手法がわからなくてもあり得ないことではない。


「それでだ。総長を襲ったその魔物は他とは明らかにレベルが違った」

「初めから私を狙ってきていたな。普通、魔物は本能的に強者は避け自分より弱い者を狙うのだが、あの個体だけは違った」

「狙って……」


 そんなに危険だったのかとディートハンス様を見たが、いつものように何を考えているのかわからない美貌があるだけだった。

 本人はそれに対してどう感じているかわからない。だからさらにディートハンス様に危害を加えた人物に憤りを覚える。


「その魔物だけ一体につきひとつしかない魔石がふたつ出てきたことからも、手を加えられた魔物の可能性があると判断した」

「……特定の人物を狙って魔物を使って呪うというのは難しいように思えるのですが」


 討伐には多くの騎士たちが駆り出されていた。

 常に同じ場所にいるわけでもないし、行動する場所も違う。そのため騎士団総長であるディートハンス様がいる場所を把握し見分けることは魔物には難しいはずだ。


 ――裏で誰かが手引きしていないと……。


 そうか。そこも、なのかもしれない。


「そこまではわからない。ただ、ディートハンス様ではなければすぐに死に至っていた可能性もある。とにかく、総長含め王国騎士に悪意をもってこのたびのことを起こしたことは間違いない。相手はそれ相応の技術があり確実な悪意があって動いている」


 もう一度、ディートハンス様を見た。

 私に気づくと返してくれる視線からはやはり何を考えているのかわからない。人の心配はするのに、自分のことになると隠すことが上手な人だ。

 私は改めてここに至るまでの会話や現在の状況を考える。


 機密を私に話す理由。ただ、信頼しているから、守るからで話すにしてはかなり重大な情報だ。

 つまり、これらも私にまったく関係がないわけではない?

 それは聖力が関わっているのか、また別の何かがあるのか。


 ――まさか伯爵が?


 突拍子もない考えに至り、それこそまさかだと首を振る。破門されたとはいえ、現段階で血縁者に話すにはリスクがありすぎる。

 考えに没頭していると、ディートハンス様が察して声をかけてくれた。


「この話をミザリアに下手に隠すよりも、全て話すことについてはすでに国王陛下にも許しを得ている。情報に関して秘密さえ守れば不安に思うことはない。ミザリアと関係がまったくないわけではないから。」

「国王陛下!?」


 それだけこのたびのことは重大な案件ということだ。

 下手すればディートハンス様の命が危うかったことを考えると、国防の危機だったわけなので案件的には国のトップに話が通っていても不思議ではないのだが、言葉にされるとさらに重みが増す。


 自分の存在が国王に認知されていることに焦る思いもあった。

 軽い気持ちで話に参加しているわけではないが、この件から抜け出せない事実を突きつけられた気分になって、関係があることを示唆されたことを思い出し考えを改める。


 認知されていようといまいと、私はディートハンス様を脅かした呪いに関することを知らないままではいたくないし、対抗できる聖力を持っているのならなおさら知っておきたいと思ったはずだ。

 だったら、知るべき立場に引き入れてくれたことに感謝しなければならない。

 差し出され手を今みたいに掴んでいたいのなら、それが自分にとっていいことばかりではなくても受け止めて進んでいきたい。


「先ほど特定の人物を狙う方法はわからないとは言ったが、騎士団を、例えば、特定の誰かは考えにくいが強い魔力を襲うようにすることは可能だろう。魔物が暴れれば騎士団は赴く。その上で、一番魔力が多い者となればディートハンス様だ。このたびのことは騎士団、もしくは騎士団総長クラスを狙ったものだと考えている」

「そんな」

「そして、その黒幕はランドマーク公爵だと我々は考えている」


 フェリクス様が笑みを浮かべながらも苛立ちを滲ませた。

 地図と歴史書を思い浮かべる。

 前回遠征に出た場所の山脈を挟んだ領地を治めている筆頭公爵家だ。

 彼らがそれを口にするということは、確固とした証拠はなくともそれなりの理由があるのだろう。


「そうですか……」

「それでだ。魔石を何らかの方法で人為的に埋め込み呪いをかけたと思われるランドマーク公爵と、魔石の取引をしているのが君の父親、ブレイクリー伯爵だ」


 思わず身体が反応した。

 だが、すぐさまきゅっと力を込めたディートハンス様の手の温もりに深く息を吸った。

 落ちそうになるたびに、ディートハンス様の温もりに助けられる。


「確かに魔石採掘量は北部で一番だと聞いてましたが」


 採掘場では噂話が尽きなかった。

 大口の取引があるから働き詰めになるのだとか、夫人が新たな宝石商を呼んで伯爵家は羽振りがいいだとか、大した情報はなかったけれど多少は伯爵家の動向を知ることはできた。


 魔石と魔物。ブレイクリー伯爵とランドリー公爵。

 そして遠征先は北部であったこと。

 繋がっていくものに、そしてここに来て忘れたはずの、忘れようとしたはずの元家族の存在が心をむしばんでいく。


「ああ。今回の魔石を調べた結果、伯爵領で採れた魔石であることが判明した。あまり知られていないし調べられる者は限られているが、採掘された土地によって含まれる成分が微妙に違う」

