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単発系その他

次郎君はすでに見つかっていた? (夏ホラー2021)

作者: 神離人

「あの業者さんは?」


 いつも通りの月曜日の朝。朝ごはんを食べ終わったぼくの目に、見慣れない大人たちの姿が映る。家の外にトラックを停車させて、その人たちはなにかの準備をしているようだった。


 ぼくのふとした疑問に、お母さんも外に目を向けて答えてくれる。


「リフォーム業者よ次郎。あなた言ってたでしょ。床下からすすり泣く声がするって。だからリフォームするの」

「お金は大丈夫?」

「あなたのためよ。家も古いし。防音カラオケルームから音漏れなんて……ねぇ」

「カラオケの音……かなぁ」

「前に一緒に調べたじゃない。電源の消し忘れだったでしょ。ほら時間よ。急いで動く!」

「はいはい」

「……あっ!夕方に業者の人とお話があるの。いつも通り、友達とゆっくり遊んでらっしゃい」

「えー、明日まで家に帰らないかもよ~?」

「あはは!本当にやりかねないわね!」


 ぼくがカバンを持って外に出ると、お母さんも見送りのためについてくる。業者の人にぼくの部屋を作ってくれるように頼もうと思ったけど、ぼくが声をかける前にお母さんが邪魔をする。


「遅刻しちゃうわよ!急いで急いで!」

「わ、わかってるよっ」


 お母さんに急がされて、ぼくは仕方なく学校に向かおうとする。すると、突如家の中からお父さんが慌てた様子で外に飛び出してきた!


「大変だーっ!って次郎。あー今日も気を付けて」

「うん。……お父さん探し物?」

「ちょっとなー。あ、業者の方たち?もう来てくださったのですかな」

「ほらっ、次郎は学校!」


 お母さんの怒りが爆発しそうなので、ぼくは学校に向かう。


 家からそこそこ離れたところで後ろを向くと、まだお母さんがこちらを見ている。いつも通り、ちゃんと学校に行くかを見届けるつもりみたいだ。お父さんは業者の人たちを連れて、家の中へと入っていってしまう。


 ずーっと歩いてから、もう一度後ろを向く。すると遠くで、米粒のようなお母さんが家の中に入っていくのが見えた。学校のみんなの話によると、いつもこんなに離れるまで見届けてくれるのは、どうやらぼくの家族だけらしい。厳しい人だけど、ちょっとだけ優しいお母さんだ。


 いつも通りの学校生活を過ごしたぼくは、学校内のチャイムの音に胸が躍る。


 長いながーい授業が終わり、ようやく放課後の時間がやってきた!休み時間の延長戦で、今日はかくれんぼをするらしい。隠れる範囲に決まりはない。今日も帰るのが遅くなりそうだ。夕方ぎりぎりまで遊べば、家に着くころには真っ暗だろうなぁ。


 校庭にはみんな同時に集まった。鬼も合わせて8人でのかくれんぼだ。鬼役の良太君はすでに準備を終えている。ぼくたち逃げる側はハンデとしてランドセルを背負っている。


「俺が鬼だ!建物は反則な!30数えるぞー!いーち!」


 良太君が背を向けて数え始める。みんな校門へ向かって走り、校門の分かれ道で半分ずつに分かれて、その後は散り散りに分かれて、ぼくは1人になってしまう。


 どうしよう。誰も見ていない今なら、家の中に隠れられるかもしれない。鬼役の良太君って、色んな人に隠れているみんなの居場所を聞いたりしてズルいし。こっちもズルをしないと絶対負けちゃうことが多いんだよね。あんまり早く帰ると、お父さんの仕事が残ってるからって怒られるけど。裏口の窓はカギが壊れてるから、そこから入れば……。


 いや、やっぱりやめておこう。前に窓からこっそり家の中に入ったら、すごく怒られたことがある。そのときにお父さんもお母さんも言ってたじゃないか。ズルはダメだって。それを守って、今ではチャイムを必ず鳴らすようになったじゃないか!ズルをしたら、ぼくはまたダメな子になっちゃうだろ!


