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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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15.帰還と緊急


 一か月半後、遠征に行っていたディートハンス総長を含めた騎士たちが魔物の討伐や処理を終えて帰ってきた。

 ディートハンス様は現地に到着後、あっという間に劣勢だった現場の魔物を一掃し大活躍だったようだ。


 その後は勢いづいた他の騎士たちも魔物を討伐し、現場の復興などの後処理は第十三騎士団が引き続き任務に当たっているが遠征組は王都に戻ってきた。

 活躍はフェリクス様たちに聞いて知っていたけれど、ディートハンス様たちの姿を目にして思わず駆け寄った。


「おかえりなさい」


 嬉しさと安堵で飛び出すように彼らの前に現れた私を見て、騎士たちがぴたりと止まる。

 大きな彼らの視線が上から一斉に注がれて、遠征に慣れている彼らにとって過剰反応しすぎたかと徐々に不安になった。


 ――えっと……。


 彼らの前で立ち止まりぱちぱちと瞬きを繰り返し、そろそろと視線を合わせる。

 疲れてはいる様子だけど大きな怪我はないと聞いていたし全員が揃っている。その彼らが、まじまじと見つめてくる。


 嬉しくて飛び出したはいいがこれだけ注目されると、この後どうしようかと急に我に返る。

 労いと無事であることの喜びを伝えたいけれど帰ってきて早々語られても迷惑だろうかとか、それでも伝えるべき言葉であるしと、あの、その、とごもごもしていると、アーノルド団長が大きな手で私の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「可愛い出迎えだな」

「ミザリアだぁ。帰ってきたって感じするね」

「美味しいご飯と酒が楽しみだ」

「やっぱりここが一番だな」

「落ち着くなぁ」


 一斉に声を上げ、順番に私は頭を撫でられながらそれぞれに無事の帰還の挨拶をし、彼らの温もりがじわじわと触れられるたびに広がるようだ。

 安否を気にして常に小波立つような不安がようやく凪いでいく。彼らがいる日常が戻る。


 ほうっと心の底から安堵の息が漏れた。

 彼らと一通り伝えたい言葉の掛け合いを終え、最後にディートハンス様と向かい合う。


「おかえりなさい」

「ああ。ただいま」


 ディートハンス様は目映いものでも見るかのように目を細め、私が気づいたときには間合いを詰められていた。


「えっ」

「ミザリア」

「はい」


 名を呼ばれ返事をすると、そろりと手を伸ばされてそっと頭を触られる。

 乱された髪を直すように触れる優しい手つきとともにじっと見つめられた。

 そう言えばこんな風に触れられていたと久しぶりの総長の手を甘受していると、ディートハンス様はほっと息をつきゆっくりと手を戻した。


「変わったことはなかったか?」

「はい」


 力強く頷くと、ディートハンス様が再度私の頭を撫でちょこっと口の端を上げて笑った。

 滅多に見ることのない総長の笑顔。それが自分に向けられた事実に、ぶわりと一気に身体が熱くなるような高揚感があった。


 ――は、破壊力すごすぎない!?


