◆伯爵家の崩壊 前兆
ブレイクリー伯爵の屋敷の一室。
新月の夜、伯爵夫人とその息子であるベンジャミンはワインを片手に二階の窓からミザリアが門をくぐるところを監視していた。
「やっとあの目障りの役立たずが出て行ったわ」
「忌々しい魔力なしがいなくなって、ようやくこの伯爵家の空気が良くなって俺もほっとしています」
ランドマーク公爵家の令嬢との婚約が浮上し、ここで足手まといとなる要素を完全に排除できたことに肩の荷を下ろす。
ミザリアが生まれてから魔力なしと判定されるまで、ベンジャミンは伯爵の感心が薄らぎ何事も二番手にされていた。跡継ぎの長男であるのにだ。
今までなんでも一番であったベンジャミンにとってそれは屈辱であった。
女なのに、母よりも身分が低い女との子なのにと、伯爵がミザリアを期待して施すたびに面白くなかった。
魔力なしの価値なしとわかっても鬱陶しくて、その苛立ちのままいじめてもすっきりすることはなく、顔を見るだけで腹が立つ相手であった。
家長である父が成人するまでは屋敷で過ごさせると決めたので逆らえなかったが、ようやくその存在を意識しないで済む。
食料は与えたから、ぐずでも時間があればこの領内からは出て行くだろう。あとは目に入らなければ野垂れ死んでいようとどこかで細々と生きていようがどうでもいい。
ベンジャミンの輝かしい人生の視界に入ってこなければそれでいい。
以前はどうやって追い出そうかと思案する日々であったが、未来が約束されている今はこれ以上追い詰めてやろうという気持ちまではない。
令嬢との話を上手く進めるかが気になって、役立たずのことに気を割いている場合ではないので本当に清々した。
だが、母のグレタは違うようだ。
伯爵との関係でミザリア親子には思うことが多く、息子である自分がたまに怖じ気づくほど憎悪の念は恐ろしい。
密かに、ミザリアの母を殺したのは母ではないかと疑うほどの怨念だ。それに触れても何もいいことがないので言わないが。
伯爵がミザリアに興味をなくしたとわかったと同時に追い詰め、屈強な男の仕事である魔石採掘にまでかり出させていた。
ノルマを課し、それにミザリアがついていけたのは母にとっては誤算であったようだけど、安息なんてさせないとばかりの仕事量であった。かくいうベンジャミンもあれこれ手伝わせたが、母には及ばない。
「ええ。忌々しい存在がやっといなくなりました。伯爵が余計な女に手を出したせいで私たちが苦労することになったのでベンは慎重に行動しなさい」
「わかっています。ランドマーク家との話が出てから身辺は綺麗にしてますよ。気に入られるようにプレゼントも奮発しております」
好きなものをしっかりリサーチし、紳士的に彼女には接している。今のところ好感触だ。
「その調子です。そういえば、役立たずのミザリアは随分質のいい魔石を見つけることに長けていたようね。先日見つけた魔石は公爵様も非常にお喜びになっていたそうよ」
「へえ? 少しは役に立つことがあるんですね」
存在に気分を害されてきたのだから、それくらいは役に立ってもらわないと困る。
「わかっていますね? 伯爵はミザリアが魔石採掘に関わっていたことは知らないのですから、今後も一切黙っているように」
「それはわかっています。あいつは役立たず。この家にいらない。あいつがその魔石を見つけていなくてもいずれは誰かが見つけていたものだ」
あるものを見つけるのは誰だってできる。やろうと思えば自分もできるだろう。ミザリアよりも多く見つけ出せる自信がある。
ベンジャミンがそうしないのは、その仕事は下々ものがすべきことだからだ。上に立つ者は命令だけ下していればいい。
「そうよ。だから報告する必要なんてない。さあ、これからは悩まされることもなく清々しい日々の始まりですよ。さっそくお祝いしましょう」
「ええ。我らの未来に」
親子はグラスを傾けると、そっくりな傲岸な笑みを唇に刻んだ。
***
チェスター・ブレイクリーは執事長から娘が出て行った報告を受け頷いた。
もう何年もまともに見ていない血が繋がっただけの娘。
三か月に一度魔力が戻っているか鑑定ができる執事に確認させていたが、とうとう最後までそういった報告はなく終わってしまった。
万が一の可能性を捨てきれなくて、魔力量が定まるとされる成人まで置いていたが無駄になった。
ただ、もし使いようがあったと手放してから知るほうが後悔するタチなのでこれも仕方がない。
あれの母親は特別だったので、最後まで変化することもあるかと諦めきれなかったのだ。手放してから身内に取り込むほうが面倒くさい。いらないとわかったなら遠慮なく捨てればいいだけだ。
それに大した金もかけておらず、最初のころに上がってきたのは使用人のように働いているということだったので、それならそれでいいだろうと思っていた。
ブレイクリー伯爵家として、魔力なしを排出したということが綺麗さっぱり消えたのなら問題ない。
それ以外の報告は面倒でいちいち上げてくるなと言ってあったので、ここ数年はミザリアがどのように過ごしていたかは知らない。だから、出て行った事実さえあればどうでもいいのだ。
「これでようやくグレタも落ち着くだろう」
ミザリアとあれの母の存在に随分ぴりついていた。
だからミザリアの母親が死に、ミザリアを好きにしていいと娘の主導権を渡してやった。成人までは置くと言ってあったので死なせるようなこと以外では扱いに口出しはしないと約束した。
娘の存在も不機嫌な妻の存在も面倒だったので、そのほうが都合いい。それに、役立たずのままならば最終的に追い出すのはグレタたちがするだろうと踏んでいた。
案の上、しっかり追い出したようで双方満足となる結果だろう。ベンジャミンの婚約者もこれ以上ない相手を見繕ったので機嫌はいいはずだ。
「私には魔石があるからな。これで這い上がってみせる」
自分が当主になり、一時採掘量が減ったがここ十年ほどは品質が良いものが多く取れ、まだまだ可能性があると周囲に知らしめることができた。
ランドマーク公爵との話も順調に進み、さらに自分は高みへと向かうのだ。
チェスターは己の輝かしい未来に思いを馳せる。
手のひらほどある魔石を掲げ、うっそりとほくそ笑んだ。
その一か月後、持ち込まれる魔石の量も減り、質があきらかに落ちてきたことが数値として表れる。
「どうなっているんだ!」
チェスター・ブレイクリーの怒号が伯爵家の屋敷中に響いた。
こで下敷き部分の第一章終わりです。
訳あり二人なので恋愛要素は最初じわじわ焦ったいですが、もだもだした後は甘くなる予定ですので他要素含め見守っていただけたら幸いです。
見つけていただきお付き合いありがとうございます。




