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クリスマスリース  作者: 我堂 由果
7/7

2020年12月24日

 あれから十年。

 大学を卒業した俺は一級建築士を目指し学校に通いながら、父親の会社で働いている。入間は派遣の事務員。

 色々あったが結局、俺と入間は今、一緒に暮らしている。


 今年の六月、俺と入間は、親族や友人達に祝福され結婚式を挙げる予定だった。しかしこの二〇二〇年、人を集めることはできない。諦めるしかない。俺達は結婚式をキャンセルし、入籍だけして一緒に住み始めたのだった。






 今日はクリスマスイブ。俺と入間は、パソコン画面に俺の弟の真樹(まさき)と入間の姪っ子の歩香(ほのか)を映して、四人で話をしていた。


「キャハハハ、それが叔父さんと叔母さんの馴れ初め? でさでさ、正月飾り勝負はどっちの勝ち?」


 歩香は悪い子ではないのだが、いつも落ち着きなく騒々しい。


「勝ち負けとか特にはないよ」


 俺はそう言ったのだが。


「聞かなくたってわかるでしょ。リースの時と一緒よ。私なんて一カ月かけて予習までしたのに、惨敗」


 入間が不機嫌な声で答えた。


「だよね~、ハハハ!」


 歩香が大声で笑う。


「全くうるさいな。お兄さん、お姉さん、クリスマスプレゼントを買う為のお小遣い、ありがとうございます」


 真樹は、俺の両親が孫のようにかわいがって育てている所為か、のんびりしていて大人しい。礼儀にうるさい父親に言われたのか、まずは礼儀正しく小遣いのお礼を言った。


「あ、そうだったぁ。叔母さんへのビデオ通話はその為もあったんだった。忘れてた。小遣いありがとね。アハハハ」


 歩香は俺達のことを叔父さん・叔母さんと呼び、真樹はお兄さん・お姉さんと呼ぶ。歩香と真樹は同い年なのに、呼び方が違うのが何だかおかしい。でも、どちらも間違ってはいないのだ。


「でもさぁ、残念だったよね。叔母さんの式、舞香(まいか)は楽しみにしてたのに」


 舞香とは歩香の妹だ。今、小学一年生。歩香の生まれた二年後に生まれた。入間のお姉さんが二人目を妊娠した当時、入間のお姉さんの旦那さんは就職一年目。何故この時期に二人目を作る?

 入間の両親は計画性のない姉夫婦を叱ったのだが、できてしまったものはどうしようもない。姉夫婦が当たり前のように要求する、経済援助をするしかなかった。入間のお姉さんは「子供は立て続けに生んじゃった方が楽なんだってぇ。それに親達も結局は、金、出さざるを得ないしぃ」と、全く悪いと思っていない。どうも歩香はこのお姉さんに性格が似ているようだ。先が思いやられる。


 さて、式では歩香と舞香にフラワーガールをやってもらう筈だった。舞香はフラワーガールの着るかわいいドレスを見て、「お姫様だ~」と言って楽しみにしていた。ちなみに、リングボーイは真樹がやることになっていた。衣装を見て舞い上がっていた舞香は、式が中止と聞いてがっかりしていたのだ。


「舞香ちゃんには可哀想だったな」


 俺がそう言うと。


「でも叔母ちゃんのがもっと可哀想だから!」


 豪快な性格の歩香だが、優しいところもあるようだ。


「でも絶対に、いつか朱音と式を挙げるよ。その時は、お祝いに来てな」


 俺は今、入間を朱音と呼んでいる。だって、俺達は夫婦だから。


「そりゃ行くよ。叔母ちゃんよかったね、優しい旦那さんで。私のお父さんの百倍以上頼もしいし!」

「愛されてます」

「い~なぁ。あ、宅配ピザ来たって。じゃあねえ」

「皆によろしく伝えてね。メリークリスマスと、よいお年をって」


 入間はそう歩香に頼んだ。入間の姉夫婦と入間の両親は同居しているのだ。入間の姉夫婦の人生設計に、経済観念がない所為で。


「OK! 次の通話は元旦ね! お・と・し・だ・ま・よろしく!」


 歩香が画面から消えた。


「あ~、うるさかった。何だ、あいつ」


 真樹は歩香がガンガン喋っている間、ずっと嫌そうな顔をして黙っていた。歩香が消えて、やっと口を利いた。


「ごめんね、あの子うるさくて。今度のお正月は会えないと思うけど、真樹君にもお年玉だけは、年末に書留で送るね。ちょっぴりだけど」

「お姉さん、ありがとうございます。じゃあ、お父さんがケーキ持って帰ってきたから」


 真樹も画面から消えた。


「あ~、二人とも消えたな」


 俺はそう言ってパソコンの電源を切った。


「そうね。私達も晩御飯にしよう」


 入間がキッチンに入って行った。俺も手伝わねば。


 ふとリビングのテーブルに目をやると、クリスマスリースがのっている。入間が作ったリースだ。今俺達が住んでいるのは賃貸で、ドアにリースを吊るすフックはない。持ち家じゃないから、俺達で勝手にフックを付ける訳にもいかない。そこで今年のクリスマスリースは、リビングのテーブルの上に置く、テーブルリースとして使うことにした。入間はリースの真ん中の穴に、ずんぐりとした体形の小さなサンタクロースの蝋燭を置いた。リースは吊るすだけでなく、こういう使い方もあるのだ。


 俺は十年前のあれっきりだが、入間はあれから毎年、山下先生の教室にクリスマスリースを作りに行っている。先生はお元気で、相変わらず若々しい美人だそうだ。山下大地は高校を卒業すると同時に家を出て、一人で暮らしているらしい。相澤とは高校卒業が切っ掛けで別れたと、山下先生から俺の母親を経由して、俺の耳にも届いた。


