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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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16.静かに怒る騎士と任命


 しばらくしてレイカディオン副団長たちは下りてきた。さすがに老人医師、ホレス様は自身の足で歩いてきた。

 ディートハンス様の容体は、風邪などの一般的な病気でもなく原因がわからないとのことだった。


 先ほどの勢いもなく暗い表情だったが、悲観した様子はない。

 総長が倒れること自体が珍しいが、ここにいる全員、ディートハンス様が病に負けることはないと信じている様子だった。

 原因究明はひとまず後だと、このままでは体力を消耗しすぎてしまうため熱を下げようとホレス老人が処方した薬が効いたのか、次の日の朝にようやく総長は意識を取り戻した。


 ホレス老人はディートハンス様の昔からのかかりつけ医なのだそうだ。

 つまり、総長の魔力に耐えられかつ有能な人物で定期的に健診を行っていたが、ここ何年もこのように倒れることなどなかったので周囲は酷く慌てたようだ。


 倒れてから数日経ったが、ディートハンス様が体調を崩し倒れたことは箝口令が敷かれ知っている者はごくわずかだ。

 私は原因が何かわかるまでは近づくことを許されておらず、非常に心配だけれど専門の人に任せるしかないと早く良くなるようにと祈るしかできなかった。


 彼らは総長自身も騎士としての仕事も守ってきたのだなとわかる迅速で隙のない動きはすごかった。

 ディートハンス様の容体を気にかけつつ、騎士団総長自身が倒れることによって周囲に与える影響力も考え、彼らは常に総長の意思とともに彼を守ろうとしている。

 実際、要となる総長が倒れたら影響はあるだろうけれどそれだけではなく、そこには見えない絆があった。


 そういったことを目の当たりにしながら、私は変わらず家政婦業をこなしていた。

 騎士たちの生活面のサポートも大事である。仕事を疎かなにしないようにと過ごしているけれど、気が気ではない日々を過ごす。


 今日もいつものように夕食に向けて準備をしていると、総長の部屋からフェリクス様とニコラス様が下りてきて休憩を取るとのことで、軽食と飲み物を用意する。


「今回も無理だったか」

「俺たちでもちょっとキツいものがあるからな。耐性のない者にはやはり耐えられないのだろう」


 意識は取り戻してもベッドから下りることができない状態が続き、王都にいる名だたる医師や治癒士と呼ばれる人が入れ替わりやってきたが、どの人も顔を青くさせて倒れそうになりながら総長の部屋から出てくる。

 それとともに、寮内が以前にも増して緊張感に包まれていった。


 ディートハンス様の魔力に耐えられ、かつ腕がいい人物は限られている。

 その上で全ての結果が芳しくないとなれば空気も重くなる。


 名だたる名医が診ても原因がわからず、実績のある治癒士の人たちでも回復に繋がらず、弱っている時は魔力のコントロールが不安定で周囲への影響力が増すため、ディートハンス様のそばに長時間いることが不可能。


 まったく効果がないわけでもないらしいけれど、ほぼ自力での回復。

 今は起き上がれるほどまで持ち直し、それと同時にディートハンス様はベッドの上で仕事をしているらしい。


「休むってことを知らない人だ」


 倒れていたディートハンス様を見つけものすごく心配していたフェリクス様は、ディートハンス様が意識を戻しベッドの上とはいえ動けるようになって安堵したのもあって、最近は不機嫌そうに苦言を告げることも増えた。

 今もむっすぅっと不機嫌さを隠さない。


 今回は体調が悪いことには気づいていたが人前で倒れるといけないとずっと我慢し、部屋につくと同時に意識を失ったようだ。

 そういったこともあってフェリクス様たちは怒っているようだ。


 困った人だよね、と私に同意するようにふふっと笑う姿はちょっと黒さが見え隠れする。


 ――どうしてやろうか、って心の声が聞こえてくるような……。


 それだけ心配したということなのだろうけれど、ちょっと怖いと思って若干引き気味になっている私に気づいたのか、フェリクス様は慌てていつも通りの爽やかな笑みに戻した。

 それから深々と息を吐き出すと、頬に苦笑を浮かべる。


「いや。ディース様の魔力のことを考えると仕方ないってことはわかってるんだけどね。部屋でしかもベッドの上で大人しくするしかないとはいえすることがそれしかないのもどうかと思う」