「はぁはぁ……っ。見つからない場所まで、行く……っ!」


 かなり走ったから息が苦しい。ランドセルが邪魔で走りにくい。でも、ズルをせずに隠れるにはこんな場所じゃダメだ。人に聞いてもわからないところを見つけないと!


 もっと遠くまで走るんだ!

 鬼役が追ってこれないほど遠くまで……!

 もっと……!


「……っ!はあはあ、はあぁ~っ!げほげほっ」


 は、走りすぎて……つ、つかれた。ここはっ、どこだろう。


 小さなお店が並んでいる通りみたいだけど、見たこともない場所だ。ずーっとまっすぐ走ってきたから、帰るのは難しいことじゃないけど。もう走れないよ……。


「大丈夫かい坊や」


 お店の中から、おばあさんがぼくのほうに歩いてくる。息切れしているから心配させちゃったのか……。あまり人に心配かけちゃいけないからしっかりしないと。えっと、帰り道はあっち……よし絶対覚えた。


「走って疲れただけ……です」

「若い子は元気だねぇ。……ん、坊や太郎君じゃないかい?」

「え?ち、違うけど」

「あらそうかい?おばちゃん宝くじ屋さんでね。前に来た子が坊やと似てて間違えちゃったよ」

「へ、へえー」

「両親へのプレゼントに、友達からお金借りて買いにきたんだってさ。坊やと同じ方向から来たけど、そういやランドセルは背負ってなかったねぇ。ふぉほほほ……」


 おばあさんが、ぼくの走ってきた方の道を指さして笑う。太郎だかなんだか知らないけど、大人の話って長くて嫌になっちゃう。疲れがなくなったら早くこの場を離れよう。


「坊やも買うかい?本日最後の宝くじだよ」

「いらないや。ぼくもう行くね」

「ふぉほほほ。長話しちゃったね。ばいばい坊や。早く帰るんだよ」

「わ、わかった」


 ぼくがおばあさんに背を向けると、おばあさんは閉店の準備を始める。


 もうお店とかも閉まっちゃう時間かぁ……。どうしようかな。空はすでに暗くなり始めているけど。今日はリフォームの人と話があるらしいから、家に帰るには早すぎるんだよね。


 今から集合場所に戻るにしても、いつもの遊び終わるくらいの時間に到着しちゃう。鬼役の良太君は終了時間を過ぎても探し終わらないことがあるから、遅れて合流するくらいがいい。


「休んでから戻ろう」


 ぼくはすぐ近くにあった公園へと歩いていく。あまり人が立ち寄っていなさそうな公園だ。ここでならゆっくり休むことができそうだね。ベンチがあるし、寝転んで体を休めよう……。


 んー、ランドセルが邪魔かな。頭の下に敷いて枕みたいにしよっと。ああ……今日は疲れたなー。なんだかぼーっとしちゃうよ……。


 ダメだ、もう目を開けてなんかいられない……。

 寝ちゃダメだ……。

 体を起こさなきゃ……。体を……。

 …………うん……。


「すぅー……。んん、あれ……?」


 眩しい。日の光をどうにかしたいのに布団がない。それに寒いぞ。……ああ、服が汗で濡れてるからこんなに冷えるのかぁ。眠いけどゆっくり寝れそうにないかな。


「んー?……ああっ!?」


もう朝だっ!ここは家じゃない!ぼくは公園までやってきて一休みしてたはず!なのにもう公園は朝になっちゃった!


「学校っ!遅刻しちゃう!」


 大変だ!お父さんもお母さんも学校の遅刻をよく思っていない!家に帰るのは遅くてもいいけど、遅刻はダメ!


