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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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10.総長との距離


「ミザリア」


 徹底的に距離を置いていた相手が、感情を見せなかった相手が、明らかに心配の色を乗せて私の名を優しく呼ぶ。

 事情を話した今となっては隠す必要はないと判断したようで、表情自体は変わらないけれどその眼差しの変わりように私は狼狽えた。


「はい」

「試してみてもいいだろうか?」


 あくまで私の意向を優先しようとする気配に、駄目だと言えばすぐにでもやめるのだろう真剣な眼差しに、私は喉元までせりあがった不安を呑み込んだ。


「……はい」

「無理はしなくていい」


 孤高と呼ばれるディートハンス総長。

 泰然自若(たいぜんじじゃく)とした姿に憧れ近付きたいと思う者は性別年齢関係なく多く、近づけば近づくほどそのすごさに打ちのめされ、もしくは近づけずにさらに遠く感じる。


 地位も才能も美貌も桁違い。彼の周囲もまた特別な人たちばかりでさらに距離を感じ孤高さが突き抜ける。

 ゆったりとした動きは上品で、それでいて隙を見せない完璧さ。

 何ももたない私が、しかも魔力なしと世間的にも価値のない私が、安易に近付いて許されるような存在ではない。


 そう思っていたから、自分の立場をわきまえてきたから、いざ相手から歩み寄りを見せられてどうしていいのかわからなくなった。

 正直なところ、総長の魔力にはぴんときていない。


 気配に耐えられない者も出てくると言っていたけれど、逃げ出したくなるとかそういったことは今まで感じたことはない。

 近づくほど魔力の影響があるということなのだけど確かめてみないことにはわからないし、こうなれば私もどこまで大丈夫なのか知りたいと思った。


「大丈夫です」


 私の気持ちが固まったのを見て取ったのかディートハンス様は一度ゆっくりと瞬きをし、わずかに首を傾げて聞いてきた。


「近づいても?」

「はい」


 こくりと頷くと、さらにじっと見つめられる。

 相手を見透かすような双眸は少しの動揺でも見破られそうで、何もなくても不自然な動きをしてしまいそうだ。


「異変を感じたら言うように」

「わかりました」


 異変……、正直何をもって異変というのかわからないけれど、とにかくおかしいと感じた時のみに反応するのだと大きく頷くと、ディートハンス様は一歩一歩私の表情を確認しながら近づいてくる。

