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幽霊さんにご用心

作者: 尾手メシ

 外灯に照らされてほの明るい高速道路を車で走っていた。時刻はとうに日付も変わった午前二時過ぎ、草木も眠る丑三つ時。自分の他には走る車もなく、たった一人で走る夜道はなんとなく薄気味悪い。鼻歌で気を紛らわせながら車を走らせていた。

 しばらく車を走らせていると、向こうの方に何かの影が見えた。何かがあるようなのだが、距離が遠くて何なのかがよく分からない。何だろうかと思っているうちに車は進んでいく。だんだんと何かとの距離が縮まっていく。少しずつはっきりしていくそれは、人影のようだった。

 こんな時間、こんな場所に何故人がいるのか。疑問に思った時、ふと、以前聞いた噂話を思い出した。深夜、一人で車を走らせていると、幽霊に出会す道があるという。それが確かこの高速道路のことじゃなかっただろうか。語られていた幽霊は、確か白髪の老人だったはず。

 思い出している間にも、どんどん距離は近づいていく。白い頭に小柄な背丈。寝間着らしきものを着て、体を左右に揺らしながら歩いている。そうそう、丁度あんな感じ。

 思い至った瞬間、血の気が引いた。呼吸が無意識に浅くなり、ハンドルを持つ手がガタガタ震える。どうしよう、どうしよう。あの話の結末はどうなったんだっけ。焦る頭は上手く働かない。距離はどんどん近くなる。やがて車は何かのすぐ近くまで走っていき……。




 よく怪談で語られるシュチエーションである。深夜、たった一人きりの車。道路の端に蠢く何か。そこにいるはずのないものは幽霊で間違いない。怪談では、この後、こんなふうに話が続いていくのではないか。




 咄嗟に幽霊から視線を逸らせた。自分が気がついていることがバレてしまうと、絶対に良くない気がした。アクセルを力の限り踏み込む。急加速に体がシートに押し付けられたが構ってはいられなかった。

 幽霊の横を猛スピードで通り過ぎる。一秒、二秒、三秒、四秒、五秒。何も起こらない。いつの間にか詰めていた息を吐き出した。全身から力が抜けて、どっと汗が吹き出した。アクセルから力を抜くと、車は緩やかに減速していく。もう大丈夫。そう思って、何気なくバックミラーを覗いた。後部座席から運転席へ、今にも身を乗り出そうとしている老婆の姿が映っていた。




 紛うことなき心霊体験である。この後主人公が助かったのかどうかは、どういう文脈で語られるかによって変わってくるだろう。

 創作として語られる場合、主人公の生死はどちらでもありうる。個人的な嗜好で言えば、ここは読者の想像に任せるほうが美しいのではないか。果たして主人公は助かったのか。もし助かったのならば、何故助かったのか。逆に助からなかった場合、この話の語り手は一体何者なのか。想像を膨らませることは、読者の重要な権利である。

 では、実話として語られた場合はどうかというと、これは助かる以外にない。なにせ、実話である。自身が体験した話、または、体験者から直接聞いた話であることが前提の実話怪談において、語り手が死んでいてはおかしな話になる。話者は幽霊から怪談を聞き取ったことになるので、もうそれ自体が怪談だ。怪談を語る幽霊を語る怪談。何だか頭がこんがらがってくる。こうなってくると、話者が本当に人間かも疑いたくなるのが私の性で、怪談を語る幽霊を語る怪談を語る話者の幽霊を見る私。マトリューシカの一番小っさい奴がそう、私です。


 何の話をしていたんだか分からなくなってきたが、道路に出る幽霊の話である。出会したが最後、頭が真っ白になって、どうしていいのか分からない。そんなあなたの為に、たった一つの正しい行動を教えてしんぜよう。背筋を伸ばして、畏まって聞くように。


「すぐに安全な場所に車を停車して、警察に通報する」


 これ一択である。幽霊相手に停まって大丈夫なのかって?心配ご無用。あなたが見たのは、ほぼ間違いなく深夜徘徊をしている近所の老人である。高速道路には所々に保守用や高速バス用に階段が設置されてあって、そこから本線上に人が迷い込むことはままあるのだ。彼らに必要なのは、高名な坊さんの有り難いお経ではなくて、警察による迅速な保護である。お経を聞かせるよりも家族の声を聞かせてあげるべきだ。まだ死んでないんだから。


 深夜の高速道路を歩く老人、確かに恐ろしいが、でも老人である。走っている車にいきなり乗り込んでくることはないし、猛スピードで走って車を追いかけてくることもない。怖がらずに、落ち着いて通報してほしい。

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