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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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23.あやふやな向こう側


 その日の夜、食事を終え一通り片付けが済んだところでフェリクス様に声をかけられた。


「ミザリア。話があるのだけどいいかな?」


 最後に洗い終えた皿を置いて、エプロンで手を拭き振り返る。

 笑みを浮かべてはいるけれどいつにも増して真剣なフェリクス様の眼差しに、私は深い息を吸った。


「――はい」


 緊張でぎゅっとエプロンを握る。

 フェリクス様に肩を叩かれ顔を上げると、透き通る湖面のような水色の瞳の奥底に今まで見たことのないような光が浮かび上がるのが見えた。

 その光の本質を理解する前に、さっと消したフェリクス様は安心させるように穏やかに笑みを浮かべる。


「ミザリア。君の悪いようにはしない」

「はい」

「緊張しているね? だけど、俺たちは君の味方だから。それだけはわかってほしい」

「ありがとうございます」


 掴んでいたエプロンを取り外し椅子にかけると、私はフェリクス様の後に続いた。

 話というのは、ディートハンス様と私に起こったことの続きだ。彼らも思うことはあるだろうけれど、肝心の私に記憶がないということで一度話し合いは保留になっていた。


 ――うまく話せるかな?


 フェリクス様の背中まである銀の髪を見つめながら、自分が本来あるべき魔力がなくなっていたことや精霊に関する記憶が抜けていたことを思い返す。

 何度も何度も伯爵家での生活を思い出し、何か不自然なことがないか、何が欠けているのかを考えた。


 だけど、世間を知らない私はどれが普通で何がおかしいのかの判断材料が乏しくてわからない。

 できることは、質問に答えられるように少しでも多くのことを思い出しておくことだけだった。そのため夢にまで見て寝不足になり、そのことに気づかれ心配までされてしまった。


 ディートハンス様の不調の原因を取り除いたことについてはフェリクス様たちにも話してあったし、その過程で自分に起きたことも共有してある。

 隠しておけることでもないし、ディートハンス様の身に生じていた原因を追究するためにも何が起こったのかを明確にする必要があった。


「といってもいろいろ考えてしまうだろうけど」

「はい。聖力が使えることを忘れていたことは重く考えています」


 ディートハンス様には、今後のためにもここの騎士たちに包み隠さず話しておくべきだと言われた。

 結果的に魔法を虚偽した形になってしまったので、事情がある場合それを証明し味方をする人物が多ければ多いほどいい。自分たちが守るからと。信じてくれと。


 決意を込めたような静かな眼差しに押されるように承諾した。

 自分だけで判断ができない内容であったこともだけど、ディートハンス様なら悪いようにはしないと信じられる。


 そして、フェリクス様や他の騎士たちのこれまでの接し方でそれは嘘や慰めではないことはすでに身を持って実感している。

 あれから変わらずというよりは、彼らは一層私に優しくて紳士的に気遣いを見せてくれていた。


「確かに聖力は珍しく貴重だ。だけど、そういうことじゃないってミザリアもわかっているだろう?」

「……はい」


 だから、私もフェリクス様の問いに頷いた。


 ディートハンス様、そして騎士たちの反応で、ディートハンス様が倒れたことや私が『聖力』が使えることがかなり重く受け止められたことを理解している。

 私だから。

 自惚れでもなく私個人を見たうえで、聖力が使えたことで起こる問題も信じて守ろうとしてくれている。


 何よりそれによってディートハンス様が回復したことはフェリクス様たちにとって喜ばしいことで、これに関しては悪いことではない。

 そういった経緯であの日の晩にあったことをフェリクス様たちにも隠さず話し、ディートハンス様の回復にみんなで喜び、それと同時に真剣な顔で感謝とともに守ると告げられた。


 それでも『呪い』のことも含めてわからないことが多すぎて、私自身も記憶があやふやなこともあっため、時間を置くほうが気持ちの整理や思い出すこともあるだろうとのことだった。

 特殊なことなので、フェリクス様たち側も整理する必要があるとも言っていた。

 だから、時間を置いての話し合いがこれから行われる。


「俺はミザリアがいてくれて嬉しい。そして、連れてきた責任も感じている。巻き込んでしまったのではないかといった気持ちもある。だけど、ディース様が安心した笑顔を見るたびに嬉しい気持ちが抑えられない。それと同時にミザリアも笑っていてほしい。私はディース様、そして騎士団も大事だけど、ミザリアのことも大事に思っているよ」

