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クリスマスリース  作者: 我堂 由果
3/7

「そうよね、まだ死にたくないものね」

「そうそう、まだまだ長生きしたいもの」

「でも、いいわねぇ、若いって」


 先生が向かったのは、教室が始まる前から椅子に座って雑談していた、あのおばあさん達の集団だった。おばあさん達はニヤニヤしながら口々にそんなことを言っているが、俺には先生も含めて彼女らが、何を言いたいのかわからない。馬って、蹴られるって、一体何のことだろう。俺のことを言っているのだろうとは思うのだが。

 しかしこれ以上考えるのは止めた。それは後回しだ。時間が惜しい。とにかく今は入間だ。


「先生から許可が下りたから手伝うよ。で、止めておくって言ってたの、何?」


 俺は入間に尋ねた。入間はまだ、松かさ三個をリースに付ける為のワイヤーと格闘していた。松かさがリース本体に、上手く固定できないようだった。

 入間はワイヤーから手を離すと、「あ~」と言って天井を見た。


「もうダメだ~。私、向いてない」


 俺は中途半端にリースに括り付けられた松かさを外すと、ワイヤーの尖った先端をペンチで切って潰した。


「これで手に刺さらないと思うぞ」


 俺はそう言って松かさを入間に渡した。入間は右手でそれを受け取ると、戸惑っているような表情で、


「ありがとう」


 と言った。それから俺は、ワイヤーの結び目を作る枝の裏側が見えやすいように、リースを少し持ち上げたりして、入間が松かさを付けるのを手伝った。今度は何とか上手くいった。


「で、止めておくって言ってたのは、何?」


 俺はもう一度聞いた。


「あ、そうだった。さっきそんなこと聞かれたよね。ダメだ。頭が働かない」


 入間は頭をブンブン振った。頭の天辺から垂れ下がるポニーテールもブンブン揺れる。馬の尻尾みたいだなと思うと同時に、先程の先生達の会話を思い出した。教室内を見回すと、先生はあのおばあさん達から離れ、グルーガンにグルーの芯を足していた。


「実はね、これを見て、これなら私もできるんじゃないかと、まぁ、勘違いして」


 俺は入間に、でき上がり作品が飾ってある展示テーブルに連れて行かれた。先生はでき上がり作品を並べる為、教室の両側の壁に沿って長いテーブルをいくつも並べて、展示用のテーブルにしていた。見たい人はそこに並べられている他の人の作品を見ていいし、製作者に感想を伝えてもいい。


 毎年クリスマスリースを作り続けている生徒の中には、作りたい作品に必要な道具、モミ以外の木の枝や飾りを、自分で用意して持ち込む人もいる。先生は面白い作品ができるなら大歓迎と言っていて、先生が用意した教室にある飾りが使用されないことを全く気にしていなかった。逆に生徒が何を持ち込むかを、毎年楽しみにしていた。


 今年もモミの合間にヒノキの枝を入れて(モミとヒノキは葉の緑の色彩が違う)、二種類の緑の入ったリースを作り上げている人。豪華なリボンや花飾りを巻き付けて、お金をかけて華やかにしている人。もっと言うと、追加料金でリースを二つ作る人もいたりして、先生の手を煩わせないベテラン生徒達は、製作がかなり自由だった。


 そんな中、早速、二つ作る予定のとあるベテラン生徒さんの一つ目のリースができ上がり、展示テーブルに置かれていた。そのリースには、リボンにベルを下げた豪華な装飾の上部に、フロストと呼ばれる白い縁取りをした、中振りの六個の松かさを一つに纏めた塊が、こんもりと飾られていた。全て、生徒さん自身が予め家で作ってきた持ち込みだ。

 それを見た入間は、私も松かさの塊が飾りたい、と思ったらしい。そして、六個は無理でも三個くっ付けるだけならいけるかも。中くらいの松かさは無理でも、小さい松かさならいけるかも。と思考してしまったらしい。


