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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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◆伯爵家の崩壊 足音


 乱暴な足音がうるさいほど床板の上に響く。


「どいつもこいつも使えない」


 チェスター・ブレイクリー伯爵は報告書を目にした瞬間破り捨て、机の上にあった本を投げつけた。

 それは報告してきた男の頬に当たりどさりと落ちる。


「も、申し訳ありません」


 それが理不尽な八つ当たりだとしても権力者の前ではなすすべもなく、男は顔を真っ青にして頭を下げた。

 調べろと言われて調べた結果が不満で伯爵は怒っている。そこに剣があったら今にも切りつけてきそうな鬼気迫る形相に震え上がった。


「不愉快だ。消え失せろ」

「はいっ」


 チェスターは逃げるように出て行った男を睨みつけ、控えていた執事長のネイサンに顎で示した。


「あいつは処分しろ」

「かしこまりました」


 魔石どころか鉱石までも採れなくなった。不気味なほどピタリと何も。

 ほとんどそれらで生計を立てていたブレイクリー家にとって致命的。他の事業はぱっとせず、そのため公爵家との繋がりを強化しようとした矢先のことだった。

 それを機にのし上がるつもりであったのに、このままいけば没落すらあり得るレベルだ。


 チェスターは忙しなく机の上を指で叩いていたが、どんと拳を叩きつけると今度は苛立ちのまま手当たり次第物を投げつける。

 グラスが足下に落ちても、酷い音を立てても、ネイサンは何も言わず癇癪を起こす主を見守った。


 万年筆が落ち、床に黒いシミが広がる。

 それを見てチェスターの身体が無意識にびくりと跳ね、それに気づきちっと舌打った。

 苛立ちそのままにシミの上に何度も足を振り下ろす。


 ほぼ毎日このように荒れ当たり散らす当主であるチェスターに嫌気がさして、またひとり、ひとりと使用人たちは辞めていき、今では全盛期の半分ほどになった。

 そして、今日で五人目となる魔道士の処分。

 屋敷の異常事態に気が回らないほど崖っぷちに立ったチェスターは焦っていた。


「ミザリアはまだ見つからないのか?」


 決まりかけていたベンジャミンと公爵家令嬢との婚約は破談になったもののかろうじてランドマーク公爵との関係は保てているが、いつ自分に火の粉が飛ぶのかわからない状態が続いている。