「そうだね。それにあまり体調を悪くする者を送るとディートハンス総長自身も気に病まれるから、私としては原因を早く突き止めたいところだし」


 ニコラス様は優しい顔立ちとともに、耳に優しい声で告げた。

 治癒部隊の第六騎士団であるニコラス様はいつも穏やかに笑顔を浮かべる聖人のような存在だ。

 怪我をして彼が現れたら、ほっと安堵するような柔らかさと柔弱に見えない意思の強さを感じさせる瞳と第一隊隊長という肩書きは心強いことだろう。


「ディートハンス様の状態はそんなに悪いのでしょうか?」


 今まで深く尋ねていいのかわからずなんとなく漏れ聞く話だけで心配していたのだけど、目の前で話されれば問いたくなる。

 部外者だとまでは思っていないけれど、近づくなと言われていたのもあってどこまで家政婦として雇われた私が介入していいのかわからなかった。


「ああ、本人は問題ないと言って起きようとするが顔色は悪いままなのでベッドから出さないようにしている」

「本当はゆっくりしてほしいのだけどね。寝てばかりも暇だろうし、起きても寝ていても体調は変わらないと言われればね」

「それでも顔色は悪いから完全に回復しているわけではないし、やっぱりゆっくりしてほしいのだけど」


 フェリクス様がそう告げると悔しそうに唇を噛んだ。ニコラス様は終始穏やかに微笑んでいるが、目の下には心労でくまができている。

 効果がないわけではないけれど、原因となるものがわからず治療がうまくいかない。治癒士でもあるニコラス様は余計に悔しく思うことがあるのかもしれない。


「そうですか……。その、今までこのような時はどうされていたのでしょうか?」

「俺たちが知る限りはないな。あったとしても完璧に隠して周囲に気づかせるような人ではない」

「そうなんだよね。戦場での活躍や動きは圧倒的で私たちが入る隙がないくらい最強だけど、今回のようなこともあると第六騎士団としても今後は考えていかないと」

「ディース様の魔力が多すぎて、身体的なものはわかるのだけど内側は俺たちにはわかりにくいから困るんだよ」


 ここでも魔力が多いことによっての弊害があった。


「そうそう。魔力な。膨大なそれはディース様を守るとともに本当に厄介だ」


 そこでやってきたアーノルド団長が席に着き、会話に入ってきた。


「魔力ねえ」


 そう反芻するとフェリクス様が思案げに視線を伏せた。

 再び視線を上げると、少し身を屈め透き通る湖面のような水色の瞳でじっと私を見つめてくる。


 それから、「ミザリア」と私の名を呼んだ。心なしかいつもより声が低い。

 はい、と私は背筋を伸ばした。


「ディース様の魔力の影響はなさそうに見えるけれど何もない?」

「特に普段と変わりありません。ディートハンス様が倒れてからは部屋に近づかないように言われているので、影響を受けていないだけかもしれませんが」


 相変わらず、私はディートハンス総長の魔力というものにぴんときていなかった。

 それで大変なことになっているのにその大変さがわからず眉尻を下げた。


 そこで三人は顔を見合わせると、こそこそと話し合った。そして三人同時に頷くと、代表してフェリクス様がずいっと前に出てきた。

 にこっと先ほどちらっと見えた黒い笑みが見え隠れし気迫に押されて顎を引くと、彼はすぐに何かを思い出したように真面目な顔をつくった。


「なら、一度ディース様に会ってみてくれないか?」

「? 会うのはいいのですが私がうろちょろして余計に体調を崩されないでしょうか?」

「それはない。あの方は結構好みがはっきりしているからミザリアの心配をすることはあっても迷惑に思うわけがない」


 そう言えば、ユージーン様が隊長の魔力反発は魔力の質もあるが、総長の好みも大きく影響しているようなことを言っていたことを思い出す。

 魔力の質自体に本人の性格も出てくるから同じようなものだけどね、と。


「ミザリアにどう影響するかわからず遠ざけていたけれど、ディース様のはうつる類いのものではないし、この乱れる魔力の影響もないのなら近づいても問題ない可能性もある。その上で大丈夫ならディース様の看病をしてほしい。あの人は無理をしようとするから、正直、ミザリアがいたらさすがに控えるだろうし」

