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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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◆伯爵家の崩壊 焦り


 チェスター・ブレイクリーは全身に汗をかき、魔石を上納すべく男の前に差し出した。

 蛇のような底の知れない濁った瞳が臓物までも引きずり出してやろうと、ぎょろりとチェスターを捉える。

 物陰に落ちる影は秒ごとに濃さを増し、チェスターの背後を捉えて放さない。


 目の前の男、グリテニア王国の筆頭公爵家であるランドマーク公爵は王家の正当な血を引いている。

 北東に広大な土地を所有し、同じく北部に位置するブレイクリー伯爵家とはつかず離れずの距離感であったが、二年前に当主がマイルズに代替わりしてから精力的に交流を図ってきた。


 チェスターもマイルズが伯爵領の魔石が目当てなのはわかっている。

 魔石があるから、現在王の座さえもひっくり返そうと勢いのある公爵のそばで活躍する場を与えられていると言っていい。


 ランドマーク公爵はその瞳のように蛇みたいに性格も狡猾で、じわじわと首を絞めるようにいたぶっていくのが好きな残虐性を持っている。

 前代当主も長い年月をかけて計画を立て、死に追いやったと噂されるくらいだ。裏社会と繋がりあちこちに子飼いがいて、禁忌と言われる魔物の実験にも手を出している。


 チェスターも多くは知らされていないが、初っ端から信用の印として少し見せられた。それは信頼ではなく脅しであった。

 魔物実験として魔石を多く使用するらしく、公爵はどうしてもチェスターを陣営に取り入れたかったのだろう。


 今さら裏切って生きていけるとは思えないし、上手くいけばブレイクリー家としても美味しい話であった。

 それに婚約の話まで浮上するほど自分たちの間には憂いはなかった。これに成功すればこの先は安泰だった。

 チェスターには苦労せずとも手に入る魔石がある。それを公爵の希望通りに納めるだけで良かったのだ。


 ――なのに、ここにきて魔石が採れなくなるとは!


 魔石の質が落ちだして三か月。

 しばらくは誤魔化していたがとうとう誤魔化し切れなくなった。人員を投入し昼夜問わず働かせているにもかかわらず、採掘量が一気にがた落ちし回復する兆しは見られない。


「これはどういうことかな?」


 公爵が楽しげに、そして酷薄に唇を緩めた。

 声はひどく凪いでいて、その事実にチェスターは青ざめた。

 さぁっと一瞬で血の気が引いた。怒ってくれたほうがどれだけマシかと思うほど、ランドマーク公爵が自分の想像以上にこの件に関して本気なのだと知る。


「申し訳ありません。ここ最近採掘量が思うようにいかず、打てる手を尽くしているのですがそれでも追いつかず……、ひっ」


 そこでチェスターは悲鳴を上げた。

 足が悪いわけではないのに公爵がいつも持ち歩いているステッキを、チェスターの脳天を貫くがごとく突き出したからだ。

 チェスターは知っている。額に当てられたそれは魔道具で念じれば先は刃になり、先ほど脳裏によぎったことが現実になることを。


「言い訳は結構。私が伯爵に求めることは魔石の安定した供給。たったそれだけだ。難しいことではないだろう?」

「は、はい」

「ならばわかっているね。今回は目をつぶろう。ただし、今回だけだ」

「ありがとうございます」


 この瞬間にいつ気が変わって突き刺されるかもしれない恐怖と戦いながら、チェスターは額にステッキを突きつけられたまま必死に頷いた。

 とにかく、今を逃れることが最優先。それからのことは後で考える。


「それで今回の魔石だが」

「はい。これはお詫びとしてお受け取りください」

「そうか。では、次回は良い報告を楽しみにしている」


 公爵の言葉に、伯爵はぺこぺこと頭を下げて逃げるようにその部屋を出た。



 伯爵家の屋敷に戻り、チェスターはくそっと毒づいた。

 苛立ち紛れに机の上の物をなぎ払う。ばさばさと書類が音を立てて虚しく落ち、本来なら結ばれるはずだった婚約の契約書があざ笑うかのようにひらりと最後に上に重なった。

 今回保留であるが、次はこの話どころか命さえ危うい。


「忌々しい! 結局、魔石は取られただけで終わった。他に売ればもっと金になったのに」

「旦那様、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか。次はないと脅されたんだぞ? 公爵の機嫌が悪かったら今日殺されていたかもしれない。魔石がないと困るのはあの男もだろうに。あの狡猾な蛇め。ネイサン、こうなった原因は突き止めたのか?」


