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流氷と月光  作者: 伊藤
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1-5

 あの夜から良晴が操炎の能力を使うことはなくなった。いや、使えなくなったのだ。いくら火炎を現出させようとしても、周囲の空間はうんともすんともいわない。

 楽天的で自動販売機の下に五〇〇円玉を落としてもくよくよしない良晴でも、さすがに自身の不調には、おおらかでいられなかった。

「あら、良晴、全然食べていないじゃない。どうしたの?」

「ああ」

「おいしくなかったのかしら」

「ああ」

「まあ、なんて失礼な! ごたごた言ってないで、食べちゃいなさい!」

「ああ」

 母親との会話もこんな感じで終わる。

 頭は働いておらず、何を言われても「ああ」や、「そうだな」、「うんうん」などと簡単な答えしか返さない廃人となってしまった。

 数日たつと良晴も失意から回復してきて、以前のように複雑な会話をこなすようになった。頭も働く。

 すると彼は、なぜ能力がなくなったのか、これからどうすべきなのかを、考えるようになった。

 人から能力がなくなるなど、良晴は聞いたこともなかった。

 εは一見能力がないように見えるのだが、あれは自身の能力を扱えないだけで、能力子自体は体内に秘められているのだ。

 ……俺はεになったのか?

 そのような考えも良晴は思い浮かべた。しかし、能力のクラスは、上がることはあっても下がることはないのだ。

 だが、能力が使えなくなるという非現実的な出来事が起きた以上、εになったという可能性、クラスが下がったという可能性も否定できなかった。

 というか、良晴の平凡な頭では、それ以外の推測はできなかった。

「なあ、能力のクラスって下がると思うか?」

 帰りのホームルームが終わり、教室の人々はご帰宅なさろうとしている。

 そんな中、良晴は目の前にいた奈緒に、これまでもんもんと考えていた事項をぶつけてみた。

「は?」

「ははっ……」

 まあ、こんな奇想天外なこと言われても意味不明だと思う。ご飯がひとりでにパンになるか? と、訊いているようなものだ。もちろんならない。

 この突拍子もない質問を受けて、奈緒は、何を言っているか分からないと、しばし質問の意味を考えていた。

「下がるわけないだろ。最近、ぼーっとしてるかと思ったら、そんなこと考えていたのか? 相変わらずアホだな」

「うるせ」

「それよりも、明日小テストがあるだろ。ちゃんと勉強したか?」

「小テスト?」

「英語の単語テストだよ。三〇問出題されるやつ」

「そんなのあったのか」

「……まさか忘れてたのか? ……アホにもほどがあるな」

「それ、いまから勉強してどうにかなると思うか?」

「普段からきちんと勉強していたなら、どうにかなるんじゃないか?」

「………………」

「どうにもならないな」

 小テストが良晴にのしかかった。

 その小テストの告知は、良晴が失意に落ちていたときに行われたのだ。

 彼は過去の自分を呪った。

 このままではどうにもならないので、明日の小テストは諦めよう。

 呆れの眼差しが降り注ぐ中、良晴は苦渋の決断をした。

 これも仕方ない。うんうん。それよりも、能力が使えなくなってしまったという問題をどうにかしないとな! うんうん。

「私も勉強できたなら、常井の面倒をみてやれるんだが、あいにくと自分の面倒みるので精一杯なんだ。申し訳ないとは思わないが、自分の面倒は自分でみてくれ。でも、明日だしなぁ……」

「大丈夫だ。どうにかなる」

「本当か?」

 諦めるというのも一つの解決方法だよね!

「でも、最近は本当に具合悪そうだったしな。無理はしないほうがいいぞ」

 奈緒は、良晴が一夜漬けでもするのかと思い、彼を心配した。

 彼女が自分を心配していると感じとった良晴は、能力がなくなったことについて、こいつに相談してみようかという思いになった。

「なあ、一つ相談事があるんだが」

「テストの件なら知らんぞ」

「それじゃない! というか、テストは諦める!」

「え……」

 心配は無駄であったと、奈緒は知った。

「これだからアホなんだ! 倒れるまで勉強しろ!」

「そんなのするか! 倒れてたまるか!」

「……まあいい。それで相談ってなんだ?」

 さて、どう切り出したらいいのだろうか。

 …………ええい! 考えても分かんねぇ! こうなったら、単刀直入だ!

「実は能力がなくなったんだ」

「は? ふざけているのか?」

 まあ、普通は、信じられないよね。

「ふざけてるんじゃない。本当になくなったんだ」

「証拠をみせてみろ」

「いいか?」

 良晴は人差し指を立て、先端に火を点そうと試みた。

 家電製品の電源がつかなくなったとき、故障したと電気屋へ持っていき、店員の目の前で電源をつけようとする。すると、なぜか電源がついたりするのだが、良晴の場合、火が点ることはなかった。

「ほら、つかないだろう」

「いや、分かるか! 本当につけようとしたのか?」

「うたぐり深いなぁ。そんじゃ、どうすればいいんだよ」

「それは……」

 奈緒にも証明する方法は思いつかなかった。

「分からないな……。分かった、能力がなくなったと信じよう」

「始めからそうしろ」

「うるさい! それで、どうしてなくなったのか、心当たりはあるのか?」

「そんなものはない」

 なくなった原因を、良晴はここ数日、散々考えた。けれども、その原因を知ることはなかった。すでに考えた事項なので、彼は即座に答えた。

「真面目に答えろ!」

 すぐ答えが返ってきたため、奈緒はその答えに適当さを見出した。

「真面目に言っとるわ!」

「そうか、それならいいんだ。でもなぁ……、そんな大きな問題、私の手にはおえないぞ」

「なんか、なんでもいいんで、アイディアはないか」

「うーん。病院にでも行ったらどうだ?」

 なるほど! 病院!

 良晴にその考はなかった。奈緒に言われて初めて、病院という不調の無分別ゴミへ行く発想を得た。

「病院か!」

「なんだ? 病院だぞ?」

「病院なんて考えもしなかったよ。今度行ってみるわ」

「ああ、いい結果が得られるといいな」

 ……………………。

 …………………………。

 翌日の英単語の少テストは、クラスの方々の反発によって来週に延期された。良晴の事情など、クラスメイトの大数は知らないだろう。彼らは我がためにテストの延期、もしくは中止を目指して一致団結したのだ。そしてそれが結果的に良晴を救ったのだ。(友情よ、永遠なれ!)

「それでは単語テストをします」

 先生が教室に来た途端、その人の口から無慈悲な宣告が放たれた。

 それを聞いたクラスメイトたちは、

「えーーーー」

 や、

「先生、来週にしよう」

 とやじを飛ばした。

 良晴にとってそのやじは、天使の囁きであった。

 いつのまにか良晴もやじに参加していた。とても心地よかった。

 この聖歌の報復に、憐れな子羊となった先生は、ただ屈するしかなかった。強行する勇気など削がれてしまったのだ!

 ただ一つ頭をかいて、

「よし! じゃあ、来週だ!」

 とぶっきらぼうに言うのが、先生に残された抵抗だった。

 こうして彼らは、勝利を勝ち取ったのだ。

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