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クリスマスリース  作者: 我堂 由果
2/7

 大枝を細かく切り分けて沢山の小枝を作ると次は、小枝を束にして、ワイヤーでリースの土台に括りつけていく。俺の隣で取り組む入間は震える左手で小枝の束を握り締め、既に顔中汗びっしょり。


「入間さん、そんなに緊張しなくても大丈夫。失敗したところは後から直せるから」


 山下先生はそう入間に声を掛けたが、小枝と土台で一杯一杯だろう入間の頭が、その声を認識できているように見えない。先生に返事をすることもなく、入間はリースの土台に震える右手で束ねた小枝を当てる。そして左手で小枝の束とリースを握り直し、右手で持ったワイヤーを、土台に小枝を括りつける方向に、ぎこちない手付きでグルグル回す。そして最後に、ワイヤーを弛まないようにきつく引っ張る。何とか入間は、土台と小枝の束を一体化させた。


「ふ~っ」


 入間は長く息を吐き、震えのおさまった両手で、そっと土台をテーブルの上に置いた。集中力の必要な仕事をやり遂げました、という雰囲気だ。それからジーンズのお尻のポケットからハンドタオルを取り出し、顔やら首やらの汗をゴシゴシと拭く。意思とは関係なく吹き出す汗になりふり構っていられないのか、入間の拭き方は女の子とは思えないワイルドな手付き。入間はそのタオルを畳んで再びポケットにしまおうとしたので。


「入間、ちょっと待て!」


 俺はタオルを持った入間の腕を、左肘で突いた。


「な、何?」


 入間は俺を睨む。俺としてはちょっとドキドキだ。だって初めて入間に触れたから。


「そのままタオルをしまうな。ジーンズが汚れる」

「え?」


 入間のタオルには入間の手から移った、モミの脂(やに)が付いていた。モミを小枝に分けた時に、モミの切り口から染み出す脂。ドロッとしていて水や洗剤では取れない。ジーンズに付いたら除去するのが面倒だ。

 一応、服が汚れる可能性は注意事項として、前以って先生から伝えられている。その為、生徒達は皆カジュアルな服装で来ている。でも実際に服まで汚した人を見たことは、俺の経験では一度もない。


「タオルに脂が付いたの? ああ、でもこれくらいならアルコールで何とかできると思うわ。タオルは避けておいて、帰りに綺麗にしましょう」


 先生は入間のタオルを受け取ると、教室の隅の机の上に避けた。


「ありがとう、中島」


 俺は入間に礼を言われた。ちょっと気分が良かった。入間は両手の平を広げてじっと見ている。入間の手は脂と、それに付いた木皮の屑の汚れの所為で、所々真っ黒だ。入間は溜息を吐いた。


「皆、手は汚れているよ。それも後からアルコールや除光液で取れるから大丈夫だ」


 俺は自分の両手の平を入間に見せた。俺の手も入間の手と大差ない。入間は俺の両手をじっと見ると、少しホッとしたような顔になった。しかしその直後、何故か少しムッとした顔に変わった。


「何かさあ中島、お母さんの代理で来た癖に、手慣れているし、随分落ち着いてない? リースを作ったことあるの?」

「ああ、あるよ。何回か。小学生の頃に」

「小学生? え? お母さんとかに手伝ってもらって?」

「いや、一人で」

「え? 嘘。 これ小学生が一人で作れるの?」

「作れるよ。高学年になれば」


 入間はショック、という顔をしている。『親子で作るクリスマスリース教室』とは、親子でクリスマスリースを一つ作るのではない。親子で一つずつ、合計二個作るのだ。そして高学年の小学生達は親や先生に手伝ってもらうことは殆どなく、皆、自力でクリスマスリースを作り上げる。


「驚いているってことは、入間、お前もしかして、絶望的不器用?」

「うっ……」


 入間はわかり易い声を返して、右手を握り拳(多分、手の平が汚れているから)にして胸に当てた。俺の言葉が胸に刺さったとでも言いたいのだろう。どうやら俺の聞いたことは図星だったらしい。


 それなら尚更何で、こんなチマチマとした手作業をする必要のある教室に来たのか。ここでの作業は想像できるだろうに、全くもって不思議だ。


「私は小学校高学年以下。小学校高学年以下……」


 入間はブツブツと独り言を言っている。隣にいる俺は、入間の言動が気になってリース作りに集中できない。


 入間は小枝を再び束ね始める。入間が先程ワイヤーで巻いたのは、まだリースの元となる一部分だけ。この作業を何度も繰り返し丸い土台を一周しなければ、リースは完成しない。まだまだ先は長いのだ。


 俺は自分の作業をしながらチラチラと入間を見守る。再び入間の顔は汗びっしょりとなっていた。入間は、タオルは汚れても諦めるのでいいと言って、先生からタオルを返してもらっていた。そして汗びっしょりの顔をゴシゴシ拭く。飲食店でよく見かける、おしぼりで顔を拭く小父さんに、動きが似ていると思った。気取っている余裕はないのだろう。