「時計は……あった!」


 公園の時計を見ると、まだ家を出る時間を過ぎていない。きっと走ればまだ間に合うはず!今から寄り道せず、まっすぐに学校に向かおう!


 ぼくはランドセルを背負って走り出した。

 昨日、鬼役から逃げるために通った道を、全速力で駆け抜けていく。

 走れども走れども、なかなか見知った景色に辿り着くことはない。

 だけど、ぼくは止まることなくまっすぐ走り続ける。


「はぁ……はぁ……!」


 息が尽きてきた頃、ようやく知っている場所に出た。

 ぼーっとする頭の中で、ぼくの中に安心感が沸き上がってくる。


 よ、よし!ここまでくればこっちのものだ!

 この辺りの道は、ぼくは知り尽くしている……!

 人気のない近道を使おう……!


 ぼくは大通りから離れて、生徒が通ることのない小道を走っていく。

 慣れない道でも、ぼくの足が止まることはない。

 飛び出しにだけ注意しながら道を走り抜けていく。

 息が苦しすぎて、もう息なんかしていないのかもしれない。

 それでもぼくは走り続けた。


 やがて、走りつづけるぼくの目に学校が映った。校門から顔を覗かせると、ランドセルを背負って学校に入っていく生徒たちが見えた。


「はぁはぁはぁ……!ま……っ、間に……合った……!」


 足はとても重く、先ほどまでずっと走っていたのが嘘のようだ。ゆっくり歩いているうちに、ぼくの熱かった体がどんどんと冷たくなっていく。服が冷たい。体も冷たい。


「疲れた……。けど間に合ったんだ」


 ぼくはふらふらと校内へと向かう。今日まで続いてしまった、ぼくだけのかくれんぼがようやく終わりを迎えるんだ。クラスのみんなからはどこに隠れていたのか聞かれると思う。でもいいんだ。いつもよりもちょっとだけ冒険なかくれんぼ。あせって疲れたけど楽しかった。


 それから少しして。教室に入ったぼくはクラスメイトから驚くべき話を聞かされた。なぜか、クラス中がぼくの話題で持ちきりだったのだ!身に覚えのない、ありもしない話がぼくの耳に入る。


「次郎!?外国に引っ越したんじゃ……!」

「聞いたぜ次郎!宝くじ当てたんだって?」

「キャー次郎君ー!お金持ちー!私と結婚してー!」

「宝くじで外国に行くんだよね。私も連れてってー」


 外国に引っ越し?宝くじ?こいつらは何を言っているんだ……?ぼくが宝くじ屋に行っていたからこんな話になったのかな?宝くじなんか買っちゃいないのに。


「ぼくはそんな話知らないよ」

「じゃあ、昨日は嘘を言ったのか?」

「公平君?なんのこと?」

「宝くじや引っ越しの話だ。次郎や次郎の母ちゃんが言ったことだろ」

「え……?」


 公平君の言葉に頭の中が真っ白になる。そ、そんなはずはない。だってぼくは昨日、学校が終わってから一度だって家に帰っていないんだ。


「公平君。その話、ぼくがいつ言ったの?」

「昨日の公園だ。良太やお前たちを注意した後だよ」

「……別の誰かと間違えてない?」

「俺や良太たちの勘違いなら、次郎の親が気づくはずだ。お前に化けた怪物でもいない限りな。次郎が忘れたなら俺が証人だ。お前はあの場にいたよ」


 公平君は難しいことを言い残して席に戻っていく。ぼくはなにかを言い返したかったが、返す言葉が見つからない。公平君が見たものが全部本当なら、公平君の難しい話も合っているような気がする。


 ぼくの偽物がいて、ぼくの友達やお母さんお父さんすらも偽物だと気づかない。そんなことがあったなら、ぼくとそっくりな怪物がいるとしか思えない!だって、ぼくは本当にかくれんぼで知り合いになんか会わなかったんだ!公平君の話が本当なら、怪物が……。


 ま、まさか公平君が嘘を……?