 三メートルあたりで、周囲の固唾を呑む気配が伝わってくる。


 なんだか、総長と私よりも周囲の反応のほうが大袈裟なような気がしてきた。それほどまでに、彼らも総長のこの事情を懸念していたのだろう。

 彼らが反応すればするほど自分の何も感じなさが不安になってくる。


「……」


 これでいいの? とよくわからず隣にいるフェリクス様を見ると、彼は嬉しそうに微笑むだけで何も言わない。

 さらに総長が先ほどよりも大きく一歩踏み出した。じっと観察するような視線は外されないままで、私は静かに見返した。


「……」

「……」


 すると、最後の一歩はゆったりとディートハンス様が手を伸ばしたら届くところまでやってきて止まった。

 至近距離で視線が交差する。


 近くで見るとさらに細かな光が散る美しい双眸に魅入られ、熱に浮かされたように視線を外すことができなかった。

 瞳は夏の太陽のように恐ろしいほど輝いていて、抗うものはすべて焼き尽くしてしまいそうなほど強さに溢れる。


 目を逸らしたいのに見ていたい、そう思わせる双眸がじっと探るように私を見ていた。

 そこには私を焼き尽くしたいというよりは、その火で燃えてしまわないだろうかと危惧しているような不安も見て取れる。


 ――ディートハンス様も不安なんだ。


 私が想像つかないほど、魔力のことでいろいろあったのだろう。

 距離をあけたいと思うほどに、もしかしたら目の前で倒れられたことなど数え切れないほどあるのかもしれない。


 動作とともに歩み寄ろうとする気配。

 私はじっと見つめてくるばかりの相手に何か伝えなければと思ったのだけど、何から話していいかわからずまごつく。


 長年話せば怒鳴られ手を上げられてきたので、コミュ力は全く育たなかった。

 話しかけられれば答えられるけれど、目的もなく自分からどうやって話せばいいかわからない。


 結局、私は大丈夫だと頷き笑みを浮かべるので精一杯だった。

 そんな私をどう思って見ているのか、ディートハンス様はまた違和感がないかを聞いてきた。


「気分は?」

「だ、大丈夫です。ディートハンス様は?」


 私に害意はないけれど、魔力が反発することもあると聞いている。

 それをどのように感じているのかはわからないし不快に思うと反発すると言っていたので、その不快のレベルも全く想像つかないので手探り状態だ。

 私は何も感じていないけれど、総長だけが感じるなんて事態があった場合、私はどうしていいかわからない。


「こちらも問題ない」


 ディートハンス様が淡々と告げると、そこでフェリクス様が綺麗な笑顔を保ったままやけに楽しそうな声を上げた。


「ミザリアはやっぱりすごいね」


 その言葉に小さく頷いたディートハンス様は静かに私を見た。

 全ての動きに余裕があって、一つひとつの動作がゆったりとして見える。


「息苦しいとかもないか?」

「はい」

「魔力が多い私が怖ければ、フェリクスの言う通り他の職場を紹介することも可能だ」


 この場にいるのはフェリクス様と出会えたことによる成り行きである。

 そのこともあって、事情のある特殊な騎士団寮でこのままやっていく覚悟があるかと聞いているのだろう。


 私はフェリクス様、そして騎士四人と、それからディートハンス様を見た。

 皆、私よりも大きく体格がいい。そして美形揃いというのもあって妙に煌びやかだ。


 そのことに気後れするけれど、怖いのは理不尽に暴力を振われること。

 力は総長、そしてここにいる騎士たちのほうが圧倒的に強い。だけど、彼らは守るために力を使う人だ。

 伯爵家での出来事と混同しては失礼にあたる。

 

 私が寮で働くことを認めてくれているようだけれど、新参者を見極めるような厳しさは当然まだある。

 仕方がなくというわけではないけれど、ここで働ける者は限られているから。私がたまたまそれに当てはまっただけ。


 だけど、負の感情に敏感な私に向けられているものの中には配慮が必ずあって、そして期待のような明るい光が含まれていた。

 それらは胸の奥をそわそわとくすぐられるような感覚に陥り、直視できないものだった。


 ――あっ……。


 ぶわりと熱いものがこみ上げてきて泣きそうになった。

 これが騎士特有なのか彼ら特有なのかはわからない威圧感はあるものの、彼らの纏う空気は伯爵家にいた時よりも温かい。

 凍てつくような空気に肌がぴりぴりして神経がすり減らされるような毎日に比べると、比べるまでもなくここでの生活は日々穏やかだった。


 そういったものに慣れていない。出会ってまだ一か月の人たちに向けられる優しさはどうやって処理していいのかわからない。

 熱くなる瞼からつぅっと涙がこぼれ落ちる。慌てて拭くけれど抑えきれない。


「……やはりしんどいのか?」

「いえ。違います」


 自分でもどうしてこのタイミングで涙が出てしまったのかわからない。

 誤解してほしくなくてふるふると首を振ると、戸惑ったような気配が目の前の人物、そして周囲の騎士たちから感じる。


「そうか。……これで拭くといい」


 ディートハンス様がごそっとポケットから取り出すとハンカチを差し出した。

 見るからに高級そうな金の刺繍が施されたハンカチは、手触りもよくて汚してしまうのが躊躇われる。


 受け取っていいのか迷っていると、早く受け取れと手を動かされた。

 私は慌てて礼とともに受け取ろうと手を伸ばすと、ディートハンス様は私の手に触れるのを避けるように私の手の上にハンカチを落とすとさっと差し出していた手を引いた。


「……っ」


 総長を不快にさせるような粗相をしたのかと不安になり固まっていると、ぽつりと言葉が落ちてくる。


「すまない。触れて魔力がどう影響するかわからないからな」


 少し落ち込んだような声に私は目を瞬いた。

 表情や態度からわかりにくいけれど、思いやりは伝わってくる。私を心配しての行動で、今日はここまでだと決めているようだ。


 まさにユージーン様が慎重だと本人に言ってしまうのがわかる態度だった。確かに総長は慎重である。

 私としては触れるところまでするのだと思っていたし、そうしてくれても構わないくらいなのに、ディートハンス様は段階を踏むつもりでいたようだ。


「ハンカチをありがとうございます。あと、泣いてしまってすみません。大事な事情を信頼して話してもらった上にこんなにも皆様に気遣っていただけて驚いたというか」

「これは普通のことだろう……」


 戸惑った気配を感じて、私は慌てて涙を拭いた。

 自分の感情のありかを探りながら話したけれど、彼らが大事な事情を話していいと思うほど受け入れてくれていたことが、その上で期待を寄せられていることが、押しつけるのではなく気遣われていることが、その何もかもが波紋となって胸中が落ち着かない。