「……私も心配なのでできることがあれば是非お役に立ちたいのですが、ディートハンス様が逆に疲れたりしないかは心配です」


 仮にディートハンス総長が私のことをそばにいても疎ましく思わないとしても、やはりしんどいときに気を遣う相手がいるのは疲れてしまいそうだ。

 何かしたい気持ちと、どこで迷惑をかけてしまうかわからないことに気持ちが揺れる。


 騎士と家政婦。

 心配する気持ちは本当でも、彼らと持っているものがあまりにも違いすぎて、一歩踏み出すには大きな壁のようなものがあった。彼らが作っているのではなく、彼らの立場がそうさせる。

 どれだけ優しく接してもらっていても、彼らの背負うものの大きさが違いすぎてそう簡単に何も持たない自分がならばと言いにくい。


「ずっといろと言っているわけではない。たまに顔を出して食事などの世話をするだけでいいんだ。とにかく俺たちはディース様を休ませたい」

「そういうことでしたら」


 迷うこと感じることはあるけれど、できることがあるのなら是非させてほしいと私は承諾した。


 もともと寮内のこと、騎士様たちに快適に過ごしてもらうようにするのが私の仕事である。そう割り切ることにした。

 そう思ったのが顔に出ていたのか、アーノルド団長はぽんと私の頭に手を置いた。大きな手のひらで優しく撫でられ、私はこれでいいのだとほっと息をつく。


「なら、俺たちも部屋までは一緒に行くしさっそく食事を持って行ってくれないか? もともとディース様との接触できる人物は限られている。俺たちも遠征で起きたことも含めてしなければいけないことが増えしばらく忙しいし、もしもの時のためにもディース様には万全であってほしい。そのためにも休めるときにゆっくりしてほしいんだ」


 その後、魔力が不安定なディートハンス総長に近づいても問題ないと判断された。

 こうなるに至った経緯を話し、最後までしぶっていた総長にフェリクス様はぷち切れた。ぶちっではなくぷちっと。

 ふふふっと笑い声が聞こえないのがおかしいくらいの笑顔で私の両肩に手を置く。


「ほら、ミザリアを目の前にして必要ないと言えますか? ミザリアもディース様をとても心配していたんです。できることがあるのなら嬉しいって言っていたよね?」

「はい。あの、もし私がいて気分が悪くなったり邪魔になるのなら諦めますが、もしできることがあるのなら私も役に立ちたいんです」

「ほら。こんな風に言ってくれているのに」


 ずずずいっと私を差し出すように、ディートハンス様に近づける。

 私の背後のフェリクス様、両サイドのアーノルド団長とニコラス様、そして目の前のディートハンス様で視線だけの話し合いが頭上で行われた。

 しばらくしてから、はあっ、と息をつき、私の肩にあるフェリクス様の手を見てディートハンス様が頷いた。


「……わかった」


 謎の圧に押し負けて、ディートハンス様が承諾した。

 一体、どのような圧があったのかわからないけれど、フェリクス様もぷち切れていたし、皆心配しているのは本当なので、そういった気持ちを悟ったディートハンス様が折れたのだろう。


 ――正直、あれでディートハンス様が折れるとは思わなかったけれど。


 果たして、私を前に出す意図は? とは思うけれど、私も少しでも関われるのなら嬉しかったので、考えてもわからないことは流す。


 ディートハンス総長の部屋を出た後、フェリクス様たちがよしっとハイタッチをする。


「ミザリア、これからディース様をよろしくな」

「これからは総長のお世話係だな。他のことよりもまずそれを第一に優先してほしい。書類の整理もしていたよね? 仕事をするなって言ってもするだろうし、何もしないのは無理だろうからそれの手伝いもしてくれたら助かる。ミザリアがいればやはり無茶はしないだろうしね」

「お世話係ですか?」

「そうだ」


 大層な名前がついた。

 あの(・・)ディートハンス総長のお世話係!?


 当初話していた内容と変わらないのに、なぜか名前をつけられるとずしりと重く感じられる。


「そうそう。無理をしないか見張ってほしいんだ」

「具体的にはどのような?」

「ディース様が万全になるまで食事などの手伝いを。放っておいたら食事も忘れそうだし、身体が資本だとわかっているから食べないということはないけれど、詰め込んだらいいと思っていそうだしその辺も気を配ってくれるとありがたい」


 なるほど。とにかく休むことを知らないディートハンス様をゆっくりさせたい。そのための私ということなのだろう。

 むしろ、何ももたない私だからこそできることがあるかもしれない。

 フェリクス様たちだとどうしても仕事の話をしてしまったりするだろうし、とも思う。


「わかりました。少しでもゆっくりしていただけるよう頑張りたいと思います」


 私はこの日、総長のお世話係に任命された。




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