「いけると思っちゃったんだ」


 俺は入間を意識していない同級生男子なら、この程度は揶揄うかなと思ってそう口にした。

 先程からずっと、入間と話す時の俺は少し意地悪だ。でもただの同級生男子なら、不器用入間に対してこれ位が丁度いい。


「思っちゃいました」


 入間は口を尖らせた。


「でも、さっきの騒ぎで、残りの松かさを三個ずつグルーでくっ付けるのは諦めたの。先生に相談しようかとも思ったけど、初心者の生徒は私だけじゃないし、忙しそうな先生に人一倍手間かけさせちゃ、悪いかなと思って。で、できる範囲で仕上げようと」

「気を使った訳だ」

「そうよ」


 文句あるかという目で、入間は俺を見る。俺は小さく息を吐いた。


「じゃあさ、グルーを使った松かさの塊を、俺が作るよ。その間、入間はワイヤーを何本か纏めて持って来て、ワイヤーの先が尖っていたらペンチで切っててくれ」

「うん。ありがとう。ワイヤー取ってくる。あ、でも」


 何を気付いたのか、入間はそこで急に言葉を止めた。


「これ、こんなにずれて付いているから、中島が綺麗な塊を作ってリースに付けて、その中にこれが混じっていたら、やっぱおかしいよね」


 俺は入間の言いたいことがわかった。


 入間が手本としたベテラン生徒のリースの松かさの塊は、かさの向きが斜め上方向に揃った上に綺麗な円形。そしてこれから俺が作る松かさの塊も同様に、向きの揃った綺麗な三角になるように作れるだろう。しかし先程入間が作った松かさ三つの塊は、適当に張り合わされた、松かさの向きが滅茶苦茶の歪な塊。その二種が一つのリースの中に混在していたら、おかしいだろうと言いたいようだった。


「それなら大丈夫だ」


 俺はそれを解決する方法をもう考えていた。


「残りの全部の松かさを三つずつ、わざと向きをずらして張り合わせるんだよ。どの松かさの塊も、松かさ一つ一つがあっちこっち向いて張り合わされていたら、製作者は意図して綺麗な塊にしなかったんだと、見る側は考えるから」

「え? ほんと?」

「ほんと。俺を信じろ」


 入間は目をぱちくりさせている。信じてくれるかくれないか。実は俺はドキドキだ。でも入間は、その後にっこり笑った。


「今日は中島を信じる」


 そう言った入間の笑顔はかわいかった。そして俺を信じると言ってくれたことが、俺は嬉しかった。でも顔には出すまい。


「じゃあさ、松かさの塊、私が作ってみてもいいかな」


 急に入間がそんな提案をした。


「え? 大丈夫か?」

「うん。向きを揃えなくていいならできるかも。やってみたい」


 入間の目が輝いている。やる気が起きてきたみたいだ。


「じゃあ、ワイヤーの先を見ておくから、グルーに気を付けろよ」

「はい!」


 元気のいい返事をした入間は、沢山の松かさを抱えてグルーのテーブルに移動した。






 俺は入間の使うワイヤーを点検した後、自分のリース製作に戻った。でも気になり入間をチラチラと見る。入間は俺の方を見ることもなく、その後ろ姿は真剣そうにグルーに挑んでいた。その間、数回、「ぎゃ」とか「う」とかいう声が聞こえた。溶けたグルーを触ったのだなと思った。それから、付け損ねた松かさがテーブル上に落ちて転がる音が数回。でも入間は俺や先生に助けを求めてはこなかった。


「できた、できた。中島、できた」


 入間は松かさの塊を、いくつも抱えて戻って来たが。


「え? わぁ、中島上手だね」


 松かさをテーブルの上に置いた入間は、俺のリースを見てそう言った。俺は丁度、最後の仕上げをしていた。いい加減な物を作ったらバイト代やらないと、父親に脅されているのだ。真面目に取り組まないと、二万円が貰えない。