 慣れないことに処理できない気持ちが高ぶってしまったが、泣いている場合ではない。


「その、私は、受け入れていただける限りここで働かせていただきたいです。ディートハンス様が大丈夫でしたら、魔力のほうも確認していただけたらと思います」


 あんなにも気遣われて怖いとは思えない。

 それで相容れなくて倒れたとしても、後悔はしない。


 その時に総長が傷つかないかだけが心配だけれど、物理的にも孤高である総長の味方、助けになる人が増えて、そこに私も端っこでもいいから加えてもらえるなら、その可能性があるのなら試してもらいたい。

 彼の、彼らの、役に立ちたいと強く思う。


「……そうか。なら改めてよろしく。ミザリア」

「はい。ありがとうございます」


 ずっと周囲が固唾を呑んで私たちのやり取りを見守るなか、私は深々と頭を下げた。

 ディートハンス様と私の間で合意がなされると、おお~と周囲が盛り上がる。


 その声量に驚いてびくりと身体を跳ねさせフェリクス様を見ると、ものすごく穏やかな表情で私と総長を見ていた。

 私の視線に気づくとぱちりとウインクし、口の端を上げた。違和感もなくこなす姿に私は小さく笑う。

 助けてもらいディートハンス総長の味方であるフェリクス様が、嬉しそうなのが嬉しい。総長の、彼の、彼らの様子に、今回の提案、ディートハンス様との距離を拒まなくてよかったと思えた。


 その間も、ディートハンス様は考えるようにじっと私を見下ろしていた。

 不思議な色合いの瞳は確かにどきりとする怖さもあるけれど、一定の距離から近づいてこないところに気遣いは感じて恐れ多くも好ましさを感じる。


 ちらりと見ると、笑顔を浮かべようとしているのかわずかに口角が上がったような気がした。

 気がするくらいわずかな動きであったけれど、それだけで胸がきゅっとしてぽかぽかと温かくなる。


 距離を置くことを常としているようなので、じっと人を見るのが癖なのかもしれない。

 あまり表情を変えないが他の騎士たちも気にした様子もなく話しかけているので、それがデフォルトなのだろう。


 それにしてもここまで露骨に見られると気になってしまう。

 ずっと外されない視線に逸らすこともできず首を傾げると、きゅっと眉間にしわを寄せ視線が外されてしまった。

 見られれば気になるけれど、外されても気になるとディートハンス様を見ていると、くっと楽しげに笑ったフェリクス様に話しかけられる。


「本当に体調に異変は感じない?」

「はい。聞かれるたびに不安になるほど何も感じません。いつも通りです」


 やはり魔力検査で検知されないほど魔力がうっすらとしかないからか。ユージーン様が言うように、魔力の器だけは大きいからか。

 これだけの人たちに囲まれる凄みというのは感じるけれどそれだけだ。


 大丈夫だと示すようにぽんと胸を叩くと、アーノルド団長が低い声で尋ねた。


「ディース様も変わりないんですよね?」

「問題ない」


 話しかけられ、また私を見ていたディートハンス様の視線が私から外れる。


「感激です。総長が女性とこんなにも近くにいて普通に話せているのをこの目にできるとは思いませんでした。見られても老いてからかと思っていたので。それに総長と魔力を気にせず話せる女性は稀有な存在だ」


 セルヒオ様がやけにきらきらとした眼差しで私を見てくる。

 周囲がうんうんと頷いているので、大袈裟に言っているのではなく本当に魔力量が多すぎて大変な思いをしてきているようだ。


「ライラや母とは話しているが?」


 ふむ、と顎を引いて思案した総長が答える。

 その背中をばんと叩くアーノルド団長。音からして痛そうで思わず私は顔をしかめてしまったけれど、ディートハンス様の表情は変わらない。


「身内は例外ですよ。彼女たちもミザリアの存在を知れば喜ぶでしょう」

「それはそうだろうが……。まず、魔力については様子はみたい。彼女が特別だということはわかったが、万が一ということもある。ミザリアも違和感を覚えるなら必ず言いなさい」

