6
「でもそれって入間の顔が普通だから気に入っているなんて言ってるようなもんだから、失礼な気がして言い難かった。変な話だよな。やっぱりごめん」
「別に怒ってないよ。それは自分でもわかっているし」
「それから俺はいい奴なんかじゃない。今日入間を手伝ったのだって、正月飾りを一緒に作るのを承知したのだって、俺がいい奴だからじゃない。少しでも入間に関わりたいから。一緒に時間を過ごしたいから。これが他の女子だったら、こんなに親切に動くもんか。放っておくし、面倒な頼み事は断る」
入間は下を向いたままで、目を合わせてくれない。俺は、俺に気のない入間を困らせているのだと思った。
「この話は迷惑だろうから忘れてくれ。俺、学校で変なこと言わないから。普通に同級生として過ごすから。あんまり入間を見ないように気を付けるから」
そこでやっと、入間が顔を上げた。そして俺の顔をじっと見る。俺は入間が俺の言葉で納得してくれているといいと思ったのだが。
「中島は私のことが好き?」
入間はいきなりそう聞いてきた。
「もちろん好きだ。でも俺、きっぱり諦めてるから」
「私と付き合いたい?」
「当然そう思っているよ。でも俺と山下じゃ外見全く違うから、断られると思ってる」
「断らないかもしれないよ?」
「え?」
入間の目が悪戯そうに輝く。今まで一度も見たことがない表情。そして入間の『断らないかもしれないよ?』の言葉に、俺はドキドキしていた。
「私さぁ」
入間は空を見上げる。俺は入間の横顔をただ見詰めた。
「山下君に相澤なんて彼女がいるって聞いて、凄く心が弱ってるの。そして、さっきリース作りを手伝ってくれた頼もしい中島を見ちゃって、それからセンスのいいリースを手際よく作るかっこいい中島を見ちゃって、まだあまり時間が経ってないの。作ったリースも互いの目の前にあるし」
空を見ていた入間の目が、足元に置いた、リースの入った袋に移る。
「それで好きって言われたでしょ? 今の私じゃきっと流されて、『いいよ』って返事しちゃいそう」
顔を上げた入間は俺を真っ直ぐ見る。俺の一旦はおさまったドキドキが復活してきた。
「でもね、今の精神状態でOKしても、一カ月後には頭が冷えて、OKって返事しちゃったこと、後悔するかもしれない。それじゃ、私が中島に失礼だから」
入間は笑顔になる。
「一カ月だけ考えさせてもらっていい?」
一カ月。そんなの直ぐだ。俺はもっと長くたって待てる。
「全然、全然、構わない!」
「そして一カ月後に、一緒に正月飾りを作ろう?」
「え? だってもう山下の家には行きたくないんじゃ」
「何だか中島に好きって言ってもらえて、ちょっと元気が出てきた。相澤さんなんて選ぶ、女を見る目がない山下君なんて、相澤さん諸共不幸になればいい」
さっきまで泣いてた入間が急に怖いことを言い出した。不幸になれって……。女子の立ち直りは早いってやつか? でも入間に元気が出たなら俺は嬉しい。
「正月飾りもフラワーアレンジメントも中島は初めてなんでしょ?」
「あ、うん」
「じゃあもしかして、今日みたいな頼もしくてかっこいい中島は見られないかもね」
「い~や。今日と同じで手際よくできるさ。不器用な入間のことを気に掛けながらね。俺は来月、入間を手伝う為に参加するんだから」
「ほんと? カッコ悪い中島を見てもときめくか、確認したかったのに」
入間の言っていることは本心なのか、入間を好きな俺をただ揶揄いたいだけなのか。わからないが、笑顔の入間は俺の顔を覗き込む。やっぱり入間は笑顔がいい。俺も笑い返す。入間と俺の、笑顔同士の視線がぶつかる。楽しかった。だが。
「うわ、もう真っ暗だな。俺はいいけど、入間の両親は遅くなると心配するだろう」