 こうなったら生け贄が必要だ。魔石の採掘量が戻るならそれでいいが、戻らなければ今回の始末を押しつけるヤツが必要だ。

 生きていても死んでもどちらでもいいと思っていたが、ここで初めてチェスターは娘が無事であることを願った。


「翌朝に隣町まで行ったことはわかりました。そこでくず魔石を売ったようです」

「その後は?」

「そこからは消息不明です。半年も時間が経っているので足跡を追うのに時間がかかっております」

「遅い! 金に糸目はつけない。何としてでもミザリアを探し出せ」


 適当に振り下ろしていた足が万年筆を捉え、ぱきりと割れたところからまたシミが広がった。

 ゆっくりと広がるそれに、底から湧き上がる感情の波を抑えきれず万年筆を蹴りつけた。最後、ころころとネイサンの足下へと転がる。


「くそっ」


 忘れられない恐怖を思い出し、ぶるりとチェスターは身体を震わせた。

 怒りで感情を荒げていないと取り込まれてしまいそうな恐怖にじっとしていられず、チェスターの気持ちを荒ぶらせた。


 ランドマーク公爵に連れられた秘された場所の、何度も何度も赤と黒の絵の具をぶちまけたような地下牢。そこにあった拷問具の数々。

 おぞましく唸り牙を剥きだしぎょろりとした人外の瞳と目が合った時、チェスターは死を予感した。


 まるで飼っている動物に定期的な餌を与えるがごとく、ヘマをした部下を魔物の前に放り投げたランドマーク公爵。

 耳につんざくほどの悲鳴とばりばりと骨を砕く音、息絶えながら助けを求める声が頻繁に夢に出て忘れられない。


 何より、自分の横にいた公爵の実に楽しそうに(わら)うあの顔が忘れられない。狡猾に確実に狙った獲物を殺し、気にくわない者は屠っていく。

 生が尽きる音とともに、ちらりと自分を見た冷めた瞳に絶対逆らえないことを教えられた。

 目的のためなら誰がどれだけ犠牲になろうと、公爵はその手を緩めることはない。そして、目的のために使えないと判断されたら次に餌になるのは自分だ。


「魔石さえあれば完璧だったのに腹が立つ。――何をしているすぐにミザリアを探し出せ!」

「かしこまりました」


 ネイサンが頭を下げ部屋を出て行くと、チェスターはとくそくそくそっとその後も部屋の中の物に当たり散らした。



 数日後、執事長であるネイサンは情報を携えて当主であるチェスターの部屋にいた。


「店主が言うにはその時に騎士がやってきて二人は話していただとか」

「騎士?」


 チェスターの目の下は黒くくすみ若干頬はこけ、かつてはモテていたという面影は全く見受けられないほどやつれていた。

 一気に老けた主人を前に、撫でつけたロマンスグレーの髪も服装も相変わらず一糸乱れることのない姿でネイサンは続けた。


「どうも安く買いたたこうとしたところを第二騎士団の者に止められたようです。店主が言うには団長のフェリクス・オーバンだったとか」

「なぜそいつがミザリアを助ける?」

「偶然居合わせたようです」


 ふるふると首を振る姿に、ここ最近鏡を見るたびに老けたと自分で思うチェスターにこいつは出会った頃から変わらないなとどうでもいいことを考える。

 ずっと怒ることも疲れ、今はなんだかなるようになれという気分だった。


「偶然か」

「そのようです。そこで四万ゼニほど手に入れたようです」


 くず魔石を持たせたことは後で知ったが今はどうでもいい。

 そこで助けられなかったら、少量の金額のみで遠くにはいけなかったはずだ。食料が尽きるのも早かっただろう。生き延びる算段はそこでついたわけだ。


 この場合、すぐに死なれていれば今となってはチェスターにも問題だったわけでよしとすべきか。

 チェスターは大きく肩で息をした。


 ――ここでミザリアを何としてでも連れ戻さなければ。


 諦めたわけでもないし、ランドマーク公爵が怖いのは変わらない。

 次に粗相すれば魔物に食べられるのは自分だと実際目にして植え付けられた恐怖は潜在意識に縫い付けられ、だからこそ恐怖してはいるが麻痺もしていた。


 死にたくはないし、死ぬ気はない。

 今まで自分が望んだものを手に入れ、おおよその望んだように進んできた。この地位につくためにいらないもの、家族でさえ捨て成功してきた。

 そのためチェスターは自分の判断に自信があった。


 魔石があれば確実に自分はこれまで以上のものを得ることができる。

 それが無理なら、ミザリアさえいればどうにかなる。どうにかする。

 あいつの娘なのだから、能力がないとわかっていても使いようはあるだろう。


 自分にはそれができる力があるとチェスターは信じていた。

 成人するまで置いてやったのだから親孝行ができる場を与えてやるのだと、ぎらりとミザリアが住んでいた別館のほうへと視線をやる。


 ――そうだ。育てた恩を返しもせず出て行ったあいつが悪い。


 魔石が無理なら、早くミザリアを見つけて育てた恩を返してもらわねば。

 チェスターがあれの母親に目をつけなければ、生まれなかった存在。ならば、自分は感謝されるべき存在であり、あれの唯一の所有者は自分だ。

 それをどう扱うかを決めるのは父親である自分なのである。


「死んでいないということだな」

「そのようです。その日に向かった馬車の行き先を調べると同時に、店主が王都へ行きたがっていたようだと当時の会話を思い出したので、すでに王都を重点的に捜索を行っております」

「王都か」


 出て行けと言って出て行ったのだから、帰ってこいと言えば帰ってくるべきだ。

 これだけ探してやっているのに姿を現さないとはと、チェスターは苛立った。

 怒りの矛先が自分の所有物のくせに出てこない娘へと向かう。


「もしかして騎士団に保護されたか?」

「でしたら記録は残るはずですが」


 ネイサンもすでにその可能性を視野に入れて調べていたようだが、もし騎士のほうがミザリアを気に入り記録を残さなかったら?

