後ろっ後ろ!
ララベルとベリベルが紛らわしいので名前を変更しております。ベリベル→リナエルにしております。
リナエルが私とファンナ様の前に立った瞬間、私達の周りに人垣が出来た。
「お歓談中、失礼致します」
私の斜め前に私の護衛のパスバン卿とレイモンド卿、そしてファンナ様の横には近衛のお兄様がふたり駆け寄ってきていた。
私も王族、ファンナ様も王太子妃になる方、当然…護衛もついている。リナエルには事前に護衛が付くことを直接伝えているし、迎えるホストとしてリナエルの方から
「王太子殿下からお話は伺っているから、アエリカ=ラナウェル伯爵令嬢は招待することはないから安心して」
という返事もしっかり頂いている。なのにこれはどういうことだ?
「アエリカ=ラナウェル伯爵令嬢…あなたはどなたのご紹介でこちらにいらしてるのかしら?」
アエリカはリナエルから名指しされるとは思っていなかったのか、ララベル=ミューデ子爵令嬢の方を覗き見ている。
リナエルはララベルの方を鋭い目で見た。
「ララベル=ミューデ子爵令嬢から参加のお返事には、ハニーチェ=イワサ男爵令嬢が同伴しますと書いてありましたよね?イワサ男爵令嬢はどちらかしら?」
王族が参加する茶会に不審者が紛れ込まないように、同伴者や帯同する使用人の氏名等、事前に知らせて下さいと、リナエルは参加者全員にお願いしてあったはずだ。
今、私達の周りに集まって来ている令嬢の中に戸惑いが起こっている。イワサ男爵令嬢はいないのか…ということは?
ララベルは目を彷徨わせている。リナエルは大きく息を吐いた後、私に向き直るとカーテシーをした。
「この度は私の不手際により、殿下にご不快な思いをさせてしまい申し訳御座いません。すぐにララベル=ミューデ子爵令嬢とアエリカ=ラナウェル伯爵令嬢にはお帰り頂きます」
リナエルはシュリーデと私に絡んできた、ララベル様の嫌がらせに関しては知らないはずだ。プレミオルテ公爵家の内々の事として処理しているはず…
ララベル様はそれを逆手にとり、何も知らないリナエルに近付いてこのお茶会に参加しようとしたのか…そしてその後ろにはアエリカ様がいた。これは何も知らないリナエルの顔に泥を塗ったことになるわね。
「リナエル様にご配慮頂いて有難く思います」
リナエルとは友達だが、ふたりきりの場ではないので公のつもりで鷹揚に答えてみせた。
さて…
ララベル様は顔色を失くされて、ガタガタと震えている。
ララベル様がアエリカ様とどうやって知り合ったのか…まあ、アエリカ様からララベル様に近付いたのだろうとは推測される。ララベル様の様子を見れば、軽い気持ちでお茶会の同伴者をアエリカ様に挿げ替えたのだろうし、もしかして私と会ってもう一回嫌味でも言ってやろうと思っていたのかもしれない。
まさか、自分も併せてアエリカ様も出禁だとは思ってもみなかったかも?
そう思ってララベル様を見ていたら、ララベル様が私に向かって跪く勢いで頭を下げると叫んだ。
「もっ…申し訳御座いません!私、アエリカ様に頼まれて…無理矢理こんなことをっ…」
うわっ…そうなの?と、ララベル様の言葉に驚いていたら、横からアエリカ様が割り込んで来た。
「何を言うのよっ!?あなたがローズベルガ殿下に仕返しをしてやるって…」
「きゃあっ!?なんて恐ろしいことを仰るの!?あなたこそファンナ様が王太子妃なんて絶対間違ってる、ローズベルガ殿下に近付いて自分が王太子妃に…」
ひええぇ!?まだファンナ様に意地悪を言うつもりだったの!?
