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魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる  作者: 橋本彩里


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9.二人の魔力


 ユージーン様の指摘通り、総長との距離は五メートル以上必ずあった。

 他の騎士たちが気安く声をかけてくれる分、ディートハンス総長がやけに遠く感じるけれど、そういうものなのだなと少し慣れた。


 徹底的に距離をおくと聞かされていたし、同じ部屋にいることもあったので疎外感だとか拒絶といったものは感じられなかった。

 ただ、五メートル以内は近づいてこない。近づかせない。絶対的な距離。


 オーラでも纏ったような美貌を目にするたびに圧倒されるけれど、見惚れすぎて仕事が手につかないといった症状を起こすことはなく、お近づきになりたいと思うようなこともなかった。

 望まれていないのに自分から近づくとか考えられない。

 少なくとも同じ部屋にいることを厭っているわけではないようなので、こんなものかとは思うようにはしているけれど、何せ存在感がある方なので常に気にはなっていた。


 ときおりじっと観察されているような気もするけれど、向こうから話しかけられなければ私から話しかけることもない。

 総長に関わる仕事は、他の騎士たちを通せば成り立つので不便ということもなかった。


 これもユージーン様が指摘するように、どことなく周囲がそんな私たちに気を遣っているなと感じることはあったけれど、私は雇われている身なので私からそれを変えようとか思ったこともなかった。

 なのに、今それらが急に変えられようとしている。


「いいですね?」


 戸惑う私の肩を押したフェリクス様が、ディートハンス総長へと笑みを浮かべ軽い口調で尋ねる。

 笑みを浮かべる水色の瞳の奥は、その笑みに反してやけに真剣で振り返って見てしまったことを私は後悔した。


 ――これ、口を挟めないやつ。


 明るく振る舞えば振る舞うほど、これからの儀式がフェリクス様にとって、ここの騎士にとって、彼らが大事に思うディートハンス総長にとって非常に重要なことなのだと知らされ肝が冷える。


「フェリクス様」


 私が知ってしまって本当にいいのだろうか?

 今ならまだ引き返せるのでは?


 それに関わってしまっていいのか私自身では判断がつかず、私は縋るようにフェリクス様を呼び、それからディートハンス総長を見た。


 ウルフアイとも呼ばれ中心の黒の周りに黄色が強い瞳とぶつかる。

 密かに揺らいで細まるのを見て息を呑むと、ディートハンス総長はさらに目を細めた。


 諦めたのか決意したのか、どことなくいつもより和らいだ空気にぎゅっと胸が詰まる。

 何かが確実に変わる気配に、足下が急激におぼつかなくなる。


「何かあればそこでやめる」

「わかっています。では二人とも、とりあえず五メートルの位置にどうぞ」


 ディートハンス総長がそう判断したのなら、私は受け止めるだけ。

 不安で視線を揺らす私の肩を、フェリクス様が励ますようにぽんと叩いた。


「ミザリアなら大丈夫だ。俺の勘がそう言っている」


 フェリクス様の勘とやらがまた出た。


「……はい」


 だけど、今回は笑えない。

 極度に緊張した私に、フェリクス様が表情を柔らげ私の味方でもあるのだとわからせるように優しく私の頭を撫でた。


「ミザリアは結果を受け止めるだけで、それがどういう結果であろうと君を責めるものではないと誓おう。と言っても不安だよね? 先に初めて出会った時に話せなかった事情を話したい。ディース様いいですか?」

「……ああ」


 総長はじっと私を見下ろし、ゆっくりと頷いた。

 気にはなっていたけれど、暴いてまで知りたいと思ったことはない。

 知ってしまっていいのだろうかと、緊張で神経が研ぎ澄まされていく。


「ミザリア。緊張しなくても大丈夫。話を聞いてからどうするか判断してくれていいからまず聞いて」

「わかりました」


 こくりと頷くと、フェリクス様が目元を緩めた。張り詰めていた周囲の空気もわずかに和む。


「ここで働く人が長続きしないと以前話していた理由の他に、この寮にいるには一定の魔力量があって総長の膨大な魔力の影響を受けないか、もしくは……」


 そこでフェリクス様が言いにくそうに言葉を切った。


「魔力がないかですか?」


 私が先に切り出すと、ふっと物憂げな溜め息をついてフェリクス様は苦笑した。


「そう。反発するほどの魔力がなければいけるかもと思ったんだ。今までは貴族やいいところのご令嬢ばかりで魔力がある人ばかりだったからね。もちろん、少しでも気分が悪くなるならすぐに引き離すつもりではいたんだけど。ごめん」