「はい」


 じっとウルフアイの瞳で見つめられ、今も観察するような視線に私はこくりと頷いた。

 表情は変わらず抑揚もなく淡々と話すけれど、一見冷たくて綺麗で畏怖を覚える双眸には心配の色が乗っている。


「やはり総長は慎重だな」

「まあ、仕方がない。今までが今までだったし、急に近づきすぎてミザリアが不調で倒れるのも困る。でもやはり嬉しいことだよな。ミザリアはすごいな」

「ああ。すごい」

「すごい。すごい」

「祝いには酒だ」


 ディートハンス様が女性とこの距離でずっといることは余程珍しく、快挙だとまるで私は英雄のようにすごいすごいと祭り上げられた。

 それと同時に、総長が一目置かれながらも好かれているのがわかるやり取りだ。

 最後の一言はレイカディオン副団長。どうやらお酒が好きなようである。


 その晩、任務を終えた騎士たちはキッチンに常備されている酒とともに各々部屋にあった酒も持参し、次々と空にしていく。

 騒がしいわけではないけれど、話題はつきない。


 私の予想通り酒好きだったレイカディオン様が、幻の酒を上納されて面接を許した女性が寮へ入ることもなく倒れてしまったが酒は美味しくいただいたという話から始まり、前回の遠征で魔物の分布が変わりだしているのではなど、障りがない範囲で自分たちの日常や業務をわかりやすいように話してくれる。

 会話に私が置いてけぼりにならないように、初めて出る名前の人は説明もしてくれて、失敗談も交えたりで知らないことは多けれど想像しやすくて聞いていて楽しい。


 私はちまちまとジュースを飲みながら、頷いたり驚いたり笑ったりした。

 リアクションを取るたびに優しげに目を細められるので、不意打ちを食らうと恥ずかしくてどうするのが正解かわからず目線を伏せる。すると、なぜか今度は騎士たちに代わる代わる頭を撫でられた。

 そうされるたびに、くすぐったくてふわふわと夢のなかにいるような気分になった。


 伯爵家で息を殺すように生きてきたのに、今はたくさんの騎士に囲まれて笑っている。

 楽しそうに話している輪の中に自分も入っている。質問されなければ自ら話すことはないけれど、決してひとりぼっちだとは思えない。


 ディートハンス様は私の目の前にいて、彼らの話にときおり相槌を打つ程度であった。だけど、その距離が今までより近いことはくすぐったい気持ちになる。

 決して大声で笑ったりしないけれど、楽しくなさそうということもない。


 不思議な空気をまとう総長を見ながら、次第に周囲の音が夢の中のようにぼやけて聞こえてくる。

 魔力の影響を調べる以外は変わったことはなかったのに、妙に疲れていた。


 だけど、その疲れは達成感もあるというか満足感のあるもので心が満たされている。

 さらに親しく感じるような距離感で騎士たちと一緒に食事をしていること事態夢かなと思ってぼんやりと彼らを見ていると、フェリクス様と話していたディートハンス様がついっと私に視線を向け軽く目を見張った。


「ミザリアは疲れているようだ。そろそろ彼女を解放しようか」

「わ、眠そうだね」


 そこで横に座っていたフェリクス様が、ひょいっと私の顔を覗き込んでくすりと笑う。

 ディートハンス様は他の騎士のように会話が多いわけではないけれど、存在感を放ちながらも決して居心地が悪くならないのは、周囲が慕っているのが伝わってくるからだろう。


 私もこの数時間で、時には恐れをいだくほどの雲の上のような存在であった人に親しみを抱いている。

 魔力で苦労する者同士。ずっと気遣われていたことも含めて、逃げ出すほどの魔力というのを感じなかったのも大きな要因だろう。


 しかも、自分のことはあまり悟らせないのに、人のことは結構見ている。今も私の状態に気づいてくれた。

 それも、彼の中で気遣う一人として勘定にいれてもらえているようで嬉しかった。


 ディートハンス総長に奇跡的に受け入れてもらえ、以前よりも信頼してくれているとわかる態度に、少しでも彼らが寛げるように頑張りたいと私は新たに誓った。




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