「やめてっ!」
「なによっ!!」
アエリカ様がララベル様に掴み掛り、ララベル様が反撃してアエリカ様の髪を引っ張り、迫力は無いけど取っ組み合いの喧嘩になってきた。
「どっ!?え!?どうしまっ…誰かっ!」
慌てたリナエルが叫ぶと同時に、パスバン卿が飛び出して来てララベル様とアエリカ様の間に立ち塞がってくれた。遅れて、レイモンド卿とファンナ様の護衛の近衛のお兄様達も同じく飛び込んで行ったが、ご令嬢を羽交い絞めにする事も出来ずに、毛を逆立てている女子二人の間に取り敢えず立って壁になるしかないようだった。
青褪めたファンナ様が私に縋り付いてきたので、抱き留めて背中を擦ってあげた。
怖いストーカー女だよ…何故ここまでしてファンナ様に近付こうとするのかと不思議で仕方が無い。
護衛達に捕まえられてララベル様は大人しく従っているけれど、アエリカ様はそれでもまだ暴れていた。中庭から追い出されて見えなくなる瞬間に、アエリカ様はこちらを睨みつけながら叫んだ。
「ファンナより私の方が王太子妃になるべきなのよっ!私はっ…」
アエリカ様は最後の最後まで呪いの言葉を吐いていた。
自分の方がファンナ様より優れている。どうしてそう思い込むんだろうか?
お茶会は中止になった。リナエルはずっと謝ってばかりでファンナ様と私が慰めていた。やはりララベル様の出禁事件はプレミオルテ公爵家の内部で処理されていて、リナエルは知らなかったそうだ。
暫く、リナエルを慰めているとベリオリーガお兄様とシュリーデがやって来た。
「ファンナッ!?大事ないか?」
ベリオリーガお兄様は走り込んで来るとファンナ様を抱き締めた。
シュリーデも素早く私の傍に近付くと、顔や肩などを触って来た。
「怪我は?アエリカ嬢に何か言われたか?不敬な発言があったのなら、王家とプレミオルテ公爵家から抗議を申し立てておく。ララベルの方は任せとけ」
一気にまくし立ててきたシュリーデは頼もしいな…こんなことなら最初から参戦していて、けちょんけちょんにアエリカに口撃してもらいたかったよ。
その時はそう思っておりました。
ええ…その目の覚めるような口撃がまさかのマリリカの夢の店内で行われるとは、夢にも思いもしませんでした。
°˖✧◝ ◜✧˖°°˖✧◝ ◜✧˖°
今日は私のバイト日なのだが、夕方からシュリーデがマリリカの夢にやって来ていた。
「警邏の後に直帰するつもりだ。一緒に帰ろう」
と、店内に入るや否や一緒に帰ろうね♡を言ってきた旦那様。そこに拒否や否定は挟み込まれるとは思っていないのであろう、毅然とした口調だった。
ええ、逆らいませんけれどもね。
夕方…バイトを終えて町娘風のワンピースに着替えると、店内でシュリーデが来るのを待っていた。
「旦那様が迎えに来るんだってね?」
「いやぁ新婚の時って片時も離れたくないって言ってくるのよね…今は視界に入るのさえ鬱陶しいけど☆」
店内にいた、常連のお姉様方と同じテーブルでお茶を飲みながらお姉様達の旦那様の愚痴を聞いて頷いていた。
どこの世界でも旦那の悪口でストレス発散してるんだね…
愚痴で盛り上がっていたところへ、お店のドアが開いてシュリーデが入って来た。
「旦那様来たね!今日も素敵だね~」
「ホント、ホント~うちの旦那にも副隊長さんの100分の一の美貌でもあれば安月給でも許せたのに!」
「あはは…」
笑って誤魔化しながら、薄っすらと微笑んでいるシュリーデに顔を向けて…凍り付いた。
シュリーデーーー後ろ!後ろっ!
シュリーデが入って来たすぐ後に、店内に飛び込んで来たのは…
「アエリカ!?」
思わず叫んでしまったが、私の叫び声にシュリーデが飛び退くようにして背後を見た。
そこにはハァハァと息を切らし、髪を振り乱して恐ろしい形相でこちらを見ているアエリカ=ラナウェル伯爵令嬢がいた。
「シ…シュリーデェ!!あなた…あなたのせいでっ…私、お父様より年上の男爵の妾にされちゃうじゃない!」
アエリカ様の言葉にびっくりしてしまった……妾?そんなことになってるんだ。でもちょっと待ってよ?今、シュリーデのせいでとか言ってなかった?シュリーデ関係なくない?
