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流氷と月光  作者: 伊藤
9/26

2-2

 良晴が初めて第五支部を訪れてから、数日がたった。

「なあ、なんか飲み物買ってきてくれないか」

 彼は支部のソファに寝転がりながら、空のペットボトルを振って遊んでいた。ここへ来る前に買ったコーラは、とっくの昔に喉を過ぎていた。

「はあ? 自分で買ってこいよ」

 向かいのソファに座っていた奈緒は、ノートから顔を上げると、頼み事をつっぱねた。

「というか、勉強してんのかよ。真面目だなぁ」

「これは明日提出の課題だ。常井はやったのか?」

「やってね」

「やれ」

「この前の小テストで俺は悟ったのさ、焦ってする勉強など無意味なものだと!」

「この前が特殊だったんだ! あんなこともう絶対起こらないぞ! ごたごた言ってないで課題を片付けるんだ!」

「ワカリマシタ…………。だが、飲み物がないと、俺は勉強できないんだ」

 勢いに押されて良晴は屈服した。しかし、最後の抵抗をしてやろうと、彼は汚い意地をみせた。

「買ってこい」

「めんどくさい。動きたくない」

「飲まずに勉強しろ」

「ごっほ、ごっほ! のどが渇いて……死ぬ……」

「あなたたち、うるさいわよ!」

 これまで黙々と書類整理をしていた京佳が、貯めに貯めていたダムをついに放水させた。

「なんなのもう! 私がこの面倒くさい作業を、一生懸命こなしているのに、あなたたちは楽しそうにお喋り! 私もまぜてほしいわ!」

 この激流はとどまることを知らない。

「京佳ちゃんは課題終わらせたの?」

「とっくの昔に済ませたわ!」

「おーー」

「はーー」

「それと、常井くん。飲み物が欲しいんだったわよね」

「え? ああ……」

 課題を済ませた人がいる! この事実に良晴は心打たれていた。素晴らしい! 素晴らしい! なので飲み物のことなど、どうでもよくなっていた。

「そのペットボトル、動かさずに持っていなさい!」

 京佳は、構えられたペットボトルを注視した。するとその中に、透明な液体がブクブクと湧き出てきた。まるで温泉のようだ。湧き出た液体はとても冷たかった。

 京佳の能力は操水なのだ、それもαクラスの。なので学校では結構な有名人だ。なんでも、我が校創立以来、二人目のαクラス者なのだそうだ。

「……これ飲めるのか?」

 良晴はこれまで、操水者の水を飲んだことがなかった。

「飲めるわよ! 私から出た水なのよ。飲めないわけないじゃない」

「変なものが入ってたりとか……」

「しないわよ!」

「いや、でも……」

「喉乾いて死にそうなんでしょ。さっさと飲みなさい」

「これなら水道水のほうが……」

「ああ、もう! うるさいわね! 奈緒、手伝ってあげなさい」

 奈緒は、念動力で良晴の手を動かそうとしたが、それは無理だと思い直した。人には能力子というものが備わっていて、他人に能力を作用させようとすると、その能力子が拒絶を起こし働きは無効化されてしまうのだ。無論、相手が働きを容認していれば、無効化されることはない。

 こんな風に働きかけると……、

「うぐぐぐぐ!」

「あら、ちゃんと飲んでくれたじゃない。どう、美味しいでしょ?」

 念動力が効いてしまった……。

「ばばばばば」

 良晴は、ペットボトルの水で溺れそうになっていた。

 殺しちゃいけないと、奈緒は働きかけをやめた。

「ぷはぁ! し、死ぬかと思った」

「なによそれ! クソ不味いっていうの?」

「いやそうじゃなくてだな、腕が勝手に……」

 良晴は弁明を試みたが、後の言葉が続かなかった。腕が自己の制御不可に陥った。それは分かるが、そうとしか説明できない。詳しく言えない。

「私だ、私が動かしたんだ」

「奈緒が? でもどうやって」

「念動力で……」

 それは不可能のはずだ。不干渉の則は、能力を使用するにあたり、基礎中の基礎だ。この則を破ることは絶対にできない。奈緒が冗談を言っているのではないか? と良晴は真っ先に考えた。

「もしかしたら、癒着した霧は、能力子を奪い取る機械なのかもしれないわね。能力子は能力の源だもの」

 ということは、厳密に言えば、俺は能力ではなく能力子を奪われてしまったのか。源がなければ、そこから湧き出るものもない。

「自分の組織で開発されたものなのに、補助機の情報を把握していないのか?」

「うるさいわね。補助機についての事項は、結社内部でも機密事項なの。だからあまり詳しい情報は、上から伝えられなかったのよ」

「そういえば、柳川さんは?」

 支部に来てから気になっていたことを、良晴は今だとばかりに質問した。

 室内には、京佳、奈緒、そして良晴しかいなかった。

「あの人は仕事よ。私たち学生とは違うの」

「仕事ってこの結社が勤め先じゃないのか?」

「あー、なかなか鋭いこと言うわね。もちろん、結社での業務を、本職としている人もいるわ——例えば、癒着した霧を作った研究者とか——。でも、柳川は本業とはしていないのよ」

 話をすればなんとやら、誰かが階段を登る音が聞こえた。音の主はもちろん、柳川さんだ。彼はドアを開けた。

「あれ? 皆さんお揃いで、一体どうしたの?」

「どうしてもいないわ。さて、全員が揃ったところで本題に入るわよ」

 京佳は、部屋の脇の方にあったホワイトボードを、ガラガラと引いて歩き、事務机の前に持ってきた。

「はや〜、気合入ってるね」

 柳川さんが荷物をロッカーにしまいながら言った。

「いつものことだろう」

 と奈緒がそれに応えた。

 京佳はホワイトボードにキュッキュッと文字を書いていく。

  菊池を捕まえる方法について、みんなで考えよう!

「ここに書いてある通りよ。まずは菊池を見つけ出すところから始めましょう」

 何故かふんぞり返る京佳。

「わーー」

「パチパチパチ」

 柳川さんと奈緒が、偉大なる京佳様を称えていた。

 なんだこりゃ。

「発言していいか?」

 この空気に飲まれぬよう、良晴は自己を明瞭にする意味も込めて、毅然と言った。飲まれたら危険な気がする。

「ええ、どうぞ」

 京佳が質問の許可を出した。

「菊池についての調査結果とかないのか? 彼がどのような人物なのかを知りたい」

 あるならそれを先に聞きたい。その調査結果から、アイディアを絞り出せるかもしれないだろう。

「ないわ!」

「ないのかよ! 何も調べてないのかよ! まっさらさらさかよ!」

「あっ! 本部から送られてきた調査書ならある。でも、菊池の個人情報と、癒着した霧に関する情報しか書かれていないから、あまり参考にならないと思うわ」

「そうか」

 参考にならないのなら、見ても仕方あるまい。

「とりあえず、この前常井くんが菊池に会った場所、そこを中心に調査してみたらどうかな。また現れるかもしれないし」

 柳川さんが柔らかな声で言った。

「それ、いいわね。採用で」

 はやい! 簡単!

 あいつとぶつかった場所か。くっ、たい焼きのことが思い出されて、くっ。ぶつかったとき、あいつも持っていた袋を落とせばよかったんだ。

 ……………。あっ。

「あいつ、田所薬局の紙袋持ってたな」

「そうなの? ならまず、薬局に行ってみましょうか。何か話が聞けるかもしれないし」

 その後の取り決めで、明日から調査を始めることになった。

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