「今年の母親は華やかな装飾がいいって言うかと思ったんだけど、予想に反して、母親のリクエストはナチュラル系だったんだ。自然なモノ。だから木の実をメインに配置してみた。アクセントに、短く輪切りにしたモミの枝も葉を毟って飾り付けて、金色に塗った柊の葉を長い枝ごとリースに刺し込んで、ワイヤーで固定した。リボンはサテンのゴールドにした」


 入間は俺の話を聞いているのかいないのかわからないが、俺のリースをじっと見ている。


「俺はこれで完成。次はお前の番だ。ワイヤーで飾り付けだろ?」

「え、あ、あ、そうだよね」


 入間は急に我に返って顔を自分のリースに向けると、作ってきた松の塊にワイヤーを巻き始めた。

 松かさを付け、赤い実を付け、シナモンを付ける。ワイヤーが弛まないように。ふんわり入っているモミの葉が、ワイヤーで押し潰されないように。俺の注意事項を聞きながら、入間は自力で飾り付けていった。






「で、できたぁ!」


 そう言った瞬間、入間は背後の椅子にペタンと座り込んだ。気が抜け、全身の力が抜けたという様子で、前屈みになり深く息を吐いた。


「ハハ。お疲れ」


 俺は軽く笑ってそう言う。入間の作ったリースは、松かさもシナモンも赤い実も、小さな装飾が一つ一つポツポツと入った、女の子らしい可愛らしい飾り付けだった。


「中島の言うこと嘘じゃなかったね。本当に、私の作った松かさが変に見えない」

「だろ?」


 俺はちょっと偉そうに、少しだけ胸を張った。入間の役に立てたのが嬉しかった。


「頑張ったわね、入間さん。よくできているわよ。緑と赤と松かさがメインで、とてもクリスマスらしいわ」


 先生がやって来て入間のリースを覗き込んで言った。


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 先生を見上げる入間の目が、またウルウルしている。


「終わった。やっと終わった。やっと帰れる……ああ、よかった」


 両手を組んでお祈りポーズになった入間は、斜め上を見上げ、独り言モードに突入。


「晴樹君は男の子らしく、豪快で大胆な飾り付けね。建築家のお父さんの影響かしら」


 先生は入間の次に俺のリースを覗き込むとそう言った。


「中島のお父さんて、建築家?」


 斜め上を見ていた入間が突然、俺を見る。


「そうだよ」


 そう答えると、入間がみるみる不機嫌そうな顔になった。何だと言うのだ。


「なんかこの場所で、ずるいわ、それ」


 入間はジト目で俺を見る。しかし入間は直ぐに情けなさそうな顔に変わって下を向いた。


「でも、だから私、手伝ってもらえたのか。感謝しないと」


 入間は先生に連れられ手を洗いに行った。俺は、俺と入間のリースを展示テーブルに移動させて、作業をしたテーブル上のゴミを片付けてから、入間の後を追った。



 



「でき上がった生徒さんも多いので、お茶にしましょう。途中の生徒さんは一旦休憩してください」


 リース作りが終わった生徒達が使っていたテーブルは、もう誰も作業に使わない。先生はテーブルを覆っていた新聞紙を丸めて、ゴミ袋に回収した。そして何もなくなったテーブルを濡れた布巾で拭くと、大きなトレーに紅茶をのせて、人数分を数回に分けて運んで来た。おしゃれなティーカップソーサーの端には小さなクッキーが二個ずつのせられている。


 生徒達が紅茶のあるテーブルに椅子を持って集まって来て、ティータイム。「これどこのお店のクッキー?」とか、「アールグレイいい香り」とか、女性達は次から次へと話題を変えて、お喋りは止まらない。

 最初は遠慮がちだった入間も、紅茶を一口飲んでからクッキーを齧ると、「美味し~」と幸せそうな顔で言った。一仕事終えた後のお茶とお菓子は、さぞかし美味しいだろうなと思う。唯一男の俺は黙って飲み食いするのみだった。


読んでくださって、ありがとうございました。

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