アエリカ様は目に涙を溜めながらシュリーデを指差した。
「あなたがお父様に言いつけたのでしょう!?男爵の妾にしなければ爵位を取り上げるとかっ!そうでなかったら私をあんなジジイの所に妾として出すなんて有り得ないものっ早く私を元に戻しなさいよ!」
「元に戻ってどうするんだ?」
シュリーデの言葉が発せられた瞬間からヒュルリ~と足元に冷気が漂って来た。
これは冷却系の魔法だね…そう言えばしっかりと聞いたことがなかったけど、シュリーデの得意魔法ってなんだろう?あれれ?マリリカの夢の店内が、エアコンの冷房が19℃になってませんか?みたいな寒さを感じるんだけど?
シュリーデが静かに話し出した。
「婚約中に駆け落ちし、碌な謝罪もせずに一方的な破棄を言い渡してきたラナウェル家にプレミオルテ家は慰謝料を請求している。マーガレド家もコンフラス家に慰謝料を請求をしている。ギルバート=コンフラスの実家はいくつか商会を持っているし、経営も順調…マーガレド家に対して謝罪と共に慰謝料をすぐに渡したそうだ。一方、ラナウェル家は再三の要求にも応じず、のらりくらりなので公所経由で慰謝料を即刻払わなければ資産差し押さえをする旨の督促状を発行している。恐らく払う金が無いのだろう?だから妾に出して慰謝料の肩代わりを男爵に頼んだから今の状況だ。自分が蒔いた種だ、諦めろ。ああそれと妾にならないで実家に戻ったとして慰謝料の方はどうするんだ?まさかギルバートに頼むのか?言っておくがな、ギルバートは勘当されているから今のあいつは無職で無収入だ。文官として出仕するか軍に入っていれば実入りがあったのだろうけど、マーガレド家に婿入りして商会を手伝えばいいか~という吞気な心構えだったのが仇になったな。ラナウェル家は慰謝料の支払いの目途が立たないのに、今更どこに戻るというんだ?」
シュリーデの怒涛の口撃が炸裂していた。アエリカ様に口を挟む隙も与えず、一気に畳み掛けると無表情の顔を一度、私に向けてきた。
え?何?もしかして、私にも発言を求めているのかな?無理無理!
私が慄いている間にアエリカ様はちょっと気持ちを持ち直してきたようだ。シュリーデを睨みつけると指差している。不敬な伯爵令嬢だね…
「ギルバートなんてもういいわよっ!私にはベリオリーガ殿下とルコルデード殿下がいるわっ!王族になればあんたなんて…」
えぇっ!?何その妄想…流石にそれは無いんじゃない?と一言、言ってみようかと思った時にシュリーデが高笑いをしてきたので、驚いて言葉を呑み込んでしまった。
「アーハハハハッ」
それにしてもシュリーデ…高笑いし過ぎ…確かにアエリカ発言は妄想が過ぎるとは思うけど…
「アエリカ嬢っ…あはっ…笑かすなよ?殿下方なんてどうやってお会いするんだよ、ギルバードを入れると二回も婚約破棄をしでかした令嬢なんて天変地異が起こっても王族に輿入れなんて無理だよ!」
シュリーデのけちょんけちょん攻撃が止まりません…
アエリカ様が憤怒の顔でシュリーデに近付こうとした時に、私の護衛のスプリクさんとソフさんが店内に飛び込んで来ると、アエリカ様を抱えてすぐにいなくなってしまった。
数秒の間に起こった出来事だった。
「ロ…ローズちゃんの旦那さん?あれ…なんだったの?」
常連のお姉さんが恐々としながらシュリーデに聞くと、シュリーデは社交用の笑顔を顔に貼り付けると颯爽と答えた。
「俺の友人が貴族位でして、先程乗り込んできたご令嬢と婚約していたんですよ~ところが別の貴族の子息と駆け落ちして、慰謝料だなんだと揉めて俺が少し間に入って仲裁したんですよ。それを逆恨みされたみたいですね、妾にされるのは慰謝料を払えない自分のせいなのにこちらを恨まれてもね?」
薄く微笑みながらマリリカの夢の店内でツラツラと嘘を重ねる旦那様。勿論、イケメンは正義なのかバード店長や奥さん、店内にいるお客様全員がシュリーデの言葉に耳を傾け、大いに賛同の声をあげている。
いつの間にか19℃強冷房のような室内温度は平温に戻っていた。
シュリーデの得意魔法は氷魔法だと確信しました。




