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傍観することは罪だと彼は言う

曰く、彼女の美貌は真珠にもダイヤにも例えられた。

曰く、その美しい銀色の髪の毛と神秘的に光るグリーンの瞳はまるで妖精の様だ。

曰く、その微笑みは可憐で花よりも美しく、その声は透き通っていて歌姫の様だ。


そして、何より控え目な性格は清楚で、慈善活動をする姿はまるで女神だった。


この人は、上司の婚約者に恋でもしていたのだろうか。

彼から聞く妖精姫様の話は正直言って何も参考にならない。


私が聞きたかったのは、他国の人とどのように話をしていたかとかそういう事だ。



仕方がない話を延々と聞かされて思わずため息をついてしまう。


「それでは、私が至らない点は、容姿が悪い事でよろしいでしょうか?」


王子にとって罰なのは私の容姿がごく平凡なこと。

後は後ろ盾としての家格が微妙なこと。


目の前の人にはそれが許せない事なのだろう。


ジークハルト様は何も罪を犯してはいない。

能力もきっと高いのだろう。


「違う! そういう話ではない!!」


怒鳴る様に側近の男は言った。


「ではどのような話ですか?」


人の感情の機微を読み取るのはあまり得意ではない。

ヴィオラはそう思いながら、もしかしたらそういう部分も比較して足りないとされる部分なのかもしれないと思う。


「殿下は、彼女を愛しんでいた。

それはそれは大切にされていた。


なぜ、あなたは、愛するものを失った殿下の事も、その周りの事も何も考えないのだ!!」


一瞬言葉を出そうとした声が詰まる。

喉をさすってからもう一度声を出す。


「殿下が『妖精姫』様を今も愛していたとして、私にできる事は何も無いでしょう」

「何故、何も無いと言い切れる。

何もせずただ過ごすことへの責任は無いのか?」


ただ過ごしているつもりは無かった。

ヴィオラは慣れない王子妃教育で心身共に疲れきっている。

でもそれはこの目の前の男にしてみたらきっと甘えなのだろう。



「何もせず、ただ過ごす事が罪ならば、ここ一年程の出来事について私は大罪人だろうな」


この声は知っている。

側近の男が驚愕した顔で私の斜め後方を見ている。


ヴィオラが振り向くとジークハルトが立っていた。

ヴィオラの真後ろのドアが開閉した形跡はない。


「王城には案外秘密の通路が多くてね」


それは、多分機密事項だろう。

婚約者の前で言っていいことなのかヴィオラには分からなかった。


「……いつから聞いてらしたんですか?」


側近の男が言う。

ジークハルトの登場は、彼にとって予想外の事だったようだ。


この茶番はジークハルトが仕組んだものではなさそうだ。


「えっと、君が随分と妖精姫を崇拝してるんだなってあたりからかな」


ジークハルトは大罪人だと自分自身で言った。

実際はもっと前から話を聞いていたのだろう。


今彼はどんな気持ちだろうか。


婚約者を失った彼の気持ちは想像してもヴィオラには分からない。

彼女にできることがあるとも思えない。


だけど、今、ここでジークハルトが何を考えてこの場に立っているのか、ヴィオラは気になった。

ヴィオラはジークハルトの表情をしっかりと見た。


いつもの貼り付けたような笑みを浮かべた表情がやや崩れている。

そのような表情をヴィオラは初めて見た。


相変わらず軽薄そうな笑みは浮かべているものの、瞳が開いている。

それでも狐のような顔だという印象は変わらないが、獰猛な狐の様だと思える位眼光が鋭い。


それに、ヴィオラはその時初めて彼の瞳の色がアイスブルーだと知った。


「この一年、愚弟を放置した罪が俺にはあるかもしれないけど、彼女が罰? 寝言は寝てから言え」

「しかしっ、今の状況ではあまりに殿下が、哀れではっ!!」


なおも言いつのる。


「ヴィオラ嬢はちゃんと綺麗だよ」


ふう。とため息をつきながらジークハルトはヴィオラの横に来てヴィオラの肩を抱く。


「それに、王子妃としての見栄えについてはもうちゃんと手は打っている」


見栄えがしないという点はジークハルトも同意しているらしい。

けれど、その前の綺麗だという言葉が何度もヴィオラの脳裏に繰り返し流れる。


「俺は、事態を放置した罪人かもしれないけど、別に無能って訳じゃない。

なあ、ノア。

お前が、最近やっている邪魔だてはどういう振る舞いだと思う?」


側近の名前はノアというらしい。

彼は何も答えない。


――トントン


扉がノックされる音が聞こえる。


「ああ丁度いい。来たみたいだ。


……入れ」


ジークハルト様が言うと、侍女らしい服装をした一人の女性が「失礼いたします」と言って入ってきた。


「ヴィオラの美容方面を任せることにしている、ユエ嬢だ。

……ちなみにそこのノアの姉だ」

「ユエ・フィッシャーと申します。

……なんですの? この雰囲気」


室内にいるヴィオラ達三人の気まずい雰囲気を感じ取ってユエがジークハルトに聞く。

ごまかすと思っていたジークハルトはすぐに目を細めたいつもの胡散臭い顔をして「ああ、端的に言うと、ヴィオラ嬢の見栄えに君の弟君は不満があるらしい」と普通に答えてしまっていた。


「少し失礼いたします」


ユエが頭を下げ、ノアの腕を引いて部屋の隅まで引きずる様にして連れて行く。

次の瞬間、ばっちーんと大きな音が響いた。


「フィッシャー家は鉄拳制裁が基本らしいから」


フィッシャー家は建国史にも出てくるからヴィオラもよく知っている。

騎士を多く輩出している家系だ。


頬を腫れさせたノアがふてくされた顔でこちらを見ている。


「あなた、本当に見る目がないのね」


よく通る声でユエがノアに言った後、もう一度バチンとひっぱたく音が聞こえた。

ヴィオラは声をかけるのも面倒になってみないふりを決め込むことにした。


これも罪だろうか。ジークハルトを見ると彼は笑みを深める。


「ノアに対してはきちんと制裁するから、大丈夫だよ。


さすがに、二度と顔を見せないまでは今の人材不足の状況だと難しいけど、きちんと分からせるから」


ヴィオラはそこを気にしたのではない。


「自分で、罰だと言ったのはさすがに厭味ったらしかったですか?」


彼女が気にしたのはそこだ。

ジークハルトが大罪人だと言ったのは、ヴィオラが罰だと言ったからだろう。


「いや。面白いことを言う人だなと思ったし、正直痛いところをつかれたなとも思った」


妖精姫の事が忘れられないのですか? とはさすがのヴィオラも聞くことができなかった。

それに彼がこの一年何をしてきたのか、ヴィオラは何も知らなかった。だから彼に言えることは何も無かった。

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