 何事にも抜け道はある。


「あの母親は美しく人を魅了するのがうまかった。ネイサンも知っているだろう? だったら、騎士を取り込んでいてもおかしくない」


 そう告げると、ネイサンがはっとしたように目を見張り深々と頭を下げた。


「調べてみます」


   ***


 ブレイクリー伯爵家に勤めて十八年。ネイサンは本館にあてがわれた自室にいた。


 ミザリアが死んだ証拠を探すほうに店主の発言を聞くまでは重点を置いていたが、騎士団に匿われている可能性までは考えなかった。

 だが、甘い汁を吸うことに貪欲な伯爵の意見は今回ばかりは冴えていた。

 生きている可能性にかけた者の視点と、死んでいる可能性に比重を置いていた者の違い。


「そういうところはさすがですね」


 独特の薬品の匂いが漂う室内。

 棚には古びた書籍が几帳面に並べられ、引き出しには全て鍵がかけられている。何も持ちだすことを許さないとばかりに、鍵の向きも同じで誰かが触れればチェスターにはすぐにわかるようになっていた。


 そのうちのひとつをじっと見つめ手を伸ばしたところで、ノックの音とともに伯爵夫人のグレタが声をかけてきた。


「ネイサン。今いいかしら?」


 ぴくりと眉を跳ね上げゆっくりと手を戻すと、扉のほうに向かった。


「奥様、どうされましたか?」

「ここを開けてちょうだい。話があるの」

「お待ちください」


 一度部屋の様子を確認してからドアノブに手をかけると、廊下には派手なドレスを着たグレタが立っておりネイサンと視線が合うと顔の前に当てていた扇子をぱちりと閉じた。

 悪巧みをしている顔を隠しもせずにぃっと笑みを浮かべ、とんと閉じた扇子でネイサンの肩を叩いた。


 それから声を出さずに『ど』『く』と口を動かすと、ネイサンを押しのけて部屋の中に入っていった。


「私の言いたいことはわかるかしら?」

「はい」


 ネイサンは周囲に人がいないのを確認し扉を閉めると、勝手に椅子に座ったグレタの前にお茶を出した。


「それでネイサン。あの子は見つかったのかしら?」

「まだ見つかっておりません」


 グレタはカップに口をつけると、ふふっと楽しげに笑い足を組んだ。


「渡したものは効かなかったのかしら?」

「……口をつけなかった可能性も考えられます」


 ネイサンの顔色が失せていく。

 それでも表情は変えずにいつものように淡々と答えた。


「本当に運のいい子ね。それで今日はどんな報告をしたの?」

「ですが……」

「本当のことを隠さず言いなさい。あの人の機嫌がよかったのは知っているのよ。何か進展があったからなのね」


 ネイサンは小さく息をついた。


「……王都の騎士団に保護されている可能性が上がりました」

「騎士団に? なぜ?」

「それはわかりません。ですが、お嬢様は王都にいる可能性が高いと思っています」


 王都、しかも騎士団に保護されている可能性は厄介だ。

 だが、生きているのなら必ずここに連れてこなければならない。


「やはり死んでなかったのね」

「そのようです」

「そう。それで? あの子を見つけたらどうなるのかしら?」


 グレタの目つきが鋭くなる。

 ネイサンは彼女の望む答えを口にした。


「チェスター様は生け贄にと考えられているようです」

「まあ。使い道があったのね。生け贄ねぇ。家を出てすぐ死んでいたほうがよかったと思うのだけど、あの子も可哀想に」


 言葉とは反対に愉快だと笑みを刻み、満足したようにグレタは頬を紅潮させた。


「奥様は伯爵家の未来が心配ではないのですか?」


 実際に本日も夫人付きの侍女が辞めている。


「何が? 出て行きたい者は勝手に出て行ったらいいわ。忠義もない者をいつまでもそばに置いていても何も生み出しはしない」

「そうですね」

「それにこの現状も一時的でしょ? あの子が帰ってきたら片がつくと伯爵が考えているのならそうなのでしょう。ベンジャミンの破談に腹を据えかねていましたが、あの子が尻拭いすると思えば胸がすくわ。婚約者ならまた見繕えばいいもの」


 ね、とグレタがネイサンを見つめた。

 ネイサンは一度視線を下げ、ゆるりと唇をつり上げる。


「ええ。そうですね」

「あなたがいれば頼もしいわ。これからもこの私たちのためによろしくね」


 その視線は獲物を見つけた女狐のようにぎらりと光り、これからも見張っているわとにっこりと笑うと、言いたいことを言い終えてすっきりした顔で出って行った。


「何が頼もしいだ。何もわかっていない無価値の者の戯れ言は耳が腐る」


 ガラス玉のような何も感情が見えない瞳で、ネイサンはぽつりと言葉を落とした。




ここで第三章が終わりです。

ようやく、やっと、の回でした。

お付き合い、評価などありがとうございます!

第四章からは執筆しながら更新になりますので数日おきになります。

終盤に向け拾い忘れがないよう進めていけたらと思いますので、またしばらく見守っていただけたら幸いです。


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