 いやそれはないか。公平君はいつもルールに口うるさく、事あるごとに公正な判断だとかを口にするタイプの子だ。良太君を注意したって話も、良太君のズルを見かけて注意したとかだろう。あのふたりは一緒に遊ばないのに、なぜかやたらと言い合いになることが多い。


「本当に怪物が……?うっ」


 ぼくの背筋に寒気が走る。周りで騒いでいる友達の熱気が、まるで別のところにあるような、ぼくだけが取り残されたようなそんな感じがする。


 もしかしてこれが怪物の力?

 正体に気づきそうになったからぼくを攻撃してきたのか?


 気づけば、冷たい手のようなものが首筋にまとわりついている。心の中にまで突き刺さるような冷たい温度、人とは思えないような妙な感触、撫でまわすような気持ちの悪い動き。とても不快ななにかが、ぼくの様子を探っている。


 ぼくはそれがあまりに恐ろしくて、動けなかった。周りのみんなには見えていないのか、すぐ近くにいるのに、どこか遠いところでがやがやと話し続けている。友達たちは、ぼくを助けるためにはあまりにも本物のぼくを見ていない!みんな偽物のぼくにくぎ付けになっている!


 どうして誰も気づかないんだ!

 これは間違いなく怪物の仕業なのに!

 もう一人のぼくが、怪物がいるのに!


 ぼくが確信すると同時に、怪物の手がぼくを締め上げるために動いた!冷たい手を輪のようにして、ぼくの首を骨ごとへし折ろうと激しく揺らしている!


「うわああああああぁーっ!」


 ぼくは思わず大きく腕を振る。すると、ひじの辺りになにかを突き飛ばすような強い衝撃が伝わってきた。気づけば周りはいつもの教室で、みんなの声が普通に聞こえている。ぼくの首にまとわりついていた手もいつの間にかどこかへ消えていた。

 

「いっててて!次郎ぉ~っ!」


 ぼくが後ろを振り向くと、そこには良太君が倒れていた。良太君は苦しそうに、お腹の辺りを押さえながら立ち上がる。も、もしかしてぼくのひじが当たったのかな……?


「あ、ごめん良太君」

「今のは良太が悪いわよ。次郎の首を揺らしたり、背中をまさぐったりするなんて」

「ええっ?」


 クラスの女子の言葉を聞いて、ぼくは自分の首元を触ってみる。……濡れている。そういえば寒気を感じた背中も、汗にしては随分と服が湿っているような気がする。


「はは。無視するから水筒の水を塗ったんだ。次郎お前、外国に行ったんじゃないのか?」

「良太君、昨日ぼくを見つけた?」

「……はあー。俺、お前の引っ越しで落ち込んでたのに。お前はかくれんぼの結果が大事ときたもんだ。……俺はお前を見つけた。俺の勝ちだぜ」

「ぼくが公園にいたんだ……」

「あったりめーだろーっ!しかもお前、公園内で堂々と宝くじ自慢しやがってーっ!かくれんぼする気あんのかっ!?」

「お願いがある良太君。実はぼく、昨日のことを覚えていないんだ。話を詳しく聞かせてほしい」

「なにぃ?次郎……わかった。人のいない廊下で話そうぜ」


 ぼくの真剣な気持ちが伝わったのか、良太君は話してくれるようだ。ぼくと良太君は廊下に移動すると、教室のドアを閉めてさっそく話を始める。


「で、どういうことだ次郎。記憶がないってのは」

「ぼく、昨日は公園に隠れてないんだ。朝までずっと隣町にいた。君に見つかるはずないし、家にだって帰ってないんだ!」

「……次郎、正直説明を聞いてもぴんとこねえ。話すぜ。お前と別れるまでの流れを」

「うん」

「かくれんぼ開始後、お前らが二手に分かれたから、俺は次郎のいない側を追いかけたんだ」


 良太君……やっぱり今回もズルをしていたな。ぼくたちは校門前で分かれるのに10秒も掛かっていない。きちんと30秒数えて目を閉じていたなら、最初に二手に分かれたことは知らないはずだ。


