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気持ち2

婚約が正式なものになって少し経ってからの事だった。

ジークハルトの執務を手伝うようにと伝えられた。


ヴィオラは案内された王子の執務室でジークハルトに挨拶をする。


「ジークハルト殿下に、ご挨拶申し上げます」

「婚約者なんだから、そういう堅苦しいのは不要だよ。そもそも君もすぐに殿下って呼ばれるようになる」


書類の山からちらりと顔を上げてジークハルトが言う。

この前会った時よりも、顔色が悪い。そうヴィオラは思った。


「まずは当たり障りのないところから手伝ってもらって、夕方は少しゆっくりと二人で過ごそう」


ジークハルトはそう言った。


当たり障りのない書類はどんなものかと思ったら、河川の改修工事等の書類だった。

王や王子がやる内容ではなく官僚がまとめておくべき事だとヴィオラは思った。もしくは直轄地でなければ領主に丸投げすべき件だ。


ここまで仕事を第一王子が被らないといけない状況にぞっとする。


けれど、ここでそれについてヴィオラとジークハルトが議論をしたところで何もならない事は分かっている。

ひたすら、資料をまとめ、書類を確認していく。

幸いヴィオラが知っている知識の物のみ回されている様だった。


執務室は外に近衛が控えているだけで、侍従が部屋の隅にいるけれどとても静かだった。

紙をめくる音と、ペンが紙をなぞる音だけが聞こえる。

これからの長い人生、きっとこんな瞬間が一番長いのではないかとヴィオラは思った。


それは全く不快ではなく、どちらかというととても穏やかで落ち着いていて居心地がいいとヴィオラは感じた。

仕事に集中しているジークハルトに今声をかけるつもりは無いけれど、後で二人で過ごす時間をとると言っていたのでその時にでも話してみようかと思った。


* * *


お昼すぎの事だった。

簡単な昼食を準備していると言われて執務室の横の部屋に準備されている食事をとった。

窓が大きくてよく採光されている部屋だった。

ジークハルトの顔色が執務室より確かに見える。


相変わらずおとぎ話の狐の様な顔で澄ましているけれど、うっすらと下瞼のところにクマが出来ているのが分かった。


「食休みに、庭園の散策でもしようか」


ジークハルトの口からは、婚約者の為を思う言葉が出てくる。


「いえ、それよりも少しお休みになられた方が――」


ヴィオラがそう言うと、ジークハルトがギョッとした顔で彼女の顔を見た。

数秒たってからヴィオラは自分の言った言葉が、閨の言い換えになっていて慌てる。

休むはこの国ではしばしば房事の事をあらわす。


ヴィオラは決してそういった意味で言ったのではない。


「そういった意味ではなくて、お疲れの様なので……」


もごもご語尾が上手く言葉にできない。

兎に角、顔色が悪いので休んで欲しいと思っただけだし、婚約者として近くにいないといけないのであればそうするという意味以上のものは何もない。

そもそもジークハルトにしたってそんなものはお断りだろう。


「そんなにわかっちゃう位、疲れてるように見える?」

「……恐れながら」


驚きに満ちていたジークハルトの顔はすぐに元に戻ってそう聞かれる。

彼は酷く疲れている様に見えた。


「じゃあ、少しだけ休ませてもらおうかな……。

とはいえ、君を一人にする訳にはいかないから、ソファーで少しゆっくりしようか」


そう言うとジークハルトは侍従を呼ぶと何事か言づける。

それが、ヴィオラのための本を持ってくるようにという指示であったことはすぐに本を持って執務室に設けられたソファーセットに置かれた時に気が付いた。

二人でソファーに並んで座る。


「読んでいてもらっていいから」


ジークハルトは顔色が悪いまま言う。

それから静かに目を瞑った。


それでは休めないだろうと思った。


「膝枕しますよ?」


ヴィオラはこの前読んだ恋愛小説を思い出してそう言った。

小説に書いてあるのだから、そういう事を普段からしている男女は多いのだろう。

そう思って口にしたことだ。


誰かに膝枕をしたことはない。されたことも無い。

けれど幸い、今日の服装はシンプルなワンピーススタイルだ。

スカートの太もも部分に引っかかるような装飾は何もない。


ジークハルトは何も返事をせずにゆっくりとヴィオラにもたれかかるようにした。


「俺にはこれで充分だよ」


ヴィオラの肩に頭を乗せる様にしているジークハルトの表情はヴィオラからは見えない。

ただ、すぐに穏やかな呼吸の音だけが聞こえた。


思っていた以上にジークハルトは疲れていたのかもしれない。

ヴィオラは置かれた本を読み始めた。


隣に感じる熱は温かくて不思議な気持ちになった。

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