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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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◇魔物討伐


「ディートハンス総長、よくぞお越しくださいました」

「ああ。状況は?」


 出迎えたのは国の北側の国境を任されている第十三騎士団長エイトール・ピックルズで、彼は胸に手を当てて礼をとった。

 ディートハンスが軽く頷き尋ねるとすぐさま姿勢を戻し、本部テントへと案内する。その後ろには第一騎士団長アーノルド、今回の編成でそれぞれの騎士団の指揮を任されている者が続く。

 エイトールの顔には疲労が見え、鎧は傷だらけで血も付着しており先ほどまで戦場に立っていたことがわかる。


 エイトールが机の上に広げた地図を指しながら、戦況の報告をする。

 彼が指した場所は深い森や谷が広がっているが未開の地というわけでもなく、森の奥には国の北の領地を分けるように連なる山がありその向こう側にはランドマーク公爵領があった。


「北側の討伐が思うように進んでおりません。数日前、見慣れない魔物が発生し動きが随分機敏で死者も出ました。今ではこちらがやられるようなことはありませんが手こずっています」

「わかった。案内しろ」

「こちらです」


 それぞれ騎乗し、エイトールに案内されたのは戦況がよく見える崖の上であった。

 そこから見える崖下は元々は豊かであったであろう木々が倒され場所によっては燃え、凍らされと荒れ果てていた。

 魔物と人間が戦った形跡があちこちに残され、死体がごろごろと転がっている。


 死の匂いが立ちこめ、より人間に近づこうかというように二足歩行の魔物が騎士に襲いかかったところを受け止め、別の騎士が魔法で防御を行い怯んだ隙に切りつけていた。

 上から見ていても実に連携を取れた騎士たちの動きであったが、まだ魔物は倒れない。危険を察知して動くのが早く、今までの魔物のレベルなら問題ないであろうそれは苦戦を強いられているようだ。


「進化しているな」

「はい。ただ、手足を先に封じてしまえば他の魔物と変わりはありません。行動パターンもそう複雑ではなく、現在は魔法と剣のバランスを考え連携させることでようやく効率よく倒せるようになりました」


