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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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◇嫌いなものは sideディートハンス


 好きなものはと聞かれるより、嫌いなものを聞かれるほうが楽だ。何が一番嫌いかと問われれば、ディートハンスは迷わず『魔力』と答えるだろう。

 あいにく、そのように質問をしてくる者はいないから告げたことはないが、生まれ落ちた瞬間から『魔力』に振り回され、今もずっと切り離せない人生は自分が何のために生まれてきたのかわからなくさせた。


 生きているだけで人を傷つける。

 それが許されるのだろうか。


 喉を掻きむしり穴を開けたくなるほどの息ができない苦しさも。

 意図せず人を傷つけてしまうことも、家族や周囲に気を遣わせてしまうことも。

 それらは自分の中にある魔力がそうさせる。


 だから、魔力が嫌いだ。


 何もかも苦しくて何度もこのまま気が狂って人を傷つけることになるのなら、自らの生を終わらせてしまいたいと何度も思った。

 ただ、切り捨てるにはたくさんの人の顔が浮かぶ。そして、今では自分の肩にはたくさんのものが乗っている。


 魔力過多症。昔はそれで命を落とす者も多かったが、今では治療薬ができ生存率は上がった。

 ただ、生存するには生まれが大いに関係し、薬を手にする財力や魔力に関する知識が身近にいなければ狂ったように発狂して最後は喉を掻きむしって死に至る。


 ディートハンスの場合、何も話せない赤子の時に魔力過多症と診断された。ただし、例を見ない魔力量と質で一般的な治療では間に合わないとされた。

 恵まれた環境で、多くの医師や学者が赤子を救おうと手を尽くした。そのおかげもあって命の糸は切れなかったけれど、いっそのこと死んでしまいたいと思ったのは一度や二度ではない。


 定期的に暴発するため家族とはろくに会えず、自分の魔力に当てられて使用人たちがばたばたと倒れるのを目にし、自分がなんのために存在しているのかわからなくなる。

 自らの意思で話し動けるようになってからは、率先して魔力を消費するように動いた。人相手では手加減が必要だったので、魔物と戦うことで効率的に消耗できた。


 いつまでこのような生活が続くのだろうか。一生、そう思うと未来に絶望した。

 そんな時だった。魔の森と呼ばれる場所で少女に会ったのは――。


「やはりミザリアだったんだな」


 随分熱で意識が朦朧としていたが、昨夜ミザリアの気配がしてベッドに引き入れたのはなんとなく覚えている。

 日が昇り始めうっすらと視界が広がる朝、自分が腕に閉じ込めた存在を目にし、彼女を取り巻く魔力に目を細めた。


 正直、あの頃は両親を含め周囲の顔は魔力に包まれぼやけよく見えないことが多かった。

 魔力が暴走するときは、シルエットだけが見えていた。


 周囲を傷つけることが減っても、魔力に過敏で自分と合わない魔力はぐるぐると気持ち悪く見える。時には吐きそうになるほどのものもあった。

 自分に向けられる感情に悪意や思惑が魔力に反映されていると知るのはもう少し大きくなってからだったが、感情に魔力が左右されると言われ納得した。

 自分と質が似たものならば、自分の力に押し負けないほどの保有者で魔力をコントロールするのに長けた者ならば、ただ魔力で覆われているだけでよく見えない以外の支障はない。