「その先にあるのは……」

「学校近くの公園だ。建物禁止のルールだろ。公園側に逃げた4人全員、公園内に逃げ込んだのさ」

「ええ!?」


 同じ場所に逃げ込むなんて……!良太君相手になんて甘いことを……!ぼくたちのように散り散りに逃げなきゃ、聞き込みでもされたら居場所がバレるのに。


「で、ぼくと会ったの?」

「最後まで聞け!遊歩道のある公園だから広くてよ。4人を見つけたときには夕方だよ。公園から出るときに、次郎……お前がガキ相手に宝くじ自慢をしてたんだ」

「ガキ?年下?」

「ありゃあ低学年の生徒だろうな。親しそうにしてたぜ。お前あのとき小銭かコインを渡してたが、カツアゲでもされてたのか?」

「わかんないなぁ」

「声を掛けたらガキは逃げてよ。見つけたお前は、宝くじに当選して引っ越すとか言うだろ。最初は笑っちまったよ」


 わからない。公園に現れたぼくというのは何者なんだ?


 ぼくは良太君たちとはよく遊ぶけど、低学年の子どもとはほとんど遊ばない。なるべく遅くまで遊びたいぼくにとって、良太君たちは最高の遊び相手だ。ずっと全力で戦っていられる。


 けど低学年の子たちは夕方前には帰ってしまうし、勝負相手としては力不足だし、授業数が少ないからぼくたちが遊ぶ頃には別の遊びで疲れている。本物のぼくであれば、一方的に勝ちたいとき以外はまず遊び相手に選ばないはずだ。


 年下と遊ぶという、本物のぼくではありえない行動。遊ぶのに適していない相手と仲良くする理由。……もうひとりのぼくには、何かしらの目論見があったに違いない。


「そういや一言目に、妙なこと言ってたな」

「ぼくが?」

「ああ。俺が名前を呼んだら『ぼくは太郎だよ』って」

「……太郎!?」

「すぐに冗談だと訂正してたが。本当に別人なのか?」


 太郎だって?どこかで聞いたような名前だ。昨日の……宝くじ屋のおばあさんの話!ぼくに似てるらしいけど……良太君たちやお母さんまで間違えるなんて!


「続けて良太君」

「目がマジだ……!俺たちが次郎の外国行きを話してると、公平がやってきたわけ!」

「タイムアップだね」

「集合場所で見つけてないメンバーと合流して、次郎の家に行ったんだ。公平もついでにな」


 公平君もぼくのお母さんと会っている口ぶりだったし、あの良太君と公平君がぼくのために一緒に行動してくれたんだ……。少しうれしい。


「ぼくの家ではどんな話を?」

「あんま話してねーよ。次郎の話が本当か聞いただけで」

「そうなの?お母さんは話長いのに」

「お前の父ちゃんが急がせたからな」

「え、待って良太君。外で話したんだよね?お父さんもお母さんもいたの?」

「両方家の前にいたぜ。タクシー待たせてな。お前が父ちゃんに宝くじ渡してる間に聞いたんだよ」

「タクシー……。まさか、ふたりの格好は……」

「旅行着さ。タクシーにお前とでかいバッグ積んでさ。あっという間に行っちまいやがって……」

「そんな……。う、嘘だぁーーーーーっ!」

「次郎!?」


 ぼくは良太君に背を向け、学校を飛び出した。

 考えが甘かった。

 教室のみんなの反応……あれはただ勘違いしてるだけだと思ってた。

 家に偽物がいて、正体を暴いて、ぼくの家族は戻ってくると思ってた。

 引っ越しは嫌だけど、家族とは一緒にいられると思ってた。

 違ったんだ。

 全てを奪われた後だった。

 太郎という怪物は、ぼくの一番大切な家族を奪っていったんだ!