 手こずりながらも負けることもないから、エイトール自身も一時戦場を離れることができた。

 彼が話すように、騎士たちは徹底して魔法で足止め、剣で切りつけ、魔物の動きを封じてから攻撃を繰り返していた。

 こうして話している間もどさりと一体の魔物が倒される。だが、森の奥から血の匂いに誘われるように次から次へとやってきてキリがない。


 この場で戦闘を続ける理由も明白だ。

 彼らが手こずっているのは立地もあるだろう。もっと人員を投入しやすい場所であれば一気に攻めることができるが、こちらが場所を移せば魔物も移動する。

 人の住む場所に移動されては危険だと、ずっとこの場所で狩り続けているため屠ることはできても戦況は打開できずここで騎士たちが交代し倒し続けるしかない。


 何度か二足歩行の魔物を見かけたことがあったが、ここにいる魔物ほど俊敏なものは見たことがない。

 巨体ではあるが無駄な肉をそぎ落とした身体は驚くほど俊敏に動き、騎士たちの連携を崩しにかかる。

 そこでディートハンスは、主に激しく戦いが行われている場所からさらに奥を牽制するように眇め見た。


「あそこか。さらに一体、異質なのが潜んでいる。彼らを引き上げさせろ」

「わかりました」


 エイト-ルが指示を出すと、伝令が魔法を飛ばし第十三騎士団は戦いながらじりじりとその場を後退していった。

 騎士が全員引き上げると、ディートハンスは肩で静かに息をした。

 背後にいるアーノルドからは表情は見えないが、ぴりぴりと肌を突き刺すような魔力がほとばしり殺気立つのを感じた。


「アーノルド」

「はい」

「後のことは任せた」

「わかりました」


 アーノルドが返答すると同時に、ディートハンスは崖の上から飛び降りると同時に魔法を放った。

 手から出たいくつもの赤い炎が、ディートハンスを軸として半径百メートル範囲にいる魔物めがけて向かう。

 バン パチッ バンバンと爆発するような音を立て、魔物を燃やしていく。


 それから腰からすらりと抜いた剣で、的確に殺し損なった魔物を素早い動作で切りつけていった。

 ディートハンスが動くたびに白金のペリースがはためき、コントロールをやめたディートハンスの金に輝く魔力とともに上から見ると白金の光が線を描くように動く。


 一瞬にして、多くの魔物が息絶えた。

 ディートハンスの力に怯え周辺に逃げた魔物は同時に下りたアーノルドが指揮する隊が狩っていく。


 見事な連携だった。

 エイトールはそれらを上から眺めながら、自分の騎士団に告げる。


「ここは彼らに任せて、私たちは南側を完全に制圧する。行くぞ」

「「「はい」」」


 それぞれ魔物を殲滅すべく動き出し成果を上げていくなか、さてと、とディートハンスは目の前の魔物に視線を投じた。


「やっと姿を現したな」


 魔物は「キェェェー」と奇声を上げると、ディートハンスに一直線に向かってきた。

 ディートハンスは剣を一振りし、一度魔物の血を払い落とす。

 こいつはディートハンスが崖に下り立った時から、殺気を向けていた。


「珍しいところにあるな」


 額のところに魔物特有の赤黒い魔石がはめ込まれ、異質な存在感を放っていた。

 人間の何倍もある魔物の巨体は熊のようにごつく、異様に長い手と長く鋭い爪でディートハンスが振り下ろした剣を止める。


 カキンッと金属同士がぶつかる音に、ディートハンスは眉を跳ね上げ後ろに飛び退いた。それと同時に、長い爪の軌道が先ほど自分がいた場所に弧を描き切り裂いた。

 背後にあった木がガサガサ、ザザザッと音を立てて倒れていく。


 ディートハンスはふぅっと息を吐き出し、抑えていた魔力を放出した。

 その瞬間、びりびりと気迫が広がり魔物の殺気と衝突した。風もないのにひらひらとペリースの裾がはためき、離れたところにアーノルドとその部下がいつでもこちらに向かえるように魔物を狩りながら様子を窺っているのが見えた。


 あちこちで獣のうなり声と怒鳴るような大きな声、硬い物質が打ち合わさり魔法が放たれた衝撃音、そして血しぶきが入り乱れ一層血の匂いを濃くしていく。

 次第にその獣のうなりつんざくような声は減り、騎士の声も厳しいままだが余裕のあるものへと変わってきた。あちこちで魔物を燃やす炎が上がり、こちら側の勝利は目前だ。


 ゆっくりと剣を右に払い、ディートハンスは剣を構えた。

 なぜかこの魔物は自分以外に興味がないようだった。ディートハンスが瞬時にこれは別格だと判断したように、この魔物も人間側の強者を嗅ぎつけたのかもしれない。


 数秒、魔物を観察していたが、足に力を入れ走り込むと一気に間合いを詰めて魔物の首めがけて切り込んだ。

 カキンッ、と音を立てて弾かれるが、すぐさま身体を捻り方向転換して背後から斬りかかる。


 ズシャッと肉が割く音とともに血が飛び散る。切り込まれてもなお、長い腕と爪を向けてくる魔物の懐に入り込み何度も切りつけた。

 あと一太刀でというところで、ガサリと音がし他の魔物とともに騎士が目の前に躍り出た。


「うわぁっ」

「なぜここに」

「すみません!」


 自分が戦っている場所には隊長クラス以上の者は近づかないように徹底させているが、戦っているうちに魔物とともにこちらにやってきてしまったようだ。

 剣を構える腰は引けていて、コントロールをやめたディートハンスの魔力に耐性がついていないのか当てられてもいるようで配属されて間もないのかもしれない。


 ディートハンスはすかさずアーノルドたちの位置を確認し、すでにこちらの様子に気づいてかけつけてきていたが、両方自分がヤルほうが早いだろうとまず新たにやってきた魔物を切りつけた。