 それなのに、その少女の魔力はとてもきらきら輝いてとても美しいと思えるものだった。

 ただ、少女がいる場所は魔物の森。

 魔物を狩って周辺は血の匂いが立ちこめ、ここでは逆に異質に見えた。


 どこから来たと尋ねてもわからないと言う。

 明らかに訳ありだった。

 そもそも、少女ひとりで来たとは思っていない。ここに連れてきたやつがいないということは、ここで死ねと置いていかれたということだ。

 そのことを少女がどこまで認識しているのかを知るための質問だった。


 朝食を食べてからどうやって来たかわからず、思い出そうとすると頭がもやもやして思い出せないと少女は言った。

 少女の存在は気になるが、まだ己の中に渦巻く魔力と集まってくる魔物の処理が先だと倒し盛大に力を使って燃やした。


 保護しなければならない少女。

 とりあえず、魔物の森の外に連れ出せばいいとだけ考えていたけれどそこで問題が起きた。


 魔力の暴走中に手加減などできず、魔物を狩っていた。そんな血まみれの自分を見ても怖がらずにくっついてきた。

 しかも、少女がディートハンスの首元を見たあと、命の恩人だからとすぅっと息を吸い込み両手を祈るように握り魔法を使い出したのだ。


「おにいさんが苦しみからすくわれますように」


 少女の身体から金色の光が広がり、ディートハンスの周囲を包み込んだ。すぐさま彼女の魔力に包まれたことがわかる。しかも、普通の魔法とは違う。

 芯から温かくなるような、少女の願いが体現されるように呼吸がしやすくなり荒れ狂う魔力が落ち着くのを感じ、ディートハンスは信じられない思いで少女を見た。


 相変わらず彼女の周囲は柔らかな金色に包まれていて、その光が自分も包み込んでいる。


 ――どんな姿をしているんだ?


 その髪色や瞳の色や形、どんな顔をしてどんな表情を浮かべているのかを見えないことがこれほど悔しいと思ったことはない。

 ここの森のレベルの魔物を狩ることはディートハンスにとっては簡単なことだ。


 恩返しと言われるほどのことはしていない。

 なのに、長年苛まれてきたものをこうも簡単に和らげることができるなんて信じられない。

 それと同時に、ここで死んでくれとばかりに捨てられた訳ありの彼女を思うと胸が痛む。彼女の危険を考えられずにはいられない。


 自分を包み込む光が増えると同時に、少女の中の光は弱く小さくなっていく。

 次第に常に感じていた息苦しさはなくなり、魔力も頑張れば己で制御できると思えるレベルになった。


 初めてだった。

 振り回されてきたものを、自分の手にできるなんて。


 ――どういう子なんだ?


 信じられない気持ちと様々な疑問はあったが、そこで少女の身体が傾いたので咄嗟に抱きとめた。


「……無茶するなっ」


 少女は次第に弱まる光とともに意識も失ったようだった。腕に抱いても特に反応はない。

 じっと見つめたがはっとして、風魔法で彼女の身体を浮かばせた。


 明らかに訳ありだとわかっていても、苦しさからたとえ一時的だとしても助けてくれた恩人を自分から触ることはできなかった。

 気を失っているところに、さらに自分の魔力がどう作用するかわからない。


 それに、今までにないくらい身体が熱くて今にも倒れてしまいそうだ。

 王都から来ていたと言っていたので、確実に彼女を人目につくところに置くことで精一杯だった。目立てば、彼女をどうにかしようと思っていた相手も表だって何もできないだろう。


 自分には魔力が見える。自分の状態が落ち着けば、彼女の事情を探り場合によっては保護に乗り出せばいい。

 そう考えていた。


 まさか自分を助けたことで魔力が消失してしまったとも知らずに……。

 そのまま手を離してしまった。


 代わり映えしない己の手。剣を握るためいくつものたこがあり手のひらは分厚い。この手で多くの魔物を屠ってきた。

 彼女のおかげで、魔力のコントロールができ苦しみから解放された。


 そして、今もまたミザリアに助けられた。

 苦しさから救ってくれた。昔も今も。


「どうして君はこんなにも気持ちを熱くさせるのだろう……」


 そばにいるだけで満ち足りる。ミザリアがそばにいないことはもう考えられない。考えたくない。

 あの時は触れられなかったけれど、今は触れられる。


 何より、顔が見える。

 柔らかなピンクベージュの髪がふわふわと小さな顔の周りを彩り、今は閉じられているが大きな瞳は柔らかな色味を放ちきらきらと輝いている。


 初めて食べる物を見ると嬉しさを隠しきれておらず、食べるときは感動して味わって食べている。

 きらきらと輝く眼差しに好奇心が素直に出ていて、食べたときにふわっと表情が綻ぶ姿は何度見ても可愛らしい。もうちょっと、でも、と手を引っ込めたり出したりしてる姿も愛らしい。


 もらいすぎて困っているとわかっていても、フェリクスたちはミザリアが喜ぶ顔や反応を見たくて、ついつい目新しい物を見つけると買ってきてしまうのを知っている。

 その姿をディートハンスも楽しみにしていたし、フェリクスたちがこの寮で朗らかに笑い寛ぐ様子にまた救われた。


 当初、がりがりだったミザリアはこの騎士団寮にきて少しふっくらし、ぷっくりとした唇も血色がよくなった。

 優しくされることにまだ戸惑うこともあるみたいだが、大分警戒せずに受け入れてくれるようになった。

 そんな姿を見せられて、ディートハンスを含めますます可愛がりたくなっていた。


 素直な反応が、一生懸命頑張ってきたのだと伝わる姿勢からどうしても目が離せずに、あの時の金に輝く魔力は感じられなかったけれど、どうしてもあの時の少女なのではと思わずにはいられなくて。

