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クリスマスリース  作者: 我堂 由果
4/7

 ティータイムも終わり、まだリースができ上がっていない生徒は作業に戻り、でき上がった生徒達は帰り支度を始めた。先生が大きな手提げのビニール袋を用意してくれて、その中に一つ一つリースを入れて生徒達に手渡してくれた。


「入間さんは、次は年末よね」


 入間に袋を手渡しながら、先生がそう言った。年末? 何の話だろう。俺は疑問に思った。と同時に嫌な予感がした。


「はい、よろしくお願いします」


 そう答えた入間の顔が、俺には引き攣っているように見えた。






 先生の前では遠慮したが、先生に別れの挨拶をして道へ送り出してもらうと、俺は入間に聞かずにはいられなかった。


「年末って、お前まだ何か申し込んでるのか?」


 駅への道を並んで歩きながら、俺は尋ねた。ビニール袋の取っ手を両側に引っ張って、袋の口を広げた中を覗き込んで、ホクホク顔でリースを見ていた入間が俺に視線を移す。嬉しそうな顔が固まり、直ぐに引き攣った。先程先生と話した時と同じ顔だ。


「う、うん?」


 頼りない肯定。


「何を申し込んだんだ?」


 俺の嫌な予感は当たっていると確信した。


「正月飾りと新年の部屋に飾るお花のアレンジメントの、教室。あの、正月に玄関に飾るお飾りと、リビングとかに飾る室内用の、松を使ったアレンジメントを、年末に纏めて作るの」


 言い難そうにポツポツと喋る入間。俺は眩暈がした。殴られたみたいな衝撃だ。何故またどうして?


「あのさ」


 入間は何を考えているのだ。俺はもう原点に立ち返っての質問を、入間にぶつけるしかない。


「中島もまたお母さんの代わりに来るの? お母さん年内は、お教室休むんでしょ?」


 先に入間に聞かれた。入間は期待の目をしている。俺から肯定の返事が欲しいのだと嫌でもわかった。俺にまた手伝わせたいのだ。

 俺は聞こうと思っていたことを一旦しまった。


「来ないよ」


 入間の質問に答えた。残念ながら入間を喜ばせる、いい返事は出ない。


「今回は急なことだったから、俺が来たの。年末まではまだ時間があるから、正月飾りとアレンジメントはK市に住んでいるお祖母ちゃんに代理で来て作ってもらうか、又はキャンセルするかになる。母親は今お祖母ちゃんに確認中」

「えええええ~!」


 入間の表情が驚きに変わる。


「来月、中島来ないの?」

「来ません。今回だって来たくて来た訳じゃない」


 そう、俺はバイト代が欲しいのだ。そして両親は、お祖母ちゃんが来るかキャンセル可能なら、俺をバイトで雇う必要はないのだ。


「ショックぅ~」


 入間は項垂れた。


「次回は私一人で頑張らなきゃ?」

「そう」

「そんな……あ、そうだ。中島さぁ、お祖母ちゃんの代わりにどう?」


 入間が上目遣いで俺を見る。俺と入間の身長差は多分十センチ。お互いスニーカーだから、身長差は上履きを履いている学校でと変わらない。入間の上目遣い攻撃に、俺はたじろいだ。


「ね、お願い。お願い」


 入間は、次は顔を上げ、俺に笑顔を向ける。そして両手を合わせてきつく目を瞑り、俺を拝んだ。

 俺は困った。どうすべきなのかわからない。そんな顔されると、手伝ってやりたくなってしまう。入間は俺を好きな訳ではない、利用しようとしているだけだ。わかっているけど。入間の願いを断れる筈なんてない。だってまた入間と同じ空間で過ごすと想像すると、それは嬉しいことで。


「わかった、わかったよ」


 結局、俺は断れなかった。


「家に帰って母親に聞いてみるよ」

「ありがとう! 中島ってすっごくいい奴!」

「でも正月飾りもアレンジメントも俺、初心者だぞ。あまり手伝いを期待されても」

「きっと中島なら大丈夫だよ。器用だし! センスいいし!」


 入間に褒められて、頼られて嬉しい。でも顔には出せない。


「連絡先いいか?」


 自然な流れで、俺は入間と連絡先の交換をしてもらえた。何てラッキー。でもそれを顔に出してはいけない。普通に振舞わなければ。


「でさ、俺聞こうと思ってたんだ」


 そう、俺は先程、入間に質問をしようとしたのだ。


「何でまた、苦手な分野の教室の、申し込みなんてしたんだ?」


 入間の顔から笑顔が消え、再び引き攣った。






 時計が丘(とけいがおか)の駅に着いた頃には、西の空にうっすらと夕焼け雲が残っているだけで、頭上の空はもう半分近くが藍色になっていた。俺はこのままガード下をくぐって線路の向こう側へ出て――駅南側の住宅街に俺の家はあるから――後は徒歩で帰れる。入間は電車に乗るのだという。