「謝らないでください」


 私の反応を気にしながら告げるフェリクス様の言葉に、妙に納得した私は見えないのに自分のお腹の辺りを見た。


「ミザリアの魔力が少ないということは出会った時にはわかったが、俺はユージーンほど見極めができるわけではない。彼の見立てではミザリアの器が大きいということだったけど、それに心当たりは?」

「器のことまで考えたこともなく指摘されたこともなかったのですが、ユージーン様が言われるのならその可能性もあるかもしれません。生まれた時はかなり魔力があったと聞いているのでそれででしょうか?」

「そうか。魔力が多かったのか。だから伯爵はミザリアたちを伯爵家に入れたんだな」

「そうだと思います」

「魔力検査でなしと判断されたのは聞いたけれど、その魔力がなくなったのは具体的にいつ頃かわかる? その状態はそれからずっとかな?」


 真剣な面持ちで問われ、急に不安になった。

 私にとってこれが常だったので、他の人とどう違うとか考えたこともなかった。ただ、魔力なしと言われ、圧倒的に魔力がないと知っているだけ。


「以前話したように五歳の時には魔力なしと判定されました。なので、それから十年以上同じような状態で魔力が増えたと感じることもなかったです。あの、よく動けているなというのは?」


 枯渇状態とも言われ、その後の周囲の反応もあってそれはどういう状態なのか気になる。


「ああ?普通、魔力は使用し一時的に減少するか、器が縮小したり傷ついたりして減ることはあるけれど、器の大きさはそのままで魔力だけがずっと少ないというのはありえない。まるで枯渇状態のようなそれが、数日ならまだしも何年もというのは聞いたことがない。さっきも聞いたけど何か心当たりはない?」

「ありません」


 思い当たるところもなく首を振ると、フェリクス様は断りを入れて私の腕の脈や額に手を当ててきた。

 労るような手つきにされるがままでいると、最後に瞳の奥をのぞきこんできた。


「そうか。気分とかは悪くはない?」

「それは大丈夫です」

「俺から見ても特別変わりないように見えるけど、本当に無理していない?」

「はい」


 こくりと頷くと、フェリクス様が心底安堵した表情を浮かべた。


「なら良かった。だけど、心配だからユージーンが復活したらしっかり見てもらおう。それで話を戻すけれど、すでに総長と五メートルの距離でも平然と生活できているミザリアが、さらに器に余裕があるから魔力に干渉されにくくディース様の影響を受けにくいのではないかということだ」