俺はそう言った。話しているうちに、あっという間に真っ暗になってしまっていた。考えてみれば冬至まで後一カ月もないのだ。日が沈むのが早い。女の子をあまり引き留めるのも良くないだろう。入間は腕時計で時間を確かめている。
「え? 本当だ、もうこんな時間なんだ。じゃあ帰らないと。でもその前に一つ、私の秘密を教えてあげる」
「秘密?」
思わず入間の顔を見た。入間の秘密? 何があるというのだろうか。それが聞けるなんてちょっとワクワクする。
「中島、来年お兄ちゃんになるんだよね」
「ああ」
改めてそれを入間に言われると恥ずかしい。
「私はね、叔母ちゃんになるの」
「ええ?」
「さっき先生が中島のお母さんの話をした時、びっくりしちゃった。私と中島は同い年なのに、お兄ちゃんと叔母ちゃんって、そんなことあるんだなって」
「入間には結婚している兄弟がいるのか?」
「正確にはね、まだ結婚してないの。年明けに身内だけで式上げて、入籍するって。子供産むのはお姉ちゃん。私とは六歳違いで、今、大学四年生」
「だ、大学生?」
「もう来年三月の卒業も決まってるし、本人は『何が問題?』って顔してるのよ。旦那様になる人はね、実はお姉ちゃんよりも年下で大学三年生なの。まだ後一年学生期間が残っているから、お姉ちゃんたち夫婦の生活費やお姉ちゃんの出産費用は、うちの両親が持つみたい」
入間は困り顔でも笑っている。あまりに凄い話に俺の顔は、きっとポカンとしているだろう。
「申し訳ないのはお姉ちゃんの就職先でね、お姉ちゃん四月から働けないでしょ。親戚のコネで入った会社だったんだけどこんなことになって、親戚にもその会社にも、お父さん平謝りで。でもお姉ちゃん『会社だって無理矢理働かせることはできないでしょ? しょうがないじゃない?』って言って、反省している様子ないし」
なんか、周囲にとっては、お騒がせお姉さんのようだ。俺は、入間はお姉さんのような性格ではないと思うのだが。でも『整形する』なんて即決できるし、『不幸になればいい』なんて呪っているし、まさか入間にもその傾向が。
「あ、私とお姉ちゃん、性格は違うからね!」
俺の不安に気付いたように入間が主張した。俺は取り敢えず、入間を信じることにした。う~ん、というか、信じたい。
「でも私の家より中島の方がいいなぁ。お兄ちゃんて呼ばれる方が、叔父さんて呼ばれるよりはいいでしょう」
「そうか? 俺はお前の叔母さんの方がいいけどな。この年齢になると自分の兄弟よりも、兄弟の子供の方が、有り得る感するけど」
俺と入間は立ち上がると、時計が丘の駅へ向かう。駅周辺の街路樹には既にクリスマス用の電飾が施されていた。木の形に添ってびっしりと小さな灯りの粒が輝き、いくつものイルミネーションが駅前を華やかに彩っている。いよいよクリスマスシーズン到来だ。
「じゃ、明日、学校でな」
「うん。今日は手伝ってくれてありがとう」
入間は改札に入ると、下り線のホームへ向かう階段を上って行った。入間の姿は直ぐに見えなくなり、俺は改札の前に一人になった。
来月の為に、正月飾りやフラワーアレンジメントの予習をしておこうかなと考えたが、止めることにした。来月は初心者としてでもできるところを、入間に見せたいのだ。
もしかしたら、入間が予習してきて俺よりも手慣れた姿を見せるかもしれないと頭を過ったが、多分それはない。例え入間が予習したとしても、俺は負ける気がしない。だって今日の入間の様子はあの通りだし、教室を出て時計が丘駅への道すがらの入間は、来月も俺に頼らせてとお願いしていたのだから。
俺は家に帰る為にガード下へ向かう。急ごう。今日の俺には、家に帰ったら交渉しなければならないことがあるのだ。
「ただいま!」