 駅前ロータリーにはバスやタクシーが何台も止まっていて、改札周辺には待ち合わせらしき人が何人も駅構内の方を向いて立っていた。この駅周辺は賑やかな繁華街で、駅の利用客も多いのだ。


 話が済んでいない俺達は改札方向へは向かわずに、ロータリー横の広場にあるベンチに向かった。そして入間が先にベンチの一つに座った。俺は二十センチ程距離を取ってその隣に座る。それ以上近付いて座って、入間に『近い! きもい!』と言われたら、立ち直れないと思ったからだった。


「どうしよう」


 それが座った入間の第一声だった。


「どうしようって?」

「ああ、話したくない。でも……話さなきゃダメだよね。手伝ってもらうんだから」

「話したくなければ話さなくていいけどさ」

「でも中島は、教えてもらえなければモヤモヤしちゃうでしょ?」

「そりゃそうだけど」


 入間は下を向いて溜息を吐く。


「中島はいい奴だから、誰にも言わないよね」

「言わないよ」


 俺がいい奴かどうかはともかく、入間がこっそりこんな行動を取っている理由を知っても、俺は誰にも言う気はない。寧ろ俺だけが知っているのは気分がいい。


「はぁ」


 入間はまた溜息を吐いた。


「ため息ばかりついてると、幸せが逃げるぞ」


 と俺が言うと。


「幸せかぁ」


 入間は、今度は天を仰いだ。それから俺の顔を見る。


「中島ってさ、好きな人いる?」


 俺の心臓の鼓動は跳ね上がった。


「な、何だよいきなり」


 平静、平静だ。俺は自分に言い聞かせる。でも何で入間はこんな質問をするのだ。


「いるんだ」


 入間はニヤリと笑った。


「い、い、いないよ。そんなの」


 俺はできるだけ自然に振舞おうと、自分の全身を隈なく注意しながらそう否定したが、質問された内容に動揺しているからか、結局どもってしまった。俺の話し方はきっと、どことなく不自然だろうと思う。それを入間がどう感じているかわからないが。


「私はいるんだ」


 再び俺の鼓動は跳ね上がる。誰だ、誰だ。入間が好きなのは。俺を真っ直ぐに見詰める入間から目が離せない。入間を見詰め返す俺は今、どんな顔をしているのだろう。不審人物に分類される状態かもしれない。でも入間は今大事な話をしている。好きな人の話をしている。多分、入間の頭の中は、目の前の俺の顔など気に留めていないだろう。それが俺には救いだ。


「あそこのバス停から、時計が丘の循環バスが出てるでしょ?」


 入間は突然一つのバス停に目をやった。『循環外回り、赤間五叉路経由、時計が丘駅行き』という表示のバスが止まっていて、ドアを開けて、バス停に並んだ客を順々に乗せている。あのバスは確か、時計が丘という町中をグルグル回るバスだ。


 時計が丘という地名は駅から北側の一帯に広がっていて、時計が丘は一丁目から八丁目まである広い町だった。駅周辺が一丁目。駅から離れるに従って、丁の数字が大きくなっていく。八丁目というとかなり駅から遠くて、バスで十分以上掛かる場所もある。その為に、駅から町を回り駅に戻る、循環バスが出ていた。


「私のお祖母ちゃんがね、時計が丘六丁目に住んでるの。それでよくこの駅からバスに乗って、おばあちゃんちへ行くの。数カ月前、あの日はお祖母ちゃんの家に遊びに行って、夕方バスでこの駅へ戻って来たの。私の家は東中岡(ひがしなかおか)で」


 東中岡は時計が丘から電車で三駅離れた駅だ。


「電車に乗ろうと思って改札入ろうとしたら、逆に改札から出て来たのよ。山下君が」

「山下先生の息子? 山下大地?」

「うん。私ね、山下君が好きなの」


 俺の頭に爆弾が落ちてきた。ショックを悟られないようにしなくてはならないと、出掛かった『えっ!』という声をのみ込んだ。偶に学校の廊下で擦れ違って顔を見るが、山下大地は美人の山下先生によく似た顔立ちの上、長身の人目を引くイケメンだ。そして俺は今まで気にもしていなかったが、山下の顔は入間の大好きな『かっくん』に似ていた。山下が有名人の誰に似ているかと聞かれてら、答えは間違いなくアイドルの桐山勝之(きりやまかつゆき)通称かっくんに似ている、だろう。