 そのまま間を置かず最後のトドメと特殊個体に切り込もうとしたら、その魔物はディートハンスではなく新人へ腕を振り上げていた。


 ぐっと魔力を込めて跳躍し、新人と魔物の間に入り込みその手を防ぐ。その際に、ニィっと魔物の口元が上がったように見えた。

 新人をかばう態勢をまるで見切っていたかのように、わずかに逸らした軌道で自分の腕を狙ってくる。


「知恵があるのか?」


 荒っぽくなるがこれ以上狙われないため新人を遠ざけるように蹴飛ばし、体勢を変えて刃先の方向を変えてはじき返した。

 シュッと長い爪が右腕を掠めたが、そのまま指の間をくぐらせ身体を切りつける。さらに腕を振り上げてくるので、回転しその腕を切断した。


 切り裂くような声を封じるように喉に蹴り入れ倒れた魔物の心臓を刺すと、そのまま魔法を放ち燃やしにかかる。

 普段なら倒れているはずの魔物の生命力は侮れず、次々と手を打った。


 ディートハンスは力尽き燃える魔物を確認すると、先ほど蹴飛ばした騎士のもとへと移動した。


「大丈夫か?」

「あっ、……はいっ。すみません」


 がくがくと騎士は震えながらもゆっくりと頷いた。立とうとするが力が入らないのか悔しそうに唇を噛みしめて、もう一度謝罪を繰り返す。

 蹴るのは手加減したので、これは自分の魔力にも当てられているからなのだろう。


「ディース様。大丈夫ですか?」

「問題ない」


 駆けつけて来たアーノルドに連れら彼の所属の隊長がともに頭を下げてくる。


「新人がご迷惑をおかけしました」

「……二度とないように」

「はい」


 ディートハンスの戦い方は特殊だ。それに連携する動きは慣れた者ではないと無理だろう。特に今回の魔物は初めて対戦するものばかりだ。

 彼も一体でも多くと思い魔物を追いかけてきただけだ。それはよくわかっている。

 だけど、何が生死を左右するかわからない。失敗は一度だけ。生きているからこそ噛みしめることができると、多くを語らずともわかるだろ。


 それから燃え尽きた魔物のそばへとアーノルドとともに戻った。

 灰になった魔物の遺体には二つ光るものが落ちている。


「魔石が二個ありますね。普通は一体につき一つ。こんなに赤黒いのは初めて見る」

「濃いほうは額にあった。そのためこの固体は特別強かった可能性もある。他の魔物にないか点検とともに触れる前にモーリスに確認を」

「はっ」


 優れた魔道騎士である第二騎士団所属第一隊長のモーリスならば、この魔石がどういった類いのものか判別はできるだろう。

 すぐさま茶色い髪と瞳にそばかすのモーリスが駆けつけ、特に他の魔石と変わらないという判断がされた。ただ、大きな力が抜けた後であるとのことで詳しく調べることになった。


「見たことのない魔石に魔物の大量発生に変種か」


 こんなことは初めてである。

 ディートハンスは山の向こうを睨みつけるように目を眇めた。


 人が魔石を得るには、山などで採掘するかまれに魔石を持った魔物を狩って得るかである。

 山などから採れる魔石と魔物から得る魔石は、純度の違いはあるが用途は同じである。古くに死んだ魔物の魔石が埋まっていて採れるのではと言われ、採れる魔石のほうが純度が高いものが多い。

 魔物は素材が使え、強い魔物には魔石も取れそれらは資金源となる。個体により大きさはまちまちで一体に一つだけ。二つある魔物はこれまで報告されていない。


「ディース様。左腕に血が」


 テントに戻ると第六騎士団のニコラスが駆けつけて来た。指摘され腕を見ると、先ほど魔物に切りつけられた場所が血で滲んでいた。


「魔物の爪が一瞬掠めた」

「深くはないようですが念のため治癒魔法をかけておきます」

「頼む」


 すぐさま治癒士でもあるニコラスの治療を受け、その際に、倒した魔物の魔石の報告の確認をした。

 姿を現した魔物を殲滅し事後処理として次々と運ばれてくる魔石を前に、全員が唸る。


「量が多いな」

「強かったですからね。だけど、通常のものと変わりない。やはりディース様が戦ったあの魔物だけ特別みたいですね」

「そうか」


 そこでそれぞれが沈黙した。

 憶測で言葉にはできない。ましてやテント内とはいえここは野外で誰が聞いているかわからない状況だ。

 ここにいる者すべてが、魔石から魔物が出てきた山の向こう側を見るように視線を投じる。どうしても今回の発生場所が気にかかる。

 長い沈黙の後、ディートハンスが口を開いた。


「あの山の向こう側の魔物はどうなっている? これだけ大量発生したんだ、あちらも何か変化があってもおかしくないだろう」


 ランドマーク領側の山はどうなっているのかと尋ねると、エイトールがふぅっと怒りを堪えるように息を吐き出すと静かに答えた。

 今回の魔物発生で自分の団員を亡くしているのだ。可能なのか不可能なのかはわからない。だけど、これがもし人為的なものだとしたら? そう考えるだけでやるせない。

 場所やタイミング的にそう考えてしまうものが、ランドマーク公爵にはあるのだ。


「魔物は出てきたようですが、王国騎士団への要請もなくランドマークの騎士団で対処できる範囲でこちらほど被害はありません」

「そうか」

「これだけの魔石を所有している魔物の量を含めこれは異常です。あちらに被害が少ないことは結構。ですが、待っていたとばかりに強い武器を持った騎士団が対処したと聞いています」


 北部の事情に精通しているエイトールの言葉にディートハンスが瞼を伏せた。

 こちら側の被害が多いのも、ディートハンスが戦った魔物から逃げるように溢れ出てきたと普通ならば考えるところだ。


 ランドマーク公爵がどれだけ怪しかったとしても、今までになかったことだからといってすぐに結びつけるのは軽率すぎる。

 常にあらゆる可能性を考えなければならない。


「言いたいことはわかった。引き続き、第十三騎士団はここの守りを。そして魔石の回収を含め少しでも異変があったら知らせるように」

「はっ」


 疑念を抱えながらも表沙汰にはせず、それから後は戦況が押しているところにアーノルドとともに出かけ次々と成果を上げた。




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