「ありがとうございます」


 扉に手をかけたフェリクス様はそこで振り返ると、穏やかな笑みを浮かべた。


 フェリクス様だけでなくここの人たちはたまに本心を隠してしまうような、嘘は言わないけれど隠されているものがあるのは感じていた。

 過ごしてきた時間の違いや職業上それは当然のことであったし、それについて気にならないと言えば嘘になるけれど特別何かを思うことはなかった。


 常に親切であろうとしてくれたのは本当のことだ。

 だけど今の言葉はすべてが偽りのない本音のような気がして、私は目元を緩めた。


 私の反応に頷くとフェリクス様は扉を開け、それだけで伝わってくる気配に緊張した。

 落ち着かない気持ちに何度も何度も現状に至るまでの理由を頭の中で並べたて、深呼吸を繰り返す。


 三階の執務室に通され、いつもはお茶出しする側なのに座るように言われる。セルヒオ様が代わりにお茶出しをするため部屋の隅へと向かった。

 ちらっと前方を確認する。

 この黒狼寮に住む騎士たちを含め、何度か言葉を交したことのある騎士たちが立っている。ずらりと並ぶ騎士服を着た騎士たちはものすごく迫力があった。


「ミザリア、座って」

「はい」


 圧巻の光景に案内されたままソファの前に立っていたが、ディートハンス様が私の横に来て私の手を握り一緒に座るように促す。

 それを合図に立っていた団長、副団長クラスの騎士たちがソファに座ると、私の前方に座ったアーノルド団長が一番に口を開いた。


「改めて、ディートハンス様を助けてくれて感謝する」

「いえ。ディートハンス様が無事回復されてよかったです」


 それに尽きると小さく笑みを浮かべると、アーノルド団長ががばりと勢いよく頭を下げた。


「ミザリアは我々の恩人だ。感謝してもしきれない」


 さらに深く頭を下げたアーノルド団長に習うように他の騎士たちも一斉に追随したので、私は息を呑みそして慌てた。


「――えっ、ちょっと、頭を上げてください。私はただよくなるようにと祈っただけで、意図して聖魔法が使えたわけではないので。それにお礼は十分言っていただきましたし」


 この国の最高峰の騎士たちに深々と頭を下げられ、ディートハンス様の横に並ぶ私まで偉い人になったような構図は心臓に悪い。

 わたわたと自由なほうの手を前にしてやめるように言うが、一向にアーノルド団長たちは頭を下げたまま上げようとしない。


「それでもだ。ミザリアがいなければどうなっていたかわからない。それだけ騎士団にとってミザリアがしたことは素晴らしく誰にでもできることではない」

「そうだ。『呪い』は『聖魔法』でしか解けない。しかも最上級の聖魔法となると使える者は限られている」

「私たちも手は尽くしていたがどれも効果が薄かったからな。大事になる前にディートハンス様が回復した事実はミザリアがいてこそだ」

「たまたまでも、我らの総長のために力を使ってくれたことには変わりない。私たちはミザリアに恩がある。このような場ではあるが、これは騎士団代表として、第一騎士団長として、そしてディートハンス様の友人として感謝せずにはいられないことをどうか理解してほしい」


 十分に感謝の言葉をもらっていたけれど、正式に騎士として礼をしないと気が済まないようだ。

 大雑把に見えて筋はしっかり通そうとするのはアーノルド団長らしい。


 私は確認するようにちらりとディートハンス様のほうへと視線をやると、彼はゆっくりと頷いた。

 騎士団の総意としての礼を受け取らなければ話が進まない雰囲気だ。


「わかりました。何よりディートハンス様が回復されたことは嬉しいので、この力があってよかったと思います。お役に立ててよかったです」


 私がそう告げると、ようやくアーノルド団長たちがやっと頭を上げた。

 なぜか誰もが安堵したような顔をしていたので、これ以上頑なに固辞しなくてよかったとほっとする。


「そうだ。今回は功績となる仕事をしたんだ。誇っていいから」

「ミザリアはずっとよくやってくれている」

「ミザリアとの出会いは俺たちにとっても恵まれたものだよ。あの時口説き落としてよかった」


 最後はフェリクス様。場を和ませるような柔らかな口調で微笑んだけれど、その瞳はどこまでも真剣だった。

 騎士服を着ていることもあり、普段過ごしている黒狼寮であるのだけれど公の場であるような錯覚を起こすくらいの緊張感が部屋に立ちこめる。

 こくりと息を呑むと、ディートハンス様がもう一方の手を伸ばし両手で私の手を包み込んだ。


「ここの騎士はミザリアを認めている。だから、今後何かあっても我々は全力でミザリアを守ると誓う」

「……」


 騎士の誓い。

 剣をかざす正式なものではなくても、軽々しく口にするものではないことくらい私でもわかる。


 戸惑っていると、繋いでいた手にきゅっと力を込められる。

 