 伯爵家の執事長であるネイサンは、背筋をぴしりと伸ばしたままゆるりと首を振った。


「不正をした者もおりませんし、鉱山に変わった様子はないと魔道士も言っておりました」

「そいつは首にしろ。これだけ明らかに質が落ちているのに問題がないと? ならなぜ採れないのだ」

「他の者に再度調べさせます。それと奥様がまた宝石商をお呼びになりたいと仰っていましたが」

「ちっ。こんな時にのんきなものだ」

「公爵家のブリジットお嬢様に渡すプレゼントを選ぶとか」

「……仕方がない。今回は許してやる。だが次からは必ずこちらを通すように伝えろ」

「かしこまりました」


 上手くいかないことが多すぎてイライラと足を小刻みに揺すりながら、伯爵はどんっと机を叩いた。


  ***


 ベンジャミンは怒りで気が狂いそうになった。

 父であるチェスターが帰ってきたと知り腹の底から煮える思いとともに猛然と階段を駆け下り部屋に入ると、すでに母であるグレタが伯爵の前で抗議していた。


「婚約が白紙とはどういうことなんです!」

「そんなこともわからないのか?」


 感情のまま(なじ)る甲高い母の声に、父はこちらも苛立ちを隠しもしない双眸で母と、そして下りてきた自分を見た。

 はん、と鼻で笑う父は苛立ちだけではない昏さもあって、その目を見た瞬間、ベンジャミンは憤っていた気持ちが恐怖に染められるのを感じた。


 ――逆らってはいけない。


 今まで何度か父が怖いと思う瞬間があった。

 何を考えているのかわからないというよりは、血が繋がっているというだけで庇護されると自惚れていられない。

 いつ暗い穴に落とされるかわからない恐怖。何が理由で、ミザリアのように放り出されるかわからない。


 父の兄弟、そして自分と半分だけ血の繋がったミザリアに対する仕打ちを身近で見てきたベンジャミンにとって、いつ父の気分が変わるかわからないという恐怖はあった。

 使えないとわかると切り捨てる。血が繋がっていることは絶対のよりどころではない。


 それらは多少優先されはするが、父にとって周囲は道具のようなものなのだ。

 使えるか使えないかそれ次第。使えれば大きな恩恵を受けることができるが、使えなければゴミくずのように捨てられる。


 父の気持ちに応えることができなかった役立たずで邪魔者なミザリアは、自分たちが期限通りに追い出した。

 それで一度安心したはずなのに妙な胸騒ぎがする。


 ――くそっ! 追い出したのにいつまでも邪魔な奴だ!!


 いないのに、必要がないのに、思い出させるとはとことん腹が立つ存在だ。


 何も言われなかったが、父もそう望んでいるのだろうとベンジャミンたちはミザリアを徹底的に虐げてきた。

 お前は役立たずなのだと、お前はブレイクリー家の一員ではないと言い続けてきた。

 二度とここに帰ってきたいと思うような情に縋るような煩わしい気持ちを持たないよう、母とともに冷遇し壊れない程度に使い潰してきた。


 父を刺激しないよう、父の望むようにすれば、役に立ちさえすればベンジャミンの将来は明るい。

 血を継ぐ者は自分だけというのは、他の誰よりも優位で大きなことだった。


 目障りな邪魔者はいなくなり、これからのすべてが自分のためにあると思っていた。

 だけど、ここにきて揺らがない自信を覗かせていた父に焦りが出始め、上手くいかないことがあるとは考えもしなかった。


 ランドマーク公爵との蜜月は、ベンジャミンと娘が結婚することによって強化されるはずだった。

 父と自分の望みが合致し、ベンジャミンもそうなるようにここまで金も時間も使ってランドマーク公爵家の長女、ブリジット令嬢と接してきた。


 父の計画に必要な存在でいれば自分は安泰のはずだった。

 失敗さえしなければ安泰。そう信じて疑わなかったものが、先に進む父のレール自体が崩れ始めているのではと不安になる。


 母も想像以上に父が苛立っていることを感じ取ったのか、悔しげに唇を噛みしめ黙り込んだ。金も見合いも父の機嫌を損ねるとどう転ぶかわからない。

 父が怒りに任せて机を叩き、布袋をテーブルの上に置いた。


「見ろ! 魔石が小さく密度が薄くなっている。ランドマーク公爵は密度の高い魔石を所望しており、この三か月満足いくものを納められていない」

「魔石……」


 さぁっと母の顔色が青くなった。

 ベンジャミンと同じように、邪魔者が思考によぎったのだろう。


 手を出さない母に代わりベンジャミンは袋の紐を解き、中身を机の上に落とした。

 ころ、ころ、と魔石が転がる魔石の赤は薄く、確かに以前見た時よりも小さくなっていた。


「魔石が思うように採れていない。鉱石の量も減っている。取り尽くすとしても今ではないはずなんだ。なぜ、これからという時にっ!」


 鉱山に入る人数が増員されていることは知っていた。

 だけど、婚約を確実にするためにランドマーク公爵に納品する量を増やしているのだろうと考えていただけだった。


 ベンジャミンの仕事は、ブリジットの機嫌を損ねず好かれることだ。そのために周辺を身綺麗にし、いつもよりも何倍も紳士的に接してきた。

 だが、それも魔石があることが前提だ。


 ――どうしてこうも上手くいかない!