 どうしても気になった。


 すうすうと寝息を立てているミザリアを見つめる。

 柔らかそうな唇はうっすらと開けられ、ここで最初に見た時よりも本当に健康的になった。逆に言えば、どれだけの悪環境に置かれていたのかと思うと胸が引き絞られ怒りが湧いてくる。


「もう不幸に、ひとりにはさせない」


 再会し、ミザリアから飛び込んできてくれた。

 あの日も、今も。


 どんな色をしているのだろうと思っていた髪に手を差し入れ、慈しむように梳く。

 小さな頭に、柔らかな髪。梳くたびに優しい花の香りが花をくすぐりその度に心がほっと綻んでいった。


 きっかけは美しい魔力の色。

 だけど、その後のすべてはミザリアが動いてくれたおかげだ。魔力はただのきっかけにすぎない。


 彼女にその意図はなくても、彼女の思いがディートハンスを苦しみから解放し心も生かしてくれた。周囲を救った。

 今では国最大の魔力を保有し、この国に貢献することができている。

 周囲の大事な人を傷つけることも悲しませることも減り、むしろ守る力を手に入れた。


 最初、ミザリアの姿を見て一瞬懐かしい気持ちになったが、ここで彼女が働くことに期待していなかった。

 自身の魔力に反応した様子もなく、直接対面し確かに驚くほど魔力が少ないことは理解した。

 そばにいられる可能性もあるかと、伯爵家のこともあり無理をしないのであればここで働くこともあってもいいくらいだった。


 それからフェリクスから話を聞いていたからか、ディートハンスに無闇に近づこうともせず一生懸命働いていた。

 そんなミザリアだからこそ、こんなに輝いて見えその光はとても優しくて、その光を汚されないように守りたい。


 それに、温かい。

 彼女が魔法を使ってくれたのだろうことは、己の中に残る彼女の魔力の残滓でわかる。


 こんなにも人肌が温かいと知れたのも、

 こんなに温かい気持ちにさせてくれるのも、

 今こうして息をしているのも、

 周囲を傷つけずにいられるのも、

 自分を殺したくなるほどに嫌気がささなくなったのも、


 すべてミザリアのおかげ。


 ミザリアの顔を覗き込む。

 顔色は悪くなく、治療して疲れているだけのようだ。


 五歳の魔力検査で魔力がなくなったのは、どうして戻らなかったのかはわからないが、ディートハンスを治癒するのに持てる力を全て使ったからだろう。

 ミザリアの周囲に見える美しい魔力に、あの時のように魔力がなくなった様子もないことにほっとする。


 もう認めるしかなかった。間違いようのない、これから変わりようのない唯一の存在。

 ミザリアはディートハンスのかけがえのない希望。温かい光。決して失いたくない人。

 一度は伸ばせず不甲斐ない自分のせいで失った。もう二度と失いたくない。


 この温もりが愛おしい。

 大事に大事に閉じ込めて、誰にも傷をつけることのないようにしてしまいたい。


 持たせた水に毒を混入させたことといい、伯爵家の者にはそれ相応の報いを受けさせる。

 記憶のことといい、今後はさらに注意が必要だ。


 あの日、彼女は誰かに連れてこられたようなことを言っていた。間違いなくその『誰か』は関わっている。

 そして、魔物の森に放つということは殺すつもりであったこと。


 五歳の魔力検査までに殺す必要があった。そう考えるのが妥当だろう。

 その後、死なすようなことまでしなかったのは、魔力なしと判定されて魔力が戻らなかったからと考える。

 ミザリアに魔力があると不都合な者の存在が伯爵側にいるということだ。

 結果的にそうなっただけで、もしあの時に魔力がなくならないまま戻していたら?


 ぞっとした。

 少しでも戻っていたら、力のないミザリアはその者、もしくは者たちに殺されていただろう。


 二度と失いたくない。

 今度こそ自分のこの手で守る。

 嫌いだった魔力だが、ミザリアとの縁だというのなら少しは嫌うのをやめてやろうと思うほど、嫌いだからこそ使いこなしてやると誓う。


「もう二度と君を傷つけさせない」


 ディートハンスは決意を胸に、労るようにそっとミザリアの頬を指の背で撫でた。




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