 入間はクリスマスリースを十年間作り続けているだけあって、リース作りベテランの部類に入ってきた。グルーで熱い思いもしないし、ワイヤーも手に刺さらないし、使いたい飾りの持ち込みもするようになったのだと、入間は胸を張って言っていた。


 しかし今年、山下先生はクリスマスリース教室開催を断念した。生徒達やその家族の健康の為だ。ただ先生は毎年教室で作っている人にだけ、『自宅で作るクリスマスリース』という企画を持ち掛けた。申し込んだ人の分だけ材料の発注をかけるという。

 もし材料が入荷できたら(リース材料には輸入品もあるので、手に入るか微妙だったらしい)、慣れている人は自宅で作ればいい。入間もできるなら今年も作りたいと、その企画に申し込んだ。


 十一月に入って、リースの材料は運よく人数分、先生の手元に届いた。希望者はリースの材料を先生から受け取って、自宅でクリスマスリースを作ったのだった。






 十一月四週目の日曜日。入間は俺の目の前で、クリスマスリースを作っていた。俺は十年ぶりに入間のリース作りを見ているのだ。入間は手際よく、テキパキと作っている。


「腕が上がったなぁ」


 と言ったら。


「当然よ」


 と笑って返された。


「来年は、クリスマスリース教室が開催されたら、歩香と一緒に行こうと思ってるの。実家の玄関ドアのフック、今年は私がいないからリースがなくて、お父さんが寂しがっているんだって。だから来年は歩香に作ってもらおうかなって思って。山下先生の話だと、『親子で作る――』の方の教室、別に親子でなくても、叔母と姪でも祖父と孫でもいいんだって。大人と子供の組み合わせなら誰でも」


 手を止めずに入間が話す。


「お義母さんも、真樹君と参加したいって言ってるし、皆で一緒に作ったら楽しいかなって」

「そうか。あの二人、来年は四年生だよな」


 俺も初めてクリスマスリースを作ったのは、小学四年生だった。思い出すと何だか懐かしい。あの二人にも体験させてやりたいなと思う。


「来年は、教室開催できるといいなぁ。楽しそうだなぁ」


 入間はそう言ってリースの土台にモミの束を当てると、ワイヤーを土台にくるりと回してギュッと縛った。






「何ぼんやりしてるの?」


 入間に言われて俺は我に返った。テーブル上のクリスマスリースをぼんやり見ながら、俺は先月の入間とのやりとりを思い出していたのだ。


「やっぱりクリスマスは、リースがあると華やかだなと思って」


 俺は考えていたこととは違う、適当なことを言った。


「え? ああ、そのリース、素敵でしょう?」


 入間はそう言って、皿に入ったチキンを運んで来た。今年入間が作ったのは、白いレースの雪の結晶と銀のボールと全体に白いスプレーをかけた松かさと、銀糸の縁の付いた白いオーガンジーリボンを飾った、全体的に白い印象のクリスマスリースだった。飾りの色合いが本来は入間が六月に着る筈だった、あのドレスやアクセサリーの色合いに似ている。まるでモミで作られた緑のリースが、入間の代わりに白を纏っているような……やっぱり入間は着たかったのだろうなと思う。


「素敵だね」


 俺はそう答えた。

 元の生活に戻るのにあと何年かかるのだろう。歩香にはいつかなんて言ったけど、近いうちに二人きりでもいいから、どこかで式だけでも挙げようか。入間にドレスを着てもらって。そして皆を呼ぶ披露宴は何年後かに回して。


 年末年始に時間を掛けて、ゆっくりと入間の気持ちを聞き出してみよう。入間と話し合ってみよう。できる限り入間の希望通りにさせてやりたい。俺はその為の努力は惜しまないつもりだ。


 見た目よりも気が強かったり、受験や就職に取り組む姿が人一倍真面目だったり、不器用だけど料理は好きだったり(美味しいがちょっと時間が掛かる)、姪っ子達を可愛がったり(基本、子供には弱い)、かっくんの所属するアイドルグループの解散で号泣したり(俺はちょっとジェラシー)。こうして十年付き合って色んな彼女を見てきて、結局俺は顔だけじゃなく、彼女を丸ごと好きになってしまったのだから。


「乾杯しよう。この間、俺の両親からお高いシャンパン貰っただろう。あれ飲んじゃおう」

「え? 今日? あれ、値段が高いし美味しいんでしょ? 来年五月の晴樹の誕生日に開けようと思ってたのに」

「俺よりも、神様の誕生祝いに飲んだ方がいいだろう」


 俺は話題を変えたくて、入間を元気付けたくて、そんな風に言ってシャンパンを冷やしている冷蔵庫に向かった。


「神様優先?」


 入間に聞かれた。

 あの日、山下先生の教室で一緒にリースを作らなかったら、俺は高校の三年間こっそり入間を見ているだけで、告白せずに終わっただろう。そして入間という女の子は高校時代の思い出として頭の奥にしまわれ、俺の思いは時間と共に消えていっただろう。入間も俺の気持ちに気付くことなく高校を卒業しただろう。


「そう。まずはリース教室で俺達を引き合わせてくれた、クリスマスの神様に感謝」


 入間は笑顔になる。よかった。だって俺は俺の大好きな顔に、少しでも長い時間、笑顔でいて欲しいから。


 メリークリスマス。


 終わり


最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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[良い点] 「クリスマスリース」最終話まで拝読しました! めっちゃ憎めない無器用さんの入間さんが、話数が進むにつれめちゃくちゃ可愛らしくて意地らしい!! そんな入間さんにさりげなく手を差し伸べる晴樹く…
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