 どうして気づかなかったんだろう。

 もう間に合わないかもしれない。

 もう戻ってこないかもしれない。

 もう、手遅れかも……。


「はぁはぁはぁ……」


 気がつけば家の前にいた。いつもなら叱られるからこんな時間に家に帰ることはない。だけど今は、叱る相手すらいないのかもしれない。


 ぼくは震える手をインターホンに近づけていく。

 間もなくして、インターホンのボタンを押した。


「はぁはぁ……。あれ?」


 なぜか音が鳴らない。

 壊れているのか……?

 これではまだ、わからない。

 ドアを叩けば、誰かが出るかもしれない。


「…………」


 ドアを叩く気にはなれなかった。

 誰かが出るかもしれないけど、もはや叩くだけ無駄なような気がした。

 ぼくは裏口の窓に向かう。

 裏口の壊れた窓ならば、中に入ることができる。

 最終手段だけど、もう使うことにした。

 さっさと結果だけ知りたかった。

 その先のことはどうでもよかった。

 中に誰かいるかどうかも、正直どうでもよかった。

 

「なにもない」


 ぼくの言葉通り、中には何もなかった。

 壁と床と天井、窓とドア、そしてぼく……。

 家の中には何もなかった。


「なんにもない」


 悲しい気持ちはなかった。

 涙も出なかった。

 気づけばぼくの中にはなにもなかった。

 頭がぼんやりしていて、どうすればいいのかわからなかった。

 しばらくして、用のなくなった家を後にした。

 なんとなく足は学校に向いていた。


 家が空っぽになってからの数日間はなにもなかった。


 家が空っぽになってから数日後、ポストに鍵と手紙が届いた。

 カラオケルームの鍵だ。

 引っ越し業者から送られている。

 手紙には、「カラオケルームの扉に差さっていました」という文が書かれている。


「…………」


 やることのない僕はカラオケルームに向かう。

 父の部屋と母の部屋に挟まれている階段を降り、鍵を開けた。

 中に何かあればと思ったが、カラオケルームはなくなっていた。

 地下にあるだけの防音部屋だ。

 僕は中をあらかた探し終わると、部屋を出ようとする。

 すると鍵が開かなかった。

 どうやら、鍵がなければ内からも外からも開かない扉のようだ。

 僕は鍵を使い、地下を後にする。


「…………」


 自分の部屋に戻った僕は、真っ暗な部屋で横になる。

 ふと、地下から聞こえる声のことを思い出した。

 あれはもしや、太郎が潜入していたから聞こえたのではないか。

 太郎は地下でずっと、僕と入れ替わるのを狙っていたのではないか。

 そんな考えが頭によぎる。

 地下から聞こえた声は……今思えば、太郎の勝利の雄たけびだったのかもしれない。

 太郎から僕への勝利宣言だったのかもしれない。


「…………っ!」


 なんだか腹が立ってきた。

 数日ぶりに、僕の胸に感情が渦巻く。


 太郎……太郎太郎っ太郎……っ!

 僕の家族を奪った怪物を、このまま野放しにしてもいいのか……!?

 別人に成りすます、人間を超えた存在っ!

 殺すべき化物じゃないか!

 僕はこの数日間、何をしていたんだ!

 こうしている間にも、太郎の毒牙に誰かがやられているかもしれないのに!


「そうだ。殺すしかない。僕が太郎を殺すんだ……!」


 僕は空腹を紛らわせるために、お腹を押さえながら立ち上がる。

 今日は日曜日。以前のぼくのようにかくれんぼをしている子供もいるはず。

 太郎が新たな獲物を狙う可能性は、十分あるっ!