「ミザリアが認めていなくても、ミザリアは私にとって、我々にとって大事にしたい、代わりが利かない人物だということを理解してほしい」


 恭しく掴んでいた私の手を上げると、手の甲に軽く口づけをする。

 姫を守る騎士が誓いの口づけをするように、ディートハンス様は私の瞳をじっと捉えたまま動かない。


「ディートハンス様」

「ミザリア。大事に思っていることはわかってくれるね?」

「どうして……」


 ディートハンス様はそこで微笑んだだけで何も言わなかった。


 どうしてディートハンス様は私の心が、不安が、わかっているのだろうか。

 フェリクス様だって、この部屋にくるまで少しでも私の気持ちを解そうと言葉をかけてくれた。


 一生懸命悟られないようにしてきたことは、きっとバレてしまっているのだろう。

 人を傷つけたくなくて注意深く周囲を観察している人だ。

 フェリクス様に関してはさっき言っていたように、ここに連れてきたことに対する責任もあって私を気にかけてくれている。


 ディートハンス様は以前に『役に立つとか立たないとか気にするな』とも言ってくれた。

 役立たずだと罵られてきたことは、私が思う以上に精神に腐食しているようで捕われていないとは言い切れない。

 出て行くときに辛いことは忘れて前を向いて頑張ろうと決意したけど、吹っ切れたようで吹っ切れない。


 それに聡いディートハンス様が察していないはずもなく、私がここ最近不安定なのも気づいていてやたらと構ってくるのだろう。

 そして何事も遠慮がないというか、良いと思ったことをそのまま行動に移す人なのでここ最近は露骨すぎるくらいだ。


 ――……それに関しては、何事もまっすぐだと感じる行動はディートハンス様の性質のようでもあるけれど。


 とにかく、過度なほど気遣われていることはわかっている。

 それに甘えそうになってしまうほど、それらがぽかぽかと温かくてむずむずしてしまうものだということも知ってしまった。


 長くここに居たいと思う気持ちと同時に、いつ捨てられるか冷たくされるかと不安になる気持ち。

 あやふやな立場のなか甘やかされることが怖いこと。

 自分の気持ちなのに、ここの人たちにどうしてほしいとか大それた望みなどなかったはずなのに、言葉にされて気づく思い。


 認められたい。

 いてもいいという証がほしい。

 もう二度と捨てられたくない。


 日に日に強くなる思い。


 誰かに、ううん、ここの人たちに認めてほしい。

 伸ばされる手を、触れる温もりを失いたくない。


 明確な意思を持って膨らむ思い。


 ここは温かくて。

 いつかなくなるのなら、最初からないほうがいい。


 明確にしたいのに、明確にしたくない。

 あやふやなままならそれを理由に引き返せる。


 傷つかずに逃げることができる。

 仕方がなかったんだと諦めることができる。


 そう言い聞かせないといけないほど、ここは温かくて、ディートハンス様と触れ合う時間が増えれば増えるほど、自分が特別な何かになってしまったような勘違いを起こしてしまいそうで。

 この優しくて甘やかな贅沢な時間に慣れてしまえば、もう引き返せなくなりそうで。


 十分気にかけてもらっているとわかっているのに、もっともっとと欲求は止まることはなくて。

 だからこそ伯爵家のことを思い出して、思い上がるなとブレーキをかけた。


 役立たずには分相応な願い。

 いろいろなことが中途半端で、助けることはできたけれど今回のことも迷惑をかけるかもしれない。


 なのに、ディートハンス様たちは当然のことのように言葉にして教えてくれる。

 この寮での自分の明確なようであやふやな立ち位置を、怖くてあやふやにしていたかった線を超えてこっちに来て手を取っていいと待ってくれている。


「私にミザリアを守らせてほしい。そのためにはミザリアのことを大事に思っている者たちがいるとわかってほしい」

「でも、わたしは……」


 やっと役に立てることができただけ。

 それさえも中途半端で、記憶がないこともなんだか怖くて。

 迷惑をかけて捨てられるくらいならと思うと、拾われた家政婦のままで、お情けでここにいるだけの立場でいるほうがいいような気がして……。


 唇の内側を噛みしめ、押し寄せる不安と同時にどうしても込み上げる期待を押さえ込む。

 掴かまれた手の甲をするりと優しく指で撫でられ、名を呼ばれて伏せかけた視線を上げたディートハンス様を見た。


 希少な宝石のような美しい瞳がまっすぐに私を見つめてきて、息を呑む。

 何もかも見通すような力強い瞳は逸らすことも許されず、魅入るとともに自然の脅威を前になすすべもない圧倒的なものが宿っていた。


「ミザリアが自身を大事に思ってくれないと守れるものも守れない。ミザリアが私たちの役に立とうとするように、私たちもミザリアの役に立ちたい。それは能力があるなしに関係なくだが、『聖力』が使えるとわかった以上、何に巻き込まれるかわからない。これから話をする前にこれはわかってくれないと」


 本当にいいのだろうか?


 私はこの手を取っても。

 ここを居場所だと思っても。

 あやふやな線の向こう側、ディートハンス様たちがいる場所に立っても。


 不安はあるのに、繋がれた手の温もりを離したくなくて私は軽く指を折り曲げ自らディートハンス様の手に指をそっと沿わせた。




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