 拭き終えると、タオルは土台の横に置かれた。まだまだ入間の汗は止まりそうもない。見てて気の毒になってきた。顔にまでモミの脂が移ってないといいが。






「で、できた。でき……ました。でも……」


 入間の声は息も絶え絶え。最も手が早い生徒の倍近い時間を掛けて、やっと入間のリースができ上がった。しかし、入間のリースは小枝の束の量が多い部分と少ない部分があり、少ない部分からは下の土台やワイヤーがはっきり見えてしまっている。更に全体が円形でなく、所々角があるように見える。


「大丈夫よ。枝を足して、全体を綺麗に見えるように整えましょう」


 先生が手際よく、入間のリースに枝を足していく。流石先生で、あっという間に入間のリースはほぼ均等に枝の入った丸い形になった。


「あ、ありがとうございます」


 入間の目はウルウルしている。泣く寸前だ。でき上がった直後はあの悲惨なリースを手にしてきっと、終わった、と思っていたのだろう。


「じゃあ、次はリースの上下を決めて、吊り下げ用のワイヤーを付けましょう」


 リースができ上がると次はリースの天辺、すなわち壁や玄関ドアに吊り下げたりする為の、ワイヤーを取り付ける部分を決める。先生がリースの土台を掴んでリースを手に下げ、「この向きが良さそうよ」と入間にアドバイスをしていた。入間はアドバイス通りの部分に、ワイヤーを取り付けていた。


 吊り下げ用のワイヤーを取り付け終わると、次はリースに付けるリボンを選ぶ。入間は赤いサテンのシンプルなリボンを選び、先生にリボンの取り付け方を教わっていた。

 俺の方はというと、疾っくにリースを完成させリボンも付け終わり、飾りも半分は付け終わっていた。完成まで後二十分もかからないだろう。


「ちょっと中島」


 松かさを一つワイヤーでリースに括り付けてから、数歩下がって飾り付けの状態を俯瞰していたら、少し不機嫌な入間の声に名前を呼ばれた。


「何だ?」


 入間を見ると顔も不機嫌。俺は何かしただろうかと考えてみるがわからない。


「どうして、中島のリースは私のリースよりも大きいの? 同じサイズの土台から作り始めたよね。使ったモミの量もそんなに変わりないよね」


 隣同士座っているのだから、目の前には俺と入間のリースが仲良く並んでいる。確かに入間の指摘通り、俺のリースの方が大きく見える。


「それはだな」


 俺は説明を始めた。


「枝を束ねて土台に留める時に、枝を外側にはみ出させながらふんわりと、更にあちこちの方向に向くように気を付けながら留めるんだよ。そうするとリースが土台から外側に広がって、更に高さが出て立体的になって、大きく見える」


 俺はリースを持ち上げると、入間に向けてリースの裏側を見せた。裏にはモミの枝が入っていないので、裏から見れば土台が見える。


「ほら、土台はさっき貰った奴だろう?」


 俺は再びリースをテーブルの上に置いた。


「入間のは土台に沿って平面的に入ってるんだ」

「ずっるーい、先に教えてくれればいいのに」


 入間はふくれっ面をしている。


「別にこれは人それぞれで、俺はこの疎らに入った形が好きだからこうしただけ。でも逆に、渦を巻いて流れるように密に入れて、コンパクトに纏めたのが好きって人もいるし」

「私は中島のが良かった」


 入間のふくれっ面はおさまらない。


「でもお前さ、俺がもし最初にそれを教えてやったとして、その通りにできるのか?」

「う」


 入間は握り拳を胸に当てる。また俺の言葉が胸に刺さったらしい。


「次は飾り付けだろう? 選んで来いよ」


 俺は入間の関心を別の物へ向けてやろうと、そう言った。入間は胸を押さえていた手を退けると、直ぐに飾り付け置き場に向かった。






 部屋の奥に置かれた、作業テーブルとは別のテーブルに、リースの飾りに使う多様な飾りが並べられていた。特に今年は松かさの種類が豊富で、日本の松かさ、海外の松かさ、大きいの小さいの、白や金や銀のスプレーで色付けされたの等が、ずらりと並べられていた。


 入間はそこへ行くと珍しそうに、松かさやその他の木の実をじかに手に取って、目の前まで持ち上げて観察していた。俺も初めてここへ来た時に、ああしてしつこく観察したのを思い出した。

 見たことのない松かさ、見たことのない木の実。一通り観察したっけ。先生は「ゆっくり観察してってね」と言って、木の実の名前を一つ一つ教えてくれた。その時は全木の実の名前を覚えて帰った。その後、数年間は覚えていた。でも今はもう、教わった名前は全て忘れてしまった。高校生の今となっては人生に必要のない情報として、記憶の彼方に消えたのだ。