 僕は立ち上がると、家を飛び出した。


「ねえねえ。僕の家に凄いものがあるんだけどさ。一緒に見に行かないかい?」


 公園の茂みの中、僕は以前のぼくと同じように隠れている男子に声をかける。

 太郎は、僕の代わりに公園でかくれんぼをしていた。

 太郎は、かくれんぼをしている子供を狙う卑劣な怪物だ。

 もうこいつの中身は、太郎になり替わっているだろう。

 殺さなければならない。

 太郎は全て殺さなければ……!


「面白そうだな。隠れるのにちょうどいいし行くぜー!」


 太郎は無邪気なふりをして、僕についてくる。

 さよなら太郎。

 不安がることはないよ。

 すぐに地獄を太郎で埋め尽くしてあげるからね……。


 それから僕は太郎を狩り続けた。

 僕のような不幸な存在を出さないために、狩り続けた。

 警察は事件と勘違いして調査しているが、仕方のないことだ。

 太郎のような怪物がいるなど、誰も信じられないだろうからね。


 今日も僕は人知れず、太郎を見つける鬼として生きている。

 かくれんぼをする太郎を探し、殺すために。






@キャラ紹介@


次郎_(ぼくver)

「過去のぼくだね。今の僕とは違い、太郎にやられっぱなしの非力な存在さ。だけど、このぼくにも今の僕のようになれる可能性が秘められていたんだ。人には眠れる才能というものが、なにかしら存在しているということだね」


リフォーム業者

「家の前をたむろしていた大人たち。僕が思うに、詐欺業者だろうね。リフォームが終わっているはずの日に、家はボロボロのままで家具とかがなくなっていたんだもの。あるいは太郎に加担して、両親ごと家具を持っていったのかもしれない……」


お母さん

「僕のお母さんだった人だよ。太郎にさらわれてしまった被害者。ちょっと厳しいけど優しい自慢のお母さんさ。お母さんに表裏なんてものはまったくない。こんなに家族を想う人をさらうなんて、太郎は許されざる怪物さ」


お父さん

「僕のお父さんだった人だよ。太郎にさらわれてしまった被害者。ちょっと厳しいけど愉快な自慢のお父さんさ。お父さんに表裏なんてものはまったくない。こんなに家族に尽くす人をさらうなんて、太郎は心のない外道だね」


良太君

「僕よりも早くズルい立ち回りを実行していた、賢い友達。ズルをする才能はあるんだろうけど、その才能を遊びにしか使わないのはなんだかもったいない気がするね」


おばあさん

「宝くじ屋のおばあさんだ。今思えば、この人の言葉に従っていたら今の僕はなかったかもしれないね。過去のぼくが、知らない人の言葉に乗っかるような愚か者じゃなくてよかったよ」


太郎

「僕に化けていた怪物だね。僕と彼の関係はかくれんぼのプレイヤーみたいなものだ。僕が鬼役、太郎はかくれる役。僕に見つかったが最後、地獄に太郎が一匹送られるのさ」


公平君

「なにかとルールや公平性に拘る、頭の固い友達。でも僕が思うにまじめではないんだよね。一緒に遊ぶわけでもないのに良太君によく口喧嘩を吹っ掛けてるよ」


次郎_(僕ver)

「今の僕だね。唯一のホラー要素。キャラ紹介の進行役も僕がしているよ。過去のぼくの姿に化けて両親をさらった太郎を倒すため、日々行動しているんだ。さしずめ悪を刈り取るハンターとでもいうべき存在だね。事情を知らないみんなは、僕の行いを殺人事件として騒ぎ立てているけど、僕の相手は人間じゃなく怪物さ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今後の生活よりも太郎狩りとは逞しい子です。
[良い点] 怪物に自分の存在を奪われる話は多くありますが、単なる入れ替わりでなく、家族を奪って去って行くというところか上手いと思いました。 [一言] 僅か1日で慌ただしく出て行くというところがちょっと…
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