家に入って真っ直ぐリビングへ向かう。リビングの中では母親がソファに寝そべっていて、父親がキッチンカウンターの向こうで食事の支度をしていた。
「お帰り、遅かったわね。どこかに寄ってたの?」
母親が上半身を起こしてそう聞いてきた。
「ちょっとね。ほらこれ、頼まれたリース」
俺は袋ごと、クリスマスリースを母親の眼前に突き出した。母親は「どれどれ」と言いながら袋を受け取ると、中のリースを引っ張り出した。壁に飾る為のワイヤー部分を手で持って、吊り下げた状態でリースを見る。
「あ~これこれ。私の希望通り! 流石、晴樹ね。素敵よ。ありがとう」
「俺にも見せてくれ」
父親がキッチンから出てきた。母親がリースの正面を父親に向ける。
「これはいい出来だ」
母親が手に下げるリースを色々な角度から見て、父親が言った。
「玄関ドアに飾ってきてくれる?」
母親は、リースを俺に向かって付き出した。俺はそれを受け取ると玄関に向かった。
俺の家の玄関ドアには小さなフックが付けられていて、ドアに飾りが下げられるようになっている。俺はそのフックにクリスマスリースを吊るした。そしてリースを見詰める。つい先程駅で別れた、入間を思い出した。
時間的に入間はまだ帰宅してないだろうと思う。
帰宅したら入間は、あのリースを家のどこに飾るのだろうか。玄関ドアか、自分の部屋のドアか、リビングか。入間の家族はあのリースをどう思うだろう。どんな感想を言うのだろう。
俺は家の中に入るとリビングに戻った。母親はまたソファに寝そべっていて、父親は夕飯の支度に戻っている。
「それがバイト代だ」
父親がキッチンからそう言い、ソファの母親がソファの前のテーブルの上にある封筒を指差す。俺はその封筒を拾い上げると、ズボンのお尻のポケットに突っ込んだ。
「来月の正月飾りの教室は、お祖母ちゃんが行くって決まったのか?」
俺がそう尋ねると、横になっていた母親の目が俺の方を見た。
「まだ返事はないわよ。どうして?」
「じゃあそれ、俺が行きたい」
「え? 今日の教室だって『たるい』って言ってたじゃない。何で突然? バイト代が欲しいの?」
「違うよ」
俺の申し出は母親には不思議だろう。
「バイト代はいらない。俺が行きたいんだ」
「今日何か面白いことでもあったの? 変な子ね。じゃ、お祖母ちゃんには断っておくわ」
これで俺が母親の代わりに教室へ行ける。教室で入間に会える。
父親の方を見てみると、父親は料理の手を止めて、ニヤニヤしながら俺を見ている。
「俺も支度を手伝うよ」
俺はそう言ってキッチンへ入った。俺の姿をずっと、ニヤニヤ笑いのまま目で追い掛ける父親が、妙に気持ち悪い。
「フフフフフ。そうか。上手くやれよ」
父親が隣に立つ俺の耳元で、そっと囁いた。父親は俺が突然こんなことを言い出した理由を、感付いているようだった。
夜遅く、入間が写真を送ってきた。玄関ドアに吊るされた、入間の作ったクリスマスリースの写真だ。玄関ポーチのダウンライトに照らされ、リースが仄かに浮かび上がって見えている。
入間のお父さんは娘がクリスマスリースを作って来ると聞いて、昼間のうちに、玄関ドアにフックを取り付けておいてくれたらしい。きっと心優しいお父さんなのだろう。
明日改めて太陽光に照らされた、明るい中での写真も撮るつもりだと書かれていた。それも送ってくれるらしい。
俺はベッドに入ると目を閉じた。今日俺は、思いがけず告白してしまった。母親の代理でクリスマスリースを作りに行っただけで、こんなことになるなんて思いもしなかった。
明日また、学校で入間に会える。しかしちょっと困った。これから毎日入間には、どんな態度で臨もうか。
読んでくださって、ありがとうございました。
毎日サクサク更新できたので、クリスマスまでかからずに完結しそうです。
次回がこの小説の最終話です。