 入間が飾りを選んで戻って来た。白い塗料をかけられた高さ三センチ位の小さな松かさを十個位と、小さな赤いリボンを結んだ長さ数センチのシナモンスティック数本と、沢山の小さな赤い実の付いた房を選んでいた。先生がワイヤーやグルーの使い方を入間に教えている。


 俺は松かさをワイヤーで括り付ける作業に戻った。入間を気にしてばかりでは、自分のリースが作り終わらない。そう思って入間を気にするのを止めたのだが。


「あちちちちち、何で何で!」


 入間の大声が聞こえた。次に何か乾燥した物体が落ちてカサカサ転がる音。何事だとドキリとして、顔を上げて入間を探すと、入間はグルーガンが置かれているテーブルの前にいた。 

 グルーガンは電源が必要なので、グルーを使う人用にテーブルが一つ、コンセントの側に置かれている。入間はそこに居たのだった。

 入間の右手にグルーガン。そしてテーブルの上には無造作に転がる三個の松かさ。先生が入間の側に飛んで行った。


「大丈夫?」


 先生は入間の左手を取って確認する。


「は、はい。大丈夫です。一瞬だけ、熱くてびっくりしました」


 どうしてそうなったのか。俺は想像して、頭を抱えたくなった。グルーガンの先端から出る液状のグルーは、熱によって溶かされた物だから、大火傷をする程ではないがそこそこ熱い。うっかり触ってしまっても一瞬熱い思いをした程度で済むのだが、あの騒ぎだとかなりの量をしっかり触ってしまったのかもしれない。


 聞こえてきた入間と先生の会話から推察するに、入間はグルーを松かさに付ける時に、グルーが手に垂れてしまったらしかった。そして驚いて、反射的に手の中の松かさを放り出してあのようなカサカサ音が出たのだった。

 普通は気を付けさえすれば、初心者だって手に付かない。そんなに難しい作業ではない。でも多分、今日の入間に余裕はない。慣れない作業続きで、入間の頭の中はテンパっているのだろう。


「お前何がしたかったんだ?」


 しょんぼりとした顔で俺の横に帰って来た入間に、俺は声を掛けた。


「あ、いいの。今日は止めとく」

「止めとく?」


 入間は、三個の松かさをグルーで一つにくっ付けた塊にワイヤーを掛けると、リースに括り付け始めた。リースの裏側に回したワイヤーに結び目を付けようと入間の手が動いた時。


「いたっ」


 入間は思わずといったようにワイヤーから手を離した。今度は何事と入間の手を凝視すると、入間の左手中指の先端に見えた小さな赤い点が、みるみる大きくなっていく。ワイヤーの先端が尖っていて、それが指に刺さったのだ。先生が急いで入間の元にやって来て、傷口を消毒して指先に絆創膏を巻いた。


「ありがとうございます」


 入間の声のトーンは更に下がった。先程以上にしょんぼりとしている。

 グルーが熱いのも、ワイヤーの先が尖っていることがあるのも、先生からは前以って説明済みだ。しかし、入間の頭の中にそれらが入ってはいても、作業中に注意しなければならないことに、気が回せる状態ではないのだろう。


 俺は心の中で溜息を吐いた。入間の声は気が散るし、熱いだの痛いだのは心臓に悪い。


「先生、あの」


 俺は、絆創膏の袋やシール部分から剥がした紙をゴミ箱に捨てている先生に、そう声を掛けた。


「あの、俺、もう殆ど終わってるんで、入間を手伝ってもいいでしょうか。何か作りたい物があるみたいなこと言ってたから」


 先生はきょとんとした顔で俺を見た。先生はそのまま俺を見続け、何も言わない。


「駄目ですか? 俺、その、入間が気落ちしているから、力になってやりたくて。すみません、お願いします」


 俺はそうも言ってみた。その言葉を聞いても先生は目をぱちくりさせているだけで何も言わない。教えるのは先生の仕事だから、俺の言ったことは変なのかもしれない。前言を撤回しようと思って口を開きかけた時。


 先生はニタ~っと笑った。俺は開きかけた口を閉じた。先生の笑顔がどことなく怖い。人の悪そうな笑顔というのだろうか。俺は困ってしまい、言おうと思っていた言葉が出なくなってしまったのだが。


「ああ、そうか。そうよね……」


 先生は笑顔を止めると突然下を向いて考え込み、何かブツブツ言っている。『そうよね』って、一体何を一人で納得しているのか。一頻りブツブツ言うと、先生はやけに楽しそうな笑顔を俺に向けた。


「じゃあ、晴樹君は入間さんを手伝ってあげてね。私は他の生徒さん達の所にいるから、わからないことがあったら聞きに来て」


 先生はそう言うと俺に背を向け、「馬に蹴られたくないわぁ」と言いながら他の生徒達の所に行った。

読んでくださって、ありがとうございました。

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