 いつもいつも上手くいきそうになったらくじかれる。幼い頃もミザリアが生まれるまでは自分の天下だったのに、生まれた途端影が射した。

 今もミザリアが出て行き全てが上手くいくといった途端、これである。

 いてもいなくても、自分にとって疫病神のような存在だ。


「あいつが……」

「ベンジャミン!」


 ぴしゃりと母の声がベンジャミンの独り言を遮る。

 だが、そのやり取りを父は見逃さなかった。


「何だ?」

「いえ。何も」

「ベンジャミン。何かあるのなら話せ。ことは伯爵家の未来、つまりお前の将来にも関わっているのだ。魔石が採れなくなったら我々はこの先がない。もしかしたら命も……」


 指でひゅいっと首を切るような動作をし、憤怒の形相になった。

 なぜ実の父に殺気まがいの怒りをぶつけられなければならないのかという怒りと恐怖で、ベンジャミンは顔色をめまぐるしく赤や青に変えて両親を交互に見る。


 そもそも、ベンジャミンは父に文句を言おうとここにやってきたのだ。

 順調に行っていたはずの見合いがこのたび白紙にされ、しかも最後に高価な飾りを受け取ったあとでだ。

 非常に喜んで熱っぽい瞳を自分に向け好感触だったはずなのに、急な手のひら返しにベンジャミンは納得がいかなかった。


 北部で力のある公爵家の娘。自分に相応しい最高に価値のある妻を持つことができるはずだった。

 出るところの出た魅惑的なボディーも好みで、男としての欲も満たせると楽しみにしていた。


 ――それなのに……。ミザリアが採掘をやめてから魔石が採れなくなっただと?


 ただの偶然だ。そう思おうとしても、時期を考えるとそう思えてイライラと苛立ちが止まらない。

 家の大事な魔石に関わらせたことが間違いだったのではないか。

 己が抱えた怒りや向けられるもの、思う通りに進まない苛立ちに半分血の繋がった者の名前を出す。


「…………あいつ、ミザリアが採掘に関わっていたんです」

「なんだと?」

「見つけるのが上手いとは聞いていたけど、まさかこんなに急に変わるなんて」


 その瞬間、ガタンと大きな音をともに椅子を倒し父が立ち上がった。


「ネイサン!」

「はい」

「どういうことだ?」


 ずっとそばに控えていた執事長の名を呼び、自分たちそっちのけで話を進める。

 大事なことは、次期伯爵となる自分ではなく執事長。それも面白くないことの一つであったが、今は伯爵である父の機嫌が最悪なので余計なことは言わない。


「チェスター様には魔力がどうかだけを確認するように言われていましたので、管理は奥様とベンジャミン様に任せておりました」

「くそっ。とにかく実際に関わった頻度や内容を調べ、今すぐミザリアの行方を確認しろ。どちらにしろ見つけ次第一度連れ戻せ」

「わかりました」


 執事長が部屋を後にし、はぁぁっと大きく息をついた父は椅子を戻すとゆったりと腰掛けた。


「お前たちは一度下がっていろ。さっきの件は魔石のことが片付いてからだ」


 あっちに行けと手を振られ、ベンジャミンは母の肩に手をやり押すように部屋を後にした。



 グレタは息子のベンジャミンに肩を押されながら唇をかんだ。

 やっと排除できたと思ったのに、またしても忌々しい女の娘の名前が挙がる。


 ――どこまでも邪魔をする存在。


 あの女のせいで順風満帆であったはずの伯爵夫人としての生活に影を落とした。

 娘までもまた邪魔をする。いらないはずの存在がどうしてここまで出しゃばってくるのか。


「あいつ、戻ってくるのでしょうか?」

「さあ、どうかしら? それよりもまず生きているかしらね」


 憎々しげにベンジャミンがあいつと言う存在。

 とっとと消えてくれたらいいのに。


 グレタは眉をひそめ、執事長が指示を出している後ろ姿に笑みを深くした。




ここで第二章終わりです。

そしてやっとディースが触れました!

触れなければできることできないってことで、やっといろいろ進み出せます。

じりじりを見守っていただきありがとうございます。

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