「器が小さいとやはり影響が出るのでしょうか?」


 話が繋がってきた。枯渇状態というのは気になるけれど魔力があまりないこと以外の支障はないし、対総長に関しては悪い話ではなさそうなことにほっとする。

 魔力なしであることで必要される場面があるとは考えもしなかったけれど、罵倒されるだけの在り方に初めて意識が向く。

 わずかにもたげそうになる期待をぐっと押し殺し、質問を重ねた。


「器が小さければ魔力もその分少なくなるからね。魔力酔いのような症状を起こす」

「魔力酔い」

「そう。ミザリアにはこの部分をとても心配していたけれど反応しない可能性も大きかったから連れてきた。まさか器自体が大きかったとは」


 そういうことだったのか。

 フェリクス様がさらに説明を続ける。


「逆にそこそこの魔力がある者が近づき、それを総長が不快に思うと反発を起こし相手は気分が悪くなる。戦場では敵対する者、そして邪な考えで近づく人物には敏感になる」

「不快に思うと反発ですか」


 そこで総長を見るとゆっくりと頷いた。

 説明をフェリクス様に任せているのか、寡黙だからなのかわからない。ただ、さっきからじっと私を見ている。


「このように本人があまり語る人ではないから具体的にどう感じているとかはわからないが、魔力に混じってそういうものがわかり無意識に反発してしまうそうだ」


 魔力が弱いと総長の魔力に当てられて魔力酔いを起こし、それなりに耐性があると今度は総長独自のセンサーが働き弾かれる。

 しかも、本人は意図せずに次から次へと倒れられれば、簡単に人を近づけたくなるわけだ。


「だから徹底的に距離を取るとおっしゃっていたんですね」

「女性を攻撃するわけにはいかないからね。ある程度先に距離を取っておけば互いに不快になることもない」


 立場的にとても便利だとは思うけれど、日常的には便利なのか不便なのかわからない能力だ。

 ひとまず、魔力なしと蔑まれてきた私でも思うことがある。


「大変そうですね」


 フェリクス様たちのように理解してくれる人がいるとはいえ、そこにいるだけで影響を与えてしまうのは生活するにあたって窮屈そうだ。

 総長を見るけどやはり表情は変わらない。


 騎士団に関わるとなるとそれ相応の信頼、つまり身分か実績どちらかは必ず必要だ。

 そのため実績がある者はすでに職に就いている可能性のほうが高く、身分のほう、お相手捜しをしている貴族の令嬢の多くが応募してきて、適性をクリアして雇ってものぼせ上がって続かなかったのだろう。


「そもそも今までの女性もギリギリだったからなるべく総長に近寄らない業務をお願いしていたのだけどね。その多くは被害に遭わないと自分は特別だと過信して総長に近づこうとしてやらかして終わり。まあ、のぼせ上がらなくても彼女たちは長く続かなかったとは思うけど」

「それは……、本当に大変ですね」


 魔力量が多かったら苦労することもなく過ごせたのかなと、私が伯爵に認められていたら母もつらい思いをせず命を落とすことはなかったかもしれないと考えることは何度もあった。

 魔力量が多すぎて苦労することもあると知り、全く立場も違うけれどなんだか勝手に仲間意識みたいなのが生まれる。


 だから、ディートハンス総長は常に距離を取っていたと、むしろこちらのことを思ってくれていたのだと、そっけないほどの態度も不器用な優しさのように思える。


「そうなんだよ。そういう女性はほぼ男目当てで家事などできないし、ある程度心得があった女性も結局のぼせ上がって仕事にならない。のぼせ上がれば上がるほど、総長の冷たさに打ちのめされる者も多くてそれで辞めていく人も多かった」


 フェリクス様は深々と溜め息を吐いた。何度も同じような場面を繰り返してきたようだ。

 反発するほどの魔力がないならば、確かにこれまでの人よりはそういった点では見込みがあると考えるだろう。

 複雑な思いに眉尻を下げると、ミザリアと強く名を呼ばれた。


「魔力なしは実際魔力がないわけではないから、俺はその言い方は不適切だと思っている。だから、それに引け目を感じる必要はないよ。それに俺自身がミザリアを放っておけなかったんだ。伯爵の目に入らないようにというなら騎士団はもってこいだし、何かあってもどちらの意味でも守ってあげられる」

「フェリクス様はお優しいのですね」


 フェリクス様と出会って運が良かったというレベルではないくらい気にかけてもらい、ただのミザリアになって最初に運を使い果たしてしまったのではないかと心配になるほどフェリクス様は人がいい。


「んー。さっきも話したけれど俺もいろいろ打算はあったから」

「それでも何かあれば動いてくれようとしてくれていたんでしょう?」


 あの時、とても優しく嬉しそうに笑っていたのはそういった感情からなのだろう。


「そうだけど、こうなったら期待のほうが大きいよ。だからさ、この話を聞いてもミザリアがここに残ろうと思えるなら、総長と距離を縮めてみてほしい。もし、しんどさを感じたりしたらしっかりした就職先は紹介するから安心して」


 無償の優しさではなく、フェリクス様にとっての計算もあったと教えてもらえてなぜか安心した。

 自分の特殊さが忌避されることなく興味の対象となるのは不思議な感じではあったけれど、悪い気分にはならない。


 ならないけれど、じゃあこれからディートハンス総長と距離を縮めるとなるとやはり緊張して、私は倒れていいのなら倒れてしまいたくなった。




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