「初めて知りました」


 そこでフェリクス様はちらっとディートハンス様を見て、それから真面目な顔で私を見た。


「それでだ。ミザリアは採掘作業をしてきたと言っていたがどれくらいの頻度で関わっていた?」

「はい。ほぼ毎日作業しておりました」

「毎日……」


 そこで考え込むように顎に手をやったフェリクス様。

 呪いから魔物、そして魔石の話になったので一抹の不安を抱えつつ声をかけた。


「どうかされましたか?」

「――ミザリア、伯爵が君を探している」


 迷ったように視線を彷徨わせきゅっと口を引き結び言い切ったフェリクス様の言葉に、ドクンと心臓が音を立てる。

 足先からぐんと冷えるような感覚に声が上擦った。


「……なぜでしょうか?」


 完全に縁を切る形で放り出されたのだ。

 最初の頃は難癖をつけられる可能性も含めて気にはしていたけれど、すでに六か月経っている。

 なのに今更。


「ミザリアが出て行ってから魔石の質が落ち、今では魔石や鉱石が採れなくなったようだ。今ブレイクリー伯爵家は公爵との関係もだが運営も厳しくなっているはずだ」


 足先の冷たさが臓腑まですべて冷やすように行きわたり耳鳴りまでする。

 フェリクス様の声を耳鳴りの向こう側からかろうじて捉えていた。


「フェリクスがミザリアを町から出るときに行方を追われないように手を打っていたが、ここ最近王都を中心に動いているようだ。もしかしたら何か掴んだのかもしれない。ここ最近は必死になっているようだから」

「……っ」


 それでも他人の口から伯爵の名を聞く衝撃は自分の想像を遙かに超えた反応をした。

 自分で自分のことが制御できない。

 私の反応にわずかに眉を寄せたが、切り出したからにはとフェリクス様は言葉を続けた。


「――ミザリアに似た容姿の人物が各地で連れ去られているようだ」

「そんな……」

「探す者は君の容姿を知らないからね。聞いた特徴だけを頼りに攫うか金で買っているようだ。そういった者は身分が確かでないものばかりだから公にはなっておらず、このことは私たちも最近知ったばかりで証拠もないから動けない」


 捨てられ、自分からも切り離したつもりだった。

 伯爵の無関心と、兄や夫人の執拗な監視と暴力。ただただ生きるためだけに身を縮め働いていた日々。

 あの門をくぐった時点で彼らと関係はなく生きていくのだと思っていた。少しでも離れた場所に、目につかないところにさえ行けば関わることのない人たちだと信じていた。


 ――なのに、やっと居場所を見つけたと思ったのにまたあの場所に連れ戻される!


 そう考えるだけ身体がぶるぶると震える。

 抑えなければと思えば思うほど、制御効かない身体は激しく揺れた。


「ミザリア。大丈夫だ」


 横にいるディートハンス様に力強い声とともに抱きしめられ、とんとんと背中を撫でられる。

 爽やかで穏やかな安心感のある匂いに包まれ、呼吸をするたびに全身にディートハンス様の匂いが回るようで次第に身体の震えは収まった。


「あっ……」

「大丈夫。深呼吸を……。――そう、大きく吸って。吐いて」


 言われたように、何度か繰り返していくと次第に血流を感じ身体の感覚が戻ってきた。


「……すみません。取り乱しました」

「それだけミザリアにとっては刻まれたものがあるのだろう。不安だったらずっとそばにいるから、必要以上に恐れなくてもいい」


 そっと胸に手を押すと、身体を離され顔を覗き込まれる。

 じ、と見つめる双眸は、私が本当に大丈夫なのかどうか見極めようとどこまでも真摯だった。


 ディートハンス様の言葉に、騎士たちも頷く。

 先に過剰なほど私に声をかけてくれたも、ディートハンス様が横にいるのも、この件で私の反応を心配したためなのだろう。


 ずっと気遣われている。私が少しでも怖がらないように。

 それでいて、包み隠さず話してくれているのは私なら大丈夫だと信じてくれているから。

 

 その気持ちに応えたいと思った。

 その気遣いを無碍にしたくない。


 自分の身体のことなのに制御できないけれど、少しずつ自分の中に芽生えるものがあるのを感じた。


「もう大丈夫です」


 自分で考えていた以上に伯爵家でのことは心と身体が拒んでいたけれど、まだ話の入り口だ。

 ディートハンス様の温もり、心配そうに自分を見るフェリクス様たちの眼差し。

 ひとりではないと。伯爵家にいたときとの決定的に違い、今の私には差し伸べてくれる手がある。


 ――大丈夫。


 ここで怖がって隠れているだけでは、何も解決はしない。

 見つかるのも時間の問題だ。しかも、関係のない人たちまで危害が及んでいる。

 

 それに呪い、そして魔石のこともある。

 採掘はしていたことと現状に関係はないが、伯爵が私を探している事実は変わりない。

 探し連れ戻した上でどうするかまでは知らないが、捕まったらろくな目に遭わないだろう。


 ――やっぱり怖い……。


 だけど、逃げているだけでは変わらない。

 きっと私がすべきことがあるはずだ。


「私はどうすればいいですか?」


 恐怖に呑まれすぎてしまわないよう腹に力を込め、ぐいっと顔を上げた。




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