 俺は山下の外見にかすりもしてない。『入間は山下が好き』という言葉が頭の中をグルグル回る。その所為か気が遠くなってきた。でも、入間の話を最後まで聞かなくては。入間は少し恥ずかしそうに斜め下を向く。


「山下君は私の顔なんて当然知らない。直ぐ側を擦れ違っても、気にも留めず素通りされた。でも私はどうして山下君が時計が丘に居るのか知りたくて、電車に乗るのを止めて山下君を尾行しちゃった」

「尾行って、お前」

「山下君が知ったら気味悪がられるよね。でもついつい出来心で。それでね、山下君が入って行ったのが、山下って表札の家で、ここが山下君の家なんだってわかったの。それともう一つ、家の門柱には表札以外に『山下フラワーアート教室』って看板も出てて、それをネットで検索してみた」


 入間はそこまでやったのかと呆れたが、好きな気持ちから出る行動は止められないのだろう。


「直ぐにホームページが見付かって、山下君そっくりの美人のお母さんの写真が講師として出てて、でもフラワーアレンジメント教室に通う気はなかったのよ。ほら、今日見ての通り、私不器用だから」


 入間はリースの入った袋を少し持ち上げて、俺の方に向けた。


「でもね、ホームページの『季節物の特別教室開催・クリスマスリース』ってお知らせ見て、『日頃お教室に通ってない方でも・初心者でもOK』って書かれた募集見て、これなら私でもって思わず手が動いちゃった。名前や住所打ち込んで、申し込みのボタンをポチっと押しちゃったの」

「それで、教室にやって来た訳か」

「これで山下君のお母さんは、私の名前と顔を覚えてくれる。お母さんから山下君に入間って同級生が教室に来たって伝われば、山下君は私の名字位は覚えてくれる。山下君がお母さんに用事があって教室に入って来ることがあったら、山下君と話せるかもしれない。そんな風に考えちゃって。今日は山下君に会えなかったけど」


 入間は入間なりに山下に近付こうと考えた末の行動が、山下の母親の教えている教室への参加だったのだ。


「でもさ、お前、山下に近付いてどうすんの? 山下にはさ、彼女いるじゃない」

「え?」


 入間は顔を上げると、少し驚いたような表情を浮かべて俺を見た。


「うそ、山下君、彼女いるの?」


 入間の焦った声。


「え? まさかお前、知らなかったのか? 山下の彼女」


 山下のことが好きなら山下に彼女がいること位、当然知っていると思ったのだが。


「知らなかった。彼女って誰? どうしてあんたが知ってるの?」

「俺は俺の母親から聞いた」


 俺の母親は日頃から、山下先生のフラワーアレンジメント教室に通っている。母親と先生は同級生の母親同士として、同年代の女性同士として、世間話をしたり一緒にお昼ご飯を食べたりしている。山下の彼女はそこで出た話題で、山下先生から聞いた話を俺に伝えてきたのだ。


「俺の母親が山下先生から聞いたらしいんだけど、山下の家に夏頃からよく遊びに来る女の子がいて、相澤さんて言うんだって。山下先生は山下から彼女だって紹介されたって。相澤って山下と同じクラスの美少女だろ。言われてみれば、昼休みに廊下で二人が楽しそうに話しているのとか、よく見かけるぜ」

「全く知らなかった。思いもしなかった」


 入間は呆然としている。

 しかし何故、入間は山下が好きなのに、そんな重要な情報を手に入れていないのか。何で山下の母親の教室の検索なんてしているのか。どこかずれている。


「山下と相澤だろ? 誰もが知る二人だから、女子の間で噂になってなかったか?」


 俺はそう聞いてみたのだが。


「二人がよく話しているのも同じクラスだからかと。それと私、ファンクラブとか入らないでこっそり見ているだけだから、情報を貰えないのかも」

「え? 山下ってファンクラブあるのか?」

「うん。一部の女子の間で」

「その方が俺は知らんかったわ」


 イケメンは羨ましい。ファンクラブまであるとは。


「山下君のお母さんが言ったなら、相澤さんが彼女なの確実だね」


 諦めたような声でそう言った後、今まで呆然としていた入間の顔が、急に悲しそうに変わった。


「山下君、どうして相澤さん? 何で相澤さん?」


 独り言のように入間は呟いた。


「どうして、何でって、相澤が美人だからだろ? 美人とイケメンがくっ付いただけ。よくあることだろ」


 入間の目がウルウルし出した。今にも涙が零れてきそうだ。しかも先程教室内で目がウルウルしていた時とは違い、今の入間の表情は泣いているのに怒りに満ちて見える。入間の両頬を大粒の涙が伝った。


読んでくださって、ありがとうございました。

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