 この人は私をどうしたいのだろうかと、本気で一瞬考えてしまうくらいぞくぞくと血が這い上がった。

 微笑みかけられればさすがにその美しさに動揺する。


 最初から冷たかったわけでもなく気遣われていたがずっと距離があった。遠征前は表情や態度が目に見えて明らかに柔らかくなっていたけれど、久しぶりの再会は妙に緊張した。

 だけど、遠征前と変わらない、むしろ笑みまで向けられて、ここ最近ずっと胸の一番奥に居座っていた息苦しく重たい感情が随分と軽くなったように感じた。


 そして、先ほど私に触れてディートハンス様がほっと息をついたのは、彼ももしかしたら久しぶりだったので魔力反発を気にしていたのかもしれないと気づく。

 やはり優しくて慎重な総長だけど、縮まった距離を再度開けることなく相手から踏み出してくれたことが嬉しくて、私は顔が緩むのを止められなかった。


「無事、帰ってきてくださって嬉しいです」


 待っているだけだったのに何とも締まりのない顔をしているだろう私の頭に、ぽん、とディートハンス様は再び手を置いてわさわさと周囲が止めるまで撫で続けた。



 遠征から帰ってきても処理や通常の任務など騎士たちは出たり入ったりと忙しそうだったが、ようやくいつもの日常に戻った。

 相変わらず私のエプロンのポケットは食べ物でいっぱいだし、頭を撫でられる頻度が高くなっていた。


 私は彼らの気遣いや好意をくすぐったく思いながらも、恐れ多いとか申し訳なく思うのではなくなるべくその時の素直な感情のまま受け取るようになった。

 彼らの大きな手が好きだった。多くの人を守る手で優しく撫でられるととても安心する。


 それに、騎士たちはいつ誰が危険な場所に出向くかわからない。

 前回の遠征でも王都の騎士に死者は出なかったけれど、第十三騎士団では亡くなった方もいたと聞いた。

 それだけ危険な場所に身を置くこともあり、人を襲う魔物と戦っている彼らとの時間がとても尊く感じるようになった。


 何より、彼らの手が優しすぎて拒みたくないのが正直なところ。

 私にとって贅沢なご褒美のような温もりや空気は少しでも長くと思わずにはいられないものになった。

 騎士たちの遠征は私にちょっとした気持ちの変化をもたらしたけれど、徐々に遠征前と変わらず落ち着きだした時にそれは起こった。


 その日は前日までは涼しかったのに、じとりと暑く滴る汗が次から次へと出てくる気温が高い日だった。

 訓練を終え疲れて帰ってきた総長や団長たちは、各自部屋や談話室で寛いでいる。


 告げられた時刻に夕食の準備を終えて騎士たちが下りてくるのを待っていると、聞いていた時間になってもディートハンス様は現れなかった。

 連絡もなく大幅に時間に遅れるようなことをしない総長が、三十分経っても音沙汰もないことに訝しく思ったフェリクス様が総長を呼びに行ったがすぐにいつになく焦った様子で下りてきた。


「ディース様が熱を出して倒れている。すぐに医師を呼んで」

「わかった」

「ミザリアは水を用意して」

「わかりました」


 フェリクス様が何度ノックしても応答がなかったため部屋を開けると、ベッドにもたれかかるようにディートハンス様は倒れていたらしい。

 帰宅したままの騎士服姿で、息も荒く全身が発火したように熱かったそうだ。

 すぐさまアーノルド団長は緊急連絡用の魔道具で連絡し、私も慌てて氷や水、タオルなど用意した。


 それからすぐに飛ぶように医師がやってきた。

 正確にはアーノルド団長が連絡すると同時に寮を飛び出していったレイカディオン副団長と第六騎士団のニコラス様が、よぼよぼのおじいちゃん医師を抱えてやってきた。

 大きなレイカディオン副団長に抱えられぷらんぷらんと手足をぶら下げられた老人を見て、私は一瞬死体を運んで来たのではないかと悲鳴を上げた。


「きゃあっ」


 私の悲鳴が火付けとなったのか、老人はむくりと顔を上げるとレイカディオン様を睨み付けた。


「ほれ。お嬢ちゃんが悲鳴を上げるほどこの運び方はおかしい。老い先短いわしへの労る気持ちが足りん!」

「緊急です」

「だから抱えてきたのでしょう」


 ――あっ、生きてた。


 くわっと憤る老人の大きな声にほっとする。

 レイカディオン様が言うように緊急事態なのに、見てもらうはずの医師が死んでいたとなったら大変であるし問題が重なりすぎて渾沌としてしまう。


 何事もなくてよかったと安堵していると、老人はさらに上体を起こした。

 彼らの様子を見守っていた私はまた悲鳴を上げそうになって、両手で口を押さえた。


 レイカディオン様に腹を抱えられているから、腹筋がないとできない体勢なのにものすごい勢いで上がり捲し立てる姿はホラーだ。

 まるで押したら動くおもちゃのように、文句を言うたびに起き上がる。

 さっきまで死体と勘違いするような様子だったのに、あの体勢で話せるなんて逆に元気すぎて怖くなってきた。


「抱え方が気に食わん。圧迫死するかと思うたわ。それに毎度毎度お前らは。事前に連絡しろと言うているだろうが」

「緊急です」

「連絡はアーノルド団長がしたはずですが?」


 文句を言われようとも老人を抱えたままのレイカディオン様は先ほどと同じように『緊急です』と告げ、医師の鞄を抱えたニコラス様がにこっと笑顔で告げる。


「本気で言っているところが気に食わん。連絡を受けた三分後にやってくるとはお前たちに常識がなさすぎる。しかも食べていた団子を手刀でたたき落として担ぎ上げるとは。許せん! わしがどれだけあの団子を楽しみにしていたか。あれが転がり落ちた絶望は今思い出しても涙が……」

「緊急です」

「ほら、連絡してから迎えに行っているのですから問題ないじゃないですか」

「問題がないと思っていることが問題だ。おい。歩ける。いつまで抱えているんだ!?」

「緊急」

「うるさいですね。緊急なのですからさっさと移動しますよ」

「うるさいとはなんだ。それにレイカディオン。お前はろくに説明もしないのにとうとう単語だけと横着しやがって」


 老人が文句を言い、緊急の一言で済ますレイカディオン様の後をニコラス様はまるで聖人のように穏やかな笑顔で説明を加える。最後は文句であったけれど。

 それでも歩く速度はそのまま、スタスタと総長の部屋へと向かっていった。


 結構年配の方のように見えたが、あれだけはきはきと文句を告げられるのならディートハンス様はしっかり診てもらえるだろう。

 だろうけれど、と慣れたような掛け合いに私は呆然とその姿を見送った。


「あの医師はニコラスの祖父だ。あんなやり取りでもディース様の現状はニコラスがしっかり伝えているはずだ」


 同じように彼らのやり取りを見ていたアーノルド団長が、一連の流れに驚いていた私に説明をしてくれる。

 現在、総長の付き添いはフェリクス様と第六騎士団第二隊長であるフィランダー様がしておられる。魔力の関係でこういう時の役割は決まっているそうだ。


「だからニコラス様が迎えに」

「そう。レイカディオンが運び役。緊急だからな」


 総長が倒れたと聞いた後の動きは、それぞれの驚くほど速かった。

 それにしても、レイカディオン様の対応はあれでいいのだろうか? 緊急と言えば何でも通ると思っているような一つ覚えの返答だった。

 確かに総長の大事で緊急ではあるのだけど。


 ――もしかして緊急という言葉はアーノルド様の仕込みなのではないだろうか。


 時々、ここの騎士たちの大雑把というか大胆というか、強引というか、そういうのに驚かされることもある。

 特に第一騎士団の騎士たちは、アーノルド団長の大雑把な振る舞いに感化されているように思えた。


 なので、ちらりと疑いの目でアーノルド団長を見ると、団長は大丈夫だとくしゃりと私の頭を撫でた。

 全く伝わっていないけれど気遣われる優しい手に、ディートハンス総長が倒れていたと知らされてから喉元までせりあがっていた不安が少し落ち着くのを感じた。


 私は魔力が少なく在り方も特殊なこともあって、現段階ではディートハンス様に近づくことを禁じられていた。

 だから、どれほどの容体なのかわからない。


 フェリクス様の強ばった顔やその後の彼らの素早い行動に驚くとともに、レイカディオン様が何度も言うように緊急である、つまり滅多にない事態なのだと言うのはわかり不安だけが大きくなる。

 私が不安になって慌てたところで邪魔になるだけなので、できるだけ平静を保とうと他に意識を持っていこうとしていることがバレていたようだ。


 ――死体かと思った時は本当に一時吹っ飛びまた違う不安が増えたけれど……。


 なんだかいろいろお見通しというか。

 普段のアーノルド団長は、シャツのボタンを開けっぱなしで鍛えられた腹を曝け出して人目を気にせず寮内を動き回る人だ。

 そのたびに女性がいる、つまり私がいるのだからと、フェリクス様に怒られていたけれど、大雑把に見えて結構人を見ている。


「ディース様は大丈夫だ」

「はい」


 茶の瞳は多くの実りをなした稲穂に太陽の日が降り注ぐ光景を見るように力強く輝き、自信に溢れていた。

 そこに絶対的なディートハンス様への信頼